EP7〜IRIS〜
IRISへ向かう前に愛里と瑞帆を迎えに行く道中——。
車の中では嵐華が楽しそうに初日に同級生達と話したことを神威と黒葉に話していた。
小学校時代とは違う交流にとても嬉しそうに笑う嵐華。
珍しくはしゃいで話している嵐華を見て神威、黒葉、緋織の3人は同じことを思っていた。
日常をやっと取り戻したんだ……と。
だが、今から向かうのは神威、黒葉にとっては「日常」になってしまったもの。
そして、嵐華と緋織は初めて踏み込む「非日常」への入り口。
今から迎えに行く2人も「非日常」へ姉達と向かう。
小学校正門前——。
「愛里〜瑞帆〜またね〜♪」
「うん♪ばいば〜い♪」
「また明日♪」
下校時間……同級生達に声をかけられながらも愛里と瑞帆は待っていた。
愛里と瑞帆は小学校では人気者だった。
嵐華と緋織に負けず劣らず、神威と黒葉の遺伝子を受け継いでいる容姿。
そして愛里は明るく、少し天然なところもあるが、クラスの中心人物。
瑞帆は基本静かにしつつも、芯が強く、誰とも分け隔てなく接していた。
低学年の子達にも声をかけられ、小学校では2人はもう「アイドル」だった。
だが、今からIRISへ初めて行く……瑞帆は少し緊張していた。
「……今日からIRISへ行くんですね」
心配している瑞帆の横でマイペースな愛里。
「大丈夫だって〜♪お父さんとお母さんから教えてもらってるし♪」
「……そうですね」
瑞帆はなぜ愛里はそんなに余裕があるのか不思議だった。
そう思いつつもそんな一面が瑞帆からすれば尊敬出来る部分だった。
(瑞帆は心配性だな〜)
愛里は余裕があると思われているが、そうではない。
性格に反して愛里は客観的に物事を見る。
洞察力……愛里はその能力がすでにずば抜けていた。
神威と黒葉の訓練時の動き、映像で見せてもらった訓練場の風景。
両親より強い人はIRISにはいない……愛里の中ではすでに結論が出ていた。
この2人に教わっているのだから心配することはない。
分析の上での余裕だった。
「……あ、来ましたよ」
瑞帆は神威が運転する家族の車が視界に入ったことに気づいた。
愛里は元気よく手を振る。
2人は車に合流し、6人全員でIRISへ向かう。
IRIS本部は東京湾に建設された人工島にあり、本土から専用の車道、列車が併設された橋が架けられている。
橋を車で走っている中、海を眺めながら塩の香りを感じ、嵐華と愛里は目を輝かせてはしゃいでいた。
「すご〜い!!ひろ〜い♪」
嵐華は長女でもまだ12歳。
さらに外へほとんど出られていなかったのだから全てが新鮮に見えて当然。
神威と黒葉はその様子を一つ一つ見るのが楽しみになった。
「顔出すと危ないですよ♪」
黒葉は嬉しくも嵐華達を宥めて窓を閉めさせる。
神威は運転しつつも、真剣な表情へ変わり4人の娘に話をする。
「もうすぐIRISへ着く」
「これから適性試験があるからな」
「よほどのことがない限り不合格にはならないが、しっかりな」
そう言いつつも4人なら問題ない……そのような安心感のある言葉だった。
4人はしっかり頷きつつも、これからの新しい生活の一部になるIRISの訓練に意気込む。
そして……IRISに到着。
そのまま6人はIRIS本部のエントランスへ向かう。
神威、黒葉の姿を確認した職員、隊員達はすぐに敬礼。
「飛鳥大将!!紫導大将補佐!!お疲れ様です!!」
神威と黒葉も微笑みながら敬礼で答えていた。
その姿を見ていた嵐華達は「やっぱり偉い立場なんだ〜」と感じていた。
それに職員や隊員達と分け隔てなく会話している。
これが普通なのか?と思ってしまう。
職員が嵐華達に気づき、神威達に質問していた。
「……もしかして、大将と大将補佐の?」
「ああ……娘達だ」
「ええ♪自慢の子達ですよ♪」
視線が嵐華達に向き、嵐華が緊張しながらも前に出た。
「あ……あの……紫導嵐華です……いつも両親がお世話になってます……」
「これから……お世話に……なります」
嵐華は精一杯の挨拶をし、制服のスカートを掴みながら深々とお辞儀をする。
顔が真っ赤になっており、その表情を見て職員、隊員達は悶絶する。
(……可愛い……)
「嵐華……まだ合格したわけではないのですから……」
「お世話になっております」
「嵐華の双子の妹の緋織です」
「よろしくお願いします」
嵐華とは打って変わって丁寧に、そして冷静に挨拶をする。
「……緋織も合格前提じゃない……」
小声で緋織に嵐華は声をかけるが、緋織はニヤニヤ笑っていた。
「嵐華姉と緋織姉の妹の愛里です!!よろしくお願いします!!」
「……よろしくお願いします……瑞帆と言います……愛里の双子の妹です……」
愛里と瑞帆の挨拶は対照的だった。
まだ小学5年生の子がIRISに入るのも驚きだが、それ以上に可愛さで癒されていた。
「聞いてはいましたが、本当に双子が2組なんですね……大変でしたよね?」
黒葉は目を細めながら微笑み、嵐華達に向く。
「いえ……この子達を授かれたのは私の人生で一番の幸福ですから♪」
「あの程度の痛みなんてへっちゃらでしたよ♪」
神威は少しだけ寂しそうな表情になっていた。
(……俺が一番じゃない……)
少し嫉妬していたことは神威の胸の内だけにしまっていた。
一呼吸した後、神威は引き締め直す。
「じゃあ黒葉……すまないが4人を更衣室へ」
「分かりました♪行きますよ〜♪」
4人は頷き、黒葉と共に更衣室へ向かう。
それを見送る神威を見ていた隊員は恐る恐る聞く。
「あの子達の中に”雷”が?」
「ああ……嵐華がそうだ」
(恥ずかしそうに挨拶をしていた子……あの子が……)
世界初の雷を制御した少女。
そんな子がIRISに入る。
それは期待と同時に不安が強かった。
職員も同じことを考えていた。
「……上層部はあの子達をどう見るんでしょうか……」
「させないさ……だから俺と黒葉は上の立場になることを選んだんだ」
神威はそう言うと訓練場へ移動する。
……
IRIS地下訓練場——。
神威と複数の隊員、分析官が適性試験の準備をしていると、黒葉が嵐華達を連れて現れる。
IRISでの訓練服は正隊員と育成生で色が分かれる。
正隊員は「黒」、そして育成生は「白」を基調としていた。
嵐華達も育成生用の白い訓練服を着ていた。
「じゃあ始めるか」
神威が口を開くと、分析官の1人が嵐華達に声をかける。
「嵐華さん、緋織さん、愛里さん、瑞帆さん、はじめまして」
「これから適性試験を行いますので、順番に1人ずつお願いします」
「では……まずは愛里さんからお願いします」
「は〜い♪」
愛里は元気よく返事をし、訓練場の所定の場所へ移動する。
そして、愛里は目を瞑り、集中する。
愛里の能力は「重力操作」。
重力操作の能力者は数は少ないが存在はする。
しかし、実用性が難しい……特に戦闘面では。
出力と方向制御を誤れば自分自身が押し潰される。
調整を誤れば周囲にも甚大な被害を及ぼす。
「ふふ〜ん♪」
だが、愛里はまるで遊ぶかのように重力の方向を変え、自身の体重を軽減。
まるで空中でダンスをしているように高く舞い、地面へ急降下する。
さらに着地の衝撃も吸収。
「……空間ベクトルの感覚と操作が完璧です……こんな繊細な重力操作は初めて見ました」
分析官が能力波形と実際の動きを見て驚いていた。
「ぶい♪」
愛里は神威と黒葉にピースサインをして笑っていた。
「では愛里さんは終了ですね……次は瑞帆さん、お願いします」
「……はい」
瑞帆は緊張しながらも愛里と交代する。
入れ替わり際に愛里が瑞帆に声をかける。
「ファイト♪」
通り過ぎた後、瑞帆は小さな声で……愛里には聞こえていないが返事をした。
「……はい」
瑞帆は手を合わせ、ゆっくりと目を瞑る。
瑞帆の能力は「ダイヤモンド生成」。
この能力も存在自体は確認されているが、これも実用化が難しい。
それは「純度」と「構造安定性」の問題。
多くは脆く、実戦運用出来た事例が存在しない。
能力ランクに関しても過去同様の能力を持っていた者でも「良くてDランク(一般能力者未満)」だった。
「ハズレ能力」とまで言われているものだった。
「……出来ました」
瑞帆が合わせた手をほどき、両手で包むようにダイヤの結晶が生成されていた。
だが、瑞帆が生成したダイヤの結晶は不純物が全くなく、結晶格子が安定、さらに生成速度も速い。
分析官が専用の分析装置で状態を確認する。
「これは実戦で使えるレベルの強度ですね」
「因みにどれくらい持続出来ますか?」
瑞帆は正確に時間を把握していた。
「最大30分です」
そして、ダイヤの結晶を棒状の形態へ変化させる。
「大きく出来ますが、その分時間も短くなります」
瑞帆は緊張がほぐれ、淡々と分析官の質問に答えていた。
「はい、ありがとうございます」
「瑞帆さんもこれで終了ですね」
「丁寧な回答ありがとうございました」
「はい、ありがとうございました」
瑞帆は丁寧に分析官にお辞儀をする。
愛里と瑞帆の試験結果は誰が見ても「合格ライン」だった。
神威は2人の能力操作のセンスに脱帽していた。
「愛里と瑞帆は能力が発現してからまだ半年程度……だがもうこのレベルだ」
「才能という意味では嵐華と緋織以上かもしれませんね……ですが」
黒葉も愛里と瑞帆の才能は認めつつも意味深な言葉を残す。
それはまだ姉達の試験が終わっていないからだった。
「……では次、緋織さん……お願いします」
「はい」
空気が変わる。
瑞帆と入れ替わり、訓練場の中央へ緋織が立つと、壁から銃口が向けられる。
ゴム弾だが、当たれば怪我をするレベルの威力はある。
嵐華達の前には強化アクリルの壁を配置。
それでも緋織は至って冷静だった。
緋織は少し瞑想し……目を開ける。
「……いつでもどうぞ」
少しの間の静寂……そして静寂を裂き、発報音が鳴り響く。
緋織に直撃するかと思った瞬間、ゴム弾が弾かれる。
緋織の能力は「シールド」。
エネルギー状のシールドを展開し、放たれるゴム弾を軽々と弾く。
シールド能力も操作が難しい上級者向けの能力であり、「空間把握」、「座標設定」、「展開速度」、「強度調整」とプロセスが多い。
それをいとも簡単に操作しているように見えるが、それは緋織の努力の成果だった。
だが、分析官は不思議そうだった。
「しかし、どうやってゴム弾の弾道を正確に把握しているんですか?」
「シールドを正確に張れても反射神経が異常な気が……?」
神威がその疑問に答える。
「それはな、緋織の周囲に”薄いシールド”をドーム状に張っているからだ」
「ドーム状?」
「ああ、薄いシールドは簡単に抜かれるが、抜かれた瞬間、緋織はどこからゴム弾が飛んでくるか予測出来るってわけだ」
「それでもシールドの展開速度がなければ成立しないがな」
黒葉は神威の説明に付け加えて話す。
「ええ、愛里と瑞帆が”才能の天才”なら緋織は”努力の天才”です」
「あの子の努力はずっと見てきました……嵐華を守る為……愛里と瑞帆も守る為に」
今の緋織はすでに育成生になってもトップ層にいるレベルだった。
そして、最後のゴム弾を防ぎ、シールドを全解除する。
「ふぅ……ありがとうございました」
緋織は少し汗をかいた程度で落ち着いて嵐華達のもとへ戻る。
「……文句なしですね」
分析官はもう合否なんて分かりきった結果に愕然としていた。
「お疲れ♪緋織♪」
「ありがとうございます……次は嵐華の番ですよ?」
「みなさんの度肝を抜いてください」
嵐華は無言で緋織の肩に手を置き、もう片方の手で親指を立てる。
そして最後の試験……嵐華の番がやってきた。
訓練場の真ん中に立つ。
嵐華も育成生用の白の訓練服を着ているが、嵐華だけは別の「装備」も付けられていた。
それは雷専用の安全性を考慮したプロテクター。
重量はそれほど重くないが、そこはIRISの技術力。
小学生時代に装着していた放電装置と同レベルの機能を持たせ、雷による身体的ダメージを一定量抑えることが出来る。
しかし、100%の出力は抑えられない。
今嵐華が出来る雷の出力は0%、50%、100%のみ。
(私は愛里と瑞帆みたいに繊細な制御は出来ないし……緋織みたいに努力しても私には限界があった)
(だから……私は出来るだけのことをする)
嵐華が制御するのはただ一つ……50%のみ。
深呼吸……段々集中力が増していく。
空気が張り詰める。
嵐華の雰囲気も「天使」から変化していく。
見ていた隊員が感じ取った。
(これは……寒気?……殺気か?)
現役の隊員が感じ取るほどの集中の圧。
前の3人も十分過ぎるほどの結果を見せてくれた。
だが、今から起こることは別次元なものになると感覚で理解した。
すると周囲に訓練用のボードがいくつもランダムで設置される。
訓練場の壁面には放電吸収材が展開され、神威達の前には強化シールドが下ろされていた。
「……いきます」
嵐華の周囲の空気が揺れ、紫色の雷が体を覆う。
その瞬間、嵐華の周囲のボードが一瞬で弾け飛んだ。
「……え?一体何が?」
「そうですね……スローカメラで見ましょうか」
黒葉が撮影された映像をスローで再生するように促した。
超スロー再生で確認すると、嵐華が超高速で動き、ボードを一つ一つ丁寧に拳で破壊していた。
その動きが速すぎて目では追えていなかった……神威と黒葉以外は。
「体から爆発的に放出することで超人的なスピードと破壊力を出せる」
「今の嵐華が使える”唯一”の戦法だ」
「ですが……それでも止められる人はごくわずかです」
嵐華は雷を解除し、スイッチをOFFにする。
「……これが今の私に出来ることの全てです……よろしくお願いします」
分析官、隊員に深くお辞儀をする。
正直、このレベルで不合格になる方が無理な話なのだが、嵐華はこれでも合格出来るか不安だったようだ。
「いや……十分合格だよな……?」
隊員が分析官に確認する。
「はい、不合格になる点は一切ありません」
「……4人とも……IRISへようこそ♪」
その言葉を聞き、嵐華は力が抜け、地面にへたれ込んだ。
「良かった〜……」
愛里と瑞帆は嵐華のもとへ駆け寄り、抱きしめた。
「やったね〜♪一緒に頑張ろうね♪」
「ずっと一緒です♪」
緋織はゆっくり嵐華へ近づく。
「私は心配していませんでしたよ?」
「これからが本番ですよ……頑張りましょう」
緋織が手を伸ばす。
「うん♪」
嵐華は頷き、両手で緋織の手を持ち、緋織が引き上げた。
神威と黒葉も4人に近づく。
「よくやったな……まずはおめでとう」
「これから今以上に能力と向き合う日々が続きます」
「頑張っていきましょうね♪」
神威、黒葉の言葉に嵐華達は元気よく返事をする。
4人はIRISへ……「非日常」へ一歩踏み込んだ。
次回、EP8〜ラブレター〜




