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紫導家ヒストリー  作者: AliceMa
第1章〜紫導家〜
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19/29

EP16〜意味〜

挿絵(By みてみん)


 氷華ひょうか炬乃恵このえが紫導4姉妹と話すようになり、1ヶ月が経とうとしていた。


 今日の訓練では嵐華らんかと氷華の訓練時間と場所が被り、一緒に訓練をしていた。


 氷華が訓練している時、嵐華は模擬戦へ向けてのアドバイスをしていた。


「う〜ん、前方へ水を出す時に前もって水とか氷のストックって作れる?」


「ストックですか?」

「……こうですか?」


 氷華は指先に小さい水の球を形成し、肩の上辺りにもう2つ同じサイズの水と氷の球を形成する。


 嵐華はその様子を見て満足そうにしていた。


「うんうん、やっぱり氷華は上手いね♪」

「じゃあ、そのまま的に順番に撃ってみて?」


「はい」


 氷華は指先で作っていた水の球を的に命中させ、その後、順番に指先に生成していた水、氷の球を移動させ、再度撃つ。


 それもしっかり的に当てる。


 繰り返す。


 いとも簡単に実践出来る氷華の能力制御に、その場にいた花梨かりんと氷華の担当教官もその才能に驚く。


「……凄く繊細な操作が出来るのね?」


「ええ、まだ入所した年でここまでの制御は……」


 天才……そう呼ぶに相応しい才能を遺憾なく見せていた。


 その会話が聞こえていた氷華はあまり特別だと思っておらず、自己評価は高くなかった。


(私なんかより……この人の方が)


 そう思いながら嵐華の顔を見る。


 嵐華自身が訓練の小休憩の時間なのか、訓練時とは違い、優しい顔で自分を見ている。


「氷華?どうしたの?」


 その優しい声、表情に胸の高鳴りが収まらない。


「い、いえ……私より嵐華さんの方が凄いと思っていただけです」


「う〜ん……前も言ったと思うけど私って”極端”だから……氷華の方が凄いし、羨ましいかな?」


「羨ましい……ですか?」


「うん……私の能力の場合は特に……ね」


 嵐華は笑顔だったが、どこか遠い目をしており、表情も少し暗く感じた。


 それ以上聞くのも野暮だと思い、氷華はそれ以上聞かなかった。


「うん♪じゃあまだ訓練時間でしょ?続けて?」


「あ……はい、わかりました」


「嵐華……あなたも訓練しなさい」


「あ……すみません♪」


 花梨からの苦言に嵐華は笑いながらも訓練を再開する。


 この日はそのまま和気藹々とした雰囲気で訓練が終了することになった。


 こんな毎日が続くなら……そう思っていた氷華は知ることになる。


 嵐華が言っていた「極端」という言葉の本当の意味を……。


 翌日——。


 氷華と炬乃恵は学校の授業で特別授業があり、少しIRISでの訓練開始時間が遅くなっていた。


 2人は訓練服を身に纏い、訓練場へ向かう。


 だが、訓練場のメインホールへ向かっても担当教官がいない。


「ん?教官達……いねぇな」


 炬乃恵が不思議そうに辺りを見渡しながら呟くと、氷華も頷こうとするが。


「はい、そうです……何か聞こえませんか?」


 何か人のざわめきが聞こえる。


「へ?俺には何も聞こえねぇぞ?」


「……こっちです」


 炬乃恵には聞こえない音。


 氷華は自身が聞こえた音の方向へ炬乃恵と共に歩いていく。


 段々と炬乃恵にもそのざわめきが聞こえてくる。


 到着した訓練場には人だかり。


 そして、張り詰めた緊張の空気が流れていた。


 人だかりの隙間から見えたものに、氷華の目が釘付けになる。


 紫色の髪、そして白い訓練服にプロテクター。


 嵐華が地面に横たわっていた。


 医療スタッフが慌ただしく処置を行い、そのすぐ傍で緋織ひおりが必死に付き添っていた。


 教官の花梨もその処置を見守っていた。


 氷華はその光景に、一瞬状況を理解出来なかった。


「……え?」


 次の瞬間、体が自然と動き、嵐華のもとへ駆け寄った。


「大丈夫ですか!?」


 思わず声が裏返る。


 すると意識が朦朧としている中、氷華を認識したのか、少しだけ困ったように笑い、嵐華は弱々しい声で答えた。


「……はは……恥ずかしいところ……見せちゃったね……」


 目の焦点が合っていない。


 その言葉を遮るように緋織は強い口調になる。


「嵐華……喋らないでください」


 その声には必死で、緊張と恐怖が滲んでいた……。


 医療スタッフの説明を緋織と共に聞き、氷華はようやく状況を理解する。


 嵐華の雷の能力。


 嵐華が習得した「スイッチ」。


 これをONにした瞬間、出力が50%か100%に跳ね上がる。


 中間がほとんど存在しない。


 まさに「極端」としか言いようのない能力。


 嵐華が正常に使えるのは50%のみ。


 それも専用プロテクターがなければ嵐華自身にダメージがある。


 つまり100%を使うと体中が感電し、裂傷を負う。


 それが「暴発」。


 嵐華は訓練一つ一つが常に命の危険と隣り合わせ。


 その現実を氷華は初めて知ることになった。


 倒れている嵐華を見ながら、氷華の胸に強烈な気持ちが込み上げる。


(この人は……ずっとこんな場所で生きてきたんだ)


 命を削るような訓練の中でも、自分には優しく声をかけてくれて、アドバイスまでしてくれていた。


 その事実が今になって重く胸に突き刺さる。


 氷華の目からぽろりと涙が溢れた。


 そして、震える手で嵐華の手を握り、医療スタッフの邪魔にならないようにそっと支える。


「……無理……しないでください」


 小さな声でそう言いながら、緋織と一緒に嵐華を介抱するのだった。


 この時、氷華は悟った。


 嵐華の強さは才能でも特別でもない。


「生きること自体が常に極限」という現実だった。


 それでもなお、人に優しくあろうとするその姿が……嵐華という存在の本質なのだと。


 そして、その現実を炬乃恵は近くにいた担当教官から話を聞いていた。


「……そんなことが……それじゃ完全制御って……」


「ああ、ただ”スイッチでOFFしているだけ”だ」

「だから別に雷を使いこなせているわけじゃない」

「……これが嵐華の雷能力の現実だ」


 炬乃恵はいつも優しく接してくれて、訓練でも圧倒的な成績を収めている姿を見てきた。


 氷華も緋織も才能があり、強い。


 それでも嵐華はそれ以上の圧倒的な天才……そう思っていた。


(俺もちゃんと見れてなかったんだな……)


 炬乃恵は自分の見る目のなさに不甲斐なさを感じつつも嵐華の元へ向かう。


 氷華と緋織の近くでしゃがみ、嵐華を見る。


 ただ声をかけず、ただ見守る。


 その後は担架に乗せられ、IRIS内に併設されている医療施設へ運ばれる。


 本格的な治療が行われることになった。


 診断の結果、感電による内部ダメージ、そして複数箇所の裂傷。


 幸い命に別状はないものの、決して軽いものではなかった。


 緋織、氷華、炬乃恵の3人は治療室の前に並ぶベンチに腰を下ろし、ただ静かに治療室の扉を見つめていた。


 誰も言葉を発しない。


 時計の音と遠くの足音だけが通路に響いていた。


 しばらくして、通路の奥から4人の姿が現れる。


 氷華は先に気づき、現れた人達を見る。


(あの人達……は……!?)


 愛里あいり瑞帆みずほ……そして、神威かむい黒葉くろは


 飛鳥神威”大将”。


 紫導黒葉”大将補佐”。


 IRISの中枢に立つ2人が揃って、この場に現れたことに、氷華と遅れて気づいた炬乃恵は思わず背筋を正した。


 神威と黒葉はまず緋織の前に立ち、静かに声をかける。


「嵐華の状態はどうだ?」


 緋織は一瞬、言葉に詰まり、小さく震えながらも医師から伝えられた内容を正確に伝える。


 その様子を見て、神威は何も言わず、ただ静かに頷いた。


 そして、黒葉は緋織を優しく抱きしめ、落ち着かせる。


 声は出ていない。


 でも多分、緋織は泣いている。


 炬乃恵は緋織の後ろ姿を見て、感じていた。


 神威と黒葉の側にいた愛里と瑞帆は、氷華と炬乃恵に気づき、愛里が小さく声をかける。


「……氷華さん、炬乃恵さん」


 2人は軽く愛里と瑞帆に会釈を返した、その時。


 神威と黒葉が氷華と炬乃恵の方へ視線を向けた。


 神威が氷華達に声をかける。


「君達が氷華くんと炬乃恵くんだね」


 その一言に2人は驚き、目を見開いた。


「私達のことを……ご存じなのですか?」


 氷華が神威に驚き、質問をしてしまう。


 IRIS上層部の人間が育成生の自分達の名前を覚えている。


 それだけで氷華と炬乃恵には衝撃だった。


「君達のことは娘達からよく聞いているよ」

「いつも世話になっている……ありがとう」


(それではありませんけどね……)


 優しい笑顔で氷華と炬乃恵にお辞儀をする。


「あ!!……いえ!!……顔を上げてください!!」


 大将にお辞儀をされることになるとは思っていなかったことで炬乃恵も慌てる。


 顔を上げ、神威は言葉を続ける。


「育成機関にいる子達も、正隊員として働く者達も……俺達にとっては皆、背中を預け合う”家族”だ」


 静かだが、揺るぎない言葉だった。


「今の育成機関の在り方……教官達の意識についても、見直しを進めている」


 言葉の端々から嵐華と緋織を「物」のように扱おうとする一部の教官への強い不信と怒りが滲んでいた。


 黒葉もまた、穏やかな表情のままだったが、気持ちは神威と全く一緒と言いたげに、意思を込めて頷く。


 しかし、権力を振り翳せば、組織である以上、反感を買う。


 だからこそ、少しずつ現場から、そして最後に上を変えていく。


 そんな決意を持っていた。


 氷華と炬乃恵はその姿を見て、はっきりと理解する。


 この人達は本気で娘達を守る人だ。


 嵐華がどれほど深く、大きな愛情の中で守られているのかを。


(……うらやましいですね……)


(……俺の両親とは全然ちげぇなぁ……)


 2人は改めて嵐華のことを思い、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。


 だが、これ以上は家族の時間。


 氷華と炬乃恵はお互いに目を合わせ、小さく頷くと立ち上がる。


「……では、私達はこれで……」


 氷華と炬乃恵は、神威と黒葉に静かに頭を下げ、立ち去る。


 神威と黒葉は2人を見送り、再び緋織、愛里、瑞帆と共に治療室の扉へ向き直った。


 通路を歩く中、氷華と炬乃恵は心の中で同じことを思っていた。


((……早く元気になってほしい……))


 嵐華が口にした「極端」という言葉。


 その意味を、氷華はこの日、ようやく理解した。


 強さとは才能ではない。


 命を削りながら、それでも誰かを守ろうとする覚悟だった。


 その姿は、2人の心に深く刻まれることになる。

次回、EP17〜吐露〜

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