EP44〜師弟〜
「いってきま〜す♪」
元気な声で愛里は玄関を出る。
「もう、まだお父さんの車の準備できていないですよ?」
瑞帆は聞こえているか分からないが、念のため声をかけた。
「では、嵐華姉、緋織姉、いってきます♪」
嵐華と緋織はどちらも優しく微笑んで手を小さく振る。
「うん♪いってらっしゃい♪」
「訓練頑張ってくださいね」
瑞帆が手を振りながら、外へ出ると、神威と黒葉も靴を履く。
履き終えると、嵐華と緋織に声をかける。
「じゃあ、いってくる」
「では、お留守番お願いしますね♪」
「うん♪夕飯作って待ってるからね〜いってらっしゃい♪」
「お仕事頑張ってください♪」
嵐華と緋織は笑顔で4人を見送った——。
紫導家の朝——。
今日は8月31日。
もう夏休みも最終日になり、明日からまた学業兼任の体制になろうとしていた。
それは紫導家の娘達も同じ。
正隊員となった嵐華と緋織は自宅で家事を。
そして、愛里と瑞帆は両親と共にIRISへ向かう。
本来は夕方から訓練をするのだが、夏休みの最終日ということもあり、訓練は午前に実施することになった。
訓練場へ到着すると、氷華と炬乃恵が訓練服を着て、準備体操をしている。
教官の花梨、右近、左近も訓練内容の確認をして待っていた。
愛里は元気よく声をかける。
「おはようございま〜す♪」
瑞帆も続けて言う。
「おはようございます」
氷華達も声に反応し、優しく声をかける。
「おはようございます♪愛里、瑞帆」
「今日で夏休みも終わりだな〜……なんとか課題終わって良かったぜ……」
愛里は笑いながら炬乃恵に話しかける。
「ぎりぎりまでかかったの?」
「うちはな〜課題がすっげぇ多いんだよ……」
だが、氷華は少し呆れたように言う。
「毎日コツコツやってれば、すぐに終わりますよ?」
炬乃恵も同じように呆れていた。
「……おまえのコツコツは参考にならないんだよな〜回答速度異常だし……」
瑞帆が準備運動をしながら尋ねる。
「そんなに違うんですか?」
「そうだな……俺たちは特進クラスなんだが、60分の試験があると……全員が解くにギリギリの時間の量を氷華は大体20分ぐらいで終わっちまうからなぁ……」
「……それは……速いですね」
その話を愛里も聞いており、更に質問する。
「じゃあ、終わったら氷華さんどうするの?」
すると本人が当然のように答えた。
「テスト用紙を裏返して、鞄を持って図書室に行ってますね……予習と復習をしてます」
「テスト期間中は図書室には誰もいないので、凄く集中できますから♪」
(……すご……)
愛里と瑞帆が氷華の頭の良さを理解していると、花梨達が声をかける。
「あなた達……今日は午前だけなんだから集中しなさい?」
「じゃないと……午後からもさせるわよ?」
4人は全力で何回も頷き、しっかりと準備運動で身体を整える。
その後、花梨が今日の訓練内容について説明を始める。
「今日はペアでお互いの動きを見ながら確認していくわ」
「相手の動きを言語化する……それも任務中の相手の動きを確認して、味方に伝える大事なことよ」
花梨はタブレットを見ながらペアを伝える。
「まず炬乃恵と愛里は左近と一緒にC-1訓練場へ、次に氷華と瑞帆は右近と一緒にC-2訓練場へ行きなさい」
右近と左近はそれぞれ担当したペアを連れて指示された訓練場へ向かう。
C訓練場のCはクロスレンジ(Cross-range)の略で近接戦闘用の訓練場になる。
炬乃恵と愛里は拳と蹴りが主体であり、氷華と瑞帆は剣、刀が主体。
その組み合わせでの訓練は必然と言っても良かった。
連れていかれる中、愛里と瑞帆はそれぞれのペアの相手を見ながら、同じことを考えていた——。
氷華と炬乃恵——。
2人は愛里達より2年遅れてIRISの育成期間へ入所したにも関わらず、すでに育成生の中でトップクラスだった。
能力は「複合種」——複数の特性を持つ希少なもの。
さらに身体能力、戦術把握能力、そして模擬戦の成績もずば抜けていた。
周囲の育成生も揃えて口にする……「嵐華、緋織に次ぐ天才が現れた」と。
噂では氷華も炬乃恵も、来年には正隊員へ昇格すると言われていた。
(私たちも……嵐華姉に続くはずだったのに……)
(あとから入ってきた人が先に行ってる……)
愛里と瑞帆も努力している。
才能もある。
だが、氷華と炬乃恵には届いていない。
(炬乃恵さんに届かない……)
(氷華さんの足元にも及ばない……)
((2人に届かないなら……嵐華姉と緋織姉にも……))
焦りと不安。
そんな雑念を持ったまま、訓練を始めてしまった。
……
C-1訓練場——。
愛里と炬乃恵は左近の指導のもと、お互いの能力、格闘術を見せ合う。
まずは炬乃恵が鉄柱へ炎を纏ったトンファーを打突し、鉄柱が僅かに溶けながら凹む。
そこへ拳を握り、軽く触れる。
すると、いきなり爆発し、鉄柱が砕けて倒れる。
炬乃恵は満足げに腕を回す。
「うし!!絶好調!!」
左近は愛里に質問する。
「じゃあ、炬乃恵の動きを見てどう思った?」
愛里は真剣な目を炬乃恵へ向け、炬乃恵もしっかり愛里を見ていた。
「え〜っと……炬乃恵さんの炎を使っての打撃ですけど……やっぱり体幹と打撃を入れる時に最大の力がかかってるように見えました」
「炎で威力も上がってるけど、やっぱりそもそもの技術が高いなぁって」
「あと爆破の能力も最小限で……これだけの規模の爆破だけで倒せるって計算されたような感じがしました」
炬乃恵は感心した様子で見て、親指を立てた。
「よく見てるじゃねぇか♪」
「愛里の回答で特に相違はないか?」
「はいっす」
「愛里はよく見てますよ……炎はおまけで、きもは”一点集中”と”爆破規模”っすから、答えはほぼ満点っす」
左近も満足げな顔で愛里を見る。
「よし、しっかり言語化もできているし、把握できているな……」
(……これなら花梨さんの提案は通るかもな……といってもまだ先の話だが……)
愛里は満点回答の評価を受け、にっこりと笑う。
「へへ♪やったね♪」
(……でも、やっぱり炬乃恵さんの実力は別格……)
笑っていながらも、実力差に焦る。
そして、愛里に交代し、鉄柱も新しく設置された。
愛里は腕と足に軽量化された鉄甲を装備し、構える。
「……せい!!」
重力を前方へ向け、右足での回し蹴りを繰り出す。
鉄柱には少しの凹みが入るが、炬乃恵ほどの威力が出ない。
愛里の表情が歪む。
(く……分散するし、それに……重力を乗せても”軽い”……)
愛里は紫導グループの中でも一番の低身長の160cm。
逆に炬乃恵は一番の高身長であり、172cm。
体格差、体重差……色々な要素で近接戦闘は炬乃恵の方が上なのは明白だった。
(なら……!!)
愛里は重力操作で自身へ反重力で浮き上がり、空中から回転して威力を上げようとする。
しかし——。
(あ……)
操作ミス……本来なら軽やかに空中で制御するはずが、逆に重力を乗せてしまった。
愛里はそのまま落下してしまい、背中を強打してしまう。
「っ……!?……う……ぁ……」
「おい!!大丈夫か!?」
炬乃恵が真っ先に駆け寄り、左近は即座に医療班へ連絡を入れていた。
愛里は痛みに顔をしかめながらも、無理に笑おうとした。
「……はは……やっちゃった……」
「じっとしてろ……今、左近さんが医療班呼んだからな」
すると、愛里は悔しそうに涙を流し始めた。
「ありがとう……情けないな〜……こんなんじゃ……嵐華姉を……守れない……」
愛里から漏れた本音。
「愛里……」
炬乃恵は茶化さなかった。
愛里の顔を見て、それが軽口で言ったことではないと理解したから……。
愛里のすすり泣く声だけが聞こえる中、炬乃恵は優しい口調で話し始める。
「……焦らなくても良いんじゃないか?」
「お前はまだまだこれからだろ?」
「才能もあるし、努力もしてるんだ……だいじょう……」
「炬乃恵さんの方が強いもん!!」
愛里の強い言葉が炬乃恵の言葉を遮る。
いきなりの叫びに炬乃恵は目を瞬かせる。
愛里は涙を流しながら、言葉を止めない。
「私より後に入ったのにもう抜かれた!!」
「この前の模擬戦でも手も足も出なかった……そんな炬乃恵さんでも……嵐華姉には……」
「あんなに強くても……あんな怪我しちゃう嵐華姉を……どう守れば良いの?」
「……強くなりたいよ……」
炬乃恵は最後まで遮ることなく、愛里の思いの丈を全部受け止めた。
その後、微笑みながら愛里を見て、手を握る。
「……一緒に強くなろうぜ?」
「緋織だけに嵐華を守らせるんじゃなくて、みんなで守ろう」
「俺だって……まだ2人の横に並べてねぇからな」
握られた手が少し力が入っていることを感じる。
(炬乃恵さんも……悩んでるんだ……)
それでも炬乃恵は笑う。
「それに……嵐華や緋織に守られっぱなしのポジションにいたくねぇからな♪」
「頑張ろうぜ?」
愛里はそんな炬乃恵の優しい言葉に気づかされる。
(私は自分のことばっか……そうだよ……一緒に……)
その言葉に愛里は涙を流したまま頷く。
「……うん……絶対、強くなる……炬乃恵さん……色々教えてもらっても良い?」
炬乃恵は迷わなかった。
「……ああ、任せろ!!」
2人が話していると、医療班が到着し、愛里の治療が始まったのだった——。
……
一方、時間は遡り、C-2訓練場——。
こっちでは瑞帆と氷華が右近の指導のもと、剣術メインの訓練を実施していた。
剣術でも氷華は「小太刀二刀流」、瑞帆は「一刀流の居合と抜刀」とタイプが全く違う。
だが、今後、正隊員になり、同じチームで行動することになった場合、お互いの間合いの把握は重要なこと。
それを見越して、花梨は氷華と瑞帆をペアにしたのだった。
花梨と右近、そして瑞帆が見守る中、氷華は少し細めの木の丸太が円形に立てられたエリアの真ん中に立つ。
そして、氷華は持ち手だけの剣を左右に持つ。
「……いきます」
氷華が目を瞑り、集中すると、持ち手から水が発生し、段々と剣の形になっていく。
その状態で両方を前へ突き出すと、水の刃は氷の刃へ変わる。
氷の刃が完成した瞬間、開眼し、そのまま踏み込み、丸太へ斬り込む。
踏み込みから下半身、上半身へと逃げることなく、洗練された刃へと力が伝わり、ストンっと丸太が落ち、綺麗な年輪が顔を出した。
その後、方向を変え、即座に逆手に変え、まるで流麗なダンスを踊るかのように丸太を斬っていく。
氷華が最初の立ち位置に戻り、氷の刃を解除する。
「終了です」
歩き出すと、斬れた丸太がズレ落ちていき、鈍い音とともに床に転がる。
瑞帆はただ、氷華の能力の質、体捌き、そして剣術の才能に見惚れていた。
(氷華さんは……本当に天才……もしかしたら嵐華姉達よりも……)
「瑞帆?どうしました?」
氷華に話しかけられ、瑞帆はびっくりしてしまう。
「え?あ!!すみません!!」
「いえ、見るのが今日の訓練の一つですからね♪何か気になる動きはありましたか?」
瑞帆は気を取り直し、氷華の動きを整理する。
「……氷華さんは水と氷の能力の繊細さは正直……IRISでもトップだと思います」
「天才って氷華さんのようなことを言うのだと思ってしまいます」
「ただ、能力だけではなくて、立ち回りや体の力の伝え方、それにどの角度で入れれば斬れるのか分かってるような……心眼と言っても良い観察眼も持たれているのですか?」
瑞帆の質問に氷華も自身の動作について整理していた。
「……確かにこれに関しては感覚ですが、剣でも弓でも最も効果的に入るポイントが分かりますね」
「ただ、それは座学で教わった内容に、反復で確認をしてきた経験則ですね」
「私はこのグループの中では、一番非力ですから……色々工夫しないと♪」
「瑞帆も訓練していけば、いずれは習得できると思いますよ?」
「……そう……ですか?」
瑞帆もだが、花梨、右近もその話を聞き、改めて認識する。
(その感覚を入所前まで何も訓練したことがない子が言えることじゃないのよね……)
(もう氷華の剣術は達人といっても過言じゃないわよね〜それは花梨さんも思ってるだろうけど)
((やっぱり、この子はIRIS史上稀に見る天才……))
お互い顔を見合わせ、右近は花梨に質問する。
「……本当に氷華の正隊員昇格は保留なんですか?」
「言いたいことは分かるけど……それは大人の怠慢よ?」
「嵐華ですら、あんな重症を負ったんだから、しっかりサポートできるようになってから……」
「だから、神威くんもあの2人の昇格を見送ったんだし」
「ただね〜」
花梨は氷華が瑞帆に説明をしている姿を見ながら、少しため息を吐く。
「あの子……頭良すぎて私たちの指示いらないかもね……もう……」
「あ〜それは同感です……」
教官たちはただ、氷華の著しい成長を喜びつつも、どこか寂しさがあった。
そして、丸太の交換が完了すると、氷華は真剣な表情になり、瑞帆を見る。
「じゃあ、次は瑞帆の番ですね」
「はい」
瑞帆も刃のない柄だけの刀を鞘に収め、丸太の前に立つ。
足を開き、抜刀の構えを取る。
「……ふぅ……」
空気が静かになっていくのを感じる。
(……凄い集中力)
集中が増し……そして、一閃が丸太に放たれる。
ダイヤモンドの刃が生成され、丸太は斬れる
しかし、振り抜いた瑞帆の腕は少し痺れていた。
柄を握りしめる。
(……まだ……見えてない)
「もう一度お願いします」
瑞帆は別の丸太へ移動し、再度、抜刀の構えを取る。
だが、氷華は違和感を覚える。
(さっきの集中力じゃない……)
「みず……」
止めようとしたが、瑞帆は一閃を放つ。
だが、刃の硬度が足りず、丸太に触れた瞬間、刃が砕け、そのダイヤモンドの破片が瑞帆の足を切りつけた。
「……っ」
瑞帆がしゃがみこみ、近くにいた氷華が駆け寄る。
「瑞帆!!大丈夫ですか!?」
瑞帆は痛みに顔を歪めながらも、いつものように冷静を装う。
「……大丈夫……です」
「声が大丈夫ではないですよ……そこの椅子に座りましょう」
「……はい……すみません」
氷華は花梨と右近へ顔を向けると、すでに医療班を呼んでいる様子だった。
それを確認すると、氷華は瑞帆を肩で支えながら、休憩スペースの椅子へ連れていき、座らせた。
すると、氷華は手際よく応急措置を始めた。
傷口を確認、止血し、状態を見て、氷華は安心した表情になる。
「切ったのは瑞帆が生成した物ですから、不純物がなく、雑菌もほとんどないと思います……が、ちゃんと診てもらってくださいね?」
優しい声だった……その優しさが逆に瑞帆の感情を揺さぶった。
「……ご迷惑をおかけしました……情けないです……」
顔を伏せる瑞帆。
氷華はその様子を見て、静かに名前を呼ぶ。
「……瑞帆?」
瑞帆はゆっくりと口を開く。
「……私は……いつ……嵐華姉達の横に立てるのでしょうか?」
次の言葉を言おうと詰まる。
氷華は黙って聞いていた。
瑞帆が次の言葉を出すまで急かさない。
「……私は緋織姉みたいに嵐華姉の横に立てる自信がありません……私は……どうすれば大切な人を守れますか?」
「……なんで氷華さんは……そんなにお強いのですか?」
「……私には何があるのでしょうか……」
唇を噛み締め、握りしめた拳は震えていた。
氷華はそれを見て、目を瞑った。
(……この子も色々悩んでいたのですね)
しゃがみ、瑞帆の顔を見上げる形で、氷華は優しく瑞帆の手を握る。
「その気持ちがあれば大丈夫です♪」
瑞帆が少し顔を上げ、氷華を見る。
「……え?」
氷華は続けて話す。
「守りたい……それこそが一番大切なことなんです」
「私はまだ正隊員ではありません……私も……横に立てていませんから……」
声が小さくなるが、それでも言葉はまっすぐだった。
「嵐華とお付き合いはしていますが……まだ同僚としては一緒にはいられません」
「瑞帆と私はまだ同じ立場です……一緒に頑張って強くなりましょう♪」
「私も教えられることは教えますし、瑞帆から教えて欲しいこともいっぱいありますから♪」
氷華の言葉を瑞帆はしっかり受け止める。
(氷華さんも……一緒……嵐華姉を守りたいのに……守れない)
握ってくれた手をもう片方の手で握り返し、静かに頭を下げる。
「……はい、よろしくお願いします」
そして、こちらも医療班が到着し、瑞帆の治療が始まる。
……
治療が終わり、どちらも訓練が中止になり、予定より早めに終わることになった。
「あれ?瑞帆?」
「……愛里?」
愛里は車椅子に乗り、炬乃恵に押され、瑞帆は松葉杖をしながらも氷華に支えられていた。
「愛里……どうしたんですか!?」
「瑞帆こそ!?どうしたの!?」
「いや……車椅子ってどういうことですか!?」
「あ……これは大袈裟なだけだから安心してよ♪」
愛里はぽりぽりと頬を指で掻きながら笑った。
「あはは……どっちも最終日に怪我とかやっちゃったね……」
「……ですね……ふふ♪」
瑞帆も緊張が解けたように笑う。
炬乃恵と氷華は顔を見合わせる。
「お互い……色々あったみてぇだな」
「そうですね♪」
——同じ日、同じIRISの中、そして別々のフロアで起きたよく似た出来事。
炬乃恵と愛里。
氷華と瑞帆。
2組は図らずとも、先輩後輩、年功序列のような関係ではなく、「師弟関係」に近い関係を築いていくことになった。
嵐華と緋織を支えるために……その背中に少しでも近づくために……。
そして、いつか横に並べるように——。
4人はさらに研鑽を続けていく。
だが、この夜、嵐華と緋織に本気で心配され、嵐華が大泣きしたことは、また別のお話——。
次回、EP45〜専用装備〜




