EP33〜覚悟〜
IRIS幹部執務室——。
上層部に属する者達は1人1人個室が完備されている。
能力犯罪対策機関の幹部。
当然、幹部はそのIRISの仕事を従事してきた者……ではない。
そう——。
IRIS上層部は「天下り先」だった。
能力犯罪を知らない官僚、大手企業の役員……能力犯罪に全く関係ない分野からの選出。
だから、現場に対しての知識はないし、能力者の負担を軽視していた。
今、IRISがまだ現存していること。
それは幹部の功績ではない。
隊員、技術班、そして各分野のスペシャリスト達。
現場の人間がIRISを今まで守ってきた……命を落としても。
それに対し、億単位の収入があり、現場より遥かに待遇が良い。
まさに「楽な仕事」のはずだった。
神威、黒葉達が反旗を翻すまで。
安西に味方する「正規派」の幹部達はいまの状況に焦っていた。
正規派の幹部が数名、執務室に集まる。
話し合う理由は1つ——生き残るには?
「どうする?もう安西さんの下にいるのは得策ではないのでは?」
「だが、今神威大将と黒葉大将補佐の側に付いても続けられるとは思えない」
「いや、でもこのまま下にいればほぼ確実に交代は待ったなしだろ……」
「「「う〜ん……」」」
悩んでいる中、スマホにメッセージが届く。
(……?……メール?……安西さんからか?)
メールを開き、本文を読むと、目を見開き、汗が止まらなくなる。
その表情になったのは……その場にいた幹部全員だった。
「これ……本当に安西さんが書いた……のか?」
「……嘘だろ……?」
メールの一文にはこう書かれていた。
『紫導嵐華を高確率で殉職させる任務を探せ』
流石に常軌を逸している……そう幹部達は悟る。
もうこの人には付いていけないと、この時点でほぼ全員が思っていた。
……
この情報は「神威派」の幹部、長谷部から神威、黒葉へ共有される。
神威と黒葉の顔はすでに鬼の形相に変わっていた。
「……流石に一線を越えたな……」
「ええ……もう大将権限で安西を排除しましょう」
2人が排除の動きへ舵を切ろうとした時、三枝は助言する。
「いや、今それをすれば、安西が色んな情報をリークする可能性もある」
「今は泳がせよう……」
自分の娘の命を奪おうと考える者に慈悲を与える気にはなれなかった。
「我慢しろというのか?この文章を読んで!?」
「あぁ、だから”あれ”の準備を早く進めよう」
倉田も資料を見ながら同意する。
「はい、あと1週間もしないうちにセキュリティ部門でも対応完了予定ですよ♪」
「あの人達も相当ストレス溜まってたんでしょうね〜全力でやってくれていますよ?」
「……現場も嵐華ちゃんの味方ばかりですから……無駄にしない為にも我慢してください」
神威も黒葉も大きくため息を吐き、なんとか怒りを鎮める。
「……ああ、分かった……」
「今は……我慢します」
三枝達3人は安堵しつつ、少し意地悪な口調で言う。
「まぁ、これが出来れば、権限をフルに使って安西に何をしても良いからな〜」
「えぇ、当然の”こちら”の権利です」
「……はは、楽しみだな」
神威と黒葉は3人の言葉にあっけらかんとするも微笑み、穏やかな空間へと変わっていった。
嵐華は絶対守る……守る為に全力で準備を進め続ける。
……
それから1週間が経過したが……嵐華はなぜか平和になった。
緊急任務に呼ばれることがなく、ローテーションも緩められた。
この1週間で任務に出たのは一度きり。
何かあっては困ると緋織は過保護となり、その日以外は基本自宅へ直帰していた。
嵐華も疑問に思い、家に帰った後、リビングで呟く。
「でも急にどうしたんだろうね?」
嵐華がソファーに座っており、横には愛里がもたれかかる。
「う〜ん、いいんじゃない?嵐華姉が元気ならそれが一番♪」
反対側の方には瑞帆もよりかかる。
「愛里だけずるいですよ……私も嵐華姉に甘えたいです」
「……分かったよ♪ゆっくりしようか♪」
その光景を紅茶を飲みながら、緋織は妹達に注意する。
「はぁ……愛里、瑞帆……嵐華をちゃんと休ませてあげてくださいよ?」
「「は〜い♪」」
4人姉妹で仲良く団欒……そう思った矢先だった。
嵐華のスマホから緊急アラームが鳴り響く。
「……え?……緊急?」
確認しようとすると、通常の電話の着信音が鳴る。
「……誰の電話番号だろ?」
そのまま、着信を受ける。
「はい、もしもし?」
『紫導嵐華少尉の電話で良かったかね?』
嵐華ははっとする。
「その声……安西……さん?」
『一度しか会っていないが、よく分かったね』
『実はお願いがあるんだ』
「……なんでしょうか?」
『先ほど、緊急アラームが鳴ったね?』
『任務内容は野良能力者2人が同じ場所に同時発生』
『今、関係者と思われる男性を引きずって移動中だ』
「任務を受けろということでしょうか?」
『ん〜そうだね……ただ、君1人でだ』
嵐華は耳を疑う。
「……1人で任務ですか?」
その言葉にその場にいた緋織達も耳を傾ける。
安西はそのまま言葉を続けた。
『受けられなければ、そうだな……妹の飛鳥緋織少尉に受けてもらおうか』
「……なんでですか?」
『単純だ、他の隊員を向かわせたら被害が出る可能性が高い』
『エース級が軒並み、今任務中だからね』
『君は実績が十分だ……君なら1人で解決出来ると信じているんだよ』
『それに……』
嵐華の表情に怒りが込み上げる。
「それに……何でしょうか?」
安西は電話越しで鼻で笑う。
『幹部の命令を覆すことは出来ないし……大将権限を使わせたくないだろ?』
大将権限を使って安西を断罪すれば、情報をリークし、IRISに悪影響を与える。
IRISを守りたければ、命令に従えと言っていた。
嵐華は一呼吸し、意を決して返事をする。
「……分かりました……ただし、条件があります」
『条件?なんだそれは?』
「私が任務達成した時には、全権をお父さんに委ねてください」
この時、安西は心の中で勝利を確信していた。
野良能力者の波形データを先に分析班から入手しており、どちらも”Aランク”。
本来であれば、隊員12人の2部隊編成であたることが正常の判断。
それを1人で対応する……嵐華は確実に……。
『……分かった、条件を飲もう』
「……約束ですからね」
『では、早くIRISに来て、任務の準備を進めたまえ』
「分かりました」
安西はそのまま通話を切る。
これは狙ったことではない。
偶然のタイミングだった。
ただ、嵐華の緊急任務を抑えただけ。
それだけで、絶好のタイミングが出来てしまった。
「はははははは!!!!!やはり私は選ばれている男だ!!!!!」
「有望な消耗品が無くなるのは痛いが、これであの夫婦もおとなしくなるだろう!!」
「天は私に味方したんだ!!!はははははは!!!!!!」
執務室では大声で笑い、自身の運に感謝していた。
……
一方、嵐華は通話が終了した後、緋織に確認する。
「録れた?」
「……はい、バッチリです……」
嵐華のスマホはスピーカーモードにしており、緋織のスマホで録音していた。
これは神威と黒葉から4人に指示していたこと。
安西や他の正規派から連絡があれば、録音するように言われていた。
だが、緋織、愛里、瑞帆の表情は暗かった。
「……危険です、これは……お父さん達に相談しましょう?」
「そうだよ……こんなの……死ににいけって言ってるのと一緒だよ!?」
「他の隊員が行けないなら私達も嵐華姉と一緒に行きます!!」
3人が心配する中、嵐華は静かに答える。
だが、いつもの微笑みはせず、真剣な顔だった。
「お父さんとお母さんには共有するよ」
「でも、この任務は受ける」
「安西さんも……この任務が成功すれば全権を委ねるって言ってくれた」
「確かに悪い人なんだと思う……でも、ずっとIRISの幹部だったんだから……最後は信じたい……」
緋織は目を瞑り、口元を歪める。
「……嵐華……こんな時にも優しくならなくて良いんですよ?」
「……ごめん……でも……」
「はぁ……分かりました……でも私も同行しますよ?」
「でもそれは……」
「車両に一緒に乗るだけです」
「本当に嵐華に命に関わる事態になれば、全力で止めます」
「その時は……みんなでIRISを辞めましょう……」
緋織の覚悟の言葉に嵐華は無言で頷く。
そして、4人でIRISへ向かう。
……
IRIS執務室では、神威が安西に問い詰めていた。
安西の胸ぐらを掴み、神威は吠える。
「……ふざけるな……なんだこの命令は!?」
「嵐華の単独任務だと?……それもこれはAランク任務以上の超危険レベルだ!!」
「こんなものに行かせるわけないだろうが!!」
だが、安西は卑しい笑みを浮かべながら答える。
「……はは……もう嵐華少尉は合意したんだ!!」
「本人が合意すれば、基本は本人の意思が尊重される!!」
「お前は娘の気持ちを捻じ曲げるのか!?」
「死ぬよりマシだろ!?」
「俺は権限を使って止めさせる!!」
「なぜそうなる?単独任務はお前達も経験があるだろう?」
「嵐華少尉はその資格は十分あると思うがね!?」
「それは俺も黒葉もSランクだったからだろ!!」
「俺達以外にも単独任務はSランク隊員しかしたことがないんだよ!!」
「嵐華はAランクだ!!そんなことさせられるか!!」
ヒートアップしている中、黒葉も加勢しようとした時、スマホが鳴る。
嵐華だった……すぐに黒葉は電話に出る。
「嵐華!?どうして任務を受けたのですか!?」
黒葉は本気で怒っていた。
嵐華は緋織達と共にすでにIRISへ向かうモノレールに乗っていた。
黒葉が怒るのは当然……そう思い、申し訳なくゆっくり答えた。
『……ごめん、でも、終わらせたいんだ……こんなこと……』
『危険なのは分かってるよ?』
「じゃあ……どうして!?」
『でも、安西さんも約束してくれたから……信じたいんだ……』
『IRISにいる人なんだから……』
『音声データは後で緋織から送ってもらうから……じゃ、もうすぐ着くから』
嵐華からの通話が切れる。
黒葉はスマホを握りしめ、大きく深呼吸する。
「神威さん……行かせましょう……」
安西を掴んだ手は離さないままだが、黒葉の言葉に信じられないように顔を黒葉に向ける。
「……黒葉?何言ってるんだ?おまえ……?」
「……私も同行します……嵐華が命に関わる事態に陥れば……私が出ます」
安西が笑いながら喋る。
「そんなことすれば、約束は反故されたってことだからな!!それに……分かるだろ〜?」
幹部までしか知らないこと。
それは神威、黒葉がSSランクであること。
国際能力者連盟の90%以上の承認がなければ、出動出来ず、能力の行使が出来ない。
黒葉が動けば、それは規定違反となり、黒葉は何かしら責任を取らなければならない。
そうなれば、正規派ではなく、神威、黒葉に責任が移り、SSランクはいなくなるが、安西達にデメリットが発生しないまま、権利を2人から奪える。
だが、それは黒葉も分かっていたこと。
黒葉は安西を睨みつけながら答える。
「ええ……なので、その時は私はIRISから去り……」
「お母さんは辞めなくて良いよ」
黒葉の言葉を遮るように嵐華が到着し、言葉を発する。
後ろにいた緋織は安西を睨みつける。
「……私も同行しますので、よろしくお願いします」
「……ふん、それだけいようが、嵐華少尉1人で対応するのは決まっているんだ」
「嵐華少尉を信じようじゃないか?ええ?」
安西の余裕たっぷりの声に神威の怒りが頂点に達しようとしていた。
だが、嵐華が神威の腕に手を添え、首を振る。
「……大丈夫だから……お父さんは愛里と瑞帆と一緒に見てて?」
震える拳を抑え、安西から手を離す。
そのまま振り返り、嵐華を抱きしめる。
「……絶対、無事に帰ってこい」
「うん……」
IRISの未来を賭けた任務——。
それを……嵐華が全てを背負う。
次回、EP34〜思い〜




