③
しかし翌日も翌々日も、圭は陽菜の家に帰ってこなかった。
数日して陽菜が圭に連絡すると、実家で荷物をまとめているとのことだった。
陽菜はこのまま圭が家に帰ってこないのかもしれないと、悲観的になっていた。
そんなちょっと人には話すのは恥ずかしい二人の喧嘩を、茜や七海に相談した。
茜からは、見事に陽菜は陽菜を忘れられない徹に嵌められたのだと大笑いされた。
七海は大丈夫だと励ましてくれ、圭を実家に迎えに行くといいと意外と大胆な助言を受けた。
陽菜は鬱々としながらも、日々はあっという間に過ぎていく。
そして意を決した陽菜は圭を実家に迎えにいくことにしたのであった。
陽菜の言動に圭は驚いたが、反対をしなかった。
そして陽菜ははち切れそうな緊張をしながら、車で圭の実家に行ったのである。
圭の実家は町外れにあり、広い農園を越えると大きな昔ながらの日本家屋があった。
圭に連絡する間もなく、陽菜の訪問に気付いたある人物が目の前に現れた。
「あら、お姉さんこんな田舎にどうしたんだい?あ、もしかして。圭の…。」
「圭さんに会いにきました!」
「そうかいそうかい。いらっしゃい。待ってたよ。」
陽菜に話しかけたのは少し腰の曲がったふくよかなおばあさんで、圭の祖母らしき人物だった。
祖母は強引で陽菜の腕を引き、家屋に入らせて大きな居間へと通した。
「こんにちは。あなたが陽菜さん?」
「初めまして。山下陽菜と申します。」
「ずっとあなたに会いたかったのよ。あ、妹も呼ばないと。」
居間では圭の姉だと思わしき、陽菜より少し年上の女性と男女の幼児二人が遊んでいた。
大雑把そうな圭の姉は明るく陽菜を歓迎してくれ、懐っこい二人の幼児と遊んでいる間に祖母が茶菓子を運んできた。
そして間も無く、圭も慌てた様子で姿を表した。
「ごめんね、はるちゃん。来るの遅くなっちゃって。」
「私の方こそ。」
「これからじいちゃんと父ちゃんも来るから待っててな。」
「あ、もう一人のお姉ちゃんと兄夫婦も来るからね。」
「え、みんな。それって。」
陽菜はまさかの展開に目を泳がせ、体は硬直していた。
ーこれって、家族紹介ってやつじゃ…田舎では当たり前なのか?
しかし何も言わない圭の隣で、陽菜は緊張しながら家族が揃うのを待っていた。
「今日はようこそ。圭が大変お世話になって、本当に感謝している。この通りだ。」
「いやいや、お父さん。顔を上げてください。」
そして大家族が揃うと、陽菜の前で膝を折り深くお辞儀をしたのは大黒柱の圭の父親だった。
陽菜は想定外の展開に混乱しながらも、仰々しい態度の父親にたじろいだ。
「陽菜さんがお前の大切な人なんだろう、圭。」
「そう。こんな形で紹介することになるとは思わなかったけど。ずっとお世話になってる、俺の大切な人です。」
しかし冷静な態度の圭から陽菜は皆に紹介され、そしてそれぞれの家族から圭の父親のように礼を告げられた。
陽菜は家族愛もそうだが圭が自分をそのように思っていてくれたことに感動し、胸が熱くなった。
「でも、圭とは遠距離…中距離恋愛になるんだよね?陽菜さん、いいの?」
そして家族からの歓声の中、突然後ろ向きなことを言ったのは後から来た圭の次姉だった。
陽菜は息を飲み、圭にもまだ言っていない自分の覚悟を伝えることとなった。
「私も着いていこうと思います。圭さんが住むところの近くの助産師学校に推薦で受かりまして。私も圭さんと、新しい夢に向かって頑張ろうと思ってます。」
「え…。はるちゃん。」
圭は陽菜の独断と偏見に、驚愕した表情を見せた。
そう、陽菜は祖母の意思を継いで助産師になる夢を追いかけることにしたのである。
しかも祖母が紹介してくれた助産師学校は奇跡的に圭の住む街にあり、勤務する病院の口添えもあってか推薦入学することができた。
「そうか。それは良かった。これからも圭のことをよろしくお願いします。」
「こちらこそ、お世話になります。」
どっしりと満面の笑みを見せた父親と陽菜はまたお辞儀を交わした。
そして呆気に取られた圭に突かれ、圭の部屋に案内され二人きりになった。
「はるちゃん、さっきの話本当なの?」
「うん、本当だよ。でも圭の迷惑になるなら、一緒に住むつもりはないし。嫌ならもう会わな…。」
陽菜が悲観的なことを言い終える前に、その身体はすっぽりと圭の胸の中に抱きしめられていた。
「すごく嬉しい。また一緒に暮らせるなんて。大好きだよ、はるちゃん。今更こんなこと言うのおかしいかもだけど、俺と付き合ってくれない?」
「…圭。もちろん。私も大好き。彼女にしてください。」
出会ってから一年半。
紆余曲折を経て、二人の気持ちはようやく実を結んだのであった。
陽菜の目は潤んでおり、圭はそんな陽菜を知ってか知らずか陽菜の頬に口ずけをした。
「もう俺のものだから。遠慮しないからね。」
「圭…。」
「徹さんには絶対渡す気もないから。」
「それは…ごめん。私、圭に焼きもち焼いてほしかった。」
陽菜は素直にそう言うと顔を赤らめ、恥ずかし過ぎて圭の胸に顔を埋めた。
「逆効果だったよ。自信無くしたんだから、俺。はるちゃんのこと、こんなに好きなんだからはるちゃんも自信持ってよ。」
「うん。分かった。」
「大好き、はるちゃん。」
そして二人は仲直りし、仲良く陽菜の自宅へと帰って行ったのであった。




