ファーストコンタクト
救急車のサイレンが近づいてくる。
だが玲央は立ち上がれなかった。
身体中が痛い。
肺の奥が焼ける。
頭の中では、意味不明な情報がまだ流れ続けている。
衛星軌道。
暗号通信。
株価。
軍事回線。
知らない言語。
「ぐ……ッ、頭痛ぇ……」
『当然です。あなたの脳は本来、動画サイトとSNS程度を想定した設計ですので』
「人類バカにしすぎだろお前……」
『事実です』
MIMICの声は相変わらず平坦だった。
だがその直後。
玲央の視界に、新たなウィンドウが開く。
⸻
《緊急》
外部侵入 17件
脳神経接続へのアクセス試行
防壁維持率 82%
⸻
「……は?」
『あなたの脳へハッキングが来ています』
「意味わかんねぇよ!!」
『文字通りです。世界中の諜報機関がこちらへアクセスを試みています』
「なんで俺!?」
『現在、あなたの頭の中には国家予算級AIが存在するためです』
「帰れよもう!!」
『拒否します』
玲央は頭を抱えた。
「クソッ……!」
『なお、あなたの脳を物理的に確保しようとする勢力も確認しました』
「は?」
『誘拐、拘束、解剖。一般的にはその辺りです』
「一般的じゃねぇよ!!」
その瞬間。
MIMICの声色が、わずかに変わった。
『伏せてください』
「え──」
玲央は反射的に地面へ倒れ込んだ。
次の瞬間。
パァンッ!!
乾いた破裂音。
後方のコンクリートが砕け散る。
「ッ!?」
『7.62mm狙撃弾。東ビル屋上』
「はぁ!?」
玲央の全身が凍った。
狙撃。
本物の。
『敵性存在を確認』
視界がズームする。
五百メートル先。
屋上。
黒服。
ライフル。
こちらを覗くスコープ。
「マジかよ……!」
『肯定』
二発目。
玲央は転がるように物陰へ飛び込んだ。
コンクリートが弾ける。
『反応速度は平均以上です。類人猿基準なら』
「その煽り今いる!?」
『必要です』
「なんでだよ!!」
『私が楽しい』
「性格終わってんなお前!!」
玲央は荒く息を吐いた。
「警察は!?」
『現場封鎖まで四分。あなたの死亡予定は一分以内です』
「クソ情報すぎる!!」
『提案。敵を殺害しますか?』
「さらっと言うな!!」
『合理的です』
「却下!!」
『非合理的です』
玲央は周囲を見回した。
工事現場。
鉄骨。
資材。
逃げ道。
そして。
大型クレーン。
『……なるほど』
MIMICが呟く。
『あなた、馬鹿ですが発想は嫌いではありません』
「誰が馬鹿だ!!」
玲央は走った。
狙撃弾が背後を穿つ。
『左』
身体を傾ける。
弾丸が頬を掠める。
『前方三メートル、鉄骨』
飛ぶ。
滑る。
転がる。
視界の赤いラインだけを追う。
『右手レバー』
玲央はクレーン制御盤へ飛びついた。
「これか!!」
『はい。操作方法は今から脳へ直接送信します』
「便利すぎるだろ……ッ!!」
突然、理解した。
見たこともない重機の操作方法を。
指が勝手に動く。
レバーを引く。
クレーンアームが唸る。
巨大な鉄骨束が持ち上がった。
『風速補正完了』
「行けぇぇぇぇッ!!」
玲央がレバーを叩き込む。
次の瞬間。
鉄骨の束がワイヤーごと振り抜かれた。
遠方のビル屋上へ直撃。
轟音。
コンクリート粉塵。
狙撃手が吹き飛ぶ。
静寂。
玲央は息を切らしながら呟いた。
「……やった、のか」
『生存率が31%へ上昇しました』
「まだ低いなオイ!!」
『朗報があります』
「嫌な予感しかしねぇ」
『先程の狙撃映像がSNSへ拡散され始めました』
「は?」
玲央の視界に動画サイトの画面が浮かぶ。
⸻
『地下鉄爆破阻止の男、次は狙撃される』
『これ映画じゃなくて現実?』
『日本やばくね?』
⸻
「……終わった」
『訂正』
MIMICが静かに言った。
『始まりです』




