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ようやく晴れてカップルになった陽菜と圭だが、陽菜は今年度いっぱいまで仕事を続ける予定であった。
そのため来月には圭が隣県で働くため、それまで短期間の中距離恋愛をすることとなった。
とりあえず二人一緒に暮らしていられる期間はひと月もなく、陽菜と圭は共にいられる時間を何よりも大切に目一杯過ごした。
そして圭がバーホワイトの最終出勤日が訪れた。
店内は貸し切り、友人や常連客が集まりささやかな送別会が開かれた。
陽菜はその日日勤で残業があり、午後8時ごろ店に顔を出した。
店内には子供を連れた茜と匠夫妻、休日で東京から戻っていた絢斗と七海夫妻が来ていた。
圭は主役のくせに、今日もバーカウンターでお酒を作っていた。
真面目な彼らしい最後の勤務だと思いながら、陽菜はバーカウンターの隅に一人座り圭の最後の仕事姿を見ていた。
ちなみに圭の隣でお酒を作る若い新人女性バーテンダーはよく話すととても気がきく人柄の良い子で、長く付き合っていてる幼馴染の彼氏がいるようだった。
陽菜は無駄な心配をしてしまったと、過去の自分に悔いた。
そうして穏やかに圭の最後のバーテンダーとしての出勤は終えた。
別れを惜しむ客一人一人に声をかけた圭は、側から見てとても格好良かった。
陽菜は今日は酒の量をキープし、それでいながら一番最後まで店内にいた。
圭と一緒に帰るからだ。
圭のバイクの後ろに乗って帰れる日ももう当分は訪れないのだと思うと、名残惜しく泣きそうになった。
「はるちゃん、帰ろう。」
「うん。最後のお仕事、お疲れ様でした。」
圭の満身創痍の姿に陽菜は満面の笑みでそう言うと、圭から額にキスをされた。
「イチャつくのは家でやってねー。圭、頑張るんだよ。陽菜ちゃんもいつでも来てね。」
「マスター、こんな俺を雇ってくれて本当にありがとうございました。何より、大好きな人に出会えて良かったです。」
「もう圭ったら。マスター、また来ます。」
圭は陽菜と付き合ってから、周りにも平気で惚気るほど大胆になっていた。
普段は朗らかな圭から予想できない姿だが、陽菜はそんな圭もまた可愛くて大好きだった。
「今日は星が少ないね。」
「うん。ちょっと残念。」
「じゃあ早く家に帰って、イチャイチャしよう。」
「もう、圭。」
しかしアラサー近い陽菜には若い圭の容赦ない攻めに恥ずかしくてたまらなくなることもあった。
未子ならではの甘えん坊で、スキンシップも激しく、家ではずっとくっついていたいのが圭であった。
そんな圭と明日から離れて暮らすことになるのに、陽菜は一抹の不安を覚えていた。
「明日から圭がいなくて、私大丈夫かなぁ。」
「俺もはるちゃんといられなくて嫌だ。でも通うのはダメなんでしょ?」
「うん。これから寒くなるし、危ないよ。」
「それならはるちゃんと一緒に、春からお店に勤めることにしたのに。」
圭は大きなため息をつき、陽菜は素直で可愛い彼氏の背中にぎゅっと抱きついた。
「あと俺、もう一つ不安なことがあるんだけど。」
「ん?なに?」
「はるちゃんは学校に一年通ったら、またここに戻るんだよね?」
「それは…。」
それは圭から核心をつかれた、陽菜の悩みの一つであった。
今の職場は楽しく、自分を育ててくれた恩もある。
しかし陽菜にはもう迷いはなかった。
「圭が地元に戻る日までは、私もそっちで働くよ。病院にはうまく言ってある、いつか一人前になってから戻るってね。私はもう圭から離れるつもりはないんだけど、それでいいかな?」
「はー。ほっとした。俺ももう絶対はるちゃんと離れたくないもん。あ、離れたことなんてほとんどないけど。幸せにするから、ずっと一緒にいようね。」
「ずっと?」
それは曖昧でどこか脆い言葉のように、陽菜は感じていた。
まだ圭は若い。自分と離れている間や一緒にいても、もっと圭に相応しい人が現れるかもしれない。
陽菜は圭と想いが通じ合っても、どこかそんな不安が心からなくなることがなかった。
しかし圭はもうとっくにそんな陽菜の不安に気づき、一世一代の告白をしたのであった。
「はるちゃんが学校を出たら、結婚しよう。俺はまだ未熟かもしれないけど、支えて欲しい。俺たちはずっとお互いの居心地の良い関係に浸ってたけど、もう俺はちゃんとそこまでけじめをつけたいんだ。」
「圭…。」
「これ一応プロポーズなんだけど、返事くれる?」
「もちろん、イエス。ずっと一緒にいたいもの。ありがとう、圭。」
陽菜がそう言うと、圭は走らせていたバイクを止めた。
そして圭は振り返ると陽菜を抱き、唇に口づけをした。
それはまるで約束のキスのようだった。
二人は闇に隠れながら、互いを求めるようにそのまま深く接吻を交わした。
そしてニ年半の月日が二人の間に流れた。




