EP31〜内紛〜
紫導家リビング——。
あれから1週間が経過していた。
嵐華はリビングのソファーに座っていた。
背中を丸くし、視線は落ちたまま……。
(私は……お父さんやお母さんみたいに……”守る人”になれないんだ……)
膝に顔を隠し、泣くのを我慢していた。
それはリビングに緋織、愛里、瑞帆がいたから……。
妹達の前で弱気なところは見せたくない。
だが、涙を我慢するのが精一杯だった。
……
戦闘モードOFFでの試験——。
試験終了後、倒れ、状態が落ち着いた後はすぐに帰ることになった。
嵐華が倒れて、流石にIRISの業務へ従事することが難しくなった神威と黒葉も帰宅。
試験結果は自宅から理解のあった幹部——三枝へ送る。
『確かに受け取ったよ……結果はもう出ているかもしれないが……善処させてもらうよ』
黒葉は電話越しにお辞儀をする。
「……よろしくお願いいたします」
だが、翌日には上層部から非情の通達が届く。
『IRIS隊員、紫導嵐華少尉は処遇が決定するまで自宅待機とする』
それはもう「戦力外通告」だった。
通告後、嵐華は高校には普段通りに通う。
高校の中ではいつも通り笑顔にしている……つもりだった。
同級生は嵐華の異変に気づいていたが、緋織の視線が訴えていた。
そっとしてあげてほしいと……。
高校が終わり、本来ならIRISへ行く予定だった。
だが、IRISにも行くことは許されず、ただ自宅に帰るだけ。
そして、今日は緋織は任務があった為、1人でタクシーに乗って自宅に帰る。
正門前にタクシーが到着する。
自分で正門の鍵を開け、庭園を抜けると、自宅の玄関が見える。
いつもの風景のはずなのに、嵐華は全てが遠い世界のように見えていた。
玄関から入り、自動で点灯する照明を見る。
神威も、黒葉も、緋織も、愛里も、瑞帆も……。
(誰もいない……私は何もしない……出来ない……)
靴を脱ごうとするが、足元がふらつき、バランスを崩してしまう。
そのまま床に手を付き、床をずっと見つめていた。
すると、床に水滴がぽたぽた落ちる。
視界が歪む……心が折れる音がした。
「あ……あぁ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」
家族全員が「守る人」として戦っている。
自分は何もなれない……。
悔しさ、悲しさ、情けなさ……。
様々な負の感情が一気に押し寄せていた。
今までの努力はなんだったのか?
雷で死んでいた方が良かったのか?
そんなことまで考えるようになっていた。
そのまま床に寝転んでしまう。
(私は……もう……)
カチッ——。
……
数時間後、神威達は5人で車に乗り、自宅の駐車場へ。
車から降りる中、瑞帆が自宅を見つめながら言う。
「嵐華姉……大丈夫でしょうか?」
1人で自宅にいる嵐華を心配していた。
その横で黒葉が笑顔で答える。
「なので、今日は美味しいものを食べて、嵐華を労いましょう♪」
愛里も元気よく返事をした。
「うん♪お父さんと最高のご飯作るぞ〜!!」
神威は鼻で笑う。
「俺に合わせられるのか?」
「料理になると本当に張り合いますね……」
愛里と神威のやり取りに少し笑いながら、緋織は玄関に向かう。
そして……ドアを開ける。
「ただいま戻りました」
静かな空間。
「嵐華〜?」
緋織が大きな声を出すが、反応がない。
(リビングにはいないのでしょうか?)
靴を脱ごうとして、床を見る。
緋織は床に付着しているものに、目を疑った。
(これは……血!?)
「嵐華!!」
緋織が鬼気迫る声で叫びながらリビングへ向かう。
その声を聞き、神威達も緋織の後を追う。
「嵐華!!どこですか!?」
リビングに入ると血の痕があり、それを目で追う。
階段の手前。
嵐華が腕から血を流し、ぐったりしていた。
緋織はすぐに嵐華の側にかがみ、肩を揺らす。
「嵐華!!嵐華!!しっかりしてください!!」
嵐華はか細い声で答える。
「……緋織……?……おかえり……暴発……しちゃった……」
暴発——。
もう克服していたと思っていた。
いや、克服していたのに……メンタルが限界だった。
緋織に後悔の念が宿る。
「……すみません……一緒に帰れば……」
嵐華は必死に笑う。
「……大丈夫……私が……弱くて……情けないだけ……だから……」
神威達も駆けつけ、嵐華の周囲に集まる。
「嵐華!!」
神威達の顔を見ると、嵐華の目から涙が溢れる。
「……ごめん……なさい……」
そういうと力無く、意識が途絶えた。
「すぐに救急車を呼ぶ!!」
神威は救急に連絡を入れ、嵐華は病院に運ばれた。
診断の結果は、精神的疲労による衰弱。
ただ、暴発による怪我は最小限だった。
左腕に深い切り傷だけで済んだ。
5人は嵐華を1人にしたことを後悔する。
神威は病室から出て、待合室の長椅子に座り、手を握り合わせ、俯く。
(俺は……嵐華のことを理解してやれてなかったのか……)
(試験の時、ショックで倒れたのに……次の日には笑顔で喋っていた嵐華を”強い子”だと勝手に思って……)
(それがこのざまか……俺は……父親失格だ……)
「神威さん……落ち込む暇なんて……無いですよ?」
声に反応し、神威が顔を上げると、黒葉が前に立っていた。
黒葉の目は涙で赤い瞳がさらに赤く染まっているように見えた。
「……黒葉……俺は……」
「必ず……嵐華をIRISに復帰させます」
「あの子の居場所を……絶対無くさせません」
黒葉の言葉に神威は少しだけ微笑む。
(強いな……黒葉は……)
一息つき、神威は立ち上がる。
「そうだな……やるべきことをしないとな」
「……はい♪」
2人は病室へ戻ると、嵐華を看病していた緋織達に話す。
「お前達は明日からIRISは休んでくれ」
「嵐華の側にいてやってくれ」
緋織は嵐華を見ながら答える。
「……お父さん達は……どうするんですか?」
緋織の質問には黒葉が答えた。
「私達は……嵐華を……IRISを守る為に戦います」
その後、嵐華は1日だけ入院し、次の日にはまた自宅へ帰れることに。
嵐華、緋織は高校も休み、常に自宅。
愛里、瑞帆は中学へは通学するも、IRISへは行かず、自宅へ直帰する。
そして、神威と黒葉は戦う為の準備を始める。
……
数名の幹部……神威と黒葉と同じく、嵐華の処遇に納得がいかない幹部3名が共に大将執務室で話し合う。
三枝が2人の紹介をする。
「まぁ自己紹介は必要ないと思うが、俺と同時期に幹部になった長谷部と倉田だ」
「よろしく」
「よろしくお願いします」
神威はお辞儀をし、言葉にする。
「集まってくれて、感謝する……」
倉田が明るく返事をする。
「そんなお辞儀なんてしなくても良いですよ♪」
「私達も先輩幹部には思うところはありますから〜……絶対嵐華ちゃんを助けましょう」
黒葉もお辞儀をする。
「ありがとう……ございます」
神威と黒葉の姿勢に長谷部は目を瞑り、自覚する。
「やはり……君達はIRISのトップにいるべき人達だ……がんばろう」
そして、作戦会議が始まる——。
最初に口を開いたのは神威だった。
「嵐華の処遇を覆すには、生半可な提案じゃ無理だろうな」
黒葉も同意見だった。
「ええ、旧体制の幹部達が大半ですから……こちらの意見は全く聞く気がないでしょう」
だが、長谷部が神威達に質問をする。
「気になってはいたんだが……君達は大将と大将補佐の役職をどう聞いている?」
その質問に唖然とするも黒葉が答える。
「現場指揮の最高司令官という立ち位置と思っていますが……違うのでしょうか?」
「実際に役職に就く前にそう説明されましたが……?」
三枝達は顔を合わせ、ニヤリとした。
「……突破口はある」
神威が反応する。
「それはなんだ?」
「単純です……大将権限を行使します」
「権限を使う?使えるのか?」
長谷部が説明をする。
「まず、大将と大将補佐は君達がなるまで10年ほど空席だったのは知ってるな?」
「ええ、適任者がいなかったと聞いていますが?」
「大将と大将補佐はな……本来、IRISの”最上級職”だ」
「その職に就く為には、IRISの幹部の承認ともう1つ、政府の承認がいる」
「……政府?国が承認する役職ということですか?」
「そうだ……私達は幹部になる際に色々と研修を受けてきたが、なぜ君達がここまで強気で改革出来ないか不思議だった」
政府が承認する役職……それは幹部よりも上位の非常時権限や組織を動かす力も持つこと。
今まで2人は権力に関心がなかったこともあり、自分達から規定を精査してこなかった。
そもそも、そんな説明を隠しているとは思いもしなかった。
「権限を秘匿されてたってことか?……あいつら……」
神威の怒りが込み上げる。
三枝が宥めながらも言葉を続ける。
「全く適任者がいなく、政府からも追及されていたらしいからな」
「幹部を増やすだけではダメだったから、SSランクである君達を大将、大将補佐にしなければいけなかった」
「大将、大将補佐は隊員としても最強の称号でもあるから、君達以外は無理だろうしな」
黒葉の表情が段々晴れていく。
「では……大将権限を使えば……嵐華を戻せるということですか?」
だが、神威の頭はすでに冷静になっていた。
「いや……それを強引にすると、政府にも色々と追求されるな……」
「ああ……大将と幹部との確執、不適合……そして、最悪IRISの解体だ」
「そうなると国防軍にそのまま吸収される」
「そうなると……」
「そうですね……全員”軍人”になるかなと……最悪、国家間の戦争にも駆り出されます」
「それは避けたいな……」
全員が考え込む。
そして、三枝が意を決して口を開く。
「これは賭けだが……首を賭けるか?」
「「「「首?」」」」
……
そして、現在——。
嵐華がリビングで考え込む。
(私は……お父さんやお母さんみたいに……”守る人”になれないんだ……)
その思いが頭の中でずっと流れる。
そして、とうとう一つの選択肢が浮かぶ。
——IRISを辞める。
隣に座っていた緋織は、何も言わない嵐華をずっと見ていた。
聞いているか分からないが、緋織は声をかける。
「嵐華……嵐華がIRISを辞めるなら、私も辞めますので」
嵐華は顔を上げ、目を見開く。
「……え?でも緋織は何も……」
嵐華の質問にも緋織ははっきりと自分の意見を言う。
「守りたい気持ちのある人を辞めさせる組織なんて、こっちから願い下げです」
「そもそも正隊員にしたのはIRISなんですから、いらなくなったら捨てるなんてふざけてます」
「それにIRISだけが特別ではありません……別の国の組織に入るという選択肢もあります」
「能力者に国境はありませんから」
その言葉を近くで聞いていた愛里と瑞帆も頷き、同調する。
「うんうん♪嵐華姉と緋織姉がいないIRISじゃ楽しくないし、私達まだ正隊員じゃないからすぐ辞めれるしね〜」
「私も守る人も守れる組織に入りたいです」
2人とも笑っていたが、目は本気だった。
緋織がさらに言葉を続ける。
「……それに、紫導家は元々”傭兵部隊”だったそうですからね」
「花梨さん、左近さん、右近さん、それに氷華と炬乃恵も引き抜いて独立っていうのもありですね♪」
「え〜それいいな〜♪じゃあ、賢治さんも来てもらおうよ♪多分来てくれるよ?」
「そうですね……あとは……」
3人が辞めた後のことを楽しく話しているのを嵐華は聞いて、涙が止まらなくなる。
自分のせいで、また色んな人に迷惑をかけている。
でも、それでもこうして助けてくれる妹達がいる。
「……みんな……ごめんね……」
緋織はすぐに嵐華を抱きしめる。
「……本当に……優しすぎるんですよ、嵐華は」
「もっと甘えて良いんですよ?」
「……うん」
涙は流れたまま、だが表情は少し穏やかになっていくのが、愛里達にも見えていた。
その時——。
玄関のドアが開く音が聞こえる。
「ただいま」
「ただいまもどりました♪」
神威と黒葉が帰宅し、部屋の空気を一瞬で読む。
神威は少し安堵しつつも、口を開いた。
「全員、席に座れ」
リビングの食卓に6人全員が座る。
空気は重たかった。
嵐華の表情はまた暗くなっていく。
そして、神威が口を開く。
「結論から言う……嵐華は辞めなくても良い」
神威の言葉に嵐華は驚く。
「……え?なんで辞めるって……?」
黒葉は微笑みながら嵐華を見る。
「私達は親ですから、嵐華の考えていることは分かりますよ」
「それに緋織達も勘付いていたでしょう?」
嵐華は緋織達の方を見ると、3人共にっこりと微笑んでいた。
神威はそのまま言葉を続ける。
「上層部に言ってきたよ」
……
数時間前——。
幹部を全員集め、神威と黒葉、そして友軍の幹部の三枝、長谷部、倉田の5人で提案書を提示する。
その内容は——。
『大将、大将補佐、一部幹部の辞任による、IRIS内組織調査依頼について』
一番古株の幹部——安西が声を荒げる。
「なんだ……これは!?どういうことだ!?」
神威は表情を崩さず、答える。
「そのままの意味だ」
「俺達はIRISを辞める」
「IRISを辞めれば政府から事情を聞かれるからな……内部で何があったか調査してもらうのさ」
「そうすれば、IRISも綺麗になるだろう?」
他の幹部も声を上げる。
「そんなことになるわけないだろ!?」
「IRISが無くなっても良いのか!?」
黒葉が即座に質問する。
「そうですか……やはり政府に介入されると困るわけですね?」
「あ……」
安西は口を歪める。
(バカが!!)
神威が言葉を続ける。
「守る人間は守られたらダメなのか?」
「IRISの隊員は”消耗品”か?」
「そんな考えを持ってるなら、むしろ無い方が良いだろ?」
反対しようとする幹部達は反論はしたい。
だが、神威達が辞めるということはIRISからSSランクの能力者がいなくなり、さらにIRISどころか、国家間のパワーバランスを崩しかねない事態になる。
それにSランク以上としても神威と黒葉のみ。
この提案はまず政府が望むはずがない。
そうなれば神威と黒葉に政府は味方し、今の「正規派」が吊し上げられる。
「……神威大将……そんな自分勝手に気分次第で組織運営されたら困るんだよ……」
「君の娘……紫導嵐華の処遇はもうほぼ決定しているんだ……何をしても……」
安西が言い切る前に、倉田がデータである報告書を提出する。
「なんだ?これは……?……!?」
「これは、国際能力者連盟に送った紫導嵐華のデータを精査していただいた結果です」
「結果は……”正隊員として資質十分であり、最前線で戦える逸材”と結論が出ました」
「あとこれは……政府にも提出予定ですよ♪」
「あなた達の評価の不公平性を示す為にです」
国際能力者連盟は各国の能力者組織のランク、適性評価に対し、第三者視点から精査を行える唯一の機関。
その連盟が嵐華の正隊員としての資質を認めた。
これはIRISの決定よりも優先度が高いものだった。
嵐華がこのままIRISでの活動を許される何よりの証だった。
この結果を突きつけ、神威は追い討ちをかける。
「嵐華の正隊員としての脂質が連盟にも認められている」
「本来なら俺の権限で戻しても問題ないが……どうする?」
(……この若造が!!)
安西はさらに口を歪ませる。
だが、ただでは転ばなかった。
「いいだろう……だが、紫導嵐華が本当に正隊員として続けられるのか……しっかり精査はさせてもらうぞ?」
「資質は十分なのは理解した……だが、実戦で通用するかを厳格に見させてもらう」
「その方がIRISにとっては良いんだろ?」
問題を大きくしてIRISの外にも情報が回れば、正規派を排除しても印象は悪いまま、政府にも事情を聞かれるだろう。
嵐華だけを特別扱いするわけにもいかない。
絶妙なところを突いてきた安西に神威は少し歯痒く思うも、了承する。
「分かった、それで問題ない」
「だが、もし嵐華が任務をこなし、問題がなければ……責任を取ってもらうぞ?」
「……責任?」
「……ああ、上層部の総入れ替えだ」
その言葉に全員が動揺する。
黒葉がその声に対し、意を介さず、口を開く。
「ええ、名目上は”IRISの若返りの為の世代交代”です」
「構いませんよね?これまで好き勝手したのですから、当然のことです」
全員の視線が安西に集中する。
しばらく静寂が続き、重い口を開く。
「……分かった、だが、任務は選ばせてもらうぞ……これで公平だろ……大将」
神威は全てに納得したわけではない。
だが、神威は決めた。
「……分かった」
嵐華を……娘を信じると——。
……
紫導家リビング——。
「上層部の……総入れ替えですか!?」
神威と黒葉の話を聞き、緋織が驚く。
神威は淡々と答える。
「ああ、本気だ」
「次の候補として、俺らの同期組に声をかける予定だ」
「普段から能力者を物扱い、消耗品にしてきた奴らをこれ以上のさばらせておく訳にはいかん」
「お前らの為にも……IRISを根本から変える時だ」
嵐華は信じられない様子で神威を見ていた。
「……本当に私……辞めなくても良いの?」
だが、神威は一切甘やかさずに答える。
「それはお前の頑張りと覚悟次第だ」
「これは偏見じゃないぞ?」
「お前の強さは、俺と黒葉以外の中ではもうNo.1と言って良い……戦闘能力という面だがな」
「IRISの正隊員になって、まだ2ヶ月も経っていない時点でな」
「雷の恩恵があるのも事実だが、これはお前が能力を発現してからスイッチを習得するまでの”6年間”耐え抜いてきた努力の結晶だ」
「もっと胸を張れ」
黒葉も続ける。
「しかし、能力のON/OFFの懸念があるのも実情です」
「なので……”結果”で黙らせます」
「私達の娘は……守られるだけの人間ではないと」
その言葉に嵐華はまた涙を浮かべる。
だが、その涙には絶望は存在しない。
「……うん」
「みんなの為にも……頑張る」
それは、ただ任務を続けるという意味ではない。
紫導家がIRISにいる為に……IRISを変える為に——「守る人も守られる組織」へ変える為に。
紫導家、IRISにとっての「変革の戦い」が始まりを告げた。
次回、EP32〜風当たり〜




