EP10〜傑物〜
嵐華達「紫導4姉妹」がIRIS能力育成機関へ入所してから半年が過ぎようとしていた。
10月に入り、嵐華と緋織は13歳、愛里と瑞帆は11歳になっていた。
今日も嵐華達は教官の指導のもと訓練に励んでいた。
「はぁ……はぁ……っ!!」
嵐華は雷の出力を50%維持しながら爆発的な高速移動による打撃の訓練。
適性試験と同様に雷のON/OFFを繰り返す日々。
立てられた最後の的を拳で撃ち抜き、教官が号令をかける。
「終了ね……今日はここまで、ゆっくり休みなさい」
息を荒くしながらも嵐華は答える。
「はぁ……はぁ……はい……」
教官がその場からいなくなると、近くにいた緋織達が嵐華へ駆け寄る。
「嵐華……大丈夫ですか?」
緋織が倒れそうな嵐華に肩を貸す。
「大丈夫……これくらい……前より大分マシだよ」
愛里と瑞帆も心配の声を上げる。
「でも嵐華姉に厳しすぎだよ!!」
「そうです!!完全オーバーワークです!!」
愛里達は怒っていたが、嵐華は2人を宥める。
「……大丈夫♪しっかり余力を残せるように訓練してくれてるみたいだから……」
「あの人は”良い人”だよ」
緋織はため息を吐き、嵐華を支えながら休憩場所へ歩き始める。
「私達にも負荷はかかっていますが……”前より”は確かにマシですね」
嵐華達の担当になった現在の教官。
この教官は神威、黒葉が直々に選んだ教官だった。
現在、IRISは2つの派閥が存在する。
1つは現上層部を支持する層。
旧来の序列と命令系統を重んじる者達で、「正規派」とも呼ばれる。
中堅からベテランの半数がこちらの派閥に属している。
完全に年功序列であり、さらに上層部の命令は絶対。
そして、もう1つが「神威派」。
神威と黒葉が上層部に入ったことで若手を含め、現場主義の姿勢が評価されている。
この時点で上層部は神威、黒葉とその他で明確に分かれていた。
2ヶ月前——。
嵐華達を早期に入所させたこと……それは上層部が直々に神威達に進言したこと。
だが、主導権を神威達に持たせる気がなかった。
教官は上層部が先に決め、すでに辞令が降りていた。
だが、その訓練内容は過酷そのもの……完全にオーバーワークへ追い込むような内容だった。
幹部のみの会議室では神威の声が響き渡る。
「なんだこれは!?まだ13歳の子にさせる訓練密度じゃないぞ!?」
「……訓練内容を抑えるわけにはいきませんか?」
神威は怒り、黒葉は冷静に幹部達に進言する。
「……君の娘達は大変貴重な子達だ」
「今のIRISの隊員のレベルは平均では上がっているだろう」
「だが……突出戦力は君達2人だけだ」
「だから、早く戦力になってもらいたいんだよ」
実情は理解出来る……だがやり過ぎだった。
さらに神威達が納得していなかったのは……全く情報が来なかったこと。
大将、大将補佐という立場上、訓練場へも簡単に顔を出せない。
それに嵐華達は疲れて帰ってくるが、全く文句を言わなかった。
だから、まだ訓練に慣れていないだけだろうと信じてしまった。
今思えば……あまりにも安易な考えだった。
そんな自分達に腹を立てつつも、神威は嵐華の現状を伝える。
「特に嵐華は能力の使用頻度が増えて神経に負荷がかかっている」
「訓練内容を抑えなければ潰れるぞ?」
神威の静かながら怒気が入った声とその横で無言でも圧力をかける黒葉に幹部達は尻込みした。
「分かった……少し抑えよう」
「いや、まず教官は俺が選び直す……異論はないな?」
神威の質問に異論を唱えることはしなかった。
神威は拳を握りしめ……本当はこの場で殴り倒してやりたかった。
だが、組織にいる以上……乱せない。
黒葉はやはり娘達をIRISに入れるべきではなかったと後悔していた。
会議室を出て、2人は嵐華達のもとへ向かった。
向かった先では疲弊した4人の姿があった。
嵐華は神威と黒葉の姿を見ると、頑張って笑顔を作る。
「お父さん……お母さん……お疲れ様♪」
他の3人も頑張って笑顔を作る。
その姿が……痛々しかった。
「……辛いなら言え……教官は変える」
「本当に辛いならIRISを辞めても大丈夫なんですよ?」
神威の言葉には少し安堵するも、黒葉の言葉には全員が否定の意味を込めて首を振る。
「私達……お父さん達と一緒に戦うって決めたもん」
愛里が代表して4人の答えを神威と黒葉に伝えた。
嵐華達も無言で頷く。
黒葉は泣きそうになりながらも4人へ言葉を口にする。
「はい……分かりました……必ずあなた達が正隊員になるまで……絶対守りますから……」
6人で会話をしていると遠くから担当教官2人の声が聞こえた。
「次はどうする?」
「どんだけ追い込んでも良いんだろ?”天才”なんだから」
「俺達は上層部のお墨付きを貰ってるんだ……好きに鍛えたら良いさ」
「それに俺達に従順にするのもありだな〜……な?」
「ああ……将来さらに美人になるだろうしな〜♪それもあり……」
「?どうした?」
言葉が止まり、一定の方向を見ている教官を見て、もう1人の教官が不思議に思い、視線をその先に向ける。
神威と黒葉が鬼の形相で2人を見ていた。
「今日は一緒に帰ろう……」
神威は嵐華の肩に軽く触れ、シャワーを浴びて帰る準備をするように伝える。
4人が移動したことを確認すると神威と黒葉は教官達に向き直る。
教官達は全く動けていない……固まっていた。
「あ……あの……飛鳥大将……紫導大将補佐……さっきの話は……ですね?」
そのまま神威は教官達に近づき小さく呟く。
「……今度娘達にそんな態度で接するなら命はないと思え……」
その後ろで黒葉は見ているだけ……だが、それで黒い炎に焼かれているかの如く息が出来なかった。
後日、2人は服務規律違反と職権乱用を理由に処分され、静かにIRISを去った。
……
そして現在——。
「どうですか?」
神威が敬語で今の嵐華達の教官へ声をかける。
神威と黒葉が選んだ教官は元Aランクのエース隊員だった女性。
怪我で現場から退き、年齢は2人より上だが、現場主義の姿勢に共感し、神威派の1人として支える。
「問題ないわよ?今は負荷を与える時期だし……もうすぐ”模擬戦”だしね」
「模擬戦」……それは定期的に行われる育成生間の実践形式の訓練。
だが、ここにも上層部の息がかかっていた。
「私の上官に、上層部からいきなり話が来たそうよ……模擬戦で嵐華達が負けたら、私を外すようにってね」
また神威と黒葉を無視した姿勢。
「もう言わせておきましょう……あの子達は負けませんから」
神威は嵐華達を信頼し、教官もまたその信頼する子達を負けさせる気はさらさらなかった。
「でも出来る限りの対策はするから安心して任せなさい」
「あなたはこれからも上層部で踏ん張ってちょうだい……期待してるんだから」
教官が神威の背中を叩き、神威は微笑み……必ずIRISを娘達の為に、みんなの為に良くしていくと改めて決意する。
そして、1週間後——。
模擬戦の日がやってきた。
形式は2対2のチーム戦。
条件は「銃器禁止」、「近接戦闘を主体とした能力使用あり」。
模擬戦に参加するのは……嵐華と緋織。
2人は並んで立ち、相手を見据えていた。
対戦相手も育成生だが、先輩であり、入所して3年。
能力は「火」と「水」。
相反する能力ではある。
だが、状況に応じて使い分ける完成度の高い連携。
すでに「上級者」の域にいる。
この2人には担当教官から嵐華と緋織の対策を叩き込まれていた。
本来は模擬戦の相手は当日まで分からない。
様々な状況でも対応出来るようにする為の育成方針だった。
だが、そのルールが破られる。
教官は後ろから嵐華達に声をかける。
「嵐華、緋織」
「恐らくお前達のデータを見て対策してるわ……これが今のIRISなのよ」
「それでも……戦う?」
教官の言葉に嵐華と緋織は同時に答える。
「「ドンと来い!!です!!」」
そして嵐華がさらに言葉を続ける。
「教官に教えていただいたことを証明してきます♪」
「同じくです」
2人が教官に向かって笑顔で答え、模擬戦のフィールドへ歩いていく。
嵐華は深呼吸をし、状態を整える。
緋織は警棒を持ち、簡単に振りながら動作チェックをしていた。
観客席からは妹達が応援する。
「「嵐華姉!!緋織姉!!がんばって〜!!」」
その姿を見た周囲の育成生達は揃って「可愛い……」と癒されていた。
だが当の本人達は真剣そのもの。
嵐華は専用プロテクターを装備し、シャドーをしてウォームアップ。
緋織は自身の能力のシールドを盾状に左腕に展開し、右手に警棒を装備。
4人が構える……模擬戦が開始された。
相手は火の能力者が前衛、水の能力者が後方支援。
火の能力者の周囲に火球が複数生成されていく。
さらにその後ろから水の能力者が水球を生成。
嵐華と緋織は臨戦体勢を整える。
そして、火と水の球が一斉に放たれる。
緋織は即座にシールド展開。
まずは嵐華と緋織の前に1枚。
放たれた球を全て受け止める。
相手の能力者達はそれを観察する。
(あれを簡単に止めるか……)
他のシールド能力者であれば、これだけ撃ち込めば破壊出来るものだった。
次々と火と水の球を作り出し、
(でも……この強度なら他にシールドは張れないはず)
そう思った矢先、緋織が動く。
シールドの前に複数のシールド。
さらにもう1枚……さらに1枚……次々と相手に向かってシールドが配置されていく。
相手の射線を塞ぎつつ、近接戦闘が可能な距離まで遮蔽物エリアを形成した。
入所半年の……さらに1年も早く入った新人がこのレベル。
「……早すぎる」
観客席で誰かが小さく呟いた。
この状況に相手は躊躇していると目の前のシールドから人影が飛び出す。
それは嵐華だった。
シールドの影から影へ隙間を縫って前進していた。
(それでも速い!!これが雷か……)
前衛の火の能力者が能力で火の剣を形成する。
「え?……あんなんあり!?」
「切られたら……!!」
愛里と瑞帆が叫ぶと観客席に移動していた教官が答える。
「銃器じゃないからルール上は問題ないのよ……でも模擬戦で使うには危険な形状ね」
「あの場合は申請して警棒を準備するものよ……相手側の教官に色々言われたのかもしれないわね」
威力制限はかかっている。
だが、形状としては明らかに相手を怯ませるためのものだった。
愛里は顔を膨らませ、勝つ為に見境無しな姿勢に怒っていた。
「……でも、嵐華姉と緋織姉は負けないもん!!」
嵐華は火の能力者と対峙する。
火の剣を横薙ぎに振り、嵐華は迅速に避ける。
だが違和感があった。
(こっちが振る前に避けた?)
その違和感を感じている時に真横から接近する人が。
「させません!!」
緋織が別ルートから前進。
左腕に展開したシールドでタックルを当てる。
「……っ……ぐ!!」
飛ばされるも体勢を整え、火の能力者と緋織が対峙する。
緋織は火の剣をシールドで防ぎながら警棒で対応する。
2人の戦闘は拮抗していた。
その間に嵐華は水の能力者の場所へ向かう。
緋織は戦闘をしながらも同様にシールドを展開。
水球を生成しても射線を取らせない。
嵐華が足に雷を纏わせ、一気に加速する。
水の能力者は接近戦が得意ではなかった。
攻撃を粘って凌ぐしかない。
防御体勢を取る。
嵐華が拳に雷を纏わせ、右ストレートを放つ。
両腕でガードしようとするも感触がなく、右腹部に衝撃が突き刺さる。
左の……リバーブロー……完全に物理だった。
衝撃が腹部を貫き、呼吸が止まり、視界が揺れ……意識が遠のいた。
そのまま水の能力者は戦闘不能に。
相方が倒された……その事実に火の能力者は動揺する。
「よそ見は厳禁ですよ」
その言葉が聞こえ、緋織に視線を戻すが、そこにはシールドが。
シールドにぶつかり、体勢が崩れると緋織はシールドの裏から現れ、踏み込む。
警棒での打撃が肩へ直撃。
そのまま火の能力者も崩れる……勝敗が決した瞬間。
模擬戦終了——。
観客席の育成生、教官達は唖然としていた。
入所時の評価は「1年早く入所しただけの下級生」だった。
だが、今回の模擬戦でその評価は一気に覆った。
「逸材」「傑物」……そう囁かれることになる。
模擬戦終了後、水の能力者の状態が回復し、起き上がろうとする。
嵐華が手を伸ばし、腕を引っ張りながら起こすのを手伝う。
「模擬戦ありがとうございました。大丈夫ですか?」
「……なぜ雷を纏うのをやめたの?フェイント無しでも問題なかったでしょ?」
嵐華はその質問に少し黙るも、事実を伝える。
「雷は……人の命を簡単に奪ってしまいますから」
その言葉に冷や汗が流れた。
緋織が火の能力者と共に嵐華達に近づき、先ほどの会話を聞いていたのか言葉を付け加える。
「嵐華は移動やフェイントに雷を使っていました。ですが、動きの基本になっていたのは“別の能力”です」
相手の2人は顔を合わせて「……?」と不思議そうにしていた。
雷以外の能力?
そんな話は聞いていない。
「……でももう少し効率よく動けたかもね」
「はい……シールドの配置も色々最適化しなくては」
嵐華と緋織は模擬戦の反省点をもう洗い出そうとしていた。
その様子を見て、相手の2人は納得した。
「……相手を舐めてた結果だな……俺達も教官も」
「……だね」
2人は嵐華達にしっかり向き合い、手を差し出す。
「今回、俺達もいい勉強させてもらったよ」
「これからもよろしくね♪」
嵐華と緋織も微笑み、お互いの健闘を讃え、握手をする。
観客席でも拍手が湧き上がる中、正規派の教官達は内心焦っていた。
この模擬戦で嵐華達が負け、こちらの派閥の教育をさせる計画が頓挫した。
嵐華達の担当教官が焦っている教官に耳元で呟く。
「あの子達は大人の都合の良いおもちゃじゃないのよ……覚えておきなさい」
「今後も私が責任持って育てるから……邪魔しないように」
その言葉を聞いた教官は後退り、その場を後にした。
観客席には神威も黒葉も静かに嵐華達を見守っており、教官の様子も見ていた。
「あの方に任せて正解でしたね♪」
「ああ……これでこっちも集中出来る」
教官に一礼した後、そのまま執務室へ戻っていく。
観客席から愛里と瑞帆が模擬戦のフィールドへ降りてくる。
「嵐華姉すごい!!緋織姉も!!」
嵐華は模擬戦の時とは打って変わっていつもの柔らかい雰囲気に戻っていた。
さっきまで模擬戦の時は殺気を纏っていたのに……極端な変わり方に周囲も驚く。
「終わったよ♪愛里♪瑞帆♪」
嵐華がそう言うと愛里達は嵐華達に抱きつく。
愛里に抱きつかれた嵐華は同じように抱きしめ返し、瑞帆に抱きつかれた緋織は少し照れながらも瑞帆の頭を撫でる。
「……これで少しは平和に訓練出来ますかね?」
小さく呟き、観客席にいる教官に視線を向け、会釈をした。
教官も手を上げ、そしてその場を後にした。
「じゃあ、今日は終わりだから教官に挨拶したらお父さん達のところへ行こうか♪」
嵐華がそう言うと3人は笑顔で頷き、模擬戦の会場から出る。
模擬戦の様子も見ていた育成生もそうだが、数名いた隊員達も考えていた。
紫導姉妹……嵐華と緋織。
個でも十分すぎるくらい強い。
だが、本当に恐ろしいのは……2人で完成すること。
未来のエースコンビの発端を確認した出来事だった。
次回、EP11〜初めての文化祭〜(3話構成)




