EP23〜告白〜
2021年4月8日——。
この日、嵐華と緋織は晴れてIRISの正隊員になった。
そして、その夜——。
嵐華は氷華の部屋で小さなお祝いが開かれていた。
派手な祝賀ではなく、静かな場所。
テーブルには氷華の手作りの料理。
氷華がエプロン姿で立ち、嵐華の前に並べる。
「お口に合いますか?」
初めて手料理を好きな人に食べてもらう。
少し緊張しながら聞く。
嵐華は一口食べ、満面の笑みを浮かべていた。
「うん♪美味しい♪本当に美味しいよ♪」
その笑顔に氷華の胸が解けていく。
(誘って良かった……)
おぼんを握り締め、氷華は笑みが溢れていた。
……
2日前——。
嵐華と緋織は紫導グループでの訓練が始まる前に、教官である花梨、右近、左近に挨拶をする。
正隊員になると教官の指導から外れ、訓練は基本的に自主訓練となる。
そして——今日でその指導が終わる。
嵐華から3人に話しかける。
「花梨さん、右近さん、左近さん」
「私と緋織は、明後日から正隊員になります」
「今の私達があるのは花梨さん達のおかげです……ありがとうございました」
少し感傷に浸りながらお辞儀をする。
「嵐華……別に私達と今生の別れってわけじゃないんだから……訓練場に来たら顔見せなさい」
花梨は嵐華の頭を優しく撫でながら、自身も少し涙目になっていた。
「はい♪」
(((鬼の目にも涙……)))
花梨の姿を見て、炬乃恵、愛里、瑞帆は自然と内心、思ってしまった。
花梨は緋織の方に目を向ける。
「緋織も、嵐華としっかりやりなさい?」
「私みたいに大怪我しないようにね?」
緋織は真剣に花梨の言葉を聞き、即答していた。
「はい、私も嵐華も絶対守ってみせます」
右近と左近は後ろでただ腕を組み、涙を我慢していた。
「右近さん……左近さん……寂しいですよね」
「いいえ……育成生から正隊員になることは栄誉なのよ……だから……嬉しいわ」
右近は言葉とは裏腹に掠れた声で寂しそうだった。
「絶対!!訓練場に来いよ!!」
左近は熱くなり、嵐華と緋織を2人同時に抱きしめる。
「左近さ〜ん?男が抱きついたらセクハラだぞ〜?」
炬乃恵が半分冗談で言うと、左近は熱い涙を流しながらも答える。
「嵐華と緋織は娘みたいなもんだ!!娘に抱きついて何が悪い!?」
(……おお、熱血教官……最初はクールだと思ったんだけどな〜)
紫導グループで訓練するようになってから、一番変わったのは……左近だった。
神威を除いて、唯一の紫導グループで男性。
ずっと嵐華達を指導することで、段々過保護になり、「紫導グループのお父さん」的ポジションになっていた。
そんな感情の為、周囲の教官や育成生からは特に羨ましいと思われなく、ただ微笑ましい光景として認識されていた。
抱きしめられながら、嵐華と緋織は左近に優しく抱きしめなおす。
「左近さん……いつもみんなを見てくれてありがとうございます♪」
「今後も愛里達をよろしくお願いします」
「ああ……任せろ!!」
抱擁を交わす中、花梨が左近を引き剥がす。
「さ!!まだ今日の訓練始まってないのよ?」
「始めるわよ!!」
「「「「「「はい!!」」」」」」
嵐華達は大きな声で返事をし、6人では最後の訓練を開始する。
もう嵐華の特訓は秘匿ではなくなったので、通常の中距離戦術がメインのM-2訓練場で訓練を実施。
雷の外部放出、内部制御を完璧にこなす嵐華。
最適の位置にシールドを即時展開し、正確無比な狙撃を魅せる緋織。
重力を操り、ダンスをしているように見え、強烈な一撃を浴びせる愛里。
ダイヤモンドで生成した刀で抜刀術、居合いを中心に剣術を磨く瑞帆。
炎と爆破による突破力で、壁をぶち破り、目標に対して打撃、捕縛で無力化する炬乃恵。
そして、水と氷を天才的な制御で操り、中距離での空間を支配する氷華。
6人がいつも通りの訓練をする中、ある2人にも変化が生じていた。
((……あ))
嵐華と氷華——。
訓練中や休憩中でも自然とお互いの位置を探すようになっていた。
(……分かりやす……)
炬乃恵は2人の行動に気づいていたが、なぜか他の3人は全く気づいていない。
(恋愛に興味なさすぎだろ……緋織も興味ないのか……?)
恋愛関連で緋織と温度差があるのではないか?と勝手に少しだけ落ち込んだ……。
「どうしたの?炬乃恵さん?」
愛里はなぜか落ち込んでいる炬乃恵に話しかける。
炬乃恵はじ〜っと愛里を見る。
「……嵐華と氷華を見てどう思う?」
「え?嵐華姉と氷華さん?……う〜ん……凄く信頼し合ってる先輩後輩?」
(そう見えるのか……あれが?)
炬乃恵からすればお互いを意識しているように見える。
だが、確かに周囲も恋愛の空気で見ていない。
「(俺が意識しすぎなのか?)」
小さく呟くが、愛里の隣にいた瑞帆は聞き逃さなかった。
「意識って何をですか?」
きょとんとしながら聞く瑞帆に炬乃恵は全力ではぐらかす。
「なんでもねぇよ!?」
「……何を騒いでいるんですか……」
その様子を呆れた様子で見ていた緋織だった。
そんなやり取りを挟みつつも、紫導グループでの訓練は終わりを迎える。
花梨の号令の元、6人は集まり、嵐華と緋織は4人の前に立つ。
そして、嵐華から口を開く。
「……今日で育成生として、みんなで訓練するのは最後」
「私と緋織は正隊員として……待ってるからね♪」
緋織も続ける。
「私と嵐華も明日から会えなくなるわけではありませんから」
「氷華も炬乃恵も……毎日ではありませんが、訓練には顔を出しますね♪」
笑顔だが、少し寂しい。
そんな声色をしていた。
2人の言葉に氷華から答える。
「私達もお二人とまた”正隊員”としてご一緒出来るように頑張ります」
炬乃恵も続く。
「ああ、絶対俺達も続くからな」
「待ってろよ!!」
愛里と瑞帆はどちらもそこまで悲しそうではなかった。
なぜなら家でも会えるから。
「家で会えるからそんなに寂しくないけど……私と瑞帆もこれからもっと頑張る♪」
「はい、必ず私達も続きます」
妹達の言葉に嵐華と緋織は微笑み、正隊員としてさらに身が引き締まった。
そして、花梨から最後の号令がかかる。
「じゃあ、今日の訓練はここまで!!各自しっかり体のケアをしなさい!!」
「「「「「「はい!!ありがとうございました!!」」」」」」
育成生としての嵐華と緋織の時間が終わりを迎えた。
紫導グループの中で、その意味で一番焦っていたのは……氷華だった。
(明日から……簡単に会えなくなる……)
次にいつちゃんと話せるか不透明。
それが氷華にとっては苦痛だった。
帰り支度をし、全員が更衣室を出る。
通路で以前と同じように緋織達4人は前を歩き、後ろで嵐華と氷華が並んで歩いていた。
嵐華の横顔を見ながら、氷華は意を決して、嵐華に話しかける。
「あの……嵐華……ちょっとお時間良いですか?」
嵐華はいつもの天使の微笑みをしながら答える
「うん♪いいよ、どうしたの?」
腕を組み、もじもじしながら氷華は言葉を続ける。
「良かったら……お祝いしませんか?……2人で」
「お祝い……2人で?」
「はい……正隊員になられますし……ご迷惑でしょうか?」
「ん?全然?」
「むしろ凄い嬉しいよ♪」
「でも……いつにしようか?」
了承を得られたことで氷華の気持ちが少し落ち着く。
「では……明後日の夕方から如何でしょうか?」
「訓練はお休みを頂いていますので」
嵐華は天井に目線を向けながら考える。
「明後日か〜……ちょうど正隊員の任命式がある日だから、それが終わってからにしようか♪」
「場所はどこでする?」
「……私の部屋でもよろしいでしょうか?」
「氷華の部屋だね♪分かった♪」
「では、お料理を準備して待っていますね♪」
氷華が笑顔で答えると、胸の鼓動が高鳴ることを嵐華は感じていた。
「……うん、楽しみにしてる♪」
少し動揺しつつも、笑顔は絶やさなかった。
嵐華自身もこの気持ちに気づき始めていたが、まだ確証が持てなかった。
氷華がそう思っていなかったら?
そんな不安を抱えつつも、誰にも相談しなかった……緋織にさえも。
これは自分で解決すること。
なぜかそう思った。
……
そして、2日後——。
嵐華は緋織と共に高校で始業式を終えた後、IRISの大将執務室にいた。
正隊員の任命式。
式となっているが、神威と黒葉から内示を伝えるだけのものだった。
嵐華と緋織が横に並び、姿勢を正し、立っていた。
「紫導嵐華少尉、飛鳥緋織少尉、貴殿らをIRIS正隊員へ昇格させ、今後の任務活動に尽力するよう命ずる」
「訓練の成果を発揮し、能力犯罪にIRIS一同、共に立ち向かい、活躍と健闘を祈る」
神威は内示の文書を読み、嵐華と緋織に渡す。
大将として、親として、色々な感情が混ざっていた。
「これでお前達は正隊員だ」
「改めて、ようこそIRISへ……だな」
神威の横で立っていた黒葉も複雑な気持ちだったが、笑顔で祝福する。
「嵐華、緋織、正隊員への昇格おめでとうございます♪」
「これからは野良能力者、能力犯罪への対応に、あなた達も任務として参加することになります」
「親としては心配しかありませんが、IRISとしては期待していますよ♪」
「うん♪頑張る♪」
「お父さん達と正式に一緒に働けるようになって嬉しいです♪」
神威は緋織を。
黒葉は嵐華を。
それぞれ抱きしめる。
「……絶対、無理はするなよ……」
「私達もあなた達を守りますから……」
「うん……」
「はい……」
室内はIRISではなく、ただの親子として、静かな時間が流れた。
その後、神威と黒葉、緋織は夕方には業務を終了し、紫導家の自宅へ帰る。
そして、嵐華は氷華の部屋へ向かうのだった。
……
現在——。
嵐華は氷華の部屋にいる。
氷華の手料理を食べ、その美味しさに満足していた。
一緒にテーブルを囲みながら食べ、他愛のない雑談をする。
そんな中、氷華が雷のことについて話す。
「本当に雷の制御が安定して良かったです」
嵐華はその理由を誰よりも理解していた。
「氷華がいたから……出来たんだよ」
氷華に相談し、そして、たどり着いた「内部制御」。
今の嵐華がいるのは氷華のおかげ。
嵐華は優しい口調で、まっすぐ氷華の顔を見ながら話す。
「本当にありがとう……氷華がいなかった私は今、正隊員になっていないと思う」
氷華は頬を少し赤らめながら目を逸らす。
「……いえ、嵐華は放出制御だけでも正隊員になれていたと思いますよ?」
「……でも、そうですね……そう思っていただけて……ありがとうございます」
視線が下がり、スカートを握った自身の手を見る。
(嬉しい……でも……)
正隊員になり、これからは本格的に任務が始まる。
育成生の氷華とは立場も時間も変わっていく……。
「……簡単に会えなくなりますよね……」
ぽつりと本音が漏れてしまう。
「……氷華?」
嵐華には聞こえていた。
氷華は静かに言葉を続ける。
「……私は、まだ正隊員になるのは先だと思います……でも……」
言葉が詰まる。
でも言わなければ。
氷華は嵐華の顔をしっかり見る。
「IRISでも……”普段”でも……隣にいては……ダメでしょうか?」
遠回しな言い方だったが、氷華なりの告白だった。
「……それって……?」
氷華の顔は真っ赤になっていた。
嵐華は氷華の言葉の意味を知り、自身の気持ちにも確信に変わる。
(そうか……やっぱり、私も氷華のこと……)
胸のモヤモヤしていた気持ちが分かり、嵐華は目を瞑り、少し微笑んでいた。
少しの間、2人は黙る。
そして——。
「……私で良いの?」
氷華の顔は真っ赤なまま。
瞳が左右に揺れながらも、ゆっくりと頷いた。
「うん……嬉しいよ……」
「私で良ければこれからも隣にいてほしいな♪」
その言葉で氷華の心が解ける。
気づけば氷華は立ち上がり、椅子に座っている嵐華に抱きついていた。
「これから……よろしくお願いします」
嵐華も氷華を優しく包み込む。
「うん……こちらこそ……」
そのまま見つめ合い、距離が縮まる。
氷華は一瞬ためらうが、嵐華は氷華から目を離さない。
どちらからというわけでもなく、自然に——。
そっとお互いの唇が触れる。
強くはない。
確かめるような初めてのキス。
唇が離れ、お互いの顔を見る。
幸せに満ちたこの瞬間の顔を2人は生涯忘れないだろう。
この夜——。
嵐華と氷華は先輩後輩から恋人になった。
これから、2人の重なった人生が始まる。
次回、EP24〜変化無し〜




