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紫導家ヒストリー  作者: AliceMa
第1章〜紫導家〜
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9/31

EP8〜ラブレター〜

挿絵(By みてみん)


 嵐華らんか緋織ひおりが中学へ進学してから1ヶ月——。


 2人の生活は想像以上に過密だった。


 平日は日中は中学での授業。


 放課後はそのままIRISアイリス能力育成機関へ直行し、能力訓練、座学。


 そして、土曜日は終日訓練。


 遊びに行く余裕など、ほとんどなかった。


 友人は出来た。


 だが交流は「学校にいる間だけ」だった。


 休みの日は基本は休養し、外出は最小限。


 ただ嵐華にとってはそれで十分だった。


「普通に学校へ通学出来る」こと自体が奇跡だったのだから……。


 小学校、中学校にも能力が発現している生徒向けの「特別授業」が存在する。


 能力者は通常授業に加え、能力理論、倫理教育を受ける。


 しかし、IRIS能力育成機関に所属する在校生徒は異なり、通常授業のみとなる。


 それは機関でさらに高度な訓練、教育が行われている為だった。


 入学式の数日後にホームルームで担任が説明をしていた。


「紫導嵐華さんと緋織さんはIRIS能力育成機関に所属している為、学校側の能力関連授業は免除となります」


 その言葉に教室はざわめく。


「IRIS能力育成機関に所属 = エリート」というのが世間での常識だった。


 結果、嵐華と緋織はさらに注目を浴びることになってしまう。


 人気は明白。


 緋織も嵐華と双子なのだから、十分に整った容姿と冷静な雰囲気で人気は高い。


 だが、嵐華は群を抜いていた。


 男女問わず、他クラスから見学に来る者。


 廊下で声をかける者。


 質問をすれば必ず優しく、そして柔らかく返事をしてくれる。


 人当たりの良い、優しい美少女。


 そのポジションはあっという間に確立された。


 しかし、嵐華本人は全く意識していない。


「みんな優しいね〜♪」


 ただコミュニケーション能力が低い自分に気遣ってくれているのだろう。


 その程度のことでしか考えていなかった。


 緋織は側でため息混じりに横目で見ていた。


(自覚がないのが一番厄介です……)


 だが、クラス内とクラス外では、嵐華と緋織への接し方が少しずつ違っていた。


 それは嵐華の雷能力の訓練による影響をクラスメイトは知っていた。


 嵐華の制服の袖口や太もも、そして首元から時折見せる包帯。


 同級生からは心配の声が広がる。


 嵐華の雷能力は極端。


 特別な保護プロテクターを装着していても……生身の時ほどではないが、暴発時には怪我を負う。


 入学早々、治療の為に学校を休むこともあった。


 嵐華が休んだ日。


 同級生達は緋織にも嵐華のことが気になって質問をしていた。


 緋織は全く怪我をしていない。


 嵐華だけそんなに過酷な訓練を受けているのか?


 質問が緋織に押し寄せていた。


「何があったの?」


「どんな訓練してるの?」


 だが、緋織は同じ回答のみ。


「お答え出来ません」


 IRIS内部情報は外部に出せない。


 それは「規則」だから。


「……ですが」


 緋織は同級生達が沈黙する中、言葉を付け加える。


「嵐華が自分で選びました」

「だから……私が……私達家族が支えます」

「なので心配しないでください」


 その言葉には嵐華を必ず守るという明確な意思表示もあった。


 同級生達もそれ以上の質問はしなかった。


 嵐華が怪我明けで登校した日。


「嵐華……無理しないでね」


 同級生から声をかけられ、嵐華はいつも通り笑う。


「大丈夫だよ♪」


 その横で緋織が一歩後ろから支える。


 本当は相当痛むのだろう……嵐華は痛みを隠せていなかった。


 だが、嵐華はそれでも教室の机に座り、ノートを取り、真剣に授業を受ける。


 嵐華にとって……。


 この教室。


 黒板の音。


 友人との会話。


 それらは何よりも尊い「日常」だった。


 命を削るような訓練と隣り合わせの生活の中で……家族の時間と同等に、守りたい時間。


 緋織もそれを理解しているからこそ止めない、守る。


 そう決めていた。


 同級生達も嵐華と緋織が「特別」ではなく、必死に「普通」を守っているのだと気づく。


 余計な詮索は減り、代わりに自然な距離感が生まれた。


 特別扱いではなく、クラスメイトとして……それが嵐華達にとって一番嬉しい形だった。


 しかし、嵐華と緋織は日常でもまた違った体験をしていくことになる。


 ……


 5月に入り、ゴールデンウィークも終わった頃——。


 嵐華と緋織の登下校ではある「恒例行事」になったものが存在した。


 それは……「告白」。


 朝、登校。


 下駄箱を開けると……手紙が雪崩のように落ちる。


 ラブレター……1通や2通ではない。


 他クラスの同級生。


 2〜3年生の先輩達。


 男子も女子も関係なし。


 能力者社会、遺伝子関連の発達している現代。


 法整備も進み、同性婚も当たり前。


 よって……告白は全方向から飛んでくる。


「えっと……すごいね?」


 きょとんとしながらも、落ちたラブレターを拾いながら嵐華は呟いた。


 緋織も無言で拾い始める。


(明らかに処理出来るキャパシティを超えていますね……)


 2人は「ラブレター専用」の小鞄に入れ、教室へ向かった。


「今日も大量?」


 同級生がいつもの光景となりつつあるその小鞄に目を向ける。


 嵐華は恥ずかしそうにその小鞄を後ろに隠す。


「……うん」

「気持ちは嬉しいんだけど……ね」


 その顔を見た同級生達は全員思う。


(そりゃその顔と性格じゃあ……)


「緋織もいっぱい?」


 緋織は淡々と答える。


「ええ、またお返事はしなければいけません」


「全部返すの?律儀すぎじゃない?」


「いえ、頂いた方には誠意は見せなければ」


 緋織の言葉に嵐華も同意する。


「うん!!失礼だもんね!!」


(……だから無くならないのでは?)


 嵐華と緋織の律儀さに同級生達は優しさを感じつつも、少し真面目すぎると思ったのだった。


 2人は本当に律儀だった。


 全てのラブレターに目を通し、出来る限り丁寧に断りの返事を書く。


 それもIRISでの訓練が終わってから……ヘトヘトになりつつも対応する。


 しかし、追いつかない……。


 さらに返事を書いている間に次が来てしまう。


 まるで無限湧きだった。


 夜、自宅のリビングでラブレターの山を前に座っていた。


 嵐華と緋織はあくびをしながらも丁寧に返事を書いていた。


『手紙ありがとうございます。気持ちはとても嬉しいです。でも、今は学校と訓練を大切にしたいので、ごめんなさい。』


 返事を書き、書いた内容を確認した後、嵐華は少しため息を吐きながら緋織に呟く。


「断るのって大変だよね……傷つけたくないし」


「自分で言っておいて何ですが……全員に対応しようとするから時間が足りないんですよね……」


 緋織は自分で言ったことを後悔し始めていた。


 2人の近くで見ていた愛里と瑞帆はそのラブレターの山を見てテンションが上がっていた。


「モテモテじゃん♪」


「……すごいです」


 愛里あいり瑞帆みずほも小学生ながらラブレターはもらったことはあるが、ここまでの量は見たことがなかった。


 姉達の人気っぷりに少し誇らしげだった。


 そんな中、神威かむい黒葉くろはがリビングへ。


「どうしたんだ?もう寝な……なんだこれは?」


 神威が寝るように4人に言おうとしたが、言葉が止まる。


 机の上の手紙の山。


 神威と黒葉が固まる……そして静かな怒気を放つ。


「……多いですね」


 黒葉が手紙の山を見ながら呟く。


 そして嵐華と緋織を黙って見る。


 体調面は大丈夫そうには見える。


 だがよく見ると少し目にクマが出来ていたり、寝不足そうな表情だった。


 神威と黒葉は目を合わせ、そのまま2階の自室へ戻っていった。


 4人は「?」となりながらも、その中で愛里が口を開く。


「……でも嵐華姉も緋織姉も寝た方が良いと思うよ?」

「なんか疲れてる顔してるし」


 愛里の言葉に瑞帆は2人の顔を覗き見る。


「……確かに少し目にクマできてますね……」


「でも……今返事書かないと時間ないし……」


「これも必要な対応ですから……」


 嵐華と緋織は少し意固地になっていたが、愛里が喝を入れる。


「ダメ!!嵐華姉と緋織姉が倒れたら相手も悲しむよ!!」


 2人は愛里の言葉に仕方なく頷き、そのまま寝ることに。


 そのまま愛里から「ラブレター返事禁止令」が出され、嵐華と緋織は少しだけ負担が減る。


 数日後、事態は嵐華達が思わぬ形で収束していく。


 朝、嵐華と緋織がいつも通り登校すると校内はざわついていた。


「どうしたんだろ?」


「何かあったんでしょうか?」


 2人が気にしていると同級生が話しかける。


「あ!!嵐華!!緋織!!掲示板にあんた達のこと貼ってあるよ!!」


「掲示板?」


 嵐華が同級生の言葉に反応し、掲示板を見る。


 掲示板には1枚の貼り紙が。


 『紫導嵐華、紫導緋織へ恋愛関係の手紙を渡す場合、職員室へ提出すること』


 その内容を見て2人は驚く。


「……え!?」


「……何があったんでしょうか?」


 そのまま2人は職員室へ担任に事情を確認することにした。


 生徒間の手紙のやり取り……さらに特定の生徒に関して学校側が動いたのが不思議だった。


 嵐華達は担任に質問をすると担任は少しはぐらかす形で答える。


「これは学校側の配慮です」


「「……配慮?」」


 2人が不思議そうに聞くが……。


「……トラブル防止の為です」


 それ以上は何も語らなかった。


 2人は気づいていない。


 裏で神威、黒葉が静かに動いていたことを……。


 実はその数日前、神威と黒葉は学校で担任と面談していた。


 だが、その場には校長も。


 そもそもの目的は嵐華のIRISの訓練での負傷についてだった。


 担任との面談、学校状況の確認、体調報告。


 両親として、そしてIRIS上層部の人間として。


 学校側も嵐華本人の希望、事情も理解し、最大限配慮することに落ち着いた。


 だが、その話し合いが終わろうとしていた時、黒葉から話を切り出す。


「申し訳ありません……あと1点だけよろしいでしょうか?」


 その黒葉の言葉は先ほどまでの嵐華の件よりも重い言葉に感じた。


「……はい、どうされましたか?」


 校長が返事をし、息を呑む。


「実は……娘達が手紙を頂き過ぎて困っています」


「……はい?」


 校長は黒葉が発した言葉にあっけらかんとしていた。


「確かに嵐華さんも緋織さんも人気があるのは存じておりますが……」


 担任が口を開き、2人が人気であることは周知していた。


 神威も黒葉の言葉に続く。


「今娘達がIRISに入っているのは個人の意思です」

「しかし、今手紙の対応に手を取られていて、体調も段々悪化しています」

「これ以上は親として苦情を言わざるを得ません」


 その後も神威と黒葉は淡々と説明する。


 学業への支障。


 安全管理。


 過度な集中による精神的負担。


 そして、微笑み。


 目は笑っていなかった。


 学校側は即対応へ。


 結果、嵐華と緋織の下駄箱に平和が訪れた。


 その後もラブレターを持っていく猛者はいた。


 だが、「職員室提出」とハードルの高さは相当な勇気と覚悟が必要。


 嵐華、緋織に対する告白の難易度が急上昇した。


 ……


 紫導家リビング——。


 嵐華と緋織はソファーで並びながらゆっくりと紅茶を飲んで過ごしていた。


 前までならラブレターの返事を書くのに奔走していた時間帯。


 愛里を説得し、それまでもらっていたラブレターの返事は完了。


 新しいラブレターはほぼ来なくなった。


「最近、手紙減ったね」


「ええ、平和になりました」


 嵐華達は平和が訪れて内心ホッとしていた。


 その横で黒葉が微笑み、神威は新聞を読みながら一言。


「娘の平穏は親の仕事だ」


 親バカである。


 だが、圧倒的に有能な親バカだった。


 それ以降も嵐華と緋織の下駄箱にはラブレターが入ることはなかった。


 そして、校内では「紫導姉妹に告白するなら職員室突破が条件」という伝説が静かに語り継がれることになるのだった。

次回、EP9〜嵐華VS緋織〜

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