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紫導家ヒストリー  作者: AliceMa
第1章〜紫導家〜
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28/31

EP24〜変化無し〜

挿絵(By みてみん)


「あ……お疲れ様♪」


「お疲れ様です」


 IRISの訓練場メインホールで、嵐華らんか氷華ひょうかは偶然出会った……わけではない。


 恋人になってからというもの、頻繁にスマホで連絡を取っており、IRISへ行く際、嵐華は氷華へ連絡を入れていた。


「今日は自主訓練ですよね?」


「うん、緋織ひおりも来てるよ♪」

「ちょっと報告してから来るって」


(……報告……)


 報告——。


 それは先日、嵐華と緋織が初めて対応した任務。


 野良能力者の鎮圧。


 まだ、正隊員になって1週間ほど——。


 緋織も4月になって能力ランクはAランクへ昇格。


 2人は正隊員として、新人だが、能力だけ見れば、すでにエース級の評価を受けていた。


 本来は6人編成で任務にあたるのが基本ルール。


 だが、今回は嵐華と緋織を含めて8人編成での任務。


 この任務は特に何もすることなく、「見学」が仕事だった。


 ただ現場の空気を感じ取るだけのもの。


 任務自体も問題なく完遂し、2人が支援することも全くなかった。


 氷華はまず何事もなく、2人が帰ってきたことに安堵していた。


「無事で良かったです」

「初めての任務はどうでしたか?」


「う〜ん、結局見てただけだけど、野良能力者の声は……悲しそうだった」

「野良化する意図は知っていたつもりだったけど、現実を見ると辛いね……」


 野良化——。


 精神的、肉体的に追い込まれた際、稀に能力が暴走し、自身でも制御が出来ない状態になり、思考変化も段階的に起こる現象。


 本件の野良能力者も発端は不景気による自身の会社の倒産だった。


 詐欺に遭い、資金繰りに首が回らなくなり、仲間からも裏切られ、精神が限界まで追い込まれた。


 そして、野良化した。


 現在、野良化から回復した能力者はカウンセリングを受け、社会復帰へ向けて、前へ進めるように助力する。


 それもIRISの仕事の一つだった。


「私も座学で学んでいますが……やはり野良能力者も”被害者”ですよね」


「うん、だから野良能力者は助けないといけない、能力犯罪は絶対許してはいけない」

「そう思ったよ」


 現場での空気を知り、気持ちを新たに頑張ろうとする嵐華の横顔を見て、氷華は見惚れる。


(やっぱり……嵐華はかっこいい♪)


 周囲に気づかれない程度に嵐華を見ていた。


 もう自分の恋人であることが嬉しくて仕方がない。


 表情は嵐華にいつも通りに微笑みながらも、内心では狂喜乱舞していた。


 嵐華はそのことに気づくこともなく、並びながら紫導グループがいる訓練場へ向かう。


 ……


 訓練場へ到着するといつもの面々が出迎える。


 育成生の炬乃恵このえ愛里あいり瑞帆みずほ


 教官の花梨かりん右近うこん左近さこん


 育成生の頃と変わらない風景。


 嵐華と緋織は自主訓練。


 どちらかというと氷華達に教える立場になる。


 それ以外は何も変わらない。


 真剣に、でも温かい雰囲気の中、訓練が始まった。


 訓練をする中、炬乃恵は嵐華と氷華をチラッと見る。


 嵐華と氷華は恋人になった。


 だが、IRIS内で見せる空気はほとんど変わらない。


 仲が良く、頼れる先輩と後輩——。


 2人は仕事、訓練ではその立場を崩さなかった。


 距離、視線、言葉も何も変わらない。


 お互いの気持ちを知ったからこそ、そんな素ぶりも見せなくなった。


 周囲から見ても同じように見えていた。


 緋織も合流し、訓練が続く中——。


 氷華は嬉しくも複雑な気持ちになっていた。


(……思ったより普通に会えてしまいますね)


 IRISの正隊員。


 もちろん待遇は変わる。


 基本は週3日勤務のローテーション。


 緊急任務がない限り、それ以上の拘束はない。


 勤務日以外は休養もよし、自主訓練もよし。


 命をかける職業だからこそ、精神的安定を優先させる。


 福利厚生面もかなり手厚く、給与面に関しても続けていればお金に困ることはない。


 それに嵐華と緋織はまだ高校生。


 本来は高校卒業後の18歳以上からの入隊が通例だったが、2人は16歳での特例昇格。


 学生である以上、任務量は意図的に抑えるように神威かむい黒葉くろはが指示していた。


 負荷が少ないこともあり、今後もオフ日には訓練場へ顔を出すことが意外と多くなるだろう。


 氷華はずっと正隊員と育成生の立場はもっと遠くなると思っていた。


 告白の時、会えなくなるかもしれないと不安に感じた氷華は自身の行動を省みる。


(……少し……早まりましたか?)


 小さな後悔を感じつつも、結果的に嬉しい誤算だった。


 その一方——。


 炬乃恵は全く変わらない。


 緋織を見つけた瞬間には、まるで犬のように一直線に向かう。


 分かりやすい……とにかく分かりやすかった。


 氷華はその様子を見て、少し呆れながらも羨ましく思っていた。


(本当……その積極性だけは尊敬しますよ)


 炬乃恵が休憩して座っているところに氷華が隣に座る。


「ん?どうした?」


 炬乃恵はスポーツドリンクを飲みながら聞く。


 すると氷華は単刀直入に聞く。


「……告白しないんですか?」


 いきなり聞かれ、一瞬だけ固まる……が、すぐに笑いながら答えた。


「まだ早いな♪」


「早い?」


「ああ……おまえは早かったみたいだけどな」


 炬乃恵はニヤニヤしながら言う。


「……気づいてたんですか?」


「何年幼馴染やってると思ってんだ?」

「さて、いくか!!」


 そう言い残し、また緋織の元へ向かう。


 距離を詰め、さりげなく休憩している緋織の隣を確保して話しかける。


 行動は大胆。


 だが、一線は越えない。


 氷華は炬乃恵の洞察力に感心しつつも……タイミング?


 炬乃恵なりの考えがあるのだろう。


 緋織の正隊員としての不安や立場を理解しているからこその「待ち」なのではと、この時点はそう思っていた。


 嵐華と氷華のように一気に進む形ではないが、それも一つの形。


 訓練場の空気は今日も穏やか——。


 嵐華と氷華は誰にも気づかれず。


 緋織と炬乃恵はまだ歩み寄っている途中。


 紫導グループは周囲から見れば、何も変わっていないようで、確実に……だが、少しずつ変わっていた。

次回、EP25〜それぞれの学生生活〜

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