第七十四術 異世界日記②
――◇月●日
目を覚ますと、そこは見知らぬ建物の一室だった。
怪我をしていたはずなのに、体には傷一つ残っていない。
……誰かが治療してくれたのだろうか。
「ほっ……生きていた……」
状況を確認しようと辺りを見回していると、不意に部屋の扉が静かに開いた。
振り返ると、そこには肌が白く、淡いクリーム色の長髪をなびかせた、まるで貴族のような男性が立っていた。その姿からは、言葉では表せないほどの威厳が漂っている。
話を聞くと、ここは『ラグナロク』という国で、倒れていた私を偶然見つけ、ここまで運んでくれたらしい。
命を救ってくれただけでもありがたいのに、治療までしてくれたなんて……感謝しかなかった。
彼は静かに微笑むと、『まだ傷は完全に癒えていない。今日はゆっくり休むといい。また明日来よう』
そう言い残し、部屋を後にした。
安心した途端、張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、私はそのまま深い眠りへ落ちていった。
◇月XX日
次の日、私はこの人のことについて聞いてみた……
そしたらなんと、この国の魔王だったと判明したのだ!
――えっやばくない?
私は全身が震え上がった。そんな大人物に助けられていたなんて……
怯える私を見て、その人は穏やかな声で言った。
『安心しろ。別に君を食べようというわけではない……だから、そんなに怖がらなくてもいい』と言ってきた。
その声と穏やかな笑みを見て私は自然と震えが止まる……そして、その人の名前は『バルムンク・ラグナロク』と言う名だった。
私がここへ来るまでの出来事を話すと、バルムンクさんは何も言わず、そっと私を抱き締めた。
そして、耳元で優しく囁く──
『よく頑張った……本当に、立派な女性だ』と言われた。
その言葉を聞いた瞬間――張り詰めていた心が、一気に崩れた。
知らない世界。
いつ命を落とすかも分からない恐怖。
ずっと一人で耐え続けてきた不安。
その全てが溢れ出し、私は涙を止めることができなかった。
「そうか……そうだよな。この世に知っている人が一人しかいなかったら、誰だって悲しむもんな……」
泣き止んだ私は改めてバルムンクさんへお礼を伝えた。
そして――
私は、この国で生きていくことを決めた。
バルムンクさんも快く受け入れてくれ、こうして私はラグナロクの一員として暮らし始めたのだ!
◇月★日
今日から、本格的に仕事開始!
まずは広い空き地を畑にすることにした。
私の『個体能力』について説明すると、バルムンクさんは笑顔で、『好きなだけ使って構わない』と許可をくれた。
よーし!いっぱい耕して、美味しい野菜を育てるぞー!
「へー……なんかいい感じになって来たな」
「だね~」
鍬を振るい、頭の中で畑をイメージする。
ジャガイモ。
ニンジン。
キャベツ。
玉ねぎ。
定番の野菜を片っ端から植えていく。
しばらく耕し続けても、不思議なくらい疲れない……どうやら生成した農具には、体力の消耗を軽減する効果まで備わっているらしい。
だから、限界まで耕すことができた。明日はたくさん実っているといいな~
期待に胸を膨らませながら、その日は眠りについた。
◇月!日
朝、畑へ向かうと――そこには昨日植えた野菜たちが、色鮮やかに実っていた!
うっひょ~!大量大量!!
私はバルムンクさんと一緒に収穫を始め、採れたての野菜をその場で食べる。
……甘い!
みずみずしくて、今まで食べたどの野菜よりも美味しい。
話を聞くと、この土地は魔力が非常に濃く、育つ作物も自然と魔力を吸収するため、品質が格段に向上するらしい。
なるほど……ここなら、いろんな野菜や果物が育てられて、しかも全部美味しい。
私の能力にとって、この場所はまさに楽園だった。
よーし!ここから私の異世界生活、本格スタートだ!!
「随分と……ハッチャけてるな……」
「色々な不安が消えたからじゃないの?」
×月●日
最近は忙しくて日記を書いていなかったから、この辺でまとめて記録しておこう。
ブドウを育てて、美味しいワインを造った。
バルムンクも、とても喜んでくれた。
「……ん?さんづけが無くなってるな?」
「本当だ……あっもしかして!」
「?」
果物を育てて、この国の街に渡しに行ったりもしたわね……四天王のメンバーも美味しいって喜んでいたわ。
そして、この国も少しずつ変わり始めた……
私の野菜や果物が評判になり、他国との交易も始まることになった。
自分の作ったものを『美味しい』と言ってもらえる。こんなに嬉しいことはない!
―――ただし、レオンガル、お前はダメだ。
「でしょうね」
そして、これだけは絶対に記録しておかないと。
実は私――
バルムンクと結婚しました♡
「――はいぃぃぃ!?」
「わぁ!やっぱり!」
バルムンクから『大事な話がある』と言われた時は身構えた。まさか告白されるなんて思ってもいなかったわ……
どうやら、倒れていた私を助けた時から一目惚れだったらしい。
その後、一緒に暮らすうちに想いは大きくなり、ついに決心したそうだ。
部下達からは止めていたけど、バルムンクは──
『たとえ釣り合わないと言われようとも、この想いだけは誰にも譲れない──私自身の気持ちなのだから!!』
その言葉を聞いた瞬間――私の心は完全に奪われてしまった。
「うわー……バルムンクカッコいい!」
それから二人で畑を広げ、支え合いながら暮らして――
今では、お腹の中に新しい命が宿っている。
「もう子供出来たの!?」
「きゃー!///」
この子の名前は……そうね、『来翔』にしましょう。異世界でも違和感がないし……『ライト・ラグナロク』、バルムンクと私の子……一体どんな可愛らしい子が生まれるか少しワクワクするわ……!
「うわ~良かったね。幸せな生活ができて……」
「……おっ、次が最後か?」
●月●日
この日記も、今日で終わりにしようと思う。
振り返れば、本当に波瀾万丈だった。
突然異世界へ飛ばされ、奴隷にされかけ――それでも、悪いことばかりじゃなかった。
バルムンクという最愛の夫に出会えた。
ライトという可愛い子どもも授かった。
そういえば、バルムンクと結婚してから百年が経ったけれど、私はまだ若い姿のままだ。
聞けば、魔王と契約したことで寿命が延びたらしい。
お陰で子どもの成長を、ずっと見守れる。
それだけでも十分幸せよ。
「もう100年経ってたのかよ……」
さて……
これから先、この日記を書くことはもうないだろう。
今は毎日が幸せだから。
なので、この日記は永久に封印して、どこかの遺跡へ隠すことにする。
そうね……誰も訪れない場所なら安心かな。
どうせ日本語だから、見つかっても誰も読めないでしょう♪
――ここで日記は終わった。
……すんません、絶賛読んでいます。
「これで終わりだな……」
「ふむ……あのラグナロクの王女にそんな過去が……」
「最後は幸せになって良かったよ~!」
しみじみとした空気が店内を包む。
その時、ふと俺は一つの疑問を口にした。
「そういえば、この本ってどこで手に入れたんです?」
「ああ、それ?」
クレースさんは肩をすくめて笑う。
「掘り出し物を扱う露店で偶然見つけたから、面白そうだと思って買っただけ」
「そ、そうなんですね」
きっと誰かが遺跡で発見し、巡り巡ってこの店へ流れてきたのだろう。
「それと、その本なら持って行っていいよ」
「えっ、いいんですか?」
「ああ。内容も分かったし、ただの日記だって判明したからね。私としてはもう十分満足さ」
「ありがとうございます」
こうして俺は、『異世界日記』を譲り受けることになった。
「さて、もうこんな時間か……一回食事してから、また回るか?」
「そうしましょう」
店を後にした俺たちは、昼食を取るため商店街の奥へと歩き出すのだった。




