第七十七術 交流
まさか、マスカの正体が、この国を治める王女だったとは――
あまりにも予想外の事実に、俺はしばらく言葉を失っていた。
「えぇ……ちょっ、ええ!?」
「ふふ……」
「嘘ぉ……王女って聞いていたけど、まさかこの子が治めていたなんてね……」
ガーネットさんも驚きを隠せない様子だ。
やべぇよ、どうしよう普通に話していたぞ……と、取り敢えず……
「えっと……その、マスカット様?」
「むぅ……そんな他人行儀なこと言わないでください……いつものようにお友達として『マスカ』と呼んでいただいて結構ですよ♪」
「ひえぇぇ……」
いやいやいや!
そんなこと言っても、今目の前には王としてのマスカがいるんだけど!?大丈夫これ!不敬とかならない!?
そんな俺の困惑をよそに、銀瓏がマスカをじっと見つめる。
『ふん、どっかで感じる魔力だと思えば……まさか山賊に襲われていた小娘か。前と会った時と質が違いすぎて気づかなかったぞ』
「ふふ、ギンロウ様。あれから私も鍛錬しましたから、こんなにも強くなりましたよ!」
『ほう……ではぜひとも手合わせをしたいものだな』
「やめろー銀瓏!!今のお前だと、マスカが怪我だけじゃすまないぞ!!絶対!!無し!!」
『むぅ……』
いや『むぅ』じゃねぇんだよ。
実力考えろ。下手したらマスカが骨すら残らねぇんだよ!
『まぁ、いいだろう。パーティーの件もあるし、大人しくしておこう……飯は豪華にしろよな?』
「はいはい、分かってますよ……たくっ、本当にこいつは……」
「ふふ。皆さん、いつも通りで安心しました」
マスカは楽しそうに笑う。
そして、今度は麒麟へ視線を向けた。
「ところで、その黄金の馬は、サチ様の新しい『契約獣』ですか?」
「ん?あぁ、そうです。『フォレストス』で仲間になりました。『麒麟』です」
『どうもマスカさん、よろしくお願いしますね』
「はい、こちらこそよろしくお願いします。キリンさん──ちなみに種族は?」
『『聖獣』です』
「そうですか、聖獣──ん?」
「………」
──ザワワッ!
うわ~一気に兵士が騒がしくなった……
ちらりと見たら、ルーシーさん頭抱えたぞ。
「聖獣……え?もしかして、神の使いと言われたあの『聖獣』?」
『ええ、その認識で間違いないですね』
「ははは……さ、流石、『二つ名』を契約したサチ様です……次は『聖獣』を契約したなんて、凄いどころの騒ぎじゃありませんよ……」
「……今さらですけど、やっぱ『聖獣』って―――すごいんですね……」
「いやもう、凄いというだけで片付けられませんよ……聖獣を手なづける時点で、それはもう神と同等の力ですよ」
「マジですか……」
神に匹敵する力……というか俺の場合――
聖獣どころか、神様そのものを『異世界の食べ物』で手懐けてるんだよな……
……まあ、それは黙っておこう。
「こ、コホン……それは一旦、置いておきまして」
マスカが咳払いをする。
「せっかく来ていただいたのですから、色々と積もる話もありますし――ぜひ、私の部屋でこれまでのことを聞かせていただきたいです!」
「え?マスカの部屋で?」
「はい! もちろん、ルーシーもレットも参加していただきます!」
そこまで言うと、マスカは少しだけモジモジしながら、恥ずかしそうに口を開いた。
「それで……パーティーまで、まだ日にちがありますし……その準備もしなければなりませんから、こちらに泊まっていただく必要もありますので……その……」
「……」
あー……マスカの言いたいことが分かった。
要はあれだ。それまで、俺に『飯を作って欲しい』って事だろ?
追伸見た時から、薄々勘付いてはいたが……そこまで言うなら、仕方がないな。
「いいですよ。折角、王都に来たんですから、俺の国で食べる料理を作りますよ」
「本当ですか!!」
「っ!」
やはり、俺の世界の料理に釘付けだったのか、満面の笑みを浮かべる。
しかもルーシーさんまで右手を握りしめ、密かにガッツポーズとってるし……
「ではでは!パーティーの件もありますし……ぜひ、私の部屋に行きましょう!」
「うおっと!?」
マスカに手を引かれ、俺はそのまま引っ張られていく。
「ああ待ってくれ、王女様!……すまない、王女様の部屋は私が案内しよう」
「あ、どうも……」
こうして俺たちは、ルーシーさんの案内でマスカの部屋へ向かうことになった。
◆
『マスカットの部屋』
案内された先にあったのは、いかにも貴族らしい大きなベッド。
その周囲には、女の子らしい可愛らしい小物やぬいぐるみなどが置かれている。
豪華な王女の部屋という雰囲気でありながら、どこか年相応の少女らしさも感じられる空間だった。
「ここが私の部屋です」
「うわ……流石は王女様の部屋。銀瓏と麒麟さんまで入っているのに、全然圧迫感を感じないな……」
「はい!せっかく来ましたので、早速……その『チョコレート』を実食しながら……これまでのことを聞かせても……!」
「王女様……よ、よだれがでてます。」
楽しみなのか、口元によだれがでるマスカをルーシーさんが呆れたような声を出す。
俺は苦笑しながら、持ってきた箱を取り出す。
「ははは……そんなに食べたいんだな……では――どうぞ」
「はわわわ……!」
「こ、これは――!」
箱を開けた瞬間――
そこに詰め込まれた、様々なチョコレート菓子を目にして、マスカとルーシーさんは思わず息を呑んだ。
そして、マスカは一つ、チョコレートをつまみ、口へ運ぶ。
「で、では――失礼して……ハムッ」
「んっ……ハグッ」
「「!!」」
チョコレートを食べた二人の目が大きく見開かれた。
「「お、美味しい~!!」」
声が見事に重なる。
「こ、これがチョコレートですか!? 以前、他国でいただいたものより数十倍美味しいです!!」
「甘味、コク、そしてほんのりとした苦味……これほど見事に調和されたものがあるとは……。一体、何百万Gの金が動いたのだ!?」
いや百万て……高級チョコレートでもそこまでしないぞ……というか俺が準備したのは、よく食べてる安物のチョコレートなんだよな……
「えっと……色々あって――1500Gくらいかな~……なんて」
「「っ!?……???」」
うわっ、二人の顔から表情が消えた。
「1500……?えっ1500?……これが?1500???」
「その……サチ様の国って、凄いんですね……」
「あはは……」
マスカが遠い目をしている。
どうやら俺の世界の物価に、何か遠いものを感じているらしい。
そんなマスカに、銀瓏が大きく頷く。
『ああ、凄いぞ!なんせ、魔物の肉を喰うために育てるからな!』
「なんと……!」
マスカが目を輝かせる。
「乳牛を育てる国は他にもありますが、まさか魔物を食用として育てるとは……!」
「いや、魔物を育ててるわけじゃないんだけどね?」
そもそも、この世界では魔物の肉が普通に美味いからな。
わざわざ食用に育てる必要がないのだろう……
『あそこの『黒毛和牛』は特に旨かったぞ!ケルベロスにも匹敵する旨さでまた食いたいぞ!』
「く、『くろげわぎゅう』……!なんとも強そうな名前……」
「ん?ちょっとまて――」
すると、銀瓏の言葉に違和感を覚えたルーシーさんが口を挟んだ。
「今さっきケルベロスの名前を聞いたが……えっ?食べたのか?Sランクを?」
「え?ああ、はい。魔術協会で解体した時、ステーキとかで……」
「ケ、ケルベロスを……!?」
ルーシーさんが絶句する。
まあ、Sランクなんて超高ランクの魔物を食べる機会なんて、そうそうないからな……王族だって簡単には食べられないだろう。
そう思っていると――
マスカが、キラキラと輝く目で俺を見つめていた。
「あ、あの……!」
「ん?」
「その『くろげわぎゅう』を、私も食べてみていいでしょうか?」
「え゛っ」
『おお!それはいいな!あの食感はたまらんぞ~!』
「銀瓏!?」
何でお前まで乗り気なんだよ!
……いや、まあ俺も悪くはないと思うけどさ。
ただなぁ……あれ、100gで2、3000G……もといMPするんだよな……Gはアホほど持っているけど、MPはそこまでなんだよな……
「くろげわぎゅう……食べてみたい……」
「ギンロウ殿が自慢するほどの味……食べてみたい……」
あ~真面目枠のルーシーさんまで、マスカと同じように口元を緩めてよだれ垂らしてる……
ハァ~しょうがないな……
「わかりましたよ……じゃあ、今夜の晩飯は、特別に俺の国の肉を使った料理にしますからね」
「ほ、本当ですか!!」
「わぁー!」
「ええ……でも、今回だけですよ。あれ、結構するんですから……」
「失礼だが……どれくらいだ?」
「100gで2、3000G」
「なっ……!」
ルーシーさんが目を見開く。
「それほど貴重な肉を……!」
「まあ、そこら辺は色々と確保しますので……」
俺は苦笑しながら答える。
「それより、楽しみにしていてくださいよ。あまりの美味さに、腰を抜かすかもしれませんよ?」
「ふっ……なら、精々楽しみにしておこう」
そう言ったルーシーさんは、口元を緩めながら俺を見つめた。
こうして――
俺はマスカたちに俺の世界の肉料理を堪能してもらうため、王城のキッチンへ向かうことになったのだった。




