②
「なんでこんなことになっちゃったんだろう…。」
街中のベンチにかけた陽菜は狼狽えていた。
まさに後悔先に立たずってところだ。
陽菜は寂しさや嫉妬の負の感情に任せて、とんでもないことをしてしまった。
「てかせっかくだしまだ飲もうよ、陽菜。夜は長いよ。」
「いや家に帰ります…。」
懐かしい相手を置いて、陽菜はとぼとぼと帰り道を歩いて行った。
時間は遡る、四時間前のことだった。
午後8時、バーホワイトにて。
「いらっしゃいませ。陽菜さん。」
「いらっしゃい。あれ、どうしたの陽菜ちゃん。また超優良物件と一緒にいるなんて。」
「マスターその言い方。」
「その方が噂の人ですね!」
マスターと新人バーテンダーから黄色い声を浴びせられ、陽菜は顔を引き攣りながら、噂の徹とソファー席へと座った。
そもそもどうしてまた徹と一緒にいるのかー発端は先週いきなり徹から連絡がきたことにあった。
ー大切なものをホテルに忘れてきたから、次の休日にそっちに行く。また近況聞かせてくれないか。
という徹の連絡に、心細かった陽菜は泣きついてしまったのである。
そして全く陽菜らしくない、圭を嫉妬させよう計画が始まった。
計画は最も簡単だ。
バーに徹と一緒に行き、ソファー席で二人楽しくお酒を飲むこと。
徹は単純な若い男ならそれだけでヤキモチを焼いて、向き合ってくれるようになると言っていた。
そんな言葉を鵜呑みするほど、ここ数ヶ月の陽菜の寂しさは確固たるものだった。
そして作戦施行、しばらくして遅番の圭が店に訪れるのであった。
「いらっしゃいませ。はるちゃん。徹さんもまた来てたんですか、ごゆっくり。」
出勤してから料理を配膳するついでに挨拶に現れた圭はいつもと変わらず、笑顔で接客をしあっさりと帰っていった。
そしてバーテンダーでは若い新人に指導しながら、和気藹々と笑い合う声が聞こえて来る。
結果、嫉妬したのは陽菜だった。
そして若い者同士の二人を見ると、一気に自信がなくなり落ち込んだ。
そんな陽菜を宥める徹、こちらもこちらでいい雰囲気が漂ってしまったのである。
若い女のバーテンダーは日付が変わる前に、退勤して行った。
落ち着いた店内を見計らい、徹は私用で電話をしてくるからと言い陽菜をバーカウンターに座らせた。
「まだ飲めそう?何か作ろうか?」
「テキーラショットで。」
「いいけど。どうかした?」
いつもと変わらない顔で対応する圭に、陽菜は苛々していた。
しかし内心は圭も気持ちが大きく揺さぶられていたことをやけ酒に走った陽菜は知らなかった。
「徹さん、またはるちゃんに会いに来たんだね。」
「そう、お休みだったから。」
「徹さんとはるちゃん、お似合いだよね。」
「お似合い…?」
圭がつい漏らした本音に、陽菜は信じられない顔をした。
ー自分たちは両思いではなかったのか。
そしてお似合いといえば、嫌というほど見てしまった圭と若い女性バーテンダーのツーショットが頭をよぎる。
陽菜の苛々は最も簡単に爆発してしまった。
「圭こそ、若い女の子と仲良さそうだね。そのまま二人でバーテンをして、ホワイトに残ったらいいんじゃない?」
「え?」
「私のことなんて気にしなくていいから。こんなおばさん。」
「はるちゃんだって徹さんとこのままより戻すの?また会うなんて、しかもホワイトに連れてくるなんていい度胸してるよね二人とも。俺、はるちゃんがそんな人だと思わなかった。」
それは陽菜と圭が初めて感情的に喧嘩をした瞬間だった。
キッチンで調理していたマスターが一気に険悪になった雰囲気を察した出てきた。
「まだお客さんいるんだから。痴話喧嘩はダメだよ。」
「痴話喧嘩じゃないよ、マスター。私達付き合ってもないもの。」
「はるちゃん…。」
「陽菜、ごめんお待たせ。」
そんな絶妙のタイミングで、徹が店内に帰ってきた。
マスターの目配せに何か悪いことが起きたことを察した徹は陽菜をソファー席に戻した。
陽菜はテキーラショットにやられたのか顔が真っ赤で、千鳥足でふらつくのを徹が身体に触れて支えていた。
「作戦失敗。帰ろう、徹。」
「うん。帰ろっか。」
そして陽菜は徹の腕を掴みながら、バーホワイトから出て行った。
その様子を圭はずっと儚げに見つめていたのを、陽菜は気付きもしなかった。
そして深夜の寒空に当たると、お酒に強い陽菜はすぐに酔いが解けて顔が真っ青になった。
悪いのは徹でも圭でもない、明らかに浅はかだった自分である。
ちょっと圭に焼きもちを妬いてほしかっただけなのに、逆に自分の心が嫉妬に蝕まれあらぬことを口走ってしまった。
一体どんな顔で家に帰ったらいいんだろう。
隣に未だにアプローチしてくる徹の声は、陽菜には聞こえてこなかった。
結局その日、圭は陽菜の家に帰って来なかった。
陽菜は落ち着かず眠れぬまま朝になり、後悔で何事も手につかなかった。
「どうしたら、いいんだろう。」




