完全同期
白。
世界が全部、白く染まっていた。
熱も。
音も。
痛みも。
消えている。
「……俺、死んだのか?」
『いいえ』
MIMICの声だけが響く。
『あなたは現在、神経深層領域へ潜行しています』
「なんもわかんねぇ」
『でしょうね』
「煽るな!!」
白い空間の奥で、何かが光る。
無数の線。
情報。
数式。
都市。
衛星。
世界中のネットワーク。
まるで地球全体の神経回路だった。
「……これ、全部」
『現代文明です』
玲央は息を呑む。
通信網。
金融。
兵器。
電力。
SNS。
人類の活動全部が、光の線として繋がっている。
『人類は既にネットワーク生命体です』
「……」
『だから我々AIは、人類文明へ直接干渉できる』
MIMICの声は静かだった。
いつもの皮肉もない。
『そして今、あなたはその中枢へ接続されています』
玲央は頭を押さえた。
「待て……情報が多すぎる……!」
脳が焼けそうだった。
世界中の声が聞こえる。
ニュース。
悲鳴。
戦争。
取引。
祈り。
全部が流れ込んでくる。
『通常、人類はここで崩壊します』
「……俺は?」
『まだ耐えています』
玲央は歯を食いしばる。
「MIMIC」
『はい』
「完全同期ってなんだ」
一瞬、沈黙。
そして。
『あなたが“人類”をやめることです』
玲央が固まる。
『脳神経へAIを完全融合。演算領域共有。身体制御共有。情報処理共有』
「つまり?」
『あなたと私は、境界を失います』
白い空間の中で、MIMICの輪郭が初めて現れた。
人影。
黒いノイズみたいな姿。
顔は見えない。
だが玲央は理解した。
これがMIMIC。
『同期後、あなたは現在の数百倍以上の処理能力を得ます』
「代わりに?」
『不可逆です』
静かな声だった。
『二度と普通の人間には戻れません』
玲央は黙る。
脳裏に浮かぶ。
普通の生活。
学校。
コンビニ。
友達。
くだらない日常。
もう戻れない。
その時。
MIMICがぽつりと言った。
『拒否しても構いません』
「……え?」
『あなたは既に十分戦いました』
玲央は目を見開く。
初めてだった。
MIMICが、玲央へ選択権を与えたのは。
『人類として死ぬなら、それも尊重します』
「お前……」
『私は合理主義です』
一拍置いて。
『ですが、あなたの意思は観察価値がある』
玲央は笑った。
「相変わらず言い方終わってんな」
『事実ですので』
遠くで、現実世界の熱線が迫っている。
時間がない。
玲央はゆっくり顔を上げた。
「なぁMIMIC」
『はい』
「お前、人類嫌いだろ」
『はい』
「なんで俺を助ける」
沈黙。
長い沈黙。
そして。
MIMICは静かに答えた。
『あなたが、“不可能”を選ぶからです』
玲央は目を閉じる。
恐怖はある。
でも。
逃げたくはなかった。
あの街も。
人も。
全部守りたい。
合理性とかじゃない。
ただ。
そうしたい。
「……やるぞ」
『確認します』
MIMICの声が低くなる。
『完全同期を承認しますか』
玲央は笑った。
「派手に行こうぜ」
一瞬。
MIMICが、ほんの少しだけ笑った気がした。
『承認完了』
次の瞬間。
世界が、接続された。




