81話 久しぶり!?
「本日は、こちらにご記入をお願いします」
差し出された事務用のクリップボードを受け取り、ハルトは面食らった。
総務省異界管理局、二階の受付窓口。
てっきり、また土方の執務室に直行するものだと思っていたのに、今日は勝手が違うらしい。
「あの……この用紙、なんですか?」
「今回発令される、地方巡回任務の同行申請書です。緊急性を伴わない案件なので、通常の事務フローに乗せる形になります」
窓口の向こうから返ってきた声に、ハルトは反射的に顔を上げた。
見覚えのある、けれど記憶よりずっとこざっぱりとした顔立ちの青年が、涼しい表情で書類を捌いている。
「……あれ?」
「はい? 何か、書き方に不明点でも――」
言いかけて、青年の方も、ハルトの顔をまじまじと見つめ返した。
数秒の沈黙。
「……秋津、ハルトくん?」
「く、桑原くん!?」
思わず声を裏返らせたハルトに、桑原は眼鏡の位置を直しながら、ばつが悪そうに笑った。
「うわ、マジで久しぶりだな。……いや、久しぶりって言葉で片付けていい再会か、これ」
「なんで桑原くんが、ここに……ってか、普通に格好良くなってない!? 前会った時と全然違う……」
「あー、それは……まあ、色々あって。妹に叩き直された、っていうか」
桑原は照れくさそうに頬をかいた。
細身のシャツに眼鏡という、以前の「ナルトch」からは想像もつかない、こなれた出で立ちだった。
「事務員として、こっちで働いてるんだ。1ヵ月くらい前から」
「事務員……って、じゃあ、桑原くんも、その、こっち側の人間になったってこと?」
「いや、俺は魔力……だっけ? そういう能力は特にないから、普通に一般職員。書類仕事とか、外部との連絡窓口とか、そういうのを回してる」
桑原は肩をすくめた。
「まあ、自分、色々あったろ。あの後、しばらく腑抜けてたんだけどさ。今働いてる場所から、連絡があったんだ。ここで働きませんか?って……」
「働く……? 桑原君は、ここがどんなところかって知って……」
「まあね。総務省異界管理局……いわゆる、異世界との交流を担当するところだろ?」
「う……うん」
「全く……異世界だなんて、ライトノベルの中だけの話だと思っていたし、正直今でも自分は信じてないよ」
「じゃあ何で……」
桑原は、少し声のトーンを落とした。
「福利厚生がかなり充実してるからな。ここで働きながら、大学にももう一度行けることになったんだ」
ハルトはその言葉に、目を見開く。
「……自分は、大学はとっくに辞めて、堕ちるところまで堕ちていた人間だ。そんな自分でも、ハルト君に出会った後、もう一度受験して大学に行こうか、それとも働くべきか、どっちにしろ、もう一度社会に出たいって思うようになったんだ」
桑原はもう一度顔を上げた。
「……ここで働くようになってまだ2か月くらいだけど、初めて、自分にもできることがあるんだって思えたんだ。ハルトくんたちみたいに、直接戦うことはできないけどさ。大学だって、ここで働くのと交換条件で支援してくれてるんだ」
その声には、以前の卑屈さも、痛々しい嫉妬の色も、もうなかった。
ただ、地に足のついた、静かな充実感だけがあった。
「……そっか」
ハルトは、自然と口元が緩むのを感じた。
「桑原くん、良かったね」
「お前が言うと、なんか説教臭くて腹立つな」
軽口を叩きながらも、桑原は照れくさそうに視線を逸らした。
そこへ、後ろから声がかかった。
「――ハルト君、お待たせしました」
書類仕事を終えたらしいヒマリが、少し険しい表情でこちらへ歩み寄ってくる。
「先輩、こちら、桑原くん――」
「存じています。今回の巡回任務、事務手続きを担当してくださっている方ですよね」
ヒマリは軽く会釈をしてから、すぐに本題に入った。
「ハルト君、話が変わりました。私は、今回の巡回には同行できません」
「――え?」
思いがけない一言に、ハルトの声が裏返る。
「別件の捜査に、急遽召集されました。詳細は言えませんが……浅野家の、先代当主に関連する案件です」
その一言に、ハルトは息を呑んだ。
アサの母――おとはについて。
まだ何も明らかになっていない、あの事件の糸。
「アサには、まだ話さないでください。確証もない段階で、余計な期待や不安を抱かせたくありません」
ヒマリの声は静かだったが、有無を言わせぬ強さがあった。
「……わかりました」
「代わりと言ってはなんですが」
ヒマリは、一枚の書類を、ハルトの手元にそっと重ねた。
「今回の巡回任務、アサと二人で向かってもらうことになります。土方さんの承認も、既に取れています」
「アサと、二人で……」
窓口の向こうで、桑原が興味深そうにこちらを見ていた。
「へえ。……なんか、青春っぽいな、それ」
「な、な……! 桑原くん、余計なこと言わないでよ!」
「あーあー、照れちゃって」
からかうような桑原の声に、ハルトは真っ赤になった顔を隠すように、書類に視線を落とした。
だが、その拙い文字の羅列を見つめながら、ハルトの胸の内には、期待と不安が入り混じった、複雑な感情が渦巻いていた。




