EP22〜飛鳥を名乗る理由〜
2021年4月——。
嵐華と緋織がIRISの正隊員になることに伴い、正式に隊員名簿へ登録されることになった。
本来、正隊員になれるのは18歳以上、高校卒業後が原則。
しかも18歳になったからといって、すぐに正隊員になれるわけではない。
多くは20歳前後で正式配属となる。
現在、若手隊員の中でエースの評価を受けている者達でさえ、正隊員になったのは19歳だった。
だが、嵐華と緋織は違う。
特例中の特例——16歳での正隊員昇格。
しかも、あの紫導家の双子。
登録を担当する2人の分析官は、データを確認しながら、その異常性に驚いていた。
情報管理室——。
IRIS分析室内の一室にあり、分析官がまとめたデータが全てこの部屋のサーバーに保存されている。
隊員名簿、情報に関しては直接この部屋で登録作業を行う。
登録作業を行なっている中、モニターに2つの名前が並ぶ。
紫導嵐華。
飛鳥緋織。
「……飛鳥?」
緋織の苗字に違和感を感じた。
「飛鳥大将の苗字だよね?」
「確かにあの人はIRIS所属時からこの苗字で登録してるから分かるけど……」
分析官達は疑問に思っていた。
神威の場合は立場も影響力もあり、変更しないのも頷ける。
だが、緋織は戸籍上は「紫導」となっている。
名簿上もそれが自然のはずだった。
「システムの登録ミスとか?」
「いや、本人申請で通ってる……」
「どういうことなんだろう?」
「でも見て、この履歴……入所時は紫導だったのに途中から飛鳥に変わってる」
「途中で苗字を変えたってこと?」
その申請は、正隊員登録の直前に突然出されたものではなかった。
まだ緋織が育成生だった頃から、本人はIRIS内で「飛鳥」を名乗る意思を示していた。
疑問が膨らむ中、情報管理室の扉が開き、神威が入ってきた。
「すまない、この戦闘記録の能力波形を見たいんだが……どうした?」
視線が自分に集中していることに気づき、眉をひそめる。
1人の分析官が口を開く。
「……飛鳥大将、確認したいことが……」
「なんだ?」
「飛鳥緋織さんの苗字なのですが、なぜ飛鳥なのですか?」
「何か意図があるのでしょうか?」
神威は嵐華と緋織のリストを見ながら、落ち着いた声で答えた。
「……ああ、その件なら緋織本人に聞いている」
「そのままで大丈夫だ」
「……いいんですか?」
分析官は思わず聞き返してしまった。
「ああ、大丈夫だ」
「本人の意思だからな……特に何も言うつもりはないさ」
「……はい、分かりました」
「何の話をされているんですか?」
分析官が声のした方向へ向くと、黒葉も情報管理室に入ってきていた。
急な登場に分析官達はびくっとなる。
驚いたのもあるが、それ以上に分析官達の中には、1つの仮説が浮かんでいたからだった。
黒葉と緋織の不仲説——。
「あ……いえ……その……」
明らかに動揺していた。
黒葉はその様子に「?」を浮かべ、きょとんとしていた。
神威はその分析官の様子を見て、意味を理解したのか、ため息を吐く。
「……どうやら黒葉と緋織が仲悪いと思われてるんじゃないか?」
分析官達は一斉にびくっとなり、恐る恐る黒葉の顔を見る。
少しの静寂が流れるが、黒葉は笑って答える。
「……そんなわけないじゃないですか〜♪」
「私達の大事な愛娘なんですから♪」
その一言で、室内の空気が一気に変わる。
だが、それだと疑問がまた振り出しに戻る。
「では、なぜ飛鳥に?」
その問いに黒葉は一呼吸置く。
「……そうですね……緋織の”生き方”と解釈していただければと」
「生き方……ですか?」
「はい♪これ以上は私達からは特にお答え出来ませんので、ご了承ください♪」
「そういうことだから、登録をしておいてくれ」
「はい……分かりました」
そして、神威が必要としていたデータを確認し、黒葉と共に部屋を出ようとするが、神威が立ち止まり、分析官達へ振り返る。
「あ〜それと俺達の呼び方だが、今度からは名前呼びで良いからな」
「後で全体に通達はしておく」
「え?どうしてですか?」
「嵐華と緋織が正隊員になりますからね」
「今までは苗字が被ることはありませんでしたから♪」
「早速呼んでいただいて大丈夫ですよ♪」
黒葉の言葉に少し躊躇しつつも、名前を呼ぶことに。
「はい……では、お疲れ様です……神威大将、黒葉大将補佐」
神威と黒葉が無言だが、笑顔で頷く。
手を上げ、情報管理室を出る。
その背中を見ながら、結局モヤモヤしたままだった。
「……結局、理由は分からなかったね」
「でも生き方か……紫導家と飛鳥家の事件を知ってると考えちゃうね」
「ね……登録作業再開しよっか」
そのまま作業に戻り、紫導嵐華と飛鳥緋織は正式に登録された。
……
執務室へ向かう通路を歩いていると、神威と黒葉は少し思い出していた。
「飛鳥を名乗る理由か……」
神威がぽつりと呟くと、黒葉は微笑みながら答える。
「緋織の気持ちを聞きましたからね♪」
「私は神威さんの苗字が続くのは良いことだと思いますよ♪」
「……ありがとう」
黒葉は神威の腕に抱きつき、神威も満更でもない表情で歩く。
IRIS内とはいえ、仲睦まじい姿を周囲に見せつけるのだった。
そんな状態でも、2人の脳裏に浮かんでいたのは、以前、緋織と話した時のことだった。
……
2年前——。
嵐華と緋織は14歳。
まだ育成生で能力訓練が日課となっていた頃、神威と黒葉は訓練場にいた2人を執務室へ呼んだ。
執務室の応接用ソファー。
親子が向かい合って座る。
神威は単刀直入に緋織に尋ねる。
「なぜIRISでは飛鳥を使う?」
嵐華は緋織の横で、その言葉を聞き、黙っていた。
正直、深く考えたことがなかった。
緋織が申請したことを、当たり前のように受け入れていた。
沈黙が流れる中、緋織が一呼吸置いて、ゆっくりと口を開く。
「……守りたい人がいるからです」
「……誰だ?」
「嵐華です」
緋織の言葉に一切の迷いはなかった。
そして、その言葉を横で聞いていた嵐華は驚いていた。
「……私?」
緋織は淡々と答え、神威と黒葉は口を挟まずに黙って聞く。
「私達は、過去に紫導家と飛鳥家で何が起きたか知っています」
「紫導は”導く家系”です……前に立ち、皆を守る存在です」
「ですが、前に立つ人には、必ず”影”が必要です」
影という言葉に黒葉が微かに反応する。
その言葉の意味を誰よりも知っていた。
紫導家の影として仕えた飛鳥家。
それは飛鳥家を束縛していたようなものだった。
神威も思うところはあるが、黙って聞き続ける。
「飛鳥は”守る家系”です」
「表に立たず、名を残さず、それでも紫導を守り続けてきた」
少しの沈黙が流れ……そして、緋織は再度、口を開く。
「……飛鳥は、途絶えさせません」
神威は静かに息を吐く。
その覚悟の意味を理解してしまったから……。
緋織は最後にはっきりと言い切る。
「嵐華が紫導として進み、導くのであれば、私は飛鳥として、隣に立ちます」
「それが、私の意思です」
嵐華は言葉を失ったまま、緋織を見つめていた。
いつも隣にいてくれる。
同じ歩幅で歩んでくれる。
だが、その裏にこんな決意を秘めていたことを初めて知った。
神威と黒葉はお互いに視線が交わり、微笑んだ。
「……似てるな」
「……ええ、私達によく似ていますね」
緋織の覚悟を理解し、2人はIRISで緋織が「飛鳥」を名乗ることを認めた。
……
そして現在——。
執務室へ向かう通路の先。
その前の椅子に、緋織が座っていた。
黒葉が緋織に気づく。
「緋織?どうしたんですか?」
緋織は立ち上がり、すっと敬礼する。
「お父さん、お母さん、お疲れ様です」
IRIS内では緋織は基本的に2人を階級で呼んでいる。
階級呼びではない。
つまり、これは紫導家としての用事だと2人は察した。
「何か用事か?」
「はい、もうすぐ訓練が終わりますので、そのまま嵐華達と買い物をして夕飯の準備をしますね」
黒葉は思いついたように提案する。
「私達も今日は終わりですので……みんなで一緒に行きましょうか♪」
神威も頷くが、少し考える。
「……それならみんなで外食しよう」
「疲れてるだろ?」
緋織は表情こそ冷静だったが、少しだけ目を輝かせていた。
「……分かりました、嵐華達に知らせてきます」
緋織が振り向いて行こうとした時、神威が声をかける。
「緋織……”飛鳥”で隊員名簿に登録されることが正式に決定したからな」
その言葉を聞いた瞬間、緋織の表情がぱっと笑顔になる。
「はい♪ありがとうございます♪」
そう言って、嵐華達の元へ走るように向かっていった。
その後ろ姿を見送りながら黒葉は呟く。
「本当……笑えば嵐華そっくりの”天使”なんですけどね〜♪」
「……まぁ、それは緋織らしくないだろ?」
2人はお互い顔を合わせ微笑む。
そして、この日の夜は、紫導家は6人一緒に夕食を食べに行くのだった。
……
あの日——。
緋織が決意表明し、嵐華と緋織は執務室から退室。
そのまま訓練場へ戻る途中——。
嵐華が緋織に小さく言った。
「……そんな風に考えてくれてたんだね……ありがとう」
緋織は少しだけ微笑むが、いつもの調子で返した。
「念の為に言いますが、私は無茶をしていませんよ?」
「無茶する姉を止めるだけですから」
嵐華は一瞬固まるが、次の瞬間には苦笑していた。
紫導は導く。
飛鳥は守る。
その意思は形を変えず——。
確かに次の世代へ受け継がれていた。
次回、EP23〜告白〜




