EP39〜約束〜
手術室前——。
廊下の白い光と消毒液の匂いがする中、氷華達は長椅子に座り、嵐華の手術が終わるまで待つことに。
ただロボット掃除機が床の嵐華の血を拭き取っていく。
その音が空気をさらに重くしていった……。
そんな中、神威と黒葉も合流した。
神威と黒葉は緋織の前にしゃがむ。
「緋織……大丈夫か?」
「大変でしたね……任務お疲れ様でした」
緋織はその言葉にまた涙が止まらなくなり、神威に抱きついた。
声を出し、気持ちが落ち着くまで止めない。
黒葉も緋織の後ろから優しく触れる。
服にも血が付くが、神威は全く気にしない。
「……よく頑張った……」
「ええ……あなたは立派ですよ……」
その様子を氷華、炬乃恵、そして、愛里、瑞帆は見守っていた。
しばらくして、緋織が落ち着くと、神威と黒葉は状況の説明を聞く。
嵐華が自ら庇いに入ったこと。
そして、伝達速度で最適解を見た結果……「自分が刺される」という選択をした可能性が高いこと。
それらを聞いた神威は深く目を伏せた。
「……嵐華の”覚悟”の意味をもっと深く考えるべきだった……」
神威の声には父としての後悔が滲んでいた。
守りたいと言っていた娘が、ここまで迷わず自分を差し出す覚悟を持っていた……。
その重さをちゃんと見切れていなかったのかもしれない。
黒葉は震える手で、神威の手を両手で包む。
黒葉自身も同じように動揺しているはず。
それでも、声だけは冷静を保っていた。
「今は……あの子の無事を祈りましょう……」
神威は何も言わず、小さく頷く。
神威と黒葉、緋織が椅子に座ろうとしたその時、氷華と炬乃恵が席を立ち、神威達に向き直る。
そして、頭を下げる。
「神威大将、黒葉大将補佐……私達も……ここにいてよろしいでしょうか?」
「……お願いします」
2人の言葉に神威も黒葉も拒むことはしなかった。
むしろ、当然のように受け入れる。
「……もちろんだ」
「その方が、嵐華も……緋織達も助かりますから♪」
その後、神威は緋織と炬乃恵を見る。
2人は神威と同様、嵐華の血が付いていた。
「……まずは俺達は着替えよう……黒葉、愛里達を頼む」
「分かりました……私達はこちらで座って待っていますね?」
神威、緋織、炬乃恵は一旦着替えるためにその場を離れた。
着替えが終わり、戻った後も、緋織達の気持ちは沈んだまま。
緋織、愛里、瑞帆にとって、嵐華は「姉」であり、優しくて、守ってあげたくて……。
それでも自分達を守ってくれる……「天使」みたいな人。
だからこそ怖かった……本当に死んでしまうかもしれない。
緋織は拳を握りしめ、愛里は声を殺して泣き、瑞帆は唇を噛み締めながら、ただランプを見つめる。
氷華と炬乃恵はそんな3人を静かに支える。
神威と黒葉はただ静かに手術が終わるのを待つしかなかった。
そんな中、炬乃恵はちらっと氷華を見る。
愛里達に寄り添い、優しく頭を撫でている姿。
氷華は本当なら泣き崩れてもおかしくなかった。
恋人である嵐華が、生死の境を彷徨っている。
それでも平静を保っていたのは……嵐華との約束だった。
「嵐華に了承を得ないまま、公言するわけにはいかない」
その一線を氷華は決して越えようとしなかった。
(……つぇな)
昔からそうだった……。
氷華は約束をしたら必ず守る。
決して破ることはない。
今回も嵐華との約束は必ず守るだろう……どんな結果になろうとも。
氷華の心は強い。
強すぎる。
だが、その強さが、今は痛々しかった。
……
手術開始から5時間後——。
赤く灯っていた手術室のランプが消えた。
全員が立ち上がり、空気が一気に張り詰めた。
扉が開き、執刀医が出てきた。
「神威大将、黒葉大将補佐ですね?」
「……手術は無事、成功しました」
その一言で肩から力が抜けるが、執刀医は話を続ける。
「傷口が綺麗な状態でしたので、複雑な処置が少なかったのが幸いでした」
「ただ、内臓の損傷による出血が多かったため、大量の輸血が必要でした」
「今は安静にして、意識が戻るまで待ちましょう」
神威と黒葉は深く頭を下げた。
「「ありがとうございます」」
それは幹部としてではなく、親としての声だった。
やがて、酸素マスクを付けた嵐華がベッドで運ばれてくる。
緋織、愛里、瑞帆は運ばれるベッドの横に行き、嵐華の顔を見る。
顔色は悪い。
でも、生きている。
その事実だけでも十分だった。
「嵐華……よかった……」
愛里と瑞帆も声に出さないが、同じ気持ちだった。
氷華も一旦、命を繋ぎ止めたことに安堵するも、その先で現実が待っていた。
嵐華はICUへ移された。
そして……ICUは家族以外、面会謝絶。
氷華と炬乃恵はそこで止まらなければいけなかった。
これ以上は入れない……まだ「家族」ではないから。
その事実が、静かに胸に刺さる。
緋織達は氷華、炬乃恵に付き添ってくれたことに感謝を伝え、ICUの方へ向かっていく。
神威と黒葉も2人に話す。
「……今日はありがとう……ここから任せて、帰って休んでくれ……」
「明日からの訓練も言っていただければ休んでも大丈夫ですからね?」
「その時は花梨さん達に連絡しますので……」
神威達の言葉に2人は答える。
「はい……」
「では……俺達はこれで……」
氷華は「はい」としか言えなかった。
それ以上喋れば……何か崩れそうだった。
……
その後、氷華と炬乃恵は寮へ帰る。
炬乃恵は何も言わず、必要以上に励ましもしない。
今の氷華に軽い言葉は逆効果だと分かっていた。
氷華の部屋の前まで送ると、炬乃恵は立ち止まり、そっと氷華の手を握った。
頭では分かっていても、言葉にしたかった。
「氷華……あいつは大丈夫だ……」
根拠はない。
だが、そう言わずにはいられなかった。
氷華もそれを頭では理解し、小さく呟いた。
「……はい……」
その一言を返し、扉を閉める。
扉に背中を預けた瞬間、溜め込んでいた感情が溢れ、決壊する。
涙が一気に溢れ、その場に膝から崩れ落ちた。
恋人だと言えない。
大切な人だと叫べない。
会いたいのに……会えない。
氷華は声を押し殺しながら泣いた。
ただ、ひたすら床に落ちる涙だけが、その想いの深さを物語っていた。
——大切な人がいる。
けれど、届かない——。
次回、EP40〜好きな人〜




