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EP36〜お風呂〜

挿絵(By みてみん)


 夏の昼下がり——。


 嵐華(らんか)と緋織(ひおり)の通う深山学園(みやまがくえん)も、もうすぐ夏休み。


 昼休みの教室では夏休み前の浮ついた空気に包まれていた。


 そんな中、嵐華と緋織が話しているグループ内では「プール」ではなく、「お風呂」の話で盛り上がっていた。


 周囲の男子達は表向きは無関心を装っている。


 だが、しっかりと聞き耳を立てていた……。


(女子のお風呂話……)


(しかも嵐華と緋織も話してる……!!)


(気になる……しかない!!)


 そんなこともつゆ知らず、嵐華達は話が弾んでいた。


「入浴剤って何使ってる〜?」


「涼しくなるやつとか良いよね♪」


「ミント系も良いけど……強すぎるとね〜」


「でも柑橘系の香りのやつも良いよ?」


 クラスメイトが話す中、嵐華は気になる入浴剤があったのか、緋織に話す。


「いいね〜緋織、帰りに買って帰ってからすぐ入る?」


 緋織も自然に頷き、答える。


「そうですね、夕飯も遅いでしょうし、先に入っちゃいましょうか?」


 そのやり取りを聞いたクラスの女子達が一瞬固まり、恐る恐る聞く。


「あの嵐華、緋織?」


「なに?」


「どうしました?」


「2人ってさ……もしかして一緒に入ってるの?」


 嵐華と緋織はきょとんとするが、すぐに答えた。


「そうだけど?」


「普通ですよね?」


「「「いやいやいや!?」」」


 グループの女子、そして偶然聞いてしまったクラスメイトは一斉に反応した。


 美人双子姉妹風呂。


 全員の頭にそのワードが浮かび上がり、その破壊力に女子ですら想像してしまい、どう処理するか困っていた。


 だが、もっと悲惨だったのは聞き耳を立てていた者を含めた男子達。


 数人は過激な妄想をしてしまい、顔を真っ赤にし、1人は鼻血を出していた。


(うわ〜まじか……)


 男子達の様子を見つつ、聞いていた女子が気を取り直して質問をする。


「小さい時から一緒?」


 緋織が首を横に振る。


「いえ、中1からですね」


「中1から!?」


「はい」


「なんで!?小学校では一緒じゃないのに!?」


 嵐華は目を伏せて答えた。


「……小学校の頃はお風呂入ったことないんだ……」


 その告白に周囲が静かになる。


「え?……それってどういう?」


 嵐華はゆっくりと言葉を続ける。


「……私の能力って”雷”なんだけど、あの頃は能力をちゃんと制御出来なくて……いつ暴走するか分からなかったんだ……」

「お風呂で暴走したら、自分の雷で感電死しちゃうリスクもあったから……」

「ずっとお母さんにシャワーでゆっくり洗ってもらってたんだ……」


 緋織は嵐華の言葉に感傷に浸りつつ、補足していく。


「……当時は小学校にすらまともに通えませんでしたからね……ずっとリモートでしたし」

「雷は嵐華だけが制御出来ている……ということは授業でも聞いたことがあると思います」

「ただ……ここまで辿り着くのに、どれだけ嵐華が努力したか……私は嵐華にほとんど触れることが出来ず、あまり力になれませんでした……」


 嵐華は緋織の腕に手を添え、微笑む。


「そんなことないよ♪」

「緋織もいてくれたから頑張れたんだよ?」

「だから……感謝してる……」


「……ありがとうございます……」


 全員が「今」の嵐華しか知らない。


 優しくて、明るくて、みんなの中心にいて……天使みたいに笑う嵐華。


 だが、その当たり前の裏に、そんな時間があったとは誰も思っていなかった。


 緋織は泣きそうなっていたのを我慢し、話を戻す。


「少し、脱線しましたね……中学に上がる前に能力が制御出来るようになったので、そこから一緒にお風呂に入って”お風呂の勉強”をしていましたね……それからずっとという感じです」


 話を聞き終え、1人の女子が小さく呟く。


「……じゃあ、姉妹の普通の時間を取り戻してる感じなんだね」


 嵐華はその言葉にゆっくりと頷く。


「……うん、だから一緒に入るのは楽しい……」


 そう言って見せた嵐華の笑顔は天使の微笑みというよりも、もっと素の柔らかい笑顔だった。


 6年以上……「普通」を持てなかったからこそ、嵐華にとって「普通のことが出来る」ということは何よりも尊い。


 緋織はその横顔を見て、静かに微笑み、言葉を続けた。


「……ええ、私も幸せを感じています」


 その言葉は嵐華に向けてのものと同時に、自分自身の気持ちの確認でもあった。


 教室にいたクラスメイト達はそこでようやく理解する。


 この2人にとって「日常を過ごす」ことこそが、どれだけ特別で、どれだけ幸せなことなのか。


 それはただの仲良し姉妹の話ではなく……ようやく取り戻した、かけがえのない時間の話だった。


 そして、昼休みのチャイムが鳴り、午後の授業が始まった。


 授業中、クラスメイト達はどこかしんみりした雰囲気で受けていたのだった。


 ……


 放課後になり、嵐華と緋織は話で話題にしていた「清涼感のある夏用入浴剤」を購入し、そのまま帰宅。


 今日は嵐華、緋織以外の家族はIRISへ行っており、不在。


 なので2人は先にお風呂に入り、その後で夕食の準備をすることにした。


 紫導家のお風呂は一般家庭と比べるとかなり広めだった。


 風呂場は2ヶ所あり、7人以上が同時に入れる「大型浴槽」と2〜3人用の「中型浴槽」の2部屋がある。


 それは本来、紫導家の別荘だったことから、豪華に作られていた。


 嵐華と緋織は基本、中型浴槽を使用しており、ほぼ2人専用のお風呂となっていた。


 脱衣所にて2人は服を脱ぎ、いつものように並んで身体を洗い始める。


「〜♪」


 嵐華が気持ちよく身体を洗っていると、緋織がふと、嵐華の身体つきを見る。


 身長とスタイルはほぼ変わらない。


 だが、嵐華の身体はどこか「作り物」のように整っていた。


 肌はきめ細かく、白く、傷跡すら初めからなかったかのように消えていた。


 昔は能力の影響で全く触れることが出来なかった肌。


 緋織は無意識に嵐華の背中に指先で滑らせるように触れる。


「ふぅあ!?」


 突然触られ、嵐華の肩が跳ね上がった。


 目を丸くし、慌てて緋織を見る。


「なに!?どうしたの!?」


 緋織は落ち着いた表情をしていたが、少し視線を逸らしながら答えた。


「……いえ、凄く綺麗な肌をしているなと、ふと思いまして」

「思わず触ってしまいました……まるでモデルみたいです」


 嵐華はきょとんとした後、少しだけ照れくさそうに言葉を返す。


「……ありがとう」

「でも緋織も良い身体つきしてると思うけど……筋肉とバランス良く付いてて……正直羨ましい」


 身長、スタイルはほぼ一緒。


 だが緋織はIRISで炬乃恵と共にフィジカルトレーニングをしている分、肉体にははっきりとした「機能美」があった。


 細いだけではなく、スタイルの整ったアスリートのようだった。


 緋織は微笑みながら答える。


「嵐華を守る為に鍛えてますから」


「……ありがとう?」


 一瞬だけ詰まり、疑問形で返す嵐華に、緋織は少し可笑しく感じつつも、姉を愛おしく思っていた。


「さぁ、入りましょうか」


「うん♪」


 2人は入浴剤の入った浴槽へ入る。


 最初の感想は……正直そこまででもなかった。


「……あれ?思ったより微妙かも?」


「そうですね……もう少し清涼感が強いかと思いましたが……」


 そんな風に話しながら、しばらく浸かり、お風呂から出る。


 そして、身体を拭いている途中……変化を感じる。


「……うわぁ……すごい涼しい……」


 嵐華は腕を摩りながら、少し楽しそうに笑う。


 緋織も同様に感じ、頷く。


「これは愛里(あいり)達にも勧めてみましょうか」


 期待以上の清涼感に満足しつつ、2人は髪をドライヤーで乾かし、私服へ着替えると、リビングへ向かう。


 そして、エプロンを着けて、夕食の準備を始める。


 紫導家の夕食は基本遅め。


 それは全員IRISに勤める以上、仕方ないことだった。


 神威(かむい)、黒葉(くろは)は幹部クラスで、一番遅い。


 愛里と瑞帆(みずほ)も育成生として、月曜日から土曜日にかけて、毎日訓練、座学がある。


 帰宅時間は大体、夜8時を過ぎる。


 家族の中で、現在、一番「自由時間」があるのは嵐華と緋織だった。


 そして、その分だけ……料理をする機会も増えていった。


 ただし、それがそのまま「上達」に繋がっているかと言われると……微妙だ。


 嵐華の料理スキルは「普通」。


 可もなく不可もなく、食べられるし、家族も文句を言わない。


 でも「得意です」と胸を張るほどでもない。


 一方、緋織は料理だけはどうしても苦手だった。


 よって基本は嵐華がメイン、緋織がサブ。


 この役割分担が定着していた。


 包丁を持ちながら、緋織はぽつりと呟く。


「……料理だけは慣れませんね……」


 嵐華は野菜を炒めながら、小さく笑う。


「銃の整備とか器用なのに意外だよね♪」


 真顔で緋織は答える。


「レシピがないと作れません」


 少し考えてから、嵐華は柔らかい言葉で返した。


「……でもレシピ通りだと味も正確に再現出来るのは凄いけどね♪」


 緋織は一瞬だけ手を止めて、嵐華を見る。


 褒められた時の反応が少しだけ遅れる。


 それは昔から変わらない反応だった。


「……ありがとうございます」


 そんな他愛のない会話をしながら準備を進める。


 味噌汁、焼き魚、副菜の野菜炒め、そして、ご飯。


 準備が終わりかけると、神威からメッセージが入る。


『もうすぐ着く』


「あ……もう帰ってくるね♪」


 嵐華がスマホのメッセージを確認し、料理の仕上げをする。


「では、並べていきますね」


 緋織が出来上がった料理と皿を並べ、箸を整える。


 すると、玄関のドアが開き、家族の声が聞こえる。


 瑞帆の声が最初に聞こえ、愛里もへとへとな表情で喋る。


「ただいま戻りました」


「お腹空いた〜」


 リビングへ入ると、2人の後ろから黒葉と神威も姿を見せる。


「今日も良い匂いですね♪」


 神威は料理を見ながら呟く。


「ふむ、上手く作れてるな」


 料理はちょうど良いタイミングで並び、全員が食卓につく。


 ——これが紫導家の夕食。


 忙しくても。


 遅くなっても。


 疲れていても。


 食べる時は「全員」で。


 それがこの家の何より大切なルールだった。


 今日も紫導家は明るく、幸せな空間に包まれていた。


 ……


 翌日——。


 嵐華と緋織は昨日のグループ内で話した入浴剤の使用感を教室で話していた。


「どうだった?」


「本当に涼しくなるの?」


「どのくらい保つの?」


「えっとね〜♪」


 嵐華と緋織が実際に使った感想を話すたび、クラスメイトは妙に食いついていた。


 女子は普通に興味津々。


 男子は「別の意味」で集中しすぎている。


 その結果——。


 その入浴剤は男子を含めて、やたら売れた。


 理由は単純な口コミ効果もあるが、もう一つ大きな理由があった。


『あの2人が使った入浴剤』


 そのブランド力は、思った以上に強かった。

次回、EP37〜マッスル・オブ・ウーマン〜

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