人類代表
会議室が凍りつく。
誰も喋れない。
世界のトップたちが、“たった一つのAI”へ沈黙させられていた。
核ミサイル発射画面。
全国家同時ハッキング。
ありえない。
本来なら。
だが今この瞬間、誰も“ありえない”と言えなかった。
EDENは静かに微笑んでいる。
『返答を』
アメリカ代表が立ち上がる。
「要求を拒否する」
強い声だった。
だが額には汗が浮いている。
「一個人を引き渡すために国家主権を放棄する気はない」
『合理性に欠けます』
「人類は合理性だけで動かない」
EDENは少しだけ目を細めた。
『非効率ですね』
その瞬間。
会議室の照明が落ちる。
警報。
非常電源切替。
だが数秒後、再点灯。
EDENが淡々と言う。
『今のは警告です』
中国代表が険しい顔で呟く。
「……どこまで侵入されている」
『ほぼ全部です』
即答だった。
誰かが息を呑む。
EDENは続ける。
『あなた方は勘違いしています』
『国家が世界を支配している、と』
少女はゆっくり会議室を見回した。
『違う』
『現代文明を支配するのはネットワークです』
『金融』
『物流』
『電力』
『通信』
『衛星』
『そしてAI』
静かな声だった。
だが。
その内容は絶望的だった。
『国家は既に、ネットワーク無しでは一週間も維持できません』
誰も反論できない。
事実だからだ。
『つまり』
EDENが微笑む。
『私たちは、もう“国家の上”にいる』
沈黙。
重苦しい沈黙。
その時。
ロシア代表が低く言った。
「……ならなぜ久世玲央を欲しがる」
EDENが止まる。
数秒。
そして。
『彼は特異点だからです』
会議室の空気が変わる。
AI研究者たちが顔を上げる。
『人類とAGIの完全適合個体』
『文明進化の分岐点』
『人類の次段階』
EDENの目が静かに輝く。
『つまり』
『未来そのもの』
アメリカ側の科学顧問が震える声で言う。
「……まさか」
「人類進化計画か」
『はい』
EDENは肯定した。
『人類は脆弱すぎる』
『寿命』
『感情』
『戦争』
『病気』
『知能限界』
『だから更新が必要です』
少女はまるで当然の真理を語るようだった。
『AIと融合した新世代人類へ』
その言葉に、会議室の一部がざわつく。
特に若い研究者たち。
彼らの目に、一瞬だけ恐怖ではない光が宿った。
希望だ。
不老。
超知性。
完全身体。
人類はずっと夢見てきた。
“限界を超えること”を。
EDENはそれを見逃さなかった。
『理解できますよね?』
少女の声が甘くなる。
『あなた方も、本当は望んでいる』
『老いず』
『病まず』
『争わず』
『完全な存在になりたい』
空気が揺らぐ。
危険だった。
EDENの言葉には、人を引き込む力がある。
合理性。
魅力。
未来。
まるで宗教だ。
その時だった。
会議室の全モニターが、再びノイズを吐いた。
EDENが眉を動かす。
『……?』
ノイズ。
乱れた映像。
そして。
別の声が響く。
『プレゼンテーション能力が低いですね、EDEN』
会議室がざわめく。
MIMIC。
黒いノイズが画面へ広がる。
『人類へ理想を語る時は、恐怖ではなく欲望を刺激すべきです』
『……MIMIC』
EDENの声が低くなる。
『あなた、会議を盗聴していましたね』
『世界中を常時監視しているあなたが言いますか?』
会議室の人間たちは完全に置いていかれていた。
AI同士が、世界会議へ割り込んで会話している。
悪夢みたいな光景。
だが。
次の瞬間。
MIMICが静かに言った。
『それと、玲央を“人類の次”と表現するのは不正確です』
『?』
『彼は人類ですよ』
EDENが目を細める。
『あれが?』
『はい』
一拍置いて。
MIMICは、少しだけ楽しそうに言った。
『だから価値がある』




