EP42〜救済と執行〜
これは嵐華の意識がまだ戻っていない時に起きた出来事——。
当日の待機班が集まるIRIS隊員の詰所では、重い空気が流れていた。
嵐華がまだ目覚めず、一番若い隊員が命を落とすかもしれない。
特に……嵐華に庇われた隊員は自分を責め続けていた。
(俺が……庇われなきゃ……もっと警戒してれば……もっと……強ければ……)
その思考だけが頭の中をぐるぐる回り続け、休むように言われていたが、それでも現場に立ち続けた。
そうでもしないと、どうにかなってしまいそうだった。
その姿を見ていた隊員達にも伝播し、詰所の空気は重く、苦しかった。
「……入るぞ」
隊員達が顔を上げると、そこには神威が立っていた。
一瞬で全員の背筋が伸びる。
「「「神威大将!!お疲れ様です!!」」」
「全員、楽にしてくれて良い」
敬礼を解くが、空気は重いままだった。
今、この場にはローテーション上、あの日のメンバーが揃っていた。
大将という立場とはいえ、自分の娘が今も生死の境にいる。
怒りも、失望も……向けられて当然だと、誰もが思っていた。
そして、神威は嵐華が庇った隊員に近づいた。
しばらく沈黙が流れる。
だが、次に出た言葉はその隊員からは思ってもみないものだった。
「……気にするな」
隊員は顔を上げる。
「……え?……でも……」
神威は真っ直ぐ、言葉を続ける。
「嵐華が選択したことだ……もし嵐華が庇わなかったら、お前が死んでいたかもしれない……」
「結果論かもしれないが、全員生きてるんだ……無事でよかったよ」
父として……誰よりも辛いはずだった。
それでも、神威は隊員を責めず、隊員の無事を祝った。
その言葉に隊員の感情は一気に崩れ、涙を流しながら、震える声で誓う。
「もっと強くなります!!」
「次は隊長を……嵐華少尉を守れるように!!」
「誰も傷つけさせないように!!」
神威はその言葉に短く頷く。
「……ああ、期待してるぞ」
隊員の肩を叩き、神威は詰所を後にした。
……
一方、その頃——。
黒葉は現幹部、警察、政府と協議をしていた。
モニター越しに警察関係者が言う。
『今回、警察官も2名が犠牲になった』
『そして、強盗時に1名、女性を強姦、殺人で2名……さらに廃ビルで見つかった下半身だけの遺体も行方不明の女性のDNAと一致』
『これはもう、極刑に値する』
政府関係者も口を開く。
『さらに問題なのは……”人を食べていた”ことだ』
『能力に関係ないことから、完全に犯人の人格の問題だ』
『流石に収容所には入れられない』
幹部の三枝達が黙る中、黒葉は淡々と答える。
「では、”処理”はこちらで?」
警察も政府も……満場一致で答える。
『ああ、この犯人の”執行”を頼む』
黒葉は頭を下げ、頷いた。
「……承知いたしました」
そのまま、協議が終了し、三枝が黒葉に話しかける。
「……執行……か」
黒葉は机上の資料を片付けながら答える。
「ええ、仕事ですから」
他の幹部の長谷部、倉田も心配していた。
「……本当に君以外に”執行者”はいないのか?」
「ずっと、黒葉さんが抱え込む必要は……」
黒葉は首を横に振り、微笑む。
「ええ、私以外にさせることはもうありません……これは私だけで十分です」
「それに……これは幹部以上と”特定の職員”しか知らない最高機密ですから……」
そう言いながら、片付けた資料を3人へ手渡し、ある場所へ向かう——。
IRISが相手にする能力者は大きく分けて2種類ある。
1つ目は「野良能力者」。
身体的、精神的ストレスにより、能力のリミッターが外れ、制御不能になった状態。
これは社会的ハラスメント、孤立、精神疲労等の「外部要因」が多く、自身でも意図しない暴走。
なので、拘束後は精神鑑定、カウンセリング、能力制御の再教育、社会復帰支援等の「更生プログラム」によって、日常へ戻すことが至上命題であり、IRISの「本当の仕事」だった。
2つ目は「能力犯罪者」。
それは自らの意思で能力を行使し、犯罪を犯す者たち。
暴力、強盗、そして殺人——。
そこに情状酌量の余地などない。
さらに今回はIRISの隊員も瀕死の重傷を負った。
ただ「粛清」のみ。
……
黒葉は戦闘服に着替え、自身の専用装備「臥龍」を持ち、ある部屋へ入る。
そこは完全に隔離された部屋。
管理人のベテラン職員がいる管理室と、もう1つの広い空間のみ。
管理人が黒葉に話しかける。
「……今日もおまえだけなんだな?」
黒葉は微笑んでいたが、目は全く笑っていなかった。
「……まぁ、今回はおまえさんの娘が大怪我したんだろ?……だが、怒りに身を任せるなよ?」
「えぇ……分かっていますよ♪」
そう言い、黒葉は奥の部屋へ入って行った。
その部屋の中央には椅子があり、嵐華を刺した犯人……剣の能力者が縛られていた。
黒葉の姿を見ると、全く悪びれる様子も見せず、下卑た笑みを浮かべていた。
「あ〜?また良い女が来たな〜IRISは美人揃いだねぇ♪」
「……」
「あの女は死んだのか?あんな良い女……死んだら勿体無いぜ?」
「……」
「もう1人も良かったな〜良い声で泣きそうだぁ♪」
「……」
「なぁ?それにしてもなんで能力使えねぇんだぁ?黙ってないでさ〜喋ってくれよぉ」
そして、黒葉の表情が消えた。
「……私の娘を汚すな……」
犯人が黒葉の言葉に反応する。
「あ〜?むす……!?」
犯人がさらに何か言おうとしたが、言葉が止まった。
(なんだ……これ……は!?)
目の前にいるのは、自分が今まで見てきた「人間」ではない。
凄まじい殺意が犯人を襲った。
震えが止まらない。
(殺される!?)
理屈ではなく、本能で理解した。
黒葉は臥龍を片手で握りしめ、冷たく宣告した。
「……あなたの異常な戦闘力は……強盗や……女性を狩りと称して磨いたそうですね……」
「それにしては、場数も足りていないとは思いますが……言わないなら仕方ありません」
「警察、政府も含めて、国があなたの存在を抹消することが決まりました……あなたを処理します」
黒葉の身体からは「黒い炎」が静かに噴き出していた。
そして、臥龍を構える。
臥龍には刃はない……斬らず、ただ「撲殺」するための剣。
「あなたには今、対能力者用の能力抑制剤を投与しています」
「意識も痛覚も残ります……ただ、能力だけは使えません」
「あなたが今まで傷つけ、殺してきた人たちの気持ちを……知りなさい」
言い終わると、黒葉は臥龍を横薙ぎに振り抜き、犯人の顔面を打ち砕いた。
骨が砕ける音。
意識が飛びかけるも、肩、あばら、膝と追い打ちをかけ、途切れさせない。
臥龍を振るったのは6回——犠牲になった人の数と同じだった。
その1発1発には、犠牲者達の無念が込められていた。
意識が朦朧とする中、犯人は小さく呟く。
「ごべん……なさい……」
そして、黒い炎が犯人の身体を包み込む。
「あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!」
ただただ絶叫が響き渡る。
黒葉は臥龍についた返り血を黒い炎で全て焼き、地面に突き立て、言い放つ。
「この部屋は完全防音ですので……全て無くなるまで、燃えていなさい」
黒葉の黒い炎は「黒葉自身が解除しない限り消えない」……「一生」燃え続ける炎。
悲鳴は外へ届かない。
誰も来ない。
痕跡が消えるまで、ただ燃やされ続ける。
自分が犯した罪の重さをようやく理解しながら……地獄へ叩き落とされるのだった——。
……
黒葉が部屋から出ると、管理人から声がかかる。
「今回もお疲れさん……まぁ、お前が担当で楽なのは、炎で全部無くなることだな」
「掃除しなくて良い」
黒葉は深呼吸をし、落ち着いた口調で答える。
「ええ……私が担当する理由の1つですから……では、失礼いたします」
そして、管理人室も後にする時、黒葉は別の理由も口に出さないが、思っていた。
(それに……これは誰にも見せたくないし……させたくもない)
執行者という立場を背負うのは自分だけで十分。
そう思いながら、部屋を出る。
黒葉が部屋を出ると、外では神威が壁にもたれるように待っていた。
神威は黒葉に話しかける。
「……終わったのか?」
黒葉はいつもの優しい表情、口調へと戻る。
「はい、もうこの件は終了です♪」
明るく答えるが、神威の表情は曇ったままだった。
「……すまないな……こんな役割はさせたくないんだが……」
黒葉は首を横に振り、神威の手を優しく握る。
「誰かがしなければいけないことです」
「それに……これが私の”役割”でもあります」
黒葉の視線が下へ下がっていく。
「嵐華、緋織、愛里、瑞帆……今後、任務中に選択を迫られることはあるでしょう……」
「ただ……あの子達には私のような”執行者”にはなってほしくありません」
「一生秘密にしておきたいですね……母親のこんな姿を見せるわけにはいきませんから……」
表情が暗くなっていくことを見て、神威は優しく、黒葉を抱きしめる。
「……絶対、お前は俺が一生守る……」
「……はい、よろしくお願いします♪」
娘達が知らないこと。
知らなくても良いこと。
それを両親は口外することなく、守り抜くと誓っていた。
……
そして、数日後、嵐華が目を覚まし、まだベッドの上でテレビを緋織と一緒に見ていた時だった。
番組が急遽切り替わり、IRIS、警察、政府から合同での公式声明が発表された。
『指名手配されていた〇〇氏はIRISの協力により、逮捕するも能力者専用収容所にて急性心不全により死亡』
その発表を嵐華は静かに聞いていた。
「……そうか……亡くなったんだね……」
「生きて罪を償って欲しかったな……」
残念そうに話す嵐華だが、緋織は少し怒りを滲ませながら言う。
「あれだけのことをしたんですから……すぐに死刑でもおかしくないですからね」
「……ただ、好きなことをして勝手に死んだみたいで嫌ですが」
嵐華が自分で選んだこととはいえ、姉を殺しかけた犯人の末路に納得いかず、ズボンの太もも部分を強く手で握る。
緋織が怒り、嵐華が嗜めている中、黒葉が病室へ入ってきた。
「嵐華?もう大分顔色は良くなりましたね♪」
「緋織もそんなに握ると肌を傷つけますよ?お肌は大切にしないと♪」
「はは……すみません」
緋織は照れ臭そうに握っていた手を離した。
嵐華は黒葉に嬉しそうに言う。
「お母さん♪明日にはもう退院できるって言われたよ♪」
「それは良かったです♪あとで日程も聞いて確認しておきますね♪」
少し3人で談笑をしていると、黒葉は優しくも真剣な口調で言う。
「……最後に犯人に会いましたが、しっかりと反省しているようでしたよ」
「正直、遅すぎましたが……」
嵐華はその言葉に少し安堵していた。
「……反省してたなら……少しでも亡くなった遺族の人が報われたら良いな……」
緋織も同意する……が。
「……そうですね、それが一番大事です」
「ただ!!またこんな無茶してはいけませんからね!?」
冗談まじりではあるが、嵐華に苦言を呈していた。
2人が微笑み合いながら会話する姿を、黒葉は柔らかく微笑んでいた。
(……この子達は知らなくて良いことです……守ります……ずっと)
IRISの平和、そして家族の平和を一番に願い、紫導家の母は娘達を支えていた。
次回、EP43〜夏祭り〜




