EP5〜世界が雷を知った日〜
この日も、嵐華が雷能力に目覚めた日と同じように、冬の寒さが残る昼下がりだった。
紫導家のリビングでは神威と黒葉が娘達4人と向かい合いながらテーブルに座っていた。
神威と黒葉は嵐華達を育てながらもIRISでは変わらず圧倒的な存在として活躍していた。
SSランクということもあり、Aランク能力者も順調に増えていた為、IRIS上層部も指揮能力、管理能力、そして幹部としての適性を認め、2人を現場から離し、「大将」「大将補佐」という幹部職へ昇格させていた。
そんな中、神威と黒葉はIRIS上層部からある提案を受けていた。
嵐華達4人が逸材揃いであることから、IRIS内にある「能力者育成機関」に通わせてはどうか、という提案だった。
正式な入所基準は13歳(中学2年)。
嵐華、緋織は12歳。
愛里、瑞帆は10歳。
前倒しで入所させるという前例のない提案だった。
確かに専門の……しかも日本最先端の能力育成施設。
そこならば安全に能力制御の訓練が出来ると2人は思った。
しかし、その施設に入るということは、日本国防軍直轄の能力者犯罪対策組織であるIRISに所属するということでもある。
出来れば4人には能力に関係なく、平和な日々を送って欲しかった。
だが、娘達の気持ちも確認する為、こうして6人全員が集まったのだった。
しばらく静かな時間が流れ、神威が口を開く。
「IRISから話があった……能力者育成機関に入らないか?という話だ」
黒葉も神威に続いて言葉を発するが、あまり乗り気ではなかった。
「確かに育成機関であれば能力制御も今以上に向上していくでしょう……でも私達はあなた達の安全が第一です」
「なので、断っても大丈夫なんですよ?」
愛里と瑞帆が戸惑っている中、嵐華が口を開いた。
「私は……育成機関に……IRISに入りたい」
嵐華の言葉に神威も黒葉も真剣に聞き続ける。
「ずっと、お父さんとお母さんが一生懸命頑張ってるところを見てきた」
「だから……私も”守れる人間”になりたい」
緋織もその言葉に続く。
「私もIRISに入りたいです」
「嵐華を……家族を守れるように……強くなりたいです」
姉2人の言葉を聞いて、愛里、瑞帆も気持ちを決めた。
「嵐華姉達が行くなら、私も入る!!」
「……私も入りたいです」
「私も……守れる人になりたいです」
4人の気持ちを確認し、神威、黒葉も覚悟を決めた。
「分かった……だが、”普通”の生活に少しは制限がかかるのは覚悟しておけよ?」
「私達も出来る限り協力しますから一緒に頑張りましょうね」
嵐華達は静かに頷き、気持ちを新たにする。
そして、紫導家の娘4人はIRIS所属となり、「日常」と「非日常」を行き来する生活を家族で共有することとなる。
選択と覚悟。
そして……家族の絆を深めていく日々。
それらを積み重ねながら、紫導家の歴史は新たな段階へ進もうとしていた。
……
数ヶ月後——。
国際能力者連盟本部——。
日本支部から本部へ1つの報告資料が届く。
それは世界の能力史における転換点と言える出来事だった。
まだ12歳の少女が……世界の常識そのものを塗り替えた日。
資料名は……「雷能力者制御成功個体の確認」。
通常種「雷」。
能力が発現すれば短命。
雷は「呪い」あるいは「能力者の削減装置」。
それが世界における雷能力の共通認識であり、常識だった。
だが、今回送られてきた報告資料は、その常識を根底から覆すものだった。
『世界初の雷能力制御を可能にした少女を確認、報告時点の年齢12歳』
その一文だけで連盟本部は騒然となった。
連盟の職員はこの情報を疑う。
「虚偽じゃないのか?」
解析班も能力波形のデータを確認するが、信じられない様子だった。
「この波形ログは……本物か?」
「一時的な安定じゃないのか?過去にも似た事例はあっただろう」
連盟の解析班も同封されていた波形データの精査を始める。
そして、導き出された結論は誰にとっても衝撃的だった。
出力自体は高く、不安定なもの。
だが、雷のON/OFFが明確に存在している。
それはつまり、能力の使用そのものを「切り替えている」ということだった。
解析班の1人がある資料を読み、目を見開く。
「……この参考論文は……あの”スイッチ理論”か!?」
別の解析班もその論文を読み、半信半疑だった。
「不可能だと結論づけられていた領域じゃないのか?」
「そうだ、だが……実際にそれを可能にした個体がいる」
「これが雷を制御する唯一の方法だとしたら……?」
不可能を可能にした。
その内容に解析班達は目を輝かせていた。
そして、連盟職員が改めて少女の名前を確認した。
名前は報告資料の一番最後のページに記載されていた。
その少女の名は……紫導 嵐華。
「……紫導?」
その言葉を聞き、空気が変わった。
紫導……この苗字を知らない連盟の者はいなかった。
かつて優秀な能力者を数多く輩出し、野良能力者事件によって一度滅んだとされる一族。
その末裔。
職員は改めてこの一族の異常性を再確認する。
「やはり……あの血統は異質だ」
そして、職員の拳が熱くなる。
「これは偶然なんかじゃない」
「能力史が動くぞ……」
……
連盟上層部会議——。
すぐに上層部では嵐華の話が持ち上がる。
「研究協力を提案すべきだ」
「連盟直轄の管理下に置くべきではないか?」
「育成データは連盟発信で共有した方が良いわね」
研究、管理、独占……それぞれの思惑が交錯する。
雷制御理論は今後の能力者育成全体に莫大な影響を与える。
そう考えるのは当然だった。
しかし、さらなる波形ログの詳細解析が進むと、別の事実が浮かび上がってきた。
解析班の代表が苦い顔をしながら報告する。
「……これは……紫導嵐華にしか無理です」
幹部はその回答に納得しなかった。
「無理とはどういうことだ?」
「現に紫導嵐華は雷を使えているじゃないか」
一呼吸置き、解析班が口を開く。
「スイッチ訓練を成立させる前に死にます……」
会議室が静まり返る。
「これは……紫導嵐華の”異常な耐久力”と”回復力”が前提条件です」
「つまり、制御理論そのものは成立していても……実際に耐えられる個体がいません……」
「さらに出力値は歴代の雷能力者の記録の中でも大幅に更新しました」
だが、幹部は嵐華の出力データを見ながら答える。
「なら”普通”の雷能力者なら大丈夫じゃないのか?」
「それなら異常な耐久力はなくても」
解析班のメンバーは幹部の雷能力に対しての認識の甘さに内心ため息を吐いていた。
「普通の出力でも雷能力者は”短命”なんです」
「そもそも”人間が雷に順応出来ない構造”なんです」
「スイッチ操作を誤って暴発すれば……基本即死でしょう」
雷のON/OFFを切り替える。
言葉にすれば単純だが、その過程で発生する暴発と損傷に、普通の能力者の肉体は耐えられない。
それでも上層部は諦められず、方針は変えなかった。
研究協力の提案。
連盟管理下の移行打診。
それに伴う育成データの連盟管理。
これらを正式に日本支部へ送付した。
……
しばらくして日本支部から回答が届いた。
その内容は明快だった。
『紫導嵐華は日本のIRIS能力育成機関へ入所させる』
『育成及び管理は両親であるSランク能力者”飛鳥 神威”、”紫導 黒葉”が行う』
『報告資料以上のデータは新たに世界へ貢献出来る内容があれば共有する』
その回答書を読んだ上層部は即座に色めき立つ。
「これは……日本の独占宣言じゃないか!?」
「世界的資産を日本国内に囲い込むつもりか……!!」
「これは倫理的問題よ!!」
上層部だけが集まった会議室で怒声が飛び交う中、さらに追記する形で日本支部から一文が送られてくる。
『これは自身の子供を守る為の両親として当然の行動である』
『それでも干渉するというのであれば、我々は世界を敵に回してでも子を守る』
その文末には、2つの名前が署名されていた。
IRIS「大将」飛鳥 神威。
IRIS「大将補佐」紫導 黒葉。
連盟の幹部はその名を見た瞬間、静まり返った。
IRISの幹部であることもあるが、何よりも「SSランク能力者」。
世界に5人しか存在しない「特異点」。
そのうちの2人を敵に回す。
しかも残る3人は政治的な介入に興味を示さない者ばかり。
現実的ではない。
さらに、倫理を持ち出して子供を守る親を否定する構図になれば、バレれば世論も味方にはつかない。
政治的にも、道義的にも……分が悪すぎた。
連盟は日本支部、IRISの回答を受け入れるしか選択肢はなかった。
「紫導嵐華のIRIS所属を認め、雷能力のデータはIRIS発信のものに限定する」
それが連盟の出した最終決議だった。
だが、この出来事で世界の常識が変わった。
雷は「呪い」で終わらなかった。
まだ嵐華以外は不可能な領域……だが、制御可能な「力」になり得るのだと、新たな道が開けた。
そして同時に「紫導の血統」がまだ終わっていないことも……世界は知ることになった。
その頃、当の本人である嵐華は何も知らない。
自分が世界の常識を塗り替えたことを。
世界中の能力者機関が、自分の存在に注目していることも。
ただ嵐華は前だけを向いていた。
家族と一緒に生きる為に。
誰も傷つけずに笑う為に。
そして……いつか誰かを守れる人になる為に。
本当の意味の雷能力の歴史も始まったのだった。
次回、EP6〜中学1年生〜




