EP40〜好きな人〜
嵐華がICUに運ばれてから4日が過ぎていた。
氷華は寮の部屋でぼんやりしていた。
もう夏休み。
学校へ行く必要はない。
平日は夏休みの課題を進め、夕方からはIRISの訓練と座学を受ける。
本来ならそういう生活のはずだった……。
何一つ身に入らない。
座学——。
「ここ……葵、答えれるか?」
「……え?……あ……申し訳ありません……聞いていませんでした」
「おい……最近たるんでいるんじゃないのか?」
「……申し訳ありません」
氷華が答えられず、謝罪している中、横に座っていた炬乃恵は講師にイラッとしていた。
(こいつの今の気持ち分からねぇくせに……でも仕方ねぇか……)
訓練——。
(こうして……こう……あれ……?)
氷華の能力操作も乱れ、水も氷も生成が上手くいかない。
特に水から氷へ、その逆への変換は全く出来なくなっていた。
さらに模擬戦でも——。
能力もそうだが、小太刀二刀流も弓の精度も、本来とは程遠い結果だった。
「あ……」
炬乃恵のトンファーが氷華の持っていた小太刀を弾き、氷華が倒れる。
「おい……大丈夫か?」
炬乃恵が手を伸ばし、氷華はその手を取る。
そして、立ち上がると気丈に振舞う。
「……はい、大丈夫です」
「すみません……相手にならなくて……」
「いやいや……そんなことねぇって……」
教官の左近が氷華に声をかける。
「氷華、今日はもう休め」
「炬乃恵も一緒に休憩に行ってこい」
「……はい」
「了解っす」
休憩室に移動し、そのまま椅子に座り込んだ。
ただ顔を伏せる。
氷華の心は嵐華のいる病棟に置き去りのままになっていた。
愛里も瑞帆も、今は訓練も座学も休んでいる。
実際、黒葉からも休むかどうかの打診はあった。
しかし、氷華は休まなかった。
休んでいると、心がまた崩れてしまいそうだったから。
その姿を見て、炬乃恵は心配し、声をかけようとするも、どう声をかければいいのか分からなかった。
軽い励ましでは届かないことだけは理解していた。
「……炬乃恵……」
急に話しかけられ、炬乃恵はビクッとなる。
「ん!?どうした!?」
「嵐華がいなくなったら……私は……どうすれば良いんですか?」
「……なんでそんなこと……」
「私は嵐華がいないだけで……この体たらくです……」
「もう……嵐華がいないと……無理です……IRISも続けられません……」
氷華にとって……もう嵐華はかけがえのない「好きな人」になっていた。
いなくなることが考えられない。
「もし……今回が無事でも……またこんなことがあったら……私は……」
炬乃恵が氷華に答えようとした……その時だった——。
休憩室の扉が勢いよく開いた。
緋織が息を切らしながら入ってくる。
「はぁ……はぁ……探しましたよ!?」
「緋織?どうしたんだ?」
炬乃恵は返事をするも、氷華は黙ったまま。
緋織の表情は明るく、叫ぶように伝えた。
「嵐華が……目を覚ましました!!」
「……え?」
氷華ははっと顔を上げる。
瞳が大きく揺れ、涙がこみ上げそうになる。
だが、氷華は耐えた。
(……まだ……約束は有効だから……)
炬乃恵はその姿を見て胸の奥が痛む。
(我慢しなくて良いのに……)
緋織はさらに言葉を続ける。
「……まだICUですが、状態が良ければ一般病棟へ移れるそうです」
氷華は震える声を抑えながら答えた。
「……分かりました……その時に、伺わせていただきます」
「……では、私はまた嵐華のところに戻りますね」
「また、連絡しますね♪」
「分かった、緋織も体調崩さないようにな」
「はい、炬乃恵達も……では」
緋織が去った後、炬乃恵は氷華を見る。
すると、氷華の瞳には光が戻っていた。
そして、氷華がゆっくりと立ち上がる。
「……訓練に行きますよ、炬乃恵」
「え?……今日はお前は休みだって?」
「嵐華が頑張ったんですから……私も置いていかれないようにしなくては」
炬乃恵はいつもの調子になった氷華に安堵し、いつものように声をかける。
「しゃあ!!じゃあやるか!!」
訓練場に戻り、左近に許可をもらうと、すぐに氷華は訓練を再開する。
能力操作も元通りになり、生成速度も精度も戻っていた。
(休憩中に何があったんだ?)
「まぁ……立ち直って何よりだ」
すると、右近がやってきて、左近にも嵐華が目覚めたことを聞く。
(……なるほどな、だからか)
氷華が元通りになったこと。
そして、炬乃恵もいつもの明るく元気な姿に戻ったことに納得していた。
……
そして、2日の時間が流れる——。
嵐華は一般病棟へ移され、面会も許可された。
氷華と炬乃恵が聞いていた病室の扉を開け、足を踏み入れる。
中へ入ると、緋織、愛里、瑞帆の姿があり、3人が囲んだベッドには嵐華がいた。
病室は静かだが、どこか明るい雰囲気だった。
嵐華はベッドの上で上体を起こし、まだ顔色は万全ではなかったが、生きている……ちゃんとそこにいる。
氷華と炬乃恵が嵐華の視界に入り、嵐華と氷華の目が合う。
嵐華は少し困って言葉を選んでいた。
そして、柔らかく言う。
「……氷華……ごめん……心配かけちゃ……!?」
言い切る前に、氷華は嵐華を優しく抱きしめていた。
そして、堪えていた涙を流し、震えた声で嵐華に言う。
「……私を……1人にしないって……言ったじゃないですか……」
「……ごめん」
「戻ってきてくれて……ありがとうございます」
嵐華も氷華の背中に腕を回し、しっかり抱きしめ返した。
「……うん、1人にしない……絶対」
2人が気持ちを確かめ合っている中、妹達は完全に固まっていた。
(……え?)
(ん?……そういうこと!?)
(好きな人って……氷華さんだったんですか!?)
3人が固まっている中、炬乃恵がため息混じりに言う。
「まぁ……そういうこった」
苦笑しながら言葉を続ける。
「俺からしたらすげぇ分かりやすかったんだけどな」
「意外とお前ら鈍いのな」
言葉を失う中、緋織だけは少し遅れて色々な記憶が繋がっていく。
(はっ……だからあの時、学校にも迎えに?)
(それに嵐華がよく氷華のところへ行っていたのも相談だけではなかった!?)
緋織が頭の中で整理整頓している中、炬乃恵はまだ氷華と抱きしめあっている嵐華に話しかける。
「まぁ、俺との約束も守れたみたいで安心したよ」
『自分の妹を1人にしたら許さない』
あの言葉を嵐華はちゃんと覚えていた。
嵐華は少しだけ照れながらも真面目に答えた。
「……うん、約束だからね♪」
その後、氷華も落ち着き、涙を拭い、嵐華から離れると、談笑が始まった。
ゆっくりと、そして暖かく、穏やかな空気の中で、久々に紫導グループ全員で会話をした。
だが、緋織の言葉で空気が一度引き締まることになる。
これは確認しなければいけないことだった。
「……嵐華」
「なに?緋織?」
「……あれは……わざと刺されたんですか?」
空気が凍り、嵐華は緋織から目を逸らさずに答えた。
「……うん、あの状況だと、誰も死なないようにするには、あれが”最適解”だった」
その答えを聞き、納得するわけなどなく、緋織は怒りをぶつける。
「誰も?嵐華は?自分が死んだらどうするんですか!?」
「残された私達はどうなりますか!?どんな気持ちで待っていたと思いますか!?」
緋織は堪えきれず涙を流した。
「死んだら……どうしようもないじゃないですか!!」
「もっと……自分を大切にしてください……」
嵐華を責めたかったわけではない……失う恐怖を知ってしまった緋織の心の叫びだった。
嵐華はその叫びを真正面から受け止めた。
「うん……ごめん、反省してる」
嵐華は緋織の腕を引き、抱き寄せ、頭を優しく撫でる。
そして、愛里と瑞帆は明るく話す。
「そうだよ?生きてないと何もできないんだから♪」
「はい、反省してください♪」
嵐華が少し困ったような顔をしていると、塞がっていない手に氷華が手を添える。
「……氷華?」
「しっかり反省してくださいね?」
「”私達”を1人にしたら許しませんからね?」
氷華は優しい表情で嵐華に言い、嵐華も笑って頷いた。
「……うん♪」
「もれなく俺もその1人だからな?頼むぞ?」
「分かってるよ、炬乃恵♪」
そして……また穏やかな空気に戻っていく。
嵐華は目を覚まし、戻ってきたが、それだけでは足りない——。
大切な人、好きな人を守るために、自分自身も守らなければいけない。
そのことを嵐華はこの事件でようやく深く理解した。
「守る人」であるために。
そして、「生きて帰る人」でもあるために。
嵐華の覚悟はここで形を変えた。
次回、EP41〜継続〜




