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紫導家ヒストリー  作者: AliceMa
第1章〜紫導家〜
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30/33

EP26〜男の影〜Side.H〜

挿絵(By みてみん)


 深山学園みやまがくえん——。


 嵐華らんか緋織ひおりが通う高校にて、ある日……学園中に激震が走った。


 それは昼休みに起こった。


「ちょっとお手洗い行ってくるね」


「はい、分かりました」


 嵐華が教室から出て、緋織は次の授業の準備をしていた。


 すると同級生の女子が嵐華が出るのを確認した後、緋織に近づき、質問をした。


 だが、その質問が事件を生む。


「ねぇ〜緋織〜?」


「どうしました?」


「嵐華って彼氏できたの?」


「………………はい?」


 緋織は思考停止。


 そして、教室の空気も止まる。


 緋織だけではなく、周囲の男子達もその一言に固まる。


 鬼気迫るような顔で緋織を凝視し、全員が緋織の回答を待つ。


「……いえ、いないはずですが……」


 緋織は嵐華と氷華が付き合っていることをまだ知らない。


 それでも、嵐華にお近づきになろうとする男がいれば緋織がブロックしている。


 そんな時間が生まれるはずがなかった。


(おかしい……)


 質問をした同級生は軽い口調で話を続ける。


「いや〜実はね〜、駅前で見ちゃったんだよね」

「嵐華が喫茶店でイケメンの男と話してるとこ」


(本当に?)


 緋織はまだ困惑していたが、表情を崩さず、静かに確認する。


「……いつ頃ですか?」


 首を傾げながら、同級生は思い出す。


「ん〜……先週の水曜日だったかな?」


(水曜日……)


 その日は緋織は別任務でたまたま嵐華と帰宅が別々になった日だった。


 緋織の背筋が冷たくなる。


 緋織の妄想——。


 ———————————————————————————

 道端でナンパされる嵐華。


 男性が嵐華を口説く。


『ちょっとお茶しない?大丈夫♪お茶飲むだけだから♪』


 男性にナンパされ、断りきれない。


『……お茶だけなら……分かりました』


 そして、喫茶店へ——。

 ———————————————————————————


 ——恋をまだ自覚していない緋織の限界。


(まさか……ナンパされてそのまま?)


 嵐華は能力を使っていない時は完全無防備。


 危機察知能力が並以下になる。


 押しに押されたら断りきれない可能性はゼロではない。


 それを誰よりも理解しているのは緋織自身だった。


 緋織が考え込んでいる姿を見て、周囲がさらにざわめき始める。


 男子達の顔色が変わり、空気が重く沈む。


 その時——。


 教室のドアが開き、嵐華が戻ってきた。


 教室が静寂に包まれる。


 嵐華は「?」という顔で周りを見回し、首を傾げた。


「?どうしたの?」


 返事はない。


 何故か憔悴しきった男子達の顔だけが並んでいた。


 自席に向かい、隣の席の緋織に聞く。


「何かあったの?」


「いえ、何もありませんよ?」


 内心は動揺していたものの、押し殺し、冷静に答えた。


「そう……ならいいや♪」


 嵐華は少しだけ疑問に思いながらも、すぐにいつもの柔らかい表情に戻り、そのまま何事もなかったかのように授業の準備に入る。


 しかし、クラスメイト達は授業どころではなかった。


 嵐華の彼氏持ち疑惑……その言葉だけが脳内を占拠し、授業に全く集中出来ていなかった。


 その中で、緋織はしっかり授業を真剣に聞いている。


 だが、心の中では静かに決意を固めていた。


(……確認が必要ですね……今日の放課後に必ず!!)


 そんな決意も予期せぬ事態が起こり、無意味なものになるとはこの時、思ってもみなかった。


 ……


 今日の授業が終わり、ホームルームも解散。


 ようやく、緋織は「噂の男」について嵐華に確認出来る……そう思っていた。


 だが、先に嵐華の方から緋織が聞きたくなかった言葉が飛び出した。


「あ……ごめん、緋織」

「今日、人待たせてるから先に帰るね?」


「え?」


 緋織の思考が一瞬止まる。


「……あ……私も一緒に帰りますよ?」


 反射的に意味が通じない言葉を言ってしまう。


 嵐華は緋織の言葉にきょとんとする。


「?」

「今日はIRISで愛里と瑞帆の訓練見るんでしょ?」

「1人で大丈夫だよ♪迎えにも来てもらえるし」


(……迎えに?)


 緋織がまた思考停止してしまっている間に嵐華はそのまま教室を出て行った。


 その後、緋織は我に帰り、嵐華を追いかけようと、走って追いかける。


 靴を履き替え、外へ出ると、正門が騒がしかった。


(何かあった?……いや)


 緋織は嫌な予感がし、正門付近の人だかりの中心にいる人物を見る。


 男性が1人立っていた。


 身長は180cm前後。


 黒髪にサングラス。


 ジーンズにジャケットのラフな装いだが、妙に様になっている。


 そして……どう見てもイケメン。


 周囲の女子も男子もざわついている。


(嵐華?)


 緋織はその男性に近づく嵐華を視界に入れる。


 人混みが分かれ、自然と道が出来る。


 嵐華はそのまま男性の前まで歩いて行き、ぺこりと頭を下げる。


「すみません、お待たせしました」


 男性は嵐華を見ながら短く返す。


「いや、問題ない……じゃあ、行こうか」


「はい」


 嵐華は男性の横に並んで歩き、迷いなく車へ。


 その男性の所作は完全に「エスコート」だった。


 ドアが開き、乗り込み、そして……車はそのまま走り去って行った。


(あんなにすんなり乗るなんて……それに……)


 緋織が見た嵐華の表情。


 それは親しい人に向ける「天使の微笑み」そのものだった。


 正門周囲の学生達も固まり、その後ざわめきに変わる。


「……え、うそ」


「紫導先輩に……彼氏?」


「やっぱいるよな……」


「てか、いない方がおかしいもんな……」


 緋織も動けず、固まっていた。


(……全く面識のない男性でした……)


 またまた緋織の妄想が始まる——。


 ——————————————————

 路地裏で壁ドンされる嵐華。


 男性が嵐華に迫る。


『さっきも楽しかったね』

『俺の女にならない?後悔させないよ』


 その言葉に顔が赤くなる嵐華。


『……はい♪』


 そして、抱擁を交わす。

 ——————————————————


 ——これも、恋をまだ自覚していない緋織の限界。


 その妄想が終わり、緋織はそのまま口に出してしまう。


「まさか……押し切られてお付き合いを?」


 その一言が周囲の男子達の心をへし折るには十分だった。


 クラスメイトは「自分達の娘が取られた」みたいな気持ちになり、他クラスの生徒達は「あんなイケメンじゃ勝ち目ゼロ」と完全に諦めた顔になっていた。


 だが、緋織はここで折れるわけにはいかない。


 家族の危機だ。


 嵐華が1人で大丈夫なわけがない。


 しかも、相手は緋織も知らない男。


 緋織はスマホで即座に両親へ状況を共有し、IRISへ全力で向かう。


 しかし、一向に両親に繋がらない。


(……しまった……今日は組織関連の会合で……)


 タイミングが悪く、神威かむい黒葉くろははどちらも出張中だった。


 緋織は短くメッセージだけ残し、足を止めずにIRISへ急いだ。


 ……


 IRISに到着し、そのまま訓練場へ——。


 息切れしながらも、訓練場に到着し、愛里あいり瑞帆みずほを見つける。


 愛里と瑞帆は教官の右近うこんと一緒におり、訓練開始前だった。


 3人は緋織を視界に入れ、髪の毛が少し乱れ、息切れが激しい緋織を見て驚いていた。


「緋織姉?どうしたの?そんな息切らして?」


 愛里が質問をする中、瑞帆は即座に水の入ったペットボトルを取り出し、緋織に渡す。


「とりあえず水を飲みますか?」


 水を受け取ると、緋織は一気に飲み干した。


 飲み終わり、ペットボトルを握りしめながら、緋織は2人へ唐突に言い放った。


「……今日の訓練は休んでください」


「え?なんで?」


「なにかあったんですか?」


 2人が不思議に思っていると、右近は緋織の鬼気迫る表情を見て、状況を察した。


「……緋織がここまでの表情なら重要案件なのね?」


「はい……ご迷惑をおかけしますが、2人をお借りします」


「分かったわ」

「今日はOFFにしましょう」

「もし、早く片付くのなら連絡ちょうだい♪」


 緋織は深くお辞儀をし、愛里と瑞帆を連れて応接エリアへ向かう。


 応接エリアは全個室、防音も完備……今この場に必要な条件が揃っていた。


「ねぇ?一体何があったの?」


 応接室へ向かう中、まだ状況を理解出来ていない愛里が緋織に聞く。


「それは応接室で……あ」


「緋織?どうしてこっちに?」


 氷華ひょうかだった。


 隣には炬乃恵このえもいた。


「訓練場は逆だろ?」


 不思議に思い、炬乃恵も聞くが、緋織の鬼気迫る表情に炬乃恵が眉をひそめる。


「何かあったのか?」


「……嵐華の危機です」


 緋織の言葉に、ここまで何も聞いていなかった愛里と瑞帆が同時に声を上げる。


「「え?嵐華姉が!?」」


 氷華も嵐華の危機と聞き、真剣な顔になる。


「……どういうことですか?」


 秘密にしているとはいえ、恋人の危機であれば黙っていられない。


 氷華は静かに、だが行動は決まっていた。


「……我々も聞いても?」


 炬乃恵も同席を申し出る。


 そして、右近に連絡を入れ、2人も訓練を休む許可をもらう。


 そのまま5人は応接室へ向かう。


 応接室の中へ入ると、緋織がここまでの経緯を淡々と説明する。


 話を聞き終えた氷華はショックが大きかったのか、思わず声が漏れた。


「……嵐華に……彼氏が?」

(ありえない……私がいながら……)


 しかし、情報が断片的。


 もし脅されて仕方なく……そんな可能性すら頭をよぎる。


 そんな中、炬乃恵が軽い気持ちで言う。


「笑顔だったのも気になるな……押されて逆に恋に目覚めちまったとか?」


 氷華は緋織達には気づかれない程度の「温度」で炬乃恵を睨みつける。


(あ……すまん……)


 口を閉じ、少し反省する。


「でも……あの嵐華姉が男の人とね〜今までなかったもんね?」


「……誠実な交際であれば良いのですが……」


 愛里と瑞帆は嵐華と氷華の関係を知らない。


 姉を思っての言動だったが、氷華には胸にキュッと締め付けられるものがあった。


 経緯は説明したが、まだ結論を出すには早い。


「まだ確証はありません……中学の頃から告白はされてもずっと断って来ました」

「なのに嵐華が彼氏を作るなんて……よっぽどです」

「明日以降になるのは癪ですが……嵐華に状況を聞くのが一番でしょう」

「それにお父さんとお母さんにも確認はしたいですから」


 共有が終わり、一旦訓練に戻ることにし、5人が応接室から出て、訓練場へ戻る途中の通路で、嵐華が歩いていた。


 それもあのイケメンと一緒に。


「……嵐華!!?」


 緋織は普段は出さない素の驚きの声で叫んでいた。


 嵐華はその声に驚きつつも、きょとんとしていた。


「……緋織?それにみんなも?訓練の時間じゃ?」


 緋織が驚いて固まっている中、氷華が前に出る。


「……嵐華?この男性の方は?」


 声は丁寧だが、鋭かった。


 すると嵐華が答える前に、男性から喋り出す。


「あ〜紫導グループの子達か……あの固まってる子が……緋織少尉か?」


 我に帰り、眉をひそめながら緋織は質問をする。


「……私達をご存知なのですか?あなたは……?」


「いや、そりゃ同じIRISだし」


 嵐華が紹介する。


「この人は賢治けんじさん、IRISの先輩隊員だよ」


「よろしく、浜野はまの 賢治だ」

「因みに階級は”大尉”だ」


 IRISの先輩。


 だが、それよりも氷華は聞かずにはいられなかった。


「……お二人の関係は……?」


 氷華の質問に嵐華は不思議そうに答える。


「え?任務で一緒だっただけだけど?」


「?任務ですか?」


 緋織がその回答に即座に反応した。


 賢治も嵐華の回答に続く。


「あぁ、能力者の万引きの常習犯がいてな」

「頻発するからIRISに警察から協力依頼があったわけだ……怪我人も結構出てたしな」

「相手の能力を見て、近接格闘の強いタイプの俺と嵐華少尉が呼ばれたってこと」


 緋織は更に質問を重ねる。


「じゃあ……なんで学校まで?」


 嵐華がさらっと答える。


「連絡があって、犯人の居場所が分かったから急行するためだよ」


 緋織の脳内で情報の点が線になっていく……。


「じゃあ……喫茶店にいたのも……?」


「喫茶店?……あれは張り込みだね」

「緋織見てたの?」


「いえ……同級生が見たと聞いたので……てっきり……その……彼氏が出来たのかと……」


 緋織の言葉に嵐華は目を丸くし、声が裏返る。


「……え?彼氏!?」


 その叫びに近くにいた男性隊員や育成生達が反射的に振り向いた。


 賢治は落ち着いた表情で言う。


「俺は既婚者だし、それはない」


 そして、苦笑しながら続けた。


「でも学校まで迎えに行ったり、喫茶店に一緒にいたら、そう勘違いされるか……」

「若いね〜みんな」


 嵐華は顔を赤くしながら、口をもごもごさせていた。


「いや……彼氏なんて……いないし……好きな人もいるし……あ……」


 ぽろっと余計な言葉が出てしまった。


「…………」


 氷華はただ沈黙していた。


(秘密……秘密……)


 氷華が心の中で言い聞かせている中、緋織は勘違いであることに安堵し、冗談めかして笑いそうになりながら言う。


「ふ〜……ならそれを聞くしかありませんね〜♪」


 その瞬間、緋織のスマホが鳴る。


 神威からの電話だった。


 緋織が電話に出ると、先ほど送ったメッセージへの返事と捕捉が返って来た。


『嵐華は今任務中で、同行しているのは賢治という隊員だろう』

『信頼出来るし、”わざわざ”既婚者を選んだんだ』

『嵐華には手を出さないはずだ』


 緋織は大きく息を吐き、全ての疑問が解決した。


「はい、今理解したところです」

「……あと、嵐華には気になる人がいるとのことです」


 両親に告げ口。


 ちょっとした、いたずら心だった。


 通話の向こう側で空気が変わる。


 神威の隣には黒葉もいるようだった。


『『ほほ〜……そこんとこ詳しく』』


 嵐華は横で聞いており、顔を更に真っ赤にし、横を向く。


「……もうやめて……」


 こうして、嵐華の彼氏持ち疑惑は完全に勘違いだったことが判明するが、「好きな人がいる」ことだけは別問題として残っていた。


 その後、嵐華と賢治は報告の為、上層部のいる執務室へ。


 残りの緋織達5人は訓練場へ戻り、それぞれの訓練を再開した。


 緋織は花梨かりんと分析官と一緒に氷華、炬乃恵、愛里、瑞帆のデータ確認をしながら、訓練内容の精査をしていた。


 訓練を続けていると、嵐華が報告を終え、訓練場へ来た……制服のまま。


 嵐華が訓練場に入ると、空気が変わる。


 嵐華に好きな人がいる。


 その情報がもう完全に出回っていた。


 この短時間で恐ろしい伝達スピードだった。


(は〜また厄介なことになりましたね……)


 緋織はため息を吐きながら、ベンチに座る嵐華の元へ。


 自分の影響で動きがぎこちなくなっている育成生を見ている。


 本人はまったく自覚無し。


 嵐華は不思議そうに見ていた。


「……?どうしたんだろ?みんな」


 きょとんとしている嵐華を見て、緋織はまたため息を吐く。


(あなたのせいですよ……)


「今日はこのままおとなしくしていてください?」

「任務で戦闘モードになったんですよね?ゆっくり休んでいてください」


 嵐華が頷くのを確認すると、緋織は離れ、花梨達と精査を再開する。


 休憩時間になり、緋織は嵐華をそっと見ていた。


(本当に何もなくて良かった……)


 彼氏が出来ることが悪いことではない。


 だが、嵐華が傷付くのを見たくなかった。


「良かったな、何もなくて」


 炬乃恵が緋織に話しかける。


 まるで、心の中を見透かされたような言葉だった。


 緋織は少しドキッとしながらも言葉を返す。


「ええ、本当に良かったです」

「……まだ、私だけの姉です」


「……緋織ってシスコンって言われない?」


「自覚しています」


 そんな話をしていると、嵐華が氷華と一緒に休憩に行く姿を見る。


「本当に嵐華と氷華は仲が良いですね」

「良い先輩後輩の関係ですね」


「……そうだな」

(氷華と付き合ってるって思ってないのか?)


 緋織が全く恋愛観がないことに炬乃恵は自分の恋も心配になってきていた。


 こうして——。


 嵐華の「男の影」疑惑は、解決したのだが……。


 嵐華には真に好きな人がいることを緋織は知る。


 だが、もうその相手と付き合っているとは全く思っていなかった緋織だった。

次回、EP27〜男の影〜Side.R〜

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