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紫導家ヒストリー  作者: AliceMa
第1章〜紫導家〜
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EP29〜逆訪問〜

挿絵(By みてみん)


「今日は休まなくて大丈夫ですか?」


 玄関で嵐華らんかが靴を履く様子を見て、黒葉くろはが心配する。


 昨日、殴られた左頬は回復力が早いとはいえ、まだ腫れているのがわかる。


 緋織ひおりも横で心配しながら嵐華を見ていた。


 だが、嵐華は笑顔で答える。


「うん♪大丈夫だよ♪これぐらいで休んで……いてて……」


 痛みがまだあり、笑いながらも苦悶の表情を浮かべる。


「今日は笑うのも控えましょうか」


 緋織は少し笑いながらも嵐華に言った。


「え〜……?」


 嵐華も今まで言われたことない提案に返事に困っていた。


 黒葉の横にいた神威かむいもくすくす笑う。


「……まぁ、今日はIRISへ行く日だが、任務からは外れるように言っておくからな」


「うん……分かった……」


 微笑むのを我慢し、真顔で答える。


 凄く……言いにくそうな表情に3人は笑ってしまう。


「……これでも頑張って喋ってるのに……」


 嵐華が少し不貞腐れ、緋織が笑いながらも謝る。


「すみません♪では、遅刻してはいけませんので行きましょうか♪」

愛里あいり瑞帆みずほも待ってますし」


 そう言い、玄関のドアを開けると、愛里と瑞帆が庭園で待っていた。


 愛里は少し頬を膨らませて言う。


「あ、やっと出てきた〜」


 瑞帆は特に怒っているそぶりもなく、淡々と言った。


「遅れますよ?行きましょう」


 嵐華と緋織は靴を履き終え、神威と黒葉に体を向ける。


「「いってきます♪」」


「ああ、いってらっしゃい」


「気をつけてくださいね♪」


 そして、紫導4姉妹は最寄り駅まで歩いていく。


 ……


 電車に乗ると、少し視線はあるものの、1日でかなり落ち着いていた。


 SNSでは嵐華の名前は出ていないが、怪我をしたことは拡散されていた。


 悪いのは殴った不良だが、その発端にはSNSでの軽薄な拡散が招いたこと。


 それもあってか、昨日のように軽率にスマホを向ける人はいなかった。


 嵐華は昨日との違いに心の声が漏れる。


「……落ち着く」


(うん♪よかった♪)


 愛里は嵐華がこうして平穏が訪れたことに安堵していた。


 愛里だけじゃない。


 緋織も瑞帆も言葉にしないが、嵐華がこうして怪我をしていても気持ちが落ちていない。


 それだけでも嬉しかった。


 4人は和やかに話をしながら、電車の時間が過ぎていく。


 だが、嵐華は微笑むことが出来ない。


 それは単純に頬が腫れていたから。


(む〜……しゃべりにくい)


 嵐華が珍しくしかめっ面になっていることも、緋織達のくすくす笑いを誘う。


 そんな仲良し姉妹の風景を周囲は見ていて癒されており、さらにSNSで反応した人達は内心反省するのだった。


 ……


 愛里と瑞帆は中学校の最寄駅で降り、数駅離れた嵐華と緋織が通う深山学園みやまがくえんの最寄駅に着く。


 緋織は嵐華の手を取り、エスコートしながら駅から出る。


「気をつけてくださいね」


「うん……気を使い過ぎじゃない?」


 嵐華の言葉に緋織はすぐに首を振る。


「いえ、まだ怪我は治ってないんですから、頼ってください?」


「分かったよ♪……いてて……」


「ほら……笑顔はダメです」


 いつものボディガードのような冷静な表情から一変し、常に少し微笑んだ状態で嵐華を引っ張る。


 高校へ近づくにつれ、嵐華と緋織を見つけた生徒からは安堵の声が聞こえるようになる。


 だが、安堵の声は聞こえるが、内心は別の気持ちが沸々と湧いていた。


 左頬をガーゼで覆った嵐華。


 それを見た教師、生徒が思うことはただ一つ——。


(……あいつらマジで許さん……)


 誰も口に出さないが、学校では嵐華を守る為に「嵐華防衛網」強化を内密に推進するのだった……。


 2人は一旦、職員室、保健室へ寄り、担任を含めた先生達に挨拶をした。


 その後は、2人の教室へ向かう。


 教室に入ると、同級生達が一斉に2人を見る。


 すぐに心配の声が上がる。


「大丈夫なの?」


「痛くない?」


「無理しないほうが……」


 嵐華はぎこちなくも頑張って微笑む。


「大丈夫だよ♪」


 しかし、その横で緋織はすかさず言う。


「痛い時は痛いって言ってくださいよ?」


 そのまま嵐華を抱きしめる。


 妹が姉を心配する——。


 自然のはずだが、教室の空気は固まる。


(緋織が嵐華を抱きしめてるところ……初めて見た……)


 同級生が驚いている中、嵐華は優しく緋織の頭を撫でる。


「……うん、ごめん」


 嵐華の顔も以前よりさらに穏やかに、優しい表情だった。


 緋織は少しだけ甘えるような声色で答えた。


「……分かれば大丈夫です」


 たった1日で何があったのか?


 ただ、この姉妹が今日も仲良く出来ていることが一番だと全員が思った。


 ……


 授業はいつも通り進む。


 そして、放課後——。


 IRISへ向かう為に2人は教室を出る。


 緋織が嵐華の鞄を持ち、両肩で交差するように持つ。


「重くない?鞄くらい持つよ?」


 嵐華は心配するが、緋織は難なく担ぐ。


「問題ありませんよ」

「嵐華は完全休養ですから……少しでも楽にしてください」

「それに今日はIRISでも事務作業だけですからね?」


 完全に過保護モード。


 しかし、嵐華はそんな緋織が可愛く見え、今日は甘えることにした。


「うん、分かったよ♪」

「でも、訓練場は覗いても良い?花梨かりんさん達や氷華ひょうか炬乃恵このえにも挨拶したいし」


 緋織は少し考える。


(……そうですね……私も炬乃恵に直接お礼を言いたいですし……)

「分かりました、でも訓練は絶対ダメですからね?」


「それは分かってるよ♪……い……」


「また♪……?……何か騒がしいですね?」


 正門の近くに行くと、また何か騒がしい。


 緋織は即座に警戒し、周囲を見る。


「……また誰か来たのでしょうか?」


 緊張が走るが、嵐華が見たことのある人影を見て止まる。


「……あれ?」


 他校の生徒でセーラー服を着ているが、水色のロングヘアーに青いリボン。


 その姿を緋織も確認し、声が漏れる。


「氷華?」


 氷華が通う白泉学園はくせんがくえんは深山学園から駅で数駅のみ離れた場所にある。


 紫導家からの距離感からすると、愛里、瑞帆の中学、嵐華、緋織の深山学園、そして、氷華、炬乃恵の白泉学園の順で数駅挟むが並んでいた。


 授業が終わった後に来たとしても早すぎる。


 緋織はそう思い、嵐華と共に氷華へ近づく。


 氷華が2人を待っている間、何もない訳はなかった。


 白泉学園では炬乃恵と1、2を争う人気がある氷華。


 容姿に加え、無駄のない立ち姿。


 傍から見れば清楚なお嬢様にしか見えなかった。


 そんな氷華だからこそ、案の定、何人かに声をかけられていた。


 不良のような強引な生徒はいなかったが、少しでもお近づきになろうとするものが数名いた。


 だが、氷華本人はほとんど意に介さず、必要最低限の視線だけを返し、やんわりと距離を取っていた。


 少しため息を吐き、正門の奥へ視線を向ける。


 すると、嵐華と緋織を見つける。


 声をかけてきた数名に言葉を残す。


「すみません、待っていた方が来られましたので……」


 会釈をした後、氷華は歩き出し、嵐華と緋織の元へ歩み寄った。


 その間に周囲のざわめきが一段と大きくなっていく。


 美女が美女の方へ一直線。


 それだけで絵になる。


 氷華は嵐華の前に立ち、そっと嵐華の左頬に優しく手を伸ばし……触れる。


「心配で来てしまいました……痛みますか?」


 昨日、緋織にも聞かれた言葉。


 嵐華にとって緋織は特別な存在。


 だが、氷華の声も聞くと、気持ちが整っていく感覚があった。


「……うん、大丈夫だよ……心配してくれてありがとう」


 嵐華の返事も柔らかくなる。


 周囲の生徒は普段から嵐華と緋織の美人姉妹を見ている。


 だが、その2人に自然に交わる氷華を見て、空気がいつもと違うことに驚いていた。


(……なにこの人?)


(綺麗……)


(嵐華先輩……見たことない顔してる)


 驚いている中、同級生が声をかける。


「緋織達の知り合い?」


 その問いに緋織が即座に答えた。


「IRISの後輩です」

「嵐華の先生でもありますね」


 同級生は疑問に思う。


「先生?」


 氷華はどう見ても高校生。


 それに年齢も一緒ぐらいにしか見えない。


 緋織は淡々と続けた。


「能力の使い方についての先生ですね」

「制御に関しては私より上だと思いますよ?」


 同級生含め、この時間帯で下校している生徒は、昨日あの緋織が不良を制圧している場面を目撃している。


(……あれでも上がいるの?)


 氷華は少し目を細め、困ったように笑う。


「ふふ♪買いかぶりすぎです」


 その表情を見ていた生徒達はまたざわつく。


 嵐華とはまた違った癒しの笑顔だった。


 そんな中、緋織は氷華に思っている疑問を聞く。


「氷華はまだ学校だったのでは?」

「確か特進クラスと聞いていましたが……?」


 氷華は微笑みの表情を崩さず答える。


「ええ、今日は特別テストの日で昼までだったんです」

「図書館で勉強していまして、時間がありましたので来てしまいました」


 緋織は納得するように答えるが、少し気になることがあった。


「そうだったんですね……炬乃恵は来ていないんですね」


「炬乃恵はそのまま寮に帰りました」

「おそらくもう訓練準備に入ってると思います」


 氷華は少し考えた後、耳元で緋織に呟く。


「(……いてほしかったですか?)」


 緋織の心臓が一瞬跳ね上がる。


 だが、平静を装い、冷静に答える。


「……いいえ、問題ありません」


「ふむ……そうですか♪」

(まだ炬乃恵の気持ちは届いていないのかもしれませんね)


 氷華はこれ以上は言及することをやめ、視線を嵐華に戻した。


「緋織に何を話してたの?」


「いえ?何もありませんよ♪」


 嵐華が不思議がっていたが、緋織が気を取り直すように2人に言う。


「では、遅くなってはいけませんので行きましょうか」


 嵐華と氷華は頷き、3人並んでIRISへ向かう。


 深山学園の正門の前では、しばらくの間、ざわめきが残り続けた。


 口に出さないが、周囲の感想は一緒——。


(紫導姉妹の周りはやっぱり普通じゃない)


 嵐華の暴力被害事件は終息したかに見えた。


 だが、IRIS内では嵐華をめぐり、不穏な空気が漂い始めていた——。


 ……


 IRIS幹部室——。


 ここには神威と黒葉以外の幹部達が集まっていた。


 一番の古株である幹部が口を開く。


「……紫導嵐華の再審査を行う」

「被害者とはいえ……IRISの正隊員、能力戦闘のプロが一般人に負けるなんてあり得ないことだ」


 他の幹部も同調する。


「ああ、SNSでもそのことで炎上している」

「雷の能力を制御出来る唯一無二の存在だが……IRIS隊員として……使い続けるか……切り捨てるかだ」


「使えない駒はいらない」


 嵐華の居場所を守る為の新たな戦い。


 そして、IRISを二分するかもしれない争いが始まろうとしていた。

次回、EP30〜呪い〜

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