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紫導家ヒストリー  作者: AliceMa
第1章〜紫導家〜
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26/28

EP22〜飛鳥を名乗る理由〜

挿絵(By みてみん)


 2021年4月——。


 嵐華らんか緋織ひおりがIRISの正隊員になることに伴い、正式に隊員名簿へ登録されることになった。


 本来、正隊員になれるのは18歳以上、高校卒業後が原則。


 しかも18歳になったからといって、すぐに正隊員になれるわけではない。


 多くは20歳前後で正式配属となる。


 現在、若手隊員の中でエースの評価を受けている者達でさえ、正隊員になったのは19歳だった。


 だが、嵐華と緋織は違う。


 特例中の特例——16歳での正隊員昇格。


 しかも、あの紫導家の双子。


 登録を担当する2人の分析官は、データを確認しながら、その異常性に驚いていた。


 情報管理室——。


 IRIS分析室内の一室にあり、分析官がまとめたデータが全てこの部屋のサーバーに保存されている。


 隊員名簿、情報に関しては直接この部屋で登録作業を行う。


 登録作業を行なっている中、モニターに2つの名前が並ぶ。


 紫導嵐華。


 飛鳥緋織。


「……飛鳥?」


 緋織の苗字に違和感を感じた。


「飛鳥大将の苗字だよね?」

「確かにあの人はIRIS所属時からこの苗字で登録してるから分かるけど……」


 分析官達は疑問に思っていた。


 神威かむいの場合は立場も影響力もあり、変更しないのも頷ける。


 だが、緋織は戸籍上は「紫導」となっている。


 名簿上もそれが自然のはずだった。


「システムの登録ミスとか?」


「いや、本人申請で通ってる……」


「どういうことなんだろう?」


「でも見て、この履歴……入所時は紫導だったのに途中から飛鳥に変わってる」


「途中で苗字を変えたってこと?」


 その申請は、正隊員登録の直前に突然出されたものではなかった。


 まだ緋織が育成生だった頃から、本人はIRIS内で「飛鳥」を名乗る意思を示していた。


 疑問が膨らむ中、情報管理室の扉が開き、神威が入ってきた。


「すまない、この戦闘記録の能力波形を見たいんだが……どうした?」


 視線が自分に集中していることに気づき、眉をひそめる。


 1人の分析官が口を開く。


「……飛鳥大将、確認したいことが……」


「なんだ?」


「飛鳥緋織さんの苗字なのですが、なぜ飛鳥なのですか?」

「何か意図があるのでしょうか?」


 神威は嵐華と緋織のリストを見ながら、落ち着いた声で答えた。


「……ああ、その件なら緋織本人に聞いている」

「そのままで大丈夫だ」


「……いいんですか?」


 分析官は思わず聞き返してしまった。


「ああ、大丈夫だ」

「本人の意思だからな……特に何も言うつもりはないさ」


「……はい、分かりました」


「何の話をされているんですか?」


 分析官が声のした方向へ向くと、黒葉くろはも情報管理室に入ってきていた。


 急な登場に分析官達はびくっとなる。


 驚いたのもあるが、それ以上に分析官達の中には、1つの仮説が浮かんでいたからだった。


 黒葉と緋織の不仲説——。


「あ……いえ……その……」


 明らかに動揺していた。


 黒葉はその様子に「?」を浮かべ、きょとんとしていた。


 神威はその分析官の様子を見て、意味を理解したのか、ため息を吐く。


「……どうやら黒葉と緋織が仲悪いと思われてるんじゃないか?」


 分析官達は一斉にびくっとなり、恐る恐る黒葉の顔を見る。


 少しの静寂が流れるが、黒葉は笑って答える。


「……そんなわけないじゃないですか〜♪」

「私達の大事な愛娘なんですから♪」


 その一言で、室内の空気が一気に変わる。


 だが、それだと疑問がまた振り出しに戻る。


「では、なぜ飛鳥に?」


 その問いに黒葉は一呼吸置く。


「……そうですね……緋織の”生き方”と解釈していただければと」


「生き方……ですか?」


「はい♪これ以上は私達からは特にお答え出来ませんので、ご了承ください♪」


「そういうことだから、登録をしておいてくれ」


「はい……分かりました」


 そして、神威が必要としていたデータを確認し、黒葉と共に部屋を出ようとするが、神威が立ち止まり、分析官達へ振り返る。


「あ〜それと俺達の呼び方だが、今度からは名前呼びで良いからな」

「後で全体に通達はしておく」


「え?どうしてですか?」


「嵐華と緋織が正隊員になりますからね」

「今までは苗字が被ることはありませんでしたから♪」

「早速呼んでいただいて大丈夫ですよ♪」


 黒葉の言葉に少し躊躇しつつも、名前を呼ぶことに。


「はい……では、お疲れ様です……神威大将、黒葉大将補佐」


 神威と黒葉が無言だが、笑顔で頷く。


 手を上げ、情報管理室を出る。


 その背中を見ながら、結局モヤモヤしたままだった。


「……結局、理由は分からなかったね」


「でも生き方か……紫導家と飛鳥家の事件を知ってると考えちゃうね」


「ね……登録作業再開しよっか」


 そのまま作業に戻り、紫導嵐華と飛鳥緋織は正式に登録された。


 ……


 執務室へ向かう通路を歩いていると、神威と黒葉は少し思い出していた。


「飛鳥を名乗る理由か……」


 神威がぽつりと呟くと、黒葉は微笑みながら答える。


「緋織の気持ちを聞きましたからね♪」

「私は神威さんの苗字が続くのは良いことだと思いますよ♪」


「……ありがとう」


 黒葉は神威の腕に抱きつき、神威も満更でもない表情で歩く。


 IRIS内とはいえ、仲睦まじい姿を周囲に見せつけるのだった。


 そんな状態でも、2人の脳裏に浮かんでいたのは、以前、緋織と話した時のことだった。


 ……


 2年前——。


 嵐華と緋織は14歳。


 まだ育成生で能力訓練が日課となっていた頃、神威と黒葉は訓練場にいた2人を執務室へ呼んだ。


 執務室の応接用ソファー。


 親子が向かい合って座る。


 神威は単刀直入に緋織に尋ねる。


「なぜIRISでは飛鳥を使う?」


 嵐華は緋織の横で、その言葉を聞き、黙っていた。


 正直、深く考えたことがなかった。


 緋織が申請したことを、当たり前のように受け入れていた。


 沈黙が流れる中、緋織が一呼吸置いて、ゆっくりと口を開く。


「……守りたい人がいるからです」


「……誰だ?」


「嵐華です」


 緋織の言葉に一切の迷いはなかった。


 そして、その言葉を横で聞いていた嵐華は驚いていた。


「……私?」


 緋織は淡々と答え、神威と黒葉は口を挟まずに黙って聞く。


「私達は、過去に紫導家と飛鳥家で何が起きたか知っています」

「紫導は”導く家系”です……前に立ち、皆を守る存在です」

「ですが、前に立つ人には、必ず”影”が必要です」


 影という言葉に黒葉が微かに反応する。


 その言葉の意味を誰よりも知っていた。


 紫導家の影として仕えた飛鳥家。


 それは飛鳥家を束縛していたようなものだった。


 神威も思うところはあるが、黙って聞き続ける。


「飛鳥は”守る家系”です」

「表に立たず、名を残さず、それでも紫導を守り続けてきた」


 少しの沈黙が流れ……そして、緋織は再度、口を開く。


「……飛鳥は、途絶えさせません」


 神威は静かに息を吐く。


 その覚悟の意味を理解してしまったから……。


 緋織は最後にはっきりと言い切る。


「嵐華が紫導として進み、導くのであれば、私は飛鳥として、隣に立ちます」

「それが、私の意思です」


 嵐華は言葉を失ったまま、緋織を見つめていた。


 いつも隣にいてくれる。


 同じ歩幅で歩んでくれる。


 だが、その裏にこんな決意を秘めていたことを初めて知った。


 神威と黒葉はお互いに視線が交わり、微笑んだ。


「……似てるな」


「……ええ、私達によく似ていますね」


 緋織の覚悟を理解し、2人はIRISで緋織が「飛鳥」を名乗ることを認めた。


 ……


 そして現在——。


 執務室へ向かう通路の先。


 その前の椅子に、緋織が座っていた。


 黒葉が緋織に気づく。


「緋織?どうしたんですか?」


 緋織は立ち上がり、すっと敬礼する。


「お父さん、お母さん、お疲れ様です」


 IRIS内では緋織は基本的に2人を階級で呼んでいる。


 階級呼びではない。


 つまり、これは紫導家としての用事だと2人は察した。


「何か用事か?」


「はい、もうすぐ訓練が終わりますので、そのまま嵐華達と買い物をして夕飯の準備をしますね」


 黒葉は思いついたように提案する。


「私達も今日は終わりですので……みんなで一緒に行きましょうか♪」


 神威も頷くが、少し考える。


「……それならみんなで外食しよう」

「疲れてるだろ?」


 緋織は表情こそ冷静だったが、少しだけ目を輝かせていた。


「……分かりました、嵐華達に知らせてきます」


 緋織が振り向いて行こうとした時、神威が声をかける。


「緋織……”飛鳥”で隊員名簿に登録されることが正式に決定したからな」


 その言葉を聞いた瞬間、緋織の表情がぱっと笑顔になる。


「はい♪ありがとうございます♪」


 そう言って、嵐華達の元へ走るように向かっていった。


 その後ろ姿を見送りながら黒葉は呟く。


「本当……笑えば嵐華そっくりの”天使”なんですけどね〜♪」


「……まぁ、それは緋織らしくないだろ?」


 2人はお互い顔を合わせ微笑む。


 そして、この日の夜は、紫導家は6人一緒に夕食を食べに行くのだった。


 ……


 あの日——。


 緋織が決意表明し、嵐華と緋織は執務室から退室。


 そのまま訓練場へ戻る途中——。


 嵐華が緋織に小さく言った。


「……そんな風に考えてくれてたんだね……ありがとう」


 緋織は少しだけ微笑むが、いつもの調子で返した。


「念の為に言いますが、私は無茶をしていませんよ?」

「無茶する姉を止めるだけですから」


 嵐華は一瞬固まるが、次の瞬間には苦笑していた。


 紫導は導く。


 飛鳥は守る。


 その意思は形を変えず——。


 確かに次の世代へ受け継がれていた。

次回、EP23〜告白〜

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