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EP37〜マッスル・オブ・ウーマン〜

挿絵(By みてみん)


「……どうして?」


 昼下がりで日差しが差しているはずのリビング——。


 だが、この3人が座るテーブルには光が全く当たらないような、暗い雰囲気に包まれていた。


 先ほど言葉を発した女性は1人で座り、対面には夫と……その隣に浮気相手の女性が座っていた。


 男性が面倒臭そうに喋る。


「お前は良い女だよ……?性格も、容姿も」

「でもな……真面目すぎて、飽きたんだよ」


 夫の隣の女性は見下すような目で笑って喋る。


「奥さんごめんなさいね?」


「慰謝料だけは払ってやる」

「だからこれを書いて出て行ってくれ」


 そう言い、離婚届をテーブルへ投げるように置く。


「なんで……私は……あなたの為に……」


「はぁ……それが鬱陶しいんだよ!!察しろよ!!」


 そして、浮気相手の女性がとどめの言葉を言い放つ。


「だから別れるんですよ〜?」

「私となら……刺激がいっぱいですから♪」


(……私は……私の人生は……なんの為に……)

「あ”あ”あ”あ”!!!!」


 ……


「うわ〜最低……」


「こんな男性と結婚なんて無理ですね」

「主人公が可哀想です」


 今は夏休み——。


 紫導家は休みの間も、それぞれIRISの仕事、訓練がある。


 今日は神威(かむい)、黒葉(くろは)はIRISへ出社していたが、娘達は4人ともOFF。


 テレビで昼ドラを全員で見ていた。


 愛里(あいり)と瑞帆(みずほ)は主人公の女性の夫に嫌悪感を抱き、呟いていた。


 不満そうな2人を見ながら、緋織(ひおり)も感想を言う。


「そうですね……このような不義理を働く男性はこっちから願い下げですね……嵐華(らんか)?」


 緋織の横では嵐華は静かにドラマを見ていたが、どこか深刻そうに考えていた。


(氷華(ひょうか)が……こうやって別の人を連れてきたりとかあるのかな……)

(夏休みになってから、氷華も忙しいみたいだし……あんまり会えてない)

(私が氷華以外の人を好きになることもあるのかな……なんかこのドラマ見てると、もやもやする……)


「嵐華姉?どうしたんですか?」


 瑞帆が心配そうに嵐華に話しかけながら顔を覗く。


「ふぇ!?何!?」


 急に瑞帆の顔が見え、クッションを抱きしめながら、びっくりする。


「何か考え事ですか?」


「え?う〜ん……もし好きな人にこんなことされたら、どう思うかな?って……」


(……好きな人?)

「……嵐華姉には好きな人がいるって言ってましたよね?」


 嵐華はすぐに氷華の顔が浮かび、顔が赤くなった。


「え……あ……うん……」


「その好きな人があんなことすると思いますか?」


「……絶対ないと思う……」


 瑞帆はその回答に微笑み、嵐華の手を握る。


「……だったら、心配しなくても良いと思いますよ♪」

「嵐華姉がそう言うなら、良い人なんでしょうね」


 瑞帆の手を嵐華は優しく握り直し、表情も柔らかくなっていく。


「うん……そうだね……」


 その様子を見ていた緋織は疑問に思ったことを口にする。


「瑞帆って恋愛経験ないんですよね?」


 瑞帆は淡々と答える。


「はい、特に好きな異性の人はいませんね」


 愛里も疑問に思う。


「じゃあ、なんでそんな的確なことを?」


 瑞帆は少し考え、すぐに結論に至った。


「それは本をよく読んでるからだと思います」

「恋愛小説もよく読みますから♪」


「あ〜そういえば”瑞帆専用の書庫”あるもんね?」


 瑞帆は休みの日は基本、用事がなければ書庫に籠り、読書をすることが当たり前になっていた。


 実際に今日もドラマが見終われば、書庫へ行くつもりだった。


 愛里は瑞帆の読書好きに関心を持っていた。


「すごいよね〜私は本読むの苦手だから〜」


「でも、私と一緒によく読書してるじゃないですか?」

「紅茶とお菓子はセットですけど」


「まぁ、瑞帆に試食してほしいのもあるけど、一緒にいたいしね〜♪」


「それは否定できませんね♪」


 お互いに微笑みあっている2人を見て、嵐華は微笑みながら言う。


「やっぱり2人は仲良しだね♪」


「え〜?嵐華姉と緋織姉も十分仲良しじゃないの〜?」


「それは当たり前ですから……ね♪」


「ふふ♪そうだね♪」


 そんな会話をしている中でも、嵐華の頭の中には氷華がいた。


 ドラマで見た内容がまだ頭に残っている。


(あとで電話しようかな……)


 そう思っていると——。


 嵐華のスマホに着信が入る。


(ん?誰だろ?……お父さん?)


 神威の名前が表示されており、すぐに電話に出る。


「もしもし?お父さんどうしたの?」


『非勤務日にすまないな……緊急任務だ』

『緋織にも聞こえるようにスピーカーモードにしてくれ』


 緊急任務……その言葉に嵐華の顔は真剣になる。


 その表情の変化に周りの3人も真剣な表情になっていく。


 スピーカーモードに切り替え、テーブルの上に置き、嵐華が神威に語りかける。


「何があったの?」


『住宅街で野良能力者が発生した』

『IRISからチームを出動させたが……全滅した』


 緋織は驚き、聞き返す。


「全滅ですか!?死者は!?」


『今回は死者はまだ出ていない』

『だが、全員が骨折レベルの重傷だ』

『情報共有と、ライトニングバースト、スパルタンガンナー着用の必要があるから、今から特殊車両で向かう』

『この合流ポイントまで来てくれるか?』


 そう言うと、緋織のスマホに位置情報が送信された。


「分かりました……すぐに準備して向かいます」


『本来なら、賢治(けんじ)大尉や他のエース級に頼めたら良かったんだが……今、他の緊急任務が発生していてな……すまないが頼む』


 神威の申し訳なさそうな声に、嵐華と緋織は即座に答える。


「お父さんは何も悪くないよ♪」


「私達もIRISの正隊員なんですから、問題ありません」


『……分かった、じゃあ合流ポイントで……俺も黒葉も同席する』


「分かった……じゃあ、また後で」


 通話が終了すると、聞いていた愛里と瑞帆はそれぞれ、嵐華と緋織に抱きつく。


「……気をつけてね?」


「ご武運を……」


 嵐華と緋織は言葉にはしなかったが、優しく頭を撫で、抱きしめた。


 ……


 2人は合流ポイントの道路脇に到着する。


 それとほぼ同時に、IRISの大型特殊車両も到着した。


 後部座席側のドアが開き、2人は勢いよく乗り込む。


 2人が乗り込んだことを確認すると、そのまま特殊車両は発進し、黒葉が声をかける。


「2人共、後ろにライトニングバーストとスパルタンガンナーを用意していますので準備を」


「うん」


「分かりました」


 そして、専用の戦闘服を纏い、2人は中央のブリーフィングスペースに集まる。


 そこには神威、黒葉、そしてIRIS隊員4名が待っていた。


 神威が真ん中に設置しているディスプレイを見せながら情報を伝える。


「今回の任務は住宅街で暴れている野良能力者の鎮圧だ」

「能力は”増強”……筋力を強化する物理特化型の能力だ」


(……私の内部制御と似てるのかな?)


 嵐華は能力の説明を聞き、言葉にしないが、同類かも?と考えていた。


 それを察したのか黒葉が答える。


「嵐華の内部制御とは全くの別物ですよ?」

「増強は単純に筋肉量を増やすものですが、嵐華の場合は本来使っていない筋力のリミッターを外すものですからね」

「ただ、嵐華の方が限界まで引き上げる分、負荷は嵐華の方が高いですが……」


 黒葉の言葉に緋織が反応し、答える。


「だからこそ、ライトニングバーストの保護機能が必要なんです」


「……うん、それは分かってるよ♪」

「お父さん、お母さん、緋織、そして技術部の人達が作ってくれたこの服があるから戦える……ありがとう♪」


 嵐華は天使の微笑みを見せる。


 神威も少し微笑みながら、嵐華に言う。


「今回も嵐華の力が必要になるからな」

「期待してるぞ?」


「うん」


「さて……話を戻すが、今は戦闘の影響で数件の家屋が破壊され、被害は甚大だ」

「今はBランクの隊員と警察が住民を避難させながら、相手を牽制している」

「何度か隊員と警察が発砲したが、ダメージは無し……能力としてもAランク判定だ」

「今回はAランク隊員6人で対応する……隊長はお前だ、嵐華」


「え?私?」


「ああ、お前は戦闘モードへ入れば、視野も広がるからな……現場の隊長として適任だ」


 神威の言葉に緋織を含めた5人の隊員は笑顔で頷いていた。


 緋織は嵐華の肩を叩きながら、言う。


「では、頼みましたよ、嵐華隊長♪」

「隊長なんですから、敬語は無しでお願いしますね?」


 他の4人は全員年上で階級も上、それでも嵐華の言葉を待っている。


 嵐華は5人に向き直り、言葉にする。


「……じゃあ、今回の任務、みんなで頑張ろうね♪」


「「「「「了解!!」」」」」


 士気が上がっている中、黒葉が説明を続ける。


「……では、任務の説明の続きですが、野良化した原因は判明しています」


 どこか歯切れが悪そうだった。


 嵐華と緋織以外の隊員もすでに把握していそうで、何か不満そうだった。


「どうしたの?」


 黒葉はディスプレイを見せる。


 嵐華と緋織が見ると、そこには中年の男性と若い女性がいた。


「この人達は?野良化した人の関係者?」


「……夫と……浮気相手です」

「野良化した奥さんから必死で逃げたそうですよ」


「……浮気?それって……」


 さっき愛里と瑞帆と一緒に見ていたドラマの1シーンが蘇った。


「じゃあ……野良化した原因って……」


「……離婚届を出されて、家を追い出された後、能力が暴走したようです」

「避難した周辺住民の方々からも話を聞いて、評判の良い奥さんだったそうですよ」

「だから……”助けてあげてください”と言葉があったそうです」


 隊員から小さな声が聞こえた。


「(こいつをぶん殴ってやりてぇ……)」


 神威にも聞こえており、気持ちを全員に共有する。


「正直、この男に同情はしない」

「だからこそ、この野良化した奥さんを助けよう」


「「「「「「はい!!」」」」」」


 嵐華達は全員で敬礼をし、大きな声で答えた。


「では……作戦だが……」


「私から良い?」


「嵐華?構わないぞ、お前が隊長だからな」


「じゃあ、狙撃が得意な人は?」


 すると緋織ともう2人が手を上げる。


「うん、じゃあヘリってすぐ呼べる?」


 神威はニヤリと笑う。


「もう準備はしてある」

「考えは一緒みたいだな?」


 嵐華も微笑み、作戦を伝える。


「私を含めた3人で野良能力者と対峙して、説得、もしくは制圧」

「緋織達”狙撃組”はヘリに乗って、上空から援護射撃をお願い」


 緋織が代表して答える。


「了解しました」


「……あくまで銃弾は牽制だから、肩と膝を重点的に狙ってね」


「問題ありません……IRISスナイパー達の腕の見せ所です」


「うん♪期待してる♪」


「……じゃあ、現場に着き次第、行動開始」


「「「「「了解!!」」」」」


 嵐華はちらっと神威と黒葉を見る。


 すると神威と黒葉は微笑みながらゆっくり頷く。


 隊長としてしっかり出来ているのか?


 内心、心配していた嵐華だったが、両親の笑顔で落ち着きを取り戻した。


 もうすぐ……戦場に到着する——。


 ……


 住宅街の入り口付近に到着し、嵐華が率いる隊が車両から降りた。


 そして、嵐華班、緋織班に別れる。


「頼んだよ♪」


「嵐華も気をつけてください」


 お互いの拳を合わせ、嵐華は現場へ向かう。


 現場へ近づくと、大きなバリケードが敷かれており、警察や他のIRIS隊員が待機していた。


「あ……嵐華隊長!!お疲れ様です!!」


 嵐華の姿が見え、先に現場に来ていた隊員から声がかかる。


 もうすでに嵐華が隊長を務めることは周知されていた。


「状況は?」


「はい、今は静寂を保っています」

「まだ……避難出来ていない民間人が複数人います」

「しかし、接近すればすぐに攻撃を受けてしまいます」


(……まだ避難出来ていない人が……?)

(どこにいるか分からないなら……これ以上建物を壊されないようにしないと……)


 嵐華は少し考えながら、作戦を頭の中で練っていく。


 その嵐華の姿を見て、警察の面々は驚いていた。


 嵐華の顔と容姿から、もう女神にしか見えなかったのだから……。


 IRIS隊員達はその姿に慣れていたこともあり、もう驚くことはなかった。


 警察の視線に嵐華が反応する。


「どうかしましたか?」


「い、いえ!!なんでもありません!!」


 不思議に思いつつも、嵐華は警察に伝えた。


「では、私達は中に入りますので、入った後はバリケードを閉めてください」

「相手を制圧でき次第、捜索活動を再開しましょう」


「はい、承知しました……お気をつけて」


「……はい……行こうか」


「「了解」」


 嵐華班は現場へ、相手のテリトリーへ入っていく。


 住宅街の中心部——。


 そこには大きな噴水があったはずだった。


 完全に破壊され、水すら流れていない。


 嵐華は手を上げ、拳銃を持つ指示をし、3人は拳銃を構えながら、進む。


 少し進むと、野良能力者の姿が見えた。


 見えたのは背中……だが、女性というには遥かに大きかった。


 着ていた衣服を破り、肥大化した筋肉が目立つ。


 その圧倒的威圧感に嵐華も含め、3人とも驚愕していた。


(やっぱり……映像で見るのとは違うね……)


 気配に気づいたのか、野良能力者の女性は背中を向けながらも背後を見る。


 その目は……全てを恨んでいるかのような憎しみがこもった目をしていた。


 嵐華は冷静に話しかける。


「……助けに来ました……お話は出来ますか?」


「……オ”ン”ナ”……?」


「え?今なんて……!?」


 言葉の意味を聞こうとしたが、その時には嵐華の頭上から拳を振り上げて迫っていた。


「……く!!」


 嵐華は全力で後ろへ飛び、なんとか躱したが——。


 地面が異常な形にえぐれる。


「隊長!!撃つぞ!!」


 嵐華の後ろから拳銃から放たれた銃弾が女性へ向かう。


 だが、鈍い音と共に、銃弾が弾かれていた。


(マジで銃弾効かねぇな!!)


 隊員はそれぞれ合金製の棒、トンファーを装備する。


 嵐華もそれを確認すると、指示を出す。


「3人で制圧開始!!緋織班は上空から狙撃準備!!」


「「了解!!」」


『『『了解 (しました)!!』』』


 嵐華班は近接戦闘を開始し、緋織班は狙撃準備で相手を捉えたまま待機。


 緋織はスナイパーライフルを構えながら、嵐華の無事を祈る。


(嵐華……)


 嵐華班は野良能力者の女性と危険極まりない接近戦を強いられる。


 女性の動きから格闘経験があるようには見えない。


 だが、単純に「力が異常」だった。


 嵐華が躱わすと近くで風圧を感じ、戦慄する。


(こんなの当たったら一瞬で終わる!!)


 逆に先遣隊が骨折で済んでいることが奇跡だと嵐華は思っていた。


 棒を持った隊員も自身の「土」の能力を活用しながら、壁を作り、ガードと棒による攻撃を当てていくが、全くビクともせず、さらに土の壁も粉々に砕かれる。


(なんつ〜怪力してんだよ!?)


 トンファーを持った隊員は野良能力者と同じ「増強」の能力で、筋力を強化し、女性の攻撃を受ける。


 だが、明らかに筋肉量の差が大きい。


 トンファーをクロスにした状態で防御し、苦悶の表情を浮かべる。


(こっちも強化してんのに……これが暴走した影響か!!)


 2人がかりで女性の拳から軌道を変えたショルダータックルを抑える。


「ぐ……おお……!!」


「やべぇぞ……これは!!」


「下がって!!」


 嵐華の叫びに2人は女性の力を受け流し、体勢を崩させ、嵐華と入れ替わりで下がる。


「はぁ!!」


 そして、嵐華は雷も乗せた拳でリバーブローを放つ。


 スピード、角度、タイミング。


 それに内部制御による筋力のリミッター解除からの雷の上乗せ。


 全てが完璧だった——。


 だが、隊員2人が目撃したのは、殴られて飛ばされた嵐華だった。


「か!!……は……」


 壁に打ち付けられ、気を失う。


 女性の腹部には焦げたような痕が残り、ダメージは明らかに入っていると確信出来る表情をしていたが、そのまま嵐華に向かって前進する。


 その時、女性の肩や膝にスナイパーライフルの弾丸が命中する。


『させません!!』


 緋織班3人による精密射撃。


 全弾命中を確認するも、全くダメージが入らなかった。


(く!!……対戦車ライフル級を使わないとダメージも入らないとは……!!)


 緋織はシールドを嵐華の手前に設置するも、距離がかなり離れており、思った強度にならなかった。


 そのままシールドが破壊され、嵐華に迫る。


「させねえよ!!」


「これ使え!!」


「おうよ!!」


 筋力強化した隊員が棒を持ち、その棒に土の能力で巨大な球体を生成する。


 そして、それを全力で女性の体を薙ぎ払う。


 そのまま後ろへ飛ばされ、倒れ込む。


「見たか!!」


 すぐに嵐華の元へ向かい、介抱する。


「おい!!しっかりしろ!!隊長!!」


 肩を揺らされ、嵐華の意識が戻る。


「……ん……私は……?」


「早く!!すぐに来るぞ!!」


「……気絶してた?」


「そうだ、動けるか?」


 嵐華は深呼吸し、その場に立ち上がる。


「大丈夫……いける」


 雷を解放し、強制的に戦闘モードへ戻る。


「……続き」


 嵐華が目線を相手に戻すと、倒れ込みながらも嵐華を睨みつけていた。


 隊員は戦闘開始から気にしていたことを口にする。


「……それにしても……なんで隊長をしつこく?」


「こっちにも攻撃はしてくるが……基本は隊長なのはどうして……?」


 嵐華は推論だが、答える。


「最初の言葉が聞き取りにくかったんだけど、多分”女”って言ってた」

「野良化の原因が、相手の浮気なら……女の人を無意識にターゲットにしてる?」


「本当……同じ男として許せねぇな……そいつ……」


「……今はあの人を助けることに集中しよう」


「了解だ」


 トンファー、棒、そしてボクシングのファイティングポーズ。


 全員が再度、準備万端の戦闘態勢へ移行し……突撃する。


「ガァ”ァ”ァ”ァ”!!!!」


 女性は起き上がり、雄叫びをあげながら、突っ込んでくる。


「もう、見切ってんだよ!!」


「これで止める!!」


 拳を棒で受け流し、反対の振り上げた拳はトンファーで受け止める。


「「隊長!!」」


「これで……決める!!」


 先ほどと同じ、内部制御による筋力のリミッター解除からの雷を上乗せした拳。


 ボディー、リバー、崩れたところにテンプル。


 さらにまたボディへ移行し、繰り返す。


 本来なら1回目のコンビネーションで終わっている威力だったが、10回以上繰り返すことになった。


 そして、相手も反撃出来ないまま、15回目のコンビネーション。


 ボディを打ち込み、次にリバーブローを打ち込んだ瞬間……嵐華が苦悶の声をあげる。


「……く……!!」


 リバーブローを打ち込んだ拳が震える。


(く……痛めたかな……限界越えかも……)


 女性が止まった嵐華に向かって、左の拳を振り上げる。


 隊員2人が防御態勢で待ち構える。


 だが、その拳は振り下ろされることはなく、糸が切れたように女性は倒れ込んだ。


 すると……見る見るうちに筋肉の肥大化が収まり、華奢な女性の身体に戻っていく。


 3人は地面へ座り込み、嵐華が通信を繋げる。


「はぁ……制圧完了……対象の医療班の手配をお願いします」


 IRIS本部の管制室や現場のバリケード周辺の隊員、警察は通信を聞き、歓声が沸き起こる。


 そして、特殊車両内の臨時管制室の神威、黒葉は安堵の表情で嵐華達が無事なことを喜んでいた。


 ……


 緋織班もヘリから降り、合流する。


 嵐華が無事だったことに緋織は深いため息を吐きながらも、緊張が解け、妹として話しかける。


「嵐華……無事でよかったです」


「うん……でも、左腕やっちゃった……すぐに治るとは思うけど……」


「でも無理してはいけませんからね?」

「ちゃんと完治してから復帰してください?」


「はい……」


 注意する妹に、たじたじの姉。


 先ほどまでの激戦が嘘かのような光景に他の4人は笑っていた。


 そして、医療班が到着するまで、緋織班を残し、捜索活動を再開する。


 バリケードの近くにいた警察と隊員も合流し、大規模な捜索が行われた。


 嵐華が見つけたのは……1人。


 半壊した住宅を捜索し、破壊された穴からリビングへ入る。


「IRISです!!誰かいますか!?」


 懐中電灯を照らしながら周囲を探すと、すくんで動けなくなっていた男性を発見した。


「……大丈夫ですか?」


「ひ!?助けてくれ!?」


 嵐華は戦闘モードを解除し、微笑みながら接する。


「……もう大丈夫ですよ♪安心してください♪」


 その天使の微笑みに男性は現実味を感じず、逆に落ち着いていた。


「あ……ごめんなさい……ありがとうございます」

「あの……あなたは?」


「私はIRISの者です」

「もう大丈夫ですから、一緒に外に出ましょう♪」


 嵐華はそう言うと、腕を伸ばし、男性を起こす。


「……すみません、少し待っていてくださいね」


 少し時間をかけて、戦闘モードへ戻り、男性を安全な場所まで移動させる。


 救護班に男性を引き渡し、嵐華は会釈した後、そのまま緋織達の元へ戻る。


 男性は救護班に質問をする。


「あの……あの人は?」


「ああ、あの人はIRISの正隊員の人だよ」

「名前は非公開だから教えられないけどね」


「そうですか……天使みたいな人ですね」


「まぁ、あだ名で実際そう呼ばれてるらしいけど」


 嵐華に助け出された男性は、名前を知らないが、ただ感謝のお辞儀を嵐華へ向けていた。


 緋織と合流した嵐華は救護班に運ばれる野良能力者だった女性を見る。


「良かった……生きてて……」


 だが、嵐華は女性の小さなつぶやきを聞く。


「……どうして……そういちさん……」


 無意識だと思うが、女性はそれだけをつぶやき、IRISの医療施設へ運ばれた。


 その救急車両を見送りながら、緋織と話す。


「……そういちさんって……」


「多分……旦那さんのことでしょうね……」


「本当に……愛してたんだよね?」


「そうでなければ、こんな野良化はしていないでしょうね……」


 2人は話す度にドラマのシーンと重なって、いたたまれない気持ちになっていた。


 ……


 嵐華達は事後処理は警察と他の隊員に任せ、IRIS本部へ戻る。


 IRIS本部へ戻り、エントランスに入ると、そこに浮気男性と女性がいた。


 嵐華は気になって神威に聞く。


「どうしてあの人がここに?」


 神威は少し嫌そうに答える。


「……ああ、今回の野良化の経緯について聞かないといけないからな……本当は話したくもないが」


 本音が漏れ、黒葉が注意する。


「ダメですよ?仕事なんですから好き嫌いしてはいけませんよ?」


 黒葉の微笑みと言葉に、神威も大人しく従う。


「……分かってるさ」


 しかし、ここから予想だにしない出来事が起こる。


 浮気男性が嵐華に近づき、声をかける。


「君があの女を制圧した子かい?」


「……そうですけど……何か御用でしょうか?」


 男性は嵐華の服装をまじまじと見ながら、下心まるだしの接し方をしてくる。


「お礼も兼ねて、今度、食事でもどうかな?」


 その言葉に浮気女性も大きい声でしゃべり出す。


「はぁ!?私がいるのに何ナンパしてんのよ!?」


 すると、もう興味がないような言い方で男性は言い放つ。


「は?お前のせいで今こうなってんだろうが……もうお前とも別れるからどっかいけよ」


「な!?奥さん裏切って結婚するって言っておいて!!」


「知るか!!俺はおまえよりもこの子を気に入ったんだ」

「ね?俺今フリーだからさ〜一緒にどう?ねえ?」


 その失礼極まりない態度にエントランスにいる全てのIRIS関係者は怒りを露わにする。


 神威が何か言おうとした時、嵐華が先に口に出した。


「……奥さんのことはどう思ってるんですか?」


「あいつか?良い女だよ?俺の言うことばっか聞いて、本当従順」

「でもつまんかったんだよ……あと能力者だし、力強えのがマイナスポイントだね〜」

「その分、君はめちゃくちゃ可愛いしね〜♪俺と一緒にならない?」


(なんなの……この人!!)


 嵐華はそれからしばらく黙っていた。


「ねぇ〜黙ってちゃダメだよ〜意思表示しないと〜ん〜?」


「……結婚するって……その人を一生愛するってことじゃ……ないんですか?」


「は〜?そんなの飾りだよ〜?お互いの利害関係を一致させるだけのもの♪」

「だから取っ替え引っ替えして問題ないんだよ?覚えておこうね〜♪」


 嵐華はもう言葉を発することはなかったが、拳が男性の顔面を無意識に殴ろうとしていた。


 完全に直撃のタイミング——。


 だが、その拳は神威が握りしめ、止める。


「……お前がこんな奴殴る必要なんてない」


 嵐華は我に返る。


「……ごめんなさい……お父さん」


 男性はびっくりし、尻もちをついて、座り込んでいた。


 その光景に黒葉も緋織も、そして浮気女性も笑いを堪えるのに必死だった。


 男性は赤面し、嵐華と神威に吠える。


「こんなの暴力未遂だろ!!IRISがそんなことして良いのかよ!!」


 だが、神威は平然と言い放つ。


「俺の娘が性悪男にナンパされているところを助けただけだが?」

「それに……”被害女性”の損害賠償を請求しないといけないからな……流石に殴るのはまずい」


「……損害賠償?」


「当たり前だろ?浮気を公言して、その後に離婚……完全に慰謝料請求だな」

「さらに今回の住宅街の被害額も一部負担してもらうからそのつもりでな?」


「はぁ!?なんで住宅街の被害額も払わないといけないんだ!?」


「……教えてやるが、野良化の原因の内容によっては、”野良化誘発者”として逮捕、拘束する条項がある」

「他にも色々な成立条件はあるが、今回は該当するだろうな」


 黒葉も神威の言葉に続く。


「なので、あなたには野良化した被害女性の慰謝料、治療費、生活費、そして、野良化誘発者として、被害額の一部負担と……服役が必要となります」

「こちらにはIRISが誇る最強弁護団が控えていますから、諦めたほうが賢明ですよ?」


 内容を聞き、そのまま下を向く男性。


 そして、力なく、そのまま事情聴取を受ける為に、隊員達に連れて行かれた。


 浮気女性も反省したのか、謝罪と慰謝料の支払いには合意し、服役までは免れたのだった。


 ……


 もう時間も夜になり、嵐華は任務前の私服に着替えたが、そのまま帰宅せず、別の場所へ向かおうとする。


「嵐華?どこか寄るのですか?」


「うん……ちょっと氷華のところ行ってくるね?」


(氷華のところ……また相談事でしょうか?)

「分かりました」

「では、帰りはタクシーでお願いしますね?」


 それを聞いていた神威と黒葉も嵐華へ言う。


「じゃあ、俺達は先に帰るからな」


「あまり、遅くならないようにしてくださいね?」

「愛里と瑞帆が料理して待っていてくれていますからね?」


「うん、すぐに帰るよ♪」

「じゃあ、また家で……」


 そして、嵐華はIRIS寮の氷華の部屋まで向かう。


 ……


 氷華の部屋——。


 リビングでは、氷華がスマホの画面を見ながら、静かにアイスティーを飲んでいた。


(今日、嵐華は緊急任務の対応だった……でも連絡がない……)


 嵐華からの連絡がなく、心配でずっと待っていた。


 するとチャイムが鳴る。


(こんな時間に?)


 リビングに設置してある応答ディスプレイに話しかける。


「はい……どなたで……嵐華?」


『うん、お疲れ様……氷華……入っても良い?』


「ええ、どうぞ」


 応答ディスプレイのボタンでロックを解除し、嵐華が部屋へ入る。


 氷華がどうしたのか聞こうとする前に嵐華は氷華を抱きしめた。


 急に抱きしめられ、氷華は顔を赤くする。


「嵐華!?どうしたんですか!?」


 だが、嵐華の体が小刻みに揺れていることが分かり、氷華は落ち着いて優しく抱きしめ返す。


「……どうしたんですか?嵐華?」


「……氷華は私のこと好き?」


「大好きですよ♪」

「嵐華はどうですか?」


「私も氷華が好き……世界でたった1人の”好きな人”……」


「……何があったんですか?」


「……実は……」


 2人は抱きしめ合ったまま——。


 嵐華はゆっくりと氷華に任務内容、そして野良化の原因について語る。


 全容を聞き、氷華は驚きつつも、嵐華に気持ちを新たに伝えた。


「そんなことがあったんですね……でも安心してください……」

「私が……嵐華と違う人を好きになるなんて……ありえませんから……」


「……うん……私も……氷華以外はダメ……」


「ふふ♪そうですね♪」


 抱きしめ合っていた2人は、少し緩め、見つめ合うと、そのままキスをする。


 今回の事件は……愛を誓い合った2人のうちの1人が、一方的に相手を傷つけたことによる悲しい暴走だった。


 嵐華は自身の恋も照らし合わせ、野良能力者を救うこと……そのことを強く心に誓うのだった。

次回、EP38〜証明〜

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