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紫導家ヒストリー  作者: AliceMa
第1章〜紫導家〜
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31/33

EP27〜男の影〜Side.R〜

挿絵(By みてみん)


 この日——。


 嵐華らんかは新しい任務を受ける。


 だが、この任務が高校にもIRISにも激震が走ることを知る由もなかった。


 正隊員になってから1ヶ月が経過し、嵐華と緋織ひおりは数件の野良能力者案件に対応した。


 まだ案件としてはBランク任務だったが、2人は難なくこなす。


「落ち着き方は新人とは思えない」


 同じ任務を対応した隊員からそう評価されていた。


 そして、今日も緋織、愛里あいり瑞帆みずほと共にIRISへ。


 愛里と瑞帆が訓練へ向かい、嵐華と緋織は隊員の詰め所へ移動しようとしていた。


 だが、詰め所の前で立っている女性がいた。


「……あれ?お母さん?」


 黒葉くろはが待っており、嵐華と緋織を視界に入れると、優しい微笑みを見せた。


「嵐華〜♪緋織〜♪お疲れ様です♪」

「学校は楽しかったですか?」


「うん♪」


「何も問題ありませんでした」


「そうですか♪」


 仲の良い親子の会話。


 そんな話をする中、黒葉が話を仕事に戻す。


「実は嵐華と緋織には別々の任務についていただくことになりまして」

「私は嵐華を迎えにきました♪なので、一緒に執務室に行きましょう♪」


「分かった……緋織は?」


「緋織は予定通り、詰め所で待機をお願いします」


「分かりました」

「……寂しいですが、我慢します」


「こういうことは頻繁にありますから♪」

「我慢することも覚えないとダメですよ?」


 黒葉は優しく緋織の頭を撫でる。


 緋織は目を瞑り、少し口元から笑みが溢れていた。


「じゃあ、行きましょうか♪」


「うん♪じゃあまたね、緋織♪」


「はい」


 緋織はそのまま詰め所へ入り、嵐華は黒葉と共に神威かむいが待つ執務室へ向かう。


 ……


 大将執務室前——。


 黒葉がドアのチャイムを鳴らす。


神威かむいさん?黒葉です」

「嵐華を連れてきました」


『入ってくれ』


 黒葉がドアを開け、2人は執務室内へ。


 嵐華が部屋に入ると、神威が座る大将席の前に男性が1人立っていた。


(……誰だろう?)


 嵐華が不思議に思っていると、神威が口を開く。


「急に呼び出してすまないな」


 嵐華は微笑みながら答える。


「ううん♪問題ないよ♪」

「何か別の任務があるって……」


「ああ、まずは紹介しようか」

「こいつは浜野はまの 賢治けんじ大尉」

「IRISのエース隊員だ」


 名前を呼ばれると賢治は嵐華の方へ顔を向ける。


「よろしく」

「君が大将の子か……嵐華少尉で良いかな?」


 初対面の男性に少し緊張しつつ、返事をする。


「あ、はい……紫導嵐華です」

「よろしくおねがいします」


「う〜ん、やっぱり大将と大将補佐の娘さんですね」

「凄い美人さんじゃないですか♪」


「自慢の娘だからな」


 恥ずかしげも見せず、神威は即答する。


 嵐華は顔が真っ赤になる。


 美人という言葉に耐性があまりなく、ストレートに言われてしまうと恥ずかしい。


「……あまり美人とか言わないでください」


「あら♪本当のことなんですから♪」

「嵐華はこういうことに慣れないといけませんね♪」


「……慣れたくない」


 賢治も黒葉も笑いながら談笑する。


「……さて、じゃあ自己紹介も終わったし、任務の話をしようか」


 そして、執務室の応接用ソファーに神威、黒葉が座り、その対面に賢治と嵐華が座る。


 まだ、少し嵐華の顔は赤い。


 神威が嵐華へ声をかける。


「落ち着いたか?」


「……うん、大丈夫」


 確認すると、神威は資料をテーブルに置き、任務内容を説明する。


「今回の任務はな……”万引き犯の拘束”だ」


「……万引き?これもIRISの仕事なの?」


 IRISの任務は野良能力者関連の暴走事件や能力が絡んだ凶悪犯罪がメインの任務。


 万引きでIRISが動くというのは、本来の任務には当てはまらないのでは?と嵐華は疑問に思った。


 黒葉が続けて説明する。


「本来は万引きなら警察が動くのが普通です」

「警察にも能力者は在籍していますからね」

「ただ……」


 黒葉は資料を嵐華に近づける。


 嵐華が資料を受け取り、文章を読む。


「……怪我人がたくさん……店長やお客さん、歩行者……警察官まで?」


 神威は腕を組み、目を瞑る。


「ああ、だから本来の万引きではなく、能力犯罪として警察からIRISに依頼が入った」

「相手の能力も分かってる」


 賢治はその話を事前に聞いていた。


「形状変化……ですよね?」


 形状変化——。


 能力の中では超常種に分類され、文字通り、体の一部の形を変えられる能力。


 ただ、万能ではなく、形状は1人1人決まっており、自由に変形出来るわけではない。


 そして、その形状も判明しており、黒葉が返事をする。


「ええ、形状は”ハンマー”です」

「もう犯人は特定されているのですが、警察官が負傷し、さらに逃亡して行方不明です」

「なので、近距離戦でトップクラスのあなた達を選抜しました」


 神威も言葉を続ける。


「……相手の能力や実力を見れば、IRISでもCランク相当の任務だが、確実に拘束したい」

「もう検問はしているから、今日から警察と連携して、張り込みをしながら犯人の万引き現場を抑える」

「早速だが、今からこのポイントで張り込みをしてくれ」


 神威が資料に書いてある地図のポイントを指差す。


 そこはコンビニ前の喫茶店だった。


「じゃあ、毎日ここで?」


「いや、長丁場になるし、基本は週1程度だな」

「それにお前達には本来の任務もある」

「警察と連携はするが、犯人が見つかるまではこっちは基本様子見だ」


「うん、分かった」


 嵐華にとって初めての能力犯罪案件。


 能力を私利私欲の為に使い、相手を傷つける。


 自身の雷で相手を傷つける恐怖を知っている嵐華にとって、能力犯罪は何よりも許せなかった。


「……捕まえる、絶対」


 ……


 その後、喫茶店へ嵐華と賢治は向かい、警察、IRISから事情を聞いていた店長は窓からコンビニが見える席へ案内する。


「ご注文があればお気軽にどうぞ♪」


「嵐華、何か食べるか?」


 張り込み中の為、階級呼びは無しとなり、賢治は嵐華を呼び捨てにする。


「え?良いんですか?」


「ああ、そうじゃないと自然じゃないしな?」


「あ、そうですね♪じゃあ、コーヒーゼリー良いですか?」


「俺はコーヒーで、飲み物は良いのか?」


「私もコーヒーでお願いします♪」


 笑顔で返事をする嵐華に店長は見惚れてしまう。


「?店長さん?」


「……あ、失礼しました」

「では、コーヒー2つとコーヒーゼリー1つですね」

「少々、お待ちください」


 コーヒー等が来るまでの間、嵐華はずっとコンビニを凝視していた。


 賢治は力が入っている嵐華を悟す。


「嵐華、そこまで見てると張り込みにならないぞ?」

「リラックスしろ?」


「あ……すみません」


「まぁ、犯罪は許せないからな、気持ちは分かるよ」


「賢治さんはこういう任務って?」


「ん?初めてだな」


(初めてでもこんなに落ち着いてるんだ)

「今、賢治さんってIRISでは何年目になるんですか?」


「もう5年ぐらいか」

「エースの評価をもらってるが、これからも精進あるのみだな」


「そうですか……私も頑張らないと」


 会話している中、コーヒーとコーヒーゼリーが届く。


 賢治と嵐華は店員に会釈をし、コーヒーを一口。


「うん、美味い」


 嵐華はコーヒーゼリーを頬張り、幸せに満ちた顔をしていた。


「好物なのか?」


「はい♪大好きです♪」


(これが”天使の微笑み”ってやつか……)

「まずは食べて、力を抜いて任務にあたろう」

「楽しむのも大事だぞ?」


「……はい♪」


 そして、嵐華は自然な笑顔のまま、賢治と会話し、張り込みをすることが出来た。


 同級生に見られているとは知らずに。


 ……


 一週間後——。


 嵐華は別の任務も挟みながら、情報を共有していた。


 そして、この日も高校。


 昼休みもあと少しのところで、嵐華はお手洗いに行く。


「ちょっとお手洗い行ってくるね」


「はい、分かりました」


 緋織に伝え、嵐華はお手洗いへ。


 手を洗っていると、ふと任務のことを考える。


(昨日もこれといって目撃情報なかったな……もうエリア外にいるのかな?)

(ううん、まだ一週間しか経ってないし、がんばろ!!)


 任務のことを頭に置きつつ、まずは午後の授業へ意識を向けよう。


 そう思いながら、教室へ戻る。


 ドアを開くと、教室が静かになる。


 周りを見ると男子の顔がすごく暗く見える。


「?どうしたの?」


 返事がない。


 不思議に思いながらも、自席へ向かい、緋織に聞く。


「何かあったの?」


「いえ、何もありませんよ?」


(緋織が言うなら……気のせいかな♪)


 この時、緋織が内心、動揺していたことを知る由もなかった。


「そう……ならいいや♪」


 気のせいなら良い。


 そう思い、いつもの柔らかい表情に戻って午後の授業の準備を始めた。


 ……


 午後の授業も終わり、ホームルームが始まる前に賢治から連絡が入る。


 廊下に出て電話に出る。


「賢治さん?もしかして何か動きが?」


『ああ、犯人を見つけたようだ』

『今、警察がマークしている』

『今から学校へ迎えに行くから準備しておいてくれ』


「……分かりました」


 通話を切る。


(うん……絶対捕まえる!!)

(でもまずは緋織に言わないと)


 教室に戻ると、緋織は帰り支度をしていた。


 今日は本当は嵐華は自宅へ直帰、緋織はIRISへ愛里と瑞帆の訓練を見る予定。


 そして、駅までは一緒に行くことになっていた。


 嵐華は帰り支度をしながら、緋織に言う。


「あ……ごめん、緋織」

「今日、人待たせてるから先に帰るね?」


「え?」

「……あ……私も一緒に帰りますよ?」


 緋織の言葉にきょとんとする。


「?」

「今日はIRISで愛里と瑞帆の訓練見るんでしょ?」

「1人で大丈夫だよ♪迎えにも来てもらえるし」


 そう言い残し、嵐華はそのまま教室を出る。


 その後ろでは緋織が固まってしまっていた。


 正門へ向かうと賢治が待っていたが、周囲が騒がしかった。


(うわ〜目立つことさせちゃったな……)


 賢治に近づく。


 そして、ぺこりと頭を下げる。


「すみません、お待たせしました」


「いや、問題ない……じゃあ、行こうか」


「はい」


 そして、嵐華は賢治と共に車へ乗り込む。


 助手席から正門の方を見ると緋織が見ていた。


 軽く手を振った……が、緋織は気づいていないようだった。


 向かう車内では任務の空気を纏い始めていた。


 嵐華は賢治に申し訳なそうに言った。


「……すみません、迎えに来ていただいて……目立ってましたよね?」


 賢治はハンドルを握り、前方を見たまま答える。


「気にするな、犯人がやっと動き出したんだ」

「絶対、捕まえるぞ」


「はい」


 短いやり取りだったが、それだけでお互いに「仕事モード」へ戻る……と思われたが、賢治はふと横目で見て、小さく息を吐いた。


「でも……なんか嵐華少尉を見ていた男子が絶望的な顔をしてたが……大丈夫か?」


 嵐華は目を丸くする。


「……?そうでしたか?」


 賢治は苦笑する。


「無自覚か……」


 嵐華は時間を置いて理解し、少しだけ頬を赤らめる。


「……よく告白はされてました」


「……だろうな」


 しばらく沈黙する中、車は走り続け、賢治が声を落としながら喋る。


「もうすぐ現場だ」

「大将から聞いてるが……そろそろ”戦闘モード”に入ってくれ」


 嵐華は小さく呟く。


「……はい」


 嵐華は目を閉じる。


 呼吸が一つ……二つ……余計な感情が静かにカットされていく。


 優しい天使が車内から消える。


 現場に到着し、近くの駐車場に停める。


 賢治は監視している警察官と合流し、話をする。


「お疲れ様です、状況は?」


「今、店へ入って行きました」

「あれは……今からやりますね」


 賢治達が話していると、後ろから嵐華が歩いてきた。


 制服姿に戦闘用の保護グローブを装備。


 可憐に見えるが、雰囲気は覇気を纏っていた。


「お待たせしました……雷は使いません」


 賢治も短く返事をした。


「……了解」


 犯人を「現行犯」で捕まえる為、2人は動く。


 数分後——。


 男が商品を掴み、平然と店を出ようとした。


 すると、肩を掴まれる。


「IRISです」

「〇〇さんですね?暴行の容疑、窃盗の現行犯で逮捕します」


 賢治が肩を掴み、警告をする。


 その瞬間、犯人の腕がハンマーの形状に変わり、振り返りながら横薙で殴りつけようとする。


 賢治はすぐに距離を取り、臨戦体制へ。


 再度、腕のハンマーで殴ろうとする。


 賢治の左顔面を狙う軌跡を描く。


 だが、届く前に賢治が左腕でガード体制に入る。


(砕いてやるよ!!)


 腕に直撃……そう思ったが、届いていない。


 賢治の左腕には風を螺旋状に纏っており、ハンマーが届いていなかった。


 能力名は基本、火、水、風等、特性の名前が付くだけだが、能力の個性が強いものに関しては固有の名前が付く。


 嵐華達の両親である神威は「絶対防御パーフェクト・ガード」、黒葉は「黒不死鳥ダーク・フェニックス」という固有名がある。


 紫導グループの中でも嵐華、緋織、愛里、瑞帆も固有名がそれぞれ名付けられていた。


 そして——。


 賢治もその固有名を持つIRISのエースの1人。


 能力は風……名は——風の籠手エアロガントレット


 両腕に風の螺旋状の籠手を作り出す格闘特化能力。


 賢治は軽く相手のハンマーを弾き返す。


 そして、鼻で笑う。


「こんなんで俺を止めれるかよ」


 犯人は自身の腕のハンマーが傷だらけになっていることに気づき、悟る。


(こいつには敵わねぇ……)


 弾かれ、距離を取った後、すぐに反転し、逆方向へ逃走。


 別の出口から出ていく。


 賢治は追わなかった。


「……そっちもお前じゃ止めれんさ」


 逃げる犯人。


 店のもう1つの出口からの道は細い一本道。


 片側は塞がっていて、出口は1つのみ。


 後ろから誰も追ってこない。


(なんで?)


 疑問に思いながら走っていると、その逃走先には嵐華が立っていた。


 制服姿の女。


 一見すればただの女子高生。


 犯人は迷いなく、ハンマーを振り回しながら迫る。


「どけーー!!!!」


 嵐華にハンマーが迫る。


 距離が詰まった瞬間、嵐華が呟いた。


「……隙だらけ」


 嵐華は一瞬で左足を踏み込む。


 右腕で横に振ったハンマーに合わせてクロスカウンター。


 相手の勢いと嵐華自身のキレを乗せた強烈な右フックが、顔面を撃ち抜く。


 男は床へ叩きつけられる。


 そのまま、何も言葉を発せず、気を失う。


 賢治が嵐華の前からゆっくり歩いてきて、犯人の様子を見る。


 完全に伸びている。


 そして、顔が腫れ上がっていた。


「……すげぇ威力……災難だね〜お前」

(雷使わなくてこれって……おっかないね〜)


 倒れた犯人にほんの少しだけ同情を向けてしまうほどの強烈な一撃だった。


 能力者用の拘束具を男に装着し、警察へ引き渡す。


 現場は無事に収束した。


 嵐華は戦闘モードを解除し、優しい天使に戻る。


「……ふぅ、お疲れ様でした♪」


 さっきまでの殺気がまるで嘘みたいに消える。


 周囲の警察官達は一瞬だけ言葉を失う。


 さっきまで「怖いほど強かった隊員」が今は「ただの優しい女性」になったのだから……。


 賢治は小さく笑い、自身の頭を掻く。


「……大将から聞いてはいたが……極端だな、本当に……」


 戦闘と日常。


 その二面性を現場で見せつけられた先輩隊員だった。


 ……


 IRISとしての任務が終わり、2人はIRISへ報告の為に帰還する。


 賢治の車から降り、IRIS本部内へ。


「今日はお疲れ様でした♪」


「ああ、犯人も捕まったし、御の字だな」

「今日は大将が出張でいないから、幹部執務室へ報告だ」


「はい♪」

「でも賢治さんの能力見たかったです」


「まぁ、今後模擬戦もあるだろうし、その時な」


「楽しみにしてます♪」


 2人が談笑しながら通路を歩いていると叫び声が。


「嵐華!!?」


 突然の緋織の大きな声に驚き、きょとんとする。


 それに後ろに氷華ひょうか炬乃恵このえ、愛里、瑞帆と紫導グループが揃っていた。


「……緋織?それにみんなも?訓練の時間じゃ?」


 そして、賢治に疑いの目が向けられていた。


 嵐華と賢治は任務の内容を説明し、ここでようやく嵐華の彼氏疑惑の話を聞く。


 その話を緋織から聞き、嵐華は目を丸くし、声が裏返る。


「……え?彼氏!?」


 動揺している中、賢治が既婚者であることも分かり、緋織達は安堵するが、嵐華が口を滑らせてしまう。


「いや……彼氏なんて……いないし……好きな人もいるし……あ……」

(言ってしまった……)


 嵐華はちらっと氷華を見るとただ沈黙していた。


 緋織は神威達にも共有していたようで、好きな人がいることも言われてしまった。


 任務が完了したのに、なにかモヤモヤしてしまった嵐華だった。


 ……


 緋織達と別れ、賢治と嵐華は幹部執務室にて報告を終える。


「……では、これで失礼致します」


「失礼致します」


 執務室から出ると、2人は一息する。


「これで完了だな」


「はい、お疲れ様でした」


「俺はもう帰るが、君はどうするんだ?」


「私は緋織達の訓練の様子を見てきます」

「終わったら一緒に帰ります」


「そうか、じゃあまた任務で一緒だったらよろしくな」


「はい♪」


 賢治は腕を振りながら、帰路に着く。


 嵐華はお辞儀をした後、訓練場へ向かった。


 訓練場へ到着すると、空気が変わる。


 嵐華に好きな人がいる。


 その情報はすでに訓練場中へ伝わっていた。


 緋織は空気が変わったことも察するも、嵐華自身は全く自覚がなかった。


「……どうしたんだろ?みんな?」


 きょとんとしている姿を見て、ただ緋織はため息を吐いていた。


(あなたのせいですよ……)


 緋織から戦闘モードに入っていたこともあり、ちゃんと休むように注意を受け、嵐華はただベンチから訓練の様子を見ていた。


 能力OFF時の嵐華は、ただの可愛い女子高生。


 気になりすぎて、全員訓練に集中出来ていなかった。


 目線を逸らそうとしてはまた嵐華を見る。


 そして、たまに目が合い、嵐華も気づくと笑顔で会釈をする。


 集中が途切れ、空気がざわついていた。


 その様子を見ていた氷華は一度深く息を吐き、嵐華の方へ行く。


 嵐華も氷華に気づく。


「氷華?どうしたの?」


「休憩しようと思うのですが……嵐華も一緒にどうですか?」

「……でないと皆さん、集中出来ていないようですし」


 そう言って、周囲を一瞥する。


 育成生達が一斉に目を逸らす。


 嵐華は首を傾げる。


「……?……分かった?」


(かわいいなぁ……本当に!!)


 疑問系のまま、答える嵐華に内心悶絶しつつ、氷華が手を引き、休憩用の個室へ向かった。


 休憩室もしっかり休めるように個室が存在する。


 それもしっかり防音。


 2人が個室へ入り、ドアが閉まる。


 その瞬間、氷華は嵐華に抱きついた。


 急に抱きつかれ、驚くも、少しの沈黙の後、ゆっくりと聞く。


「……氷華?」


「……本当に……彼氏かと思いました」


 拗ねたような声……ただ、その指先は揺れていたことを感じる。


 嵐華はきょとんとするも、すぐに理解し、ゆっくりと氷華の背中に手を回し、抱きしめ返した。


「好きな人がいるから……大丈夫」


 氷華は顔を上げ、嵐華を見る。


 嵐華は少し照れながらも言葉を続ける。


「……やっぱり言っちゃう?」


 氷華は一瞬だけ迷うも、すぐに首を振った。


「……いえ……この方が……ドキドキするので……好きです」


 嵐華はふわっと笑い、「氷華にだけ見せる」笑顔で答えた。


「……うん、私も♪」


 そして、軽くキスをする。


 秘密のまま……けれど、確かに繋がっている。


 嵐華には好きな人がいる……その相手はもうここにいた。

次回、EP28〜守る人、守られる人〜

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