EP14〜嵐華と氷華、緋織と炬乃恵〜
IRIS育成生寮——。
「……ん〜」
ベッドの上で目覚め、朝日を浴びる。
IRIS能力育成機関に入所してから2週間——。
氷華は少し気だるさを感じながらもゆっくりとベッドから降りる。
朝のコーヒーを飲み、トーストが焼けるのを待ちながらテレビを見る。
施設とは違い、静かな時間が流れていた。
トーストを食べながら、ただ思うこと……。
(……今日はあの人に会えるかな……?)
見学時の訓練で見たあの人。
速くて……荒々しいけど、繊細で……あと……天使のような微笑み。
(綺麗な人だったな〜)
紫導 嵐華。
氷華はあの人の顔を思い出すと頬が少し赤くなる。
今まで学校でも色々な男性、女性と出会い、交流してきた。
でも……一目見ただけでこんな気持ちになったのは初めてだった。
なにかモヤモヤする……でも嫌じゃない。
炬乃恵にもこんな感情は抱いたことがない。
この気持ちが何なのか分からない。
でも、まずは学校と訓練。
IRISから学費などの援助を受けられることになり、バイトも辞めた。
学業もしっかり出来るし、IRISでの訓練も無理のない範囲で組まれたカリキュラムになっている。
まだ2週間……だが快適さを感じていた。
氷華は朝食後、身支度を整え、寮を出る。
そして、隣の部屋の呼び鈴を鳴らす。
『はい』
「炬乃恵?もう学校へ行く時間ですよ?」
『あ〜ちょっと待ってくれ!!』
扉の奥からドタバタ音が聞こえ、扉が勢いよく開く。
そこには少し制服が乱れた炬乃恵。
氷華はため息を吐きながら炬乃恵の制服を整える。
炬乃恵のスカーフの形を整えながら苦言を呈する。
「1人暮らしを始めてから少しだらけていませんか?」
「……すまん」
「別に怒ってはいないですよ?……リラックス出来ている証拠です♪」
炬乃恵は頭を少し掻きながら照れた表情で答える。
「まぁ初めてかもな〜こんなに気持ちが楽なのは……氷華と一緒に住んでた時も良かったけどな」
空を見上げ、幸せそうに頬を緩めていた。
「なんか……今めっちゃ気分が高まってる気がする」
炬乃恵の顔がそうなる理由……それは嵐華の近くにいた人物。
飛鳥 緋織。
あの人の双子の妹という話を聞いた。
顔はそっくりだけど、髪の色も雰囲気も全く違う。
嵐華が「天使」なら緋織は「騎士」が似合う……そんな印象。
あの見学の後からずっと炬乃恵は緋織の話をしていた。
完全に炬乃恵は緋織に惚れてしまっていた。
訓練中も緋織の姿を探しては突撃しているようだった。
この2週間で分かったのは、見学した日はたまたま同じ場所で訓練していただけで、現在は単独訓練が多いということだった。
それぞれの適正のこともあるのだろう……氷華はあの見学から嵐華を見ていない。
見ていないがIRISの中では超有名人だった。
大将と大将補佐の娘で双子2組の4姉妹。
全員が1年以上早く入所して、嵐華と緋織はもう育成生でもトップクラスの実力と聞いている。
そんな1人に勇猛果敢に突撃するのだから氷華も少し無謀なのでは?と思っていた。
「……炬乃恵、まずは学校です」
「!!……ああ、そうだな……行くか!!」
2人はそのまま学校へ——。
少し距離は遠くなったが、電車も通っているので通学時間はそこまで長くはならなかった。
校内ではIRISに入ったこともあり、能力関連の授業免除になっていた……これでさらに注目が集まる。
IRISにスカウトされた……それが2人の特別さを更に引き上げていた。
ただ、この白泉学園中等部は「校内恋愛禁止」。
特にラブレターをもらったり、告白をされることもなく、平和に過ごせていた。
そして、学校が終わると氷華と炬乃恵も「非日常」へ足を踏み入れる。
……
IRISの寮へ戻った後、少し休憩し、専用の更衣室へ向かう。
育成生用の白い訓練服に着替え、氷華と炬乃恵の顔は真剣なものになる。
「うし……行くか」
「はい」
氷華と炬乃恵には別々の教官が付いていた。
2人はスカウトが見つけた「超逸材」という触れ込みになっていた。
氷華と炬乃恵が入所する数日前——。
当然、大将の神威、大将補佐の黒葉にも情報は入っていた。
政治の道具にさせない為に、神威があの人に連絡を入れる。
「……花梨さんですか?実はお願いしたいことが……」
相澤 花梨。
嵐華達の専属教官であり、この2年で紫導4姉妹を鍛え上げた人物。
花梨が直属の上官へ掛け合い、氷華と炬乃恵を担当する教官を選定してもらった。
神威と黒葉が直接選ぶということも選択肢だったが、現場に任せるのが最良という判断だった。
花梨が選んだ教官達は、派閥としては「中立派」だった。
政治的な駆け引きには一切興味を持たず、ただ育成に重きを置く人物達だった。
そして、現在——。
『今は順調に指導出来てるわ』
『若い子達には自由に能力を伸ばしてほしいからね』
『……あなた達も気になるレベルなの?』
神威は電話越しに少し複雑そうな顔をしていた。
「ええ……そんな感じです」
『……ふむ……まぁ、いいわ』
『嵐華達も含めて任せなさい』
「はい、よろしくお願いします」
通話を切ると、神威は椅子に座り、少し感慨に耽っていた。
隣にいた黒葉は心配して声をかける。
「神威さん……大丈夫ですか?」
「ああ……大丈夫だ……黒葉は?」
「私は平気です……やはり……あの2人の境遇ですね?」
「まぁな……似ているからな、俺達に……」
両親に蔑ろにされ、不遇な扱いを受けてきたこと。
特に氷華は両親が亡くなり、孤独の身になった。
炬乃恵という親友がいてくれたからまだ気持ちが保てている。
その炬乃恵も両親と絶縁状態と報告が上がっていた。
「出来れば彼女達には有意義な環境を整えてやりたいが……」
「そうすれば特別扱いをして反感を買いますから……今は静観しましょう」
「そうだな」
2人は自分達と境遇が少し重なる氷華と炬乃恵を意識していたのだった。
……
氷華と炬乃恵はそれぞれの教官の指導のもと、能力制御訓練を行っていた。
2人はともに、2つの能力を扱う「複合種」に分類されていた。
氷華は水と氷を扱う訓練。
制御難易度はかなり高いが、氷華は繊細な制御で水を操り、氷へ変化させ、そして水へ戻す。
教官からの評価も、入所直後とは思えないほど高かった。
炬乃恵も同様に「複合種」であり、炎と爆破の2つの能力を持つ。
これも制御難易度はかなり高い。
制御の荒さはあるものの、出力と反応速度は群を抜いており、近接戦闘での炎による打撃からの爆破連鎖と瞬間火力に関しては、すでに育成生の中でもトップクラスの位置にいた。
すでに2人は「超逸材」の期待に応えていた。
教官達が休憩の号令をかけ、氷華と炬乃恵は休憩に入る。
休憩後は座学の予定だったので、能力訓練は今日は終わりだった。
だが、氷華は少しだけ休んだ後、すぐに訓練場へ戻ろうとする。
「あれ?もう行くのか?」
「ええ、今日は良い感覚でしたので……もう少しだけします」
氷華は1人訓練場へ戻り、水と氷の生成、操作を続ける。
(こうして……よし……良い感じ……)
「制御、上手いね」
不意に声をかけられ、水の操作を解除する。
振り返ると……そこには「あの人」がいた。
「ごめんね?急に声かけて」
「……紫導……嵐華、先輩?」
気になっていた人が目の前にいる。
あの天使のような笑顔だ……。
「あれ?私名前教えたっけ?」
氷華は一瞬言葉を失った。
少し間を空けてから、静かに言葉を返す。
「……有名ですから……それに……あなたの方が、凄いと思います……」
氷華は視線を下に向け、少し恥ずかしげに喋る。
嵐華は氷華の言葉を聞き、困ったように笑う。
「はは……そう言ってもらえるのは嬉しいけど……私は”極端”だから……君みたいにそんな繊細なことは出来ないんだよね」
氷華は思わず首を傾げた。
世界初の雷能力の完全制御者。
誰もがそう認識している存在が……なぜそんなことを?
不思議そうにしていると嵐華は訓練で生じた水音に一瞬だけ視線を向ける。
そして、氷華に視線を戻し、意味深なことを言い出した。
「……その”音”、大事にしてね?」
(……音?)
嵐華の言っている意味を氷華は理解出来なかった。
だが、不思議と胸に残る言葉だった……。
「そういえばちゃんと挨拶してなかったね♪」
「改めて、紫導嵐華です♪よろしくね?」
氷華は少し背筋を正して答えた。
「葵氷華です」
「よろしくお願いします」
この日は嵐華と氷華が初めて会話をし、運命が交錯した瞬間だった。
「嵐華!!訓練始めるわよ!!」
花梨から号令がかかる。
「あ……行かないと……じゃあ、またね♪」
嵐華は手を軽く振りながら、花梨のもとへ走っていった。
氷華は嵐華の背中を見送りながら、ただ1つのお願いだけしていた。
(……また……会いたいな……)
……
一方、すでに運命が交錯……いや、一方通行な2人がいた。
休憩を終えた炬乃恵が、氷華を呼びに行こうとした時、嵐華と氷華が話しているところを目撃する。
(お?……これは……)
邪魔しちゃいけないと思い、炬乃恵は先に座学を受ける講義室へ移動しようとする。
その時、通路の遠くからある人影が……緋織だった。
(今日は座学を受けてから、少し訓練……あれは……)
緋織は視線の先にいる炬乃恵に気づく。
認識した瞬間……炬乃恵が全力ダッシュで緋織に向かってくる。
「緋織!!せん!!ぱ〜い!!」
「……炬乃恵さん……お疲れ様です……」
あの緋織がたじたじになっている。
周囲の育成生や教官からはあまり見ない緋織の態度に新鮮さを感じていた。
「今から座学っすか?」
「途中まで一緒に行きません?」
「……ええ、途中までなら……」
(うっし!!)
炬乃恵は心の中でガッツポーズを取っていた。
炬乃恵が入所し、緋織に一目惚れをしてからというもの……やたらと積極的にアプローチを取っていた。
訓練後に声をかける。
食堂で隣に座る。
訓練日誌を一緒に作ろうと持ちかけたりもしていた。
緋織は初めて会った時は新手のナンパか?と本気で警戒していた。
だが、炬乃恵の態度は軽薄というよりも、不器用で、まっすぐで、どこか必死だった。
緋織はそんな炬乃恵の真っ直ぐさに苦手意識を持ちつつも、邪険にはしなかった。
……
数日後——。
紫導家地下射撃場——。
この射撃場は元々、神威のために作られた施設。
嵐華と緋織が拳銃を扱うようになってからは、自宅でも射撃訓練を行うようになっていた。
訓練後、嵐華がふと緋織にぽつりと言う。
「最近ね、気になる子がいるんだ〜♪」
「あの子は伸びるよ」
緋織はあの水色の髪の子……氷華だと察していた。
緋織もそれを聞き、少し疲れたように呟いた。
「……私は最近、後輩の1人が元気すぎて困っています……」
「……ああ、あの赤い髪の子か……」
嵐華も緋織の近くで頻繁に見かける炬乃恵を認識していた。
こうして、嵐華と氷華は静かに理解し合い、緋織と炬乃恵は騒がしくも距離を詰める形で……。
それぞれの未来の夫婦の出会いは両極端と呼べるものだったが、確かにこの時から始まっていた。
次回、EP15〜妹達〜




