EP34〜思い〜
「医療班は万全の準備を整えてください!!」
「ドローンの整備も怠るなよ!?」
嵐華が受けたAランク級単独任務。
任務へ万全の準備を整える為に、スタッフ、隊員達は慌ただしく動く。
車両の準備をしている中、嵐華はライトニングバーストに着替え、壁にもたれかかり、待っていた。
(……これで終わらせる……絶対)
目を瞑り、集中力を高めていた。
そこへ近づいてくる人がいた。
「……炬乃恵?」
炬乃恵は黙って嵐華を見る。
「どうしたの?」
大きなため息を吐き、炬乃恵は口を開く。
「……こんな任務引き受けておいて言うか?」
「ちょっとこっち来い」
嵐華の腕を引っ張り、連れていったのは、休憩スペースの個室。
そこへ嵐華を入れ、炬乃恵は外で待ち、見張る。
(……どうしたんだろ?)
嵐華は不思議に思いながらも、室内へ視線を向ける。
「嵐華……」
「氷華?」
氷華が訓練服を着た状態で待っていた。
「……行かないでください」
氷華は嵐華の手を握るが、その手は震えていた。
育成生であっても情報は入ってくる。
今の嵐華の状況は理解していた。
だが、今回の任務は異常だった。
「……なんで嵐華がここまでしないといけないんですか?」
「こんな任務……育成生の私でも分かります……無謀だと……」
「あなたに何かあったら……私は……」
氷華は不安で押し潰れそうになっていた。
嵐華は氷華を抱きしめる。
「……大丈夫、絶対戻ってくるから……氷華を1人にしない」
「……はい、約束です……」
氷華は嵐華を抱きしめ返し……キスをする。
これは「必ず帰ってくる」という誓いの口付けだった。
個室から嵐華が先に出ると、炬乃恵に話しかける。
「……炬乃恵、ありがとう……知ってたんだね、氷華とのこと」
「何年幼馴染やってると思ってんだ?」
「あと、自分の妹も1人にしたら許さねぇからな……帰ってこいよ?」
「……うん」
2人は拳を合わせ、嵐華は車両へ向かう。
嵐華が視界から消えた後、炬乃恵は個室に入る。
そこには泣き崩れている氷華がいた。
「あぁ……行ってほしくなかった……ずっと……隊員じゃなくても良いからぁ……」
炬乃恵はしゃがみ、氷華を抱きしめる。
「大丈夫……あいつは帰ってくる……絶対に」
(絶対帰ってこいよ……嵐華……!!)
……
車両に乗り、他の座席には緋織と黒葉、何かあった時の為の医療班も同乗していた。
緋織は戦闘服のスパルタンガンナーを装備。
そして、黒葉も戦闘服に着替えていた。
白と黒を基調としたドレスのような戦闘服。
嵐華はその姿を見て、目を輝かせていた。
「お母さんの戦闘服……初めて見た♪」
「こんな時でもその表情が出来るなんて……褒めて良いのか……」
黒葉はため息を吐きつつも、専用武器「臥龍」を壁に立てかけて言う。
「母として見守ります」
「う〜ん、その姿だと説得力ないよ?完全に”戦闘モード”だし♪」
その言葉に緋織も言葉を返す。
「当たり前です……私もお母さんも”最警戒モード”で対応しますから……全力で戦ってください」
嵐華と緋織は拳を合わせる。
「当然!!」
嵐華は満面の笑みで答えていた。
少しして、移動する中、嵐華はスマホを手に取り、電話をかける。
((誰に?))
黒葉と緋織は不思議に思う。
『……なぜ私に電話をかける?また何か証拠集めか?』
安西だった。
嵐華は呼吸を整え、聞きたいことを伝える。
「一度、確認しておきたいことがありまして」
『何をだ?』
「なぜ……能力者を嫌うんですか?」
『聞いてどうする?』
「内容を聞けば、納得できることもあるかもしれませんから」
安西はしばらく沈黙するが、ゆっくりと答え始める。
『……俺には妻がいた』
「奥さん……」
『ああ……殺されたんだよ……”能力者”に』
嵐華は黙って聞く。
『俺は警察官だった』
『階級もそれなりに高い地位にいてね……暴力団を取り締まったんだ』
『そしたら1人が能力者でね……そのまま逃げたんだよ』
『それから3日後、署で捜査資料を整理していたら電話が来た』
『俺の妻が殺されたとね……』
「……その暴力団の人が?」
『ああ……報復で殺され……体の一部も欠損……見るも無惨な姿だったよ』
『そいつは最終的に俺が射殺してやったが、警察として能力犯罪をずっと見てきたから分かるんだよ』
『能力者は暴力で人を破壊する野蛮な人種だとな』
『だから俺はIRISへ推薦してもらい、管理することに決めたんだよ』
『物を適切に消費する為にな』
スマホの持った手が震える。
「……それが能力者を嫌う理由なんですね……」
『……泣いてるのか?』
「……奥さん……本当に辛かったと思います……」
『お前に何が分かる!!』
「能力犯罪は許せません」
「犯罪や暴走で亡くなった方も多いです……奥さんのような……」
「そして……野良能力者も苦しんでいます」
「IRISはそんな人達を守る為の組織だと思います……」
「だから……安西さんもこれ以上そんな犠牲者が出ないように”みんな”で頑張りませんか?」
『……何を……』
「私は……今の幹部の方々とも一緒に守っていきたいです……日本を……家族を……奥さんのような犠牲を出さない為に……」
『……絵空事だ……それは』
そのまま安西は電話を切る。
執務室の椅子に座りながら、天井を見上げる。
「……能力者なんて糞食らえだ……」
車両では、嵐華が通話を終了し、涙を拭っていると、黒葉がハンカチで嵐華の涙を拭く。
「……本当にあなたは……誰に似たのでしょうか……この天使さんは……」
緋織も腕を組みながら、同意する。
「優しさが”異常”ですよ?……褒めてますが……」
嵐華は微笑み、返事をする。
「……みんな不幸になってほしくないから♪」
黒葉と緋織はただ黙って、嵐華を抱きしめた。
……
そして、嵐華を乗せた車両は現場に到着する。
目の前にあるのは廃屋。
オペレーターから情報が伝わる。
『現在、2名の野良能力者が1名の男性をその廃屋に連れ込んで30分以上経過しています』
『3名の身元も判明しており、同じ会社の上司と部下です』
黒葉が質問していく。
「連れて行かれた人は……上司ですね?」
『はい……あと、その会社があるオフィスビルですが……血の海でした……』
「それは……故意の可能性は?」
『……あります……実行してから、暴走状態に入ったと思われます……』
「分かりました、相手の能力は?」
『”重力”と”鉄生成”です』
「重力……愛里と一緒だ」
嵐華は能力を聞いて、自然に呟く。
「そこまで分かれば大丈夫だよ」
「……じゃあ、行ってきます」
戦闘モードに入り、車両を降りる。
「後ろで待っていますからね」
「絶対、危険を感じたらすぐ戻ってきてください」
嵐華は振り返り、黒葉と緋織、そして運転する隊員に親指を立て、廃屋へ侵入する。
拳銃を下に構えながら、音を殺し、薄暗い廊下を歩く。
少し進むと……何かが砕けるような音が響き渡る。
段々、音が大きくなる。
そして、音が間近に聞こえる部屋の扉の隙間から覗き見る。
その光景に嵐華は息を呑んだ。
恐らく連れて行かれた男性だろう——。
原型を留めないほど、殴り潰されていた……。
「お前が!!……オマエが!!」
何度も叫びながら、拳を振り下ろし続ける。
目を背けたいほどの刺激の強い光景に、嵐華は実際に一瞬、目を逸らしそうになる。
だが、冷静に嵐華は分析する。
(……重力?)
愛里と同じ能力——。
だが、愛里のように色んな方向へ制御出来ないようだった。
(見た感じ……”下方向”だけみたい……でも)
嵐華は状況を確認し、警戒を強める。
(……もう1人は?)
その瞬間、拳銃の銃口に鉄球が命中、砕けた。
嵐華は当たる瞬間に認識し、素早く指をトリガーから離し、そのまま手放す。
即座にもう一丁の拳銃を取り出し、鉄球が飛んできた廊下の暗闇に構え直す。
暗闇から姿を現したのは、野良能力者と思われる男性——。
体の周辺にいくつもの鉄球を浮遊させて操作している。
ずっと……嵐華を見つめている。
(……野良……じゃない?)
男性は不気味に顔が歪み始める……そして……。
「……はぁ……ガァ!!!!!!」
咆哮を上げ、鉄球を放つ。
嵐華は拳銃で鉄球を弾こうとするが、逆に弾丸が弾かれる。
(ここじゃダメ!!)
嵐華は足に雷を纏い、全力で廃屋から飛び出す。
廃屋から飛び出した嵐華をIRISのドローンが確認する。
IRIS管制室では神威、愛里、瑞帆が、現場の車両では黒葉と緋織が、そして、訓練場では花梨のスマホ越しに氷華、炬乃恵が戦況を見守っていた。
そして、安西も——。
廃屋からは轟音と奇声が響き渡る。
嵐華は管制室に状況を伝える。
「こちら嵐華……2人共、野良化を確認……制圧を開始します」
『了解しました……気を付けてください』
「はい……ありがとうございます」
通信が終わると嵐華は再度、構え直す。
廃屋の扉が粉砕され、2人の野良能力者が同時に出てくる。
どちらもスーツ姿の会社員。
だが、筋肉も肥大し、スーツは所々破れていた。
(それにしても……なんであんなに統率が?)
嵐華が不思議に思っていたのは、野良化した割には、お互いに独自に動かないこと。
なぜか連携が取れている。
黒葉は車両内でモニターを見ながら、緋織に呟く。
「……野良能力者が知人同士だと、こういった”共感現象”が起きることがあります……」
「……それって本当の意味で1対2ということですか?」
「……そうです」
「嵐華……」
鉄球使いと重力使い。
その2つの能力が共感し、相乗効果を生む。
チームで動くIRISなのに、単独で戦う嵐華。
単独で動くはずなのに、共感し、チームとして戦う野良能力者。
完全に逆の立場だった。
嵐華と2人の野良能力者は睨み合い、静寂が流れる。
すると、鉄球使いは下がり、重力使いが嵐華へ距離をゆっくり詰め始める。
射程距離に入ったのか、重力使いは全力で拳を振り下ろす。
嵐華は察知し、即座に躱わすが、轟音と共に地面が凹む。
躱わした先に鉄球使いは拳サイズの鉄球を複数生成し、放つ。
これも嵐華は最小限の動きで避ける。
「……これじゃ何回やっても当たらないよ」
避け終わった瞬間、嵐華は鉄球使いへ一気に距離を詰めようとする……が、頭上に黒い粒の影が地面を覆っていく。
嵐華が見上げると……鉄球が嵐華の頭上を覆っていた。
そこへ重力使いが腕を上げていた。
(……うそでしょ?)
ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、腕を振り下ろした。
重力で加速した鉄球の嵐が、一斉に嵐華に降り注ぐ。
地面が砕け、煙が舞う。
モニター越しで見ていた面々は息を呑む。
(嵐華……)
氷華は両手で握りしめ……祈る。
煙が晴れ……視界がクリアになっていく。
ドローンが捉えた姿は……嵐華が鉄球使いを戦闘不能に追い込んでいた姿だった。
どうやってあの鉄球の嵐を避けたのか。
いつの間に詰めたのか。
全くモニターでは判断が出来なかった。
鉄球使いは意識が飛び、周囲の鉄球が消えてゆく。
そして、肥大した筋肉も正常に戻っていった。
嵐華は重力使いの方向へ向き直り、言い放つ。
「……次」
嵐華は歩き出す。
重力使いは嵐華に向けて重力の球体を放つも、下方向へしか作用しない重力は、嵐華にとって全く驚異ではなかった。
当たらない。
ゆっくりと、確実に避けていく。
外れた重力の球体は当たった物を押し潰していく。
(当たればああなるのか……)
モニター越しに見ていた車両で待機していた隊員は驚愕する。
どんどん距離を詰め、嵐華のボクシングの間合いに入る。
だが、嵐華は持った拳銃を構える。
「……もう……止めよ?」
嵐華は説得を試みるも、重力使いは奇声を上げる。
そして、重力の球体を手のひらに発生させ、嵐華にぶつけようとする。
嵐華にはその声が、能力の"音"が悲痛な後悔、悲しみに聞こえた。
「……ごめんね」
乾いた一発が、相手の足元を撃ち抜く。
重力使いは膝を付き、重力の球体が消滅する。
両膝を付きながらも、奇声を上げ、嵐華を睨みつける。
(もう……終わり……)
嵐華は拳銃を放り投げ、右拳で全力のテンプルへ一撃を加える。
意識を刈り取り、そのまま相手は崩れ落ちる。
そして、嵐華は静かに……だが、拳を力強く握りしめ、言葉にする。
「……制圧……完了」
任務完了……それもAランク相当の野良能力者2人を制圧した。
それも無傷で——。
モニター越しで見ていた神威は安堵の表情を浮かべる。
「……ったく……うちの娘は強いな……」
少し呆れていたが、その顔はどこか誇らしげだった。
紫導家グループの面々も安堵する中、氷華はしゃがみ込み、泣いていた。
「良かった……良かった!!」
だが、その表情は晴れやかだった。
緋織はすぐに車両から降り、嵐華に駆け寄り、全力で抱きしめる。
「……私の姉は……凄いです」
「……ありがとう……」
その後ろから黒葉が2人を一緒に抱きしめる。
「あなたは……あなた達は私と神威さんの誇りです……」
嵐華は少し微笑み、目を瞑る。
「……うん、私もお母さんの……娘で良か……った……」
そういうと嵐華は身体中の力が抜け、両膝を付き、黒葉と緋織が支える。
嵐華は極限まで集中していたことで神経をすり減らしていた。
緋織は異変に気づく。
「……凄い熱です!!」
「早く車に乗せて!!医療施設へ運びますよ!!」
嵐華は車内で処置を受けながら、IRISの医療施設へ搬送される。
……
執務室でその結果を見届けた安西は、パソコンでまとめたデータを送ろうとした。
安西達、正規派の今までの組織運営体制、経費の不正受給、そして、隊員への過度な負担——。
その内容をまとめたものだった。
安西も断罪されるが、IRISという組織も道連れにする。
結果がどうなろうと実行する……はずだった。
(あいつは……妻のことを殺した能力者とは違う……)
(自己犠牲の塊……知らない妻のことに泣いていた……)
(そして……あいつは相手を殺さずに任務もやりきった……)
(守る……か……あれだけの言葉で変わるとはな……)
安西はマウスのカーソルをまとめたフォルダに合わせ、削除した。
そして、神威に電話をかける。
『……なんだ?』
「約束だ……全権をお前達に渡す」
『……分かった……だが、次の年度までは形だけだが、幹部でいてもらうぞ?』
「ああ……分かっているさ」
神威は通話終了後、倉田に確認を取る。
「……データの送信はあったか?」
「いえ、何も送信されていません」
「なので”遮断プログラム”は不要だったかもしれませんね」
神威達が準備していたもの。
それは安西や他の正規派が無断で情報をリークしようとした際に作動する通信遮断システムだった。
それが一切動いていない。
「あっさり嵐華の提案を受け入れた……のか?」
(あんな指示を他の幹部に出しておいて?)
神威達は不思議で仕方なかった。
通話が終わり、安西は小さく呟いた。
「……あいつだけは……信じてやるか……」
——こうして、IRISの内紛が終結した。
それは嵐華が任務を達成させただけではない。
IRISを、家族を守りたい気持ち……それが安西の僅かながらの良心を動かした。
次回、EP35〜拠り所〜




