EP19〜復帰〜
IRIS医療施設——。
嵐華は黒葉と共に診察を受ける。
治療の経過、能力波形の状態を見て、医師が結果を2人に告げる。
「もう大丈夫ですね」
「今後も訓練される際は気をつけてくださいね?」
医師から完治の診断を受け、黒葉は椅子に座っている嵐華の横で安堵していた。
「はい……ありがとうございます」
黒葉の心配をよそに嵐華はのほほんとしながら返事をする。
「お世話になりました♪」
あの雷の暴発による負傷から10日。
嵐華は驚異的な回復力で完治していた。
診察室から出て、黒葉は嵐華に話しかける。
「来週から学校も再開しますし、今日はもう帰りますか?」
完治したとはいえ、まだ病み上がり。
母として心配していたが、嵐華は少し考える。
「う〜ん、やっぱり今日から復帰しようかな♪」
「その代わり、軽く調整するだけにするよ」
「……分かりました」
「では私も神威さんと一緒にいますので、何かあればすぐに言ってくださいね?」
「うん♪」
嵐華は黒葉に軽くハグした後、そのままIRISの更衣室へ向かう。
扉を開けようとすると、ちょうど扉が開き、ぶつかりそうになる。
ぶつかりそうになった人物が口を開く。
「あ……すみません……嵐華?」
「氷華?今から訓練?」
相手は氷華だった。
氷華はまず更衣室に嵐華がいることに驚いていた。
「え?なんで……今から訓練されるんですか?」
「うん、今日完治って言われたし」
「……今日?」
「うん」
言っている意味をすぐに氷華は理解出来ていなかった。
嵐華が負傷して10日。
そして、氷華の部屋で話したのが5日前……。
裂傷を負えば、完治するには普通なら数ヶ月かかるはず。
だが、現に嵐華は目の前に立っている。
(あの傷で?)
(私の部屋に来た時も普通に歩いてたし……早すぎる)
氷華は目の前にいる嵐華を見ながら静止していた。
「あの、氷華?着替えたいんだけど?」
氷華はハッとし、嵐華に道を譲る。
「失礼しました」
氷華を通り過ぎ、思い出したように嵐華は振り返る。
「あ、そうだ」
「花梨さんに氷華と言ってたこと聞いてみるから一緒に行く?」
(あの話?……あ)
一緒に訓練をしたい。
氷華が嵐華に言った言葉。
「……本当によろしいのですか?」
「うん♪私も氷華や炬乃恵と一緒に出来たら嬉しいなと思ってたし♪」
(あ……炬乃恵も)
内心少し炬乃恵も入っていたことを残念がる氷華だった。
「じゃあ、ちょっと待ってて♪」
「分かりました」
氷華は通路に設置されていたベンチに腰掛け、嵐華を待つ。
だが、何か違和感がある。
通り過ぎる氷華を同期や先輩の育成生達が見ていた。
(見られてる?どうして?)
しばらくしてその視線が無くなる。
「お待たせ♪氷華♪」
白い戦闘服に専用プロテクターを装備した嵐華が現れる。
氷華ベンチから立ち上がり、嵐華の隣へ。
「行こうか」
「はい」
2人は訓練場へ向かった。
歩いている途中——。
氷華は嵐華の見えている腕の肌を見る。
「……傷、全く残っていませんね」
まだ復帰直後だというのに嵐華の歩みが軽い。
だが、それ以上に不思議なのが、怪我の痕が全くないこと。
包帯は外れている。
感電痕も裂傷痕もない。
まるで元々から無かったように……。
氷華の言葉に、嵐華は首を傾げながらも答える。
「う〜ん、あれぐらいの傷はすぐ治っちゃうんだよね♪」
「”治り始める”のに時間はかかるみたいだけど」
まるでそれが普通のことのように語る。
雷能力の副次的作用なのか、それとも嵐華自身の特性なのか?
(やっぱり、この人は特別……)
氷華は静かに嵐華の特別さを実感する。
そして、訓練場のメインホールに足を踏み入れる。
すると、また氷華に視線が刺さる。
2人の様子を見ていた周囲の育成生は感じ取っていた。
(距離が近い……)
それに明らかに嵐華の表情が柔らかかった。
嵐華と氷華がたまに訓練で一緒にいることは知っていた。
さらに休憩や昼食でも一緒にいることも。
それはただ先輩後輩、歳の近い女子同士の友達という感覚で見ていた。
だが、以前と比べて明らかに嵐華と氷華の間の空気が違っていた。
育成生達、特に先輩達は揺れており、氷華への視線も鋭かった。
世界初の雷の能力制御者であり、今や育成機関の象徴とも言える存在となっている嵐華。
その隣には姉妹しかいなかったのに、新たな少女がいる。
疑問と嫉妬。
その視線が突き刺さる。
氷華はその視線には気づいていたが、嵐華は全く気づいていない。
訓練前の嵐華は本当に別人のように無防備だった。
そんな2人が見られている中、もう1組の注目されている2人もやってきた。
「……嵐華!?」
1人が走って嵐華へ近づく。
嵐華は姿を確認すると満面の笑みになる。
「あ、緋織〜お疲れ様♪」
「お疲れ様♪じゃないですよ!!」
「何してるんですか!?完治したばっかりですよね!?」
緋織が心配で少し怒り気味に問い詰める。
だが、嵐華は怒られているとは思っておらず、不思議そうな顔をしていた。
「うん、完治したから復帰したんだよ?」
「お母さんにも許可もらったし、大丈夫だよ♪」
緋織は天井を見上げながら、おでこに手を当て、ため息を吐く。
「緋織はすげぇ姉貴を相手にしてんのな」
緋織の後ろから炬乃恵が笑いながら喋りかけ、氷華が反応する。
「緋織、炬乃恵、お疲れ様です」
「おう、氷華もお疲れ」
「嵐華さんも復帰おめでとうっす」
「ありがとう、炬乃恵♪」
「あ、それと緋織から話は聞いてるよ?」
「私のことも嵐華で良いよ♪」
その言葉に周囲も驚く。
炬乃恵も少し気恥ずかしそうにしながらも嵐華の言葉に甘える。
「え?じゃあ、嵐華……よろしくな」
「うん♪改めてよろしく♪」
嵐華はニコニコしながら3人と談笑しているが、その3人は別のことも気になっていた。
(((……すごく……見られてる)))
4人が揃い、さらに注目が集まっていた。
嵐華を中心に隣に氷華と緋織、そして炬乃恵も自然と緋織の隣へ。
嵐華と緋織は育成機関でも人気があった。
それは能力と実力だけではなく、「恋愛対象」として。
特に嵐華は話しかければ優しく受け答えしてくれる。
何人もの育成生から好意を向けられていた。
本人は気づいていないが……。
今まで緋織がさりげなく壁になっていたが、そこに氷華、炬乃恵も加わっていた。
そして、まさかの名前呼び。
嵐華と緋織が愛里、瑞帆以外に初めて「心を許せる相手」が現れた。
嵐華の笑顔はいつも柔らかく、緋織の緊張もほんの少しだが和らいでいる。
ずっと見ていた同期や先輩育成生はその変化を敏感に感じ取っていた。
象徴だった存在が「誰かの特別」になることに……。
(……視線ばかり気にしても仕方ありませんね)
氷華と炬乃恵という仲間が加わったことで、緋織は気にするのもそろそろ止めようと考え始める。
「さて、話ばかりも時間が勿体無いので訓練始めますか?」
「花梨さんも待ってると思いますし」
「緋織、それなんだけどね?」
「ちょっと花梨さんと、あと氷華と炬乃恵の担当教官の右近さんと左近さんに話したくてさ」
右近は氷華担当、左近は炬乃恵担当の教官であり、花梨と共に愛里、瑞帆の育成にも携わっていた。
「何か相談でも?」
「うん、私達”6人”で今度から一緒に訓練出来ないかなって♪」
嵐華が行った人数に疑問を抱くも、すぐに緋織は理解する。
「6人……私達4人と愛里、瑞帆ですね?」
「うん♪氷華の提案でね♪」
(そこまで肥大化した話では……)
氷華の「一緒に訓練したい」が「みんなで一緒に訓練したい」に嵐華は脳内変換していた。
(それでも良いか)
「はい、皆さんと一緒に訓練した方が、色々と勉強出来るかと思いまして」
嵐華の解釈を受け入れ、氷華も捕捉する。
炬乃恵もその提案には賛成だった。
「俺も賛成!!接近戦も嵐華と立ち会えるのも勉強になるし」
(それに緋織と一緒にいれる時間が延びる……OK!!)
「分かりました、花梨さん達はM-2訓練場にいるはずですから行きましょう」
4人はM-2訓練場へ向かう。
到着すると、花梨、右近、左近は今ちょうど愛里、瑞帆と話をしているところだった。
すると愛里がすぐに嵐華に気づく。
「嵐華姉!?」
愛里もダッシュで4人に向かってくる。
少し遅れて瑞帆も4人のそばへ。
「もういいの!?早くない!?」
「あはは……緋織にも似たようなこと言われたね」
腕を組みながら、緋織は再度強めの口調で言う。
「当然です!!本当なら数ヶ月安静レベルなんですからね!!」
「嵐華の体が特別丈夫でも心配しますよ!!」
緋織の圧に嵐華は少したじろぐ。
「ごめんごめん」
するとそばにいた瑞帆が嵐華に優しく抱きつく。
「瑞帆?」
「……治って良かったです……でもあまり無茶しないでくださいね?」
末っ子に心配されたら何も言い返せなくなる。
嵐華も優しく瑞帆を抱きしめる。
「うん……心配かけてごめんね?」
美しい姉妹の抱擁を見ていた氷華と炬乃恵は同じ感想だった。
((癒し))
その姿を見ながらも咳払いをしながら花梨達、教官が近づく。
「……今日から復帰で良いのね?」
瑞帆とのハグを解き、嵐華は花梨に向き直る。
そして、お辞儀をする。
「はい、ご心配をおかけしました」
「これが初めてではないから慣れてるけど……頻度を減らせるように精進しなさい?」
「心配する子達がこれだけいるんだから」
嵐華は後ろを向き、緋織を始め、愛里、瑞帆、そして、氷華と炬乃恵。
信頼出来る妹、後輩達がいる。
緋織達は微笑み返し、頷く。
1人ではないと言ってくれたようだった。
5人を見て、嵐華は微笑みながら花梨を再度見る。
「はい♪」
「じゃあ、訓練を始めるけど、嵐華は今日は基礎トレだけよ」
花梨が指示をしようとした時、緋織が手を上げる。
「すみません、まずご相談があります」
「どうしたの?」
「今後は私達6人で一緒に訓練するのはダメでしょうか?」
聞いていなかった愛里と瑞帆は驚いていた。
「え?一緒に?」
「急にどうしたんですか?」
「嵐華と氷華が相談して思いついた提案です」
「お互いの能力制御や得意分野を参考にお互い高め合えると聞いて思いました」
6人共に希少な能力。
3人の超常種。
2人の複合種。
そして、世界唯一の雷の能力制御者。
花梨と右近、左近は少し考える。
「……良いわ、その方が教える方も楽だし、意見交換がすぐに出来ることは良いことよ」
「私達がしっかりバックアップするわね」
「お前達は思う存分、訓練に励んでくれたらいい」
3人の教官は嵐華達の提案に同意し、今後は基本6人一緒に訓練することが決まった。
それからは学業が終われば、夕方に集まり、土曜日は1日訓練。
訓練場でも食堂でも常に一緒。
お互いの能力の制御方法や戦闘スタイルを模索し、意見交換が頻繁になる。
目に見えて6人の力は向上していった。
だが、この6人で一番変化があったのは嵐華だった。
雷の極端な出力100%による暴発が起こらなくなっていった。
花梨もその様子を見て感じていた。
(これは能力制御が向上しただけじゃない)
(精神の安定……安心出来る存在がいるから)
守られる安心と共に立つ仲間。
花梨が見る限り、嵐華はまだ自覚はしていないようだった。
だが、この頃から嵐華は1人で雷と戦う存在ではなくなっていた。
その中心には氷華と緋織、そして炬乃恵と妹達。
6人の絆が雷の暴発を静かに鎮め始めていた。
次回、EP20〜紫導グループ訓練レポート〜




