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Youtuberの旅行オタクと方向音痴の魔法少女  作者: エアポート快特
第五章

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83話 鉱山内での戦闘

西武秩父駅の改札を抜けると、観光地特有ののんびりとした空気とは裏腹に、桑原の表情は一段と引き締まっていた。


「――こちらです」


タブレットの画面には、地図と共に、いくつかの文字が並んでいた。


「秩父市内で、ここ2週間ほどの間に、行方不明者が3名。いずれも、武甲山近くにある、閉山した石灰石採掘場の関連施設付近で目撃されたのを最後に、消息を絶っています」

「廃工場……ってこと?」

「はい。総務省の調査で、その施設内に、悪魔化した人間が潜伏している可能性が高いと判断されました。今回の任務は、その個体の確保、あるいは――」


桑原は一瞬言い淀んだ。


「討伐です」


アサの表情から、それまでの旅の高揚感が、すっと消えていく。


「わかった。案内してくれる?」

「自分は、ここまでです。施設の中までは、同行できません」


桑原は、駅前のロータリーに停まっていた公用車のキーを取り出した。


「非戦闘員は現場付近で待機、というのが規則なので。……皆さんを施設の近くまで送り届けたら、自分は安全な距離から状況を記録して、本部に報告するだけの役目です」


その声には、少しの悔しさと、多くの安堵が滲んでいた。

ハルトはそれを、責める気にはなれなかった。




車で山道を20分ほど進んだ先、木々に埋もれるようにして、その施設はあった。

かつてセメントの原料を運び出していたであろう、錆びついたベルトコンベアが、蔦に絡まれたまま斜めに傾いている。

コンクリートの壁には、長年の雨風でできた黒い染みが、まるで血管のように張り巡らされていた。


「ここね……」


アサの声が、いつもより低い。

彼女の右手は、いつでも魔法を放てるように魔力が込められ始めている。


「ハルト君、離れないで。それと」


アサは一度、ハルトの目をまっすぐに見た。


「今日は、絶対に無理しないで。……お願いだから」


その言葉に、ハルトは静かに頷いた。

だが、握りしめた右の掌には、じんわりと汗が滲んでいる。

二か月前まで、何一つ力を持たなかった自分の手のひら。

今はそこに、ヒマリから教わった、まだ頼りない光が眠っている。


(今日こそ――)


崩れかけた搬入口から中へ入ると、粉塵の匂いと共に、耳障りな唸り声が、施設の奥から響いてきた。


「――そこか」


アサが呟いた瞬間、暗闇の中から、何かが飛び出してきた。


かつて人間だったであろうそれは、皮膚の一部が黒く硬質化し、背中からは棘のような突起がいくつも突き出ていた。

目だけが、異様な赤色に爛々と光っている。


「ぐ、が……ああああっ!!」


雄叫びと共に、化け物と化した男が突進してくる。


「離れて!」


アサが叫び、右手を前に伸ばすと、目の前に半透明の障壁が展開された。

男の一撃は障壁に阻まれ、鈍い衝撃音と共に弾け飛ぶ。


(今だ!)


その隙を狙ったかのように、ハルトはアサの横に飛び出し、掌を敵に向けて真っ直ぐに突き出した。


(届け――)


脳裏に思い描くのは、いつもの光景。

分岐も迂回もない、まっすぐな線路。

掌の中心に、青白い光が生まれる。

それは糸のような光条となって、たじろぐ男の脇腹めがけて放たれた。


――パシッ。


小さな、けれど確かな衝撃が、男の身体を僅かによろめかせた。


「……当たった!」


思わず声が漏れる。

訓練施設の的とは違う、生きて動く敵に、初めて自分の魔法が届いた瞬間だった。

あの夜、そらとの戦いで、拳を握りしめることしかできなかった自分とは、確かに違う。


だが、その高揚は、一瞬で吹き飛んだ。


「――ウガァッ!!」


男は、怯むどころか、逆に怒りを増幅させたように咆哮した。

ハルトの光など、傷にすらなっていない。棘の生えた腕が、無防備なハルトの真横から、唸りを上げて振り下ろされる。


(避けられ――)


頭では理解していても、身体が硬直して動かない。またあの夜と同じだ、という絶望が、一瞬でハルトの背筋を凍らせる。


「――っ!!」


視界を、白い光が遮った。

アサが、体ごと割り込んでいた。

展開された障壁が、男の一撃を真正面から受け止める。

ミシリ、と嫌な音を立てて、障壁に亀裂が走った。


「アサ!」

「大丈夫……。ちょっと下がってて!」


歯を食いしばりながら、アサは自ら展開した障壁魔法で相手を押し返す。

防御越しに込められた反撃の光が、男の身体を吹き飛ばし、崩れかけた壁の一角に叩きつけた。

土煙が舞い上がり、男はそのまま、瓦礫の下敷きになって動かなくなる。


静寂が戻る。


「……終わった、の?」

「たぶん。……このまま総務省の回収班に引き渡すわ」


アサは杖を下ろし、大きく息を吐いた。

だがすぐに、鋭い視線をハルトへと向ける。


「さっき、なんで動かなかったの! あのままだったら、腕、持っていかれてたわよ!?」

「ご、ごめん……分かってはいたんだけど、身体が」

「分かってて動けないのが、一番危ないの!  まったく……」


アサの声は怒っていた。

だが、その語尾は、隠しきれない震えを帯びている。

彼女の手が、ハルトの服の袖を、強く握りしめていた。


「……心臓、止まるかと思った」

「……アサ」

「絶対……絶対に、無茶しないでって言ったじゃない」


うつむいたまま、消え入りそうな声で呟くアサに、ハルトはかける言葉を探して、しばらく立ち尽くした。


「……ごめん。でも」


ハルトは、まだ僅かに痺れの残る右手を見つめた。


「今日、初めて……当たったんだ。僕の魔法が、ちゃんと敵に届いた」


その言葉に、アサは顔を上げた。怒りに満ちていた瞳の奥に、戸惑うような色が浮かぶ。


「前の僕だったら、多分、あの一撃を見てるだけで終わってた。今日は、少しだけ……前に進めた気がしたんだ」

「……」


アサは、しばらく黙り込んでいた。やがて、小さく、諦めたようなため息をつく。


「……そういうところ。次は自分の命、大事にして」


そう言って、アサはハルトの手を、そっと握った。まだ震えの残る、けれど確かな温もりだった。


「認めてあげるわ。ちゃんと、前より強くなってる。……でも」


アサは、真正面からハルトを見つめた。


「私は、まだまだハルト君を守る。だから、ハルト君も無茶だけはしないで」

「うん。……ありがとう、アサ」


崩れた瓦礫の向こうから、遠慮がちに近づいてくる足音が聞こえた。

物陰から様子を伺っていたらしい桑原が、タブレット片手に、恐る恐る顔を覗かせている。


「あ、あの……終わり、ましたか?」

「はい。あとは回収班にお願い」

「り、了解です……。いやぁ、遠くから見てただけなのに、めちゃくちゃ心臓に悪かったです……」


へなへなと座り込む桑原に、ハルトは思わず苦笑いを浮かべた。

まだ細く、頼りない光ではあったけれど――その掌に灯った小さな力は、確かに、次の一歩へと繋がっていた。

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