③
そして翌日、陽菜が七海と連絡を取ったが忙しくしばらく会えそうにないようだった。
陽菜はせめて仕事中ならと、七海のエステサロンで施術を受けながら話を聞くことにした。
七海のエステの予約もなかなか取りづらく、深夜明け眠たい目を擦りながらエステサロンへと陽菜は赴いた。
七海は色白の肌に目のクマがあり、化粧で必死に隠しているのが分かった。
「大丈夫?七海。ちゃんと寝てる?」
「あんまり…。実はね陽菜。私のお母さん、がんが転移しちゃってもう治療ができない状態になってしまったの。」
「七海…。仕事はいいから、私に話して。」
そう言うと七海は瞼に涙を浮かべながら、しゃがみ込んだ。
そんな七海の体を起こし、施術用のベッドに座らせると陽菜は七海から詳しい話を聞いた。
陽菜の母は急速に癌が進行し脳や骨にも転移をし、余命三ヶ月の宣告を受けたという。
現在は自宅療養しているが疼痛が強いため頻繁に通院して緩和治療を行なっていた。
しかしだんだん身の回りのことも難しくなっており、社会福祉サービスも利用する予定だということだった。
「私東京に行くどころか、結婚もできる状態じゃなくなっちゃったんだ。」
七海はそう言うと涙を流し、陽菜はその身体を優しく抱きしめた。
そのまま七海は絶望を感じて嗚咽し、陽菜は七海の小さな背中を摩った。
「一人で辛かったでしょう。これからはなんでも私に話して。不安はあるだろうけど、今すべき大切なことを考えよう。」
「ありがとう、陽菜。」
「絢斗くんには話したの?」
「そんな暇なくて。でもちゃんと話そうと思う。」
「うん。ちゃんと七海が結婚したい気持ちも諦めちゃ駄目よ。大丈夫。絢斗くんなら待ってくれると思う。」
春に七海が絢斗からプロポーズを受けた時は両極端な返事をし、苦しんでいた。
陽菜は七海にまたその苦しさだけは経験して欲しくなかった。
プロポーズを受けて逃げた自分が言える立場ではないが、人生は長い。
二人の想いが本物なら、どれだけ時間が経ってもまたやり直せると思う。
七海は涙が落ち着くと、陽菜にフェイスケアを施してくれた。
今日はお金は払わなくていいと言った七海に、陽菜は遠慮したがお礼だと七海は微笑んだ。
また見守ることしかできないが、二人がうまくいくことを陽菜は願ったのであった。
そして数日後、陽菜に七海から連絡があった。
絢斗に事情を話し、また時間ができたら詳しいことを話して二人のこれからを話し合うとのことだった。
しかし陽菜は絢斗の抱える問題が大きくなっていたことを未だ知らなかった。
圭が陽菜から絢斗と七海が今後を話し合うことになったと聞いて、数日後のことである。
午前0時、バーホワイトにて。
絢斗が目を腫らして、姿を現した。
「絢斗さん、どうしたんですか?」
「接待帰りなんだけどさ。なんかもう疲れちゃって。」
絢斗は相当酒を飲んでいるようだった。
きっとやけ酒だろう。
そして一ヶ月前会った時よりも顔がやつれていた。
圭は絢斗のドリンクオーダーが出る前に、水を提供した。
「親からも仕事からももう逃げたい。アラサーなのに無責任だよな。」
「人生辛くて逃げたい時もありますよ。若い俺が言うのも説得力ないですけど、なんでも話してください。」
そう言うと絢斗はテーブルに突っ伏し嗚咽しながら話し始めた。
絢斗は七海から七海の母親の癌が進行し余命間もないことを聞き、結婚は七海の周囲が落ち着いてからする延期しようという気持ちでいた。
しかし結婚を急かす絢斗の母親は、そんないつ結婚できるか分からない元々気に入っていない七海と今にでも別れてほしいと言ったのである。
絢斗はせめて自分の仕事が異動にならなければ、七海にも寄り添えて悩ませることもなかったと悔やんだ。
そして異動のことを上司に相談したが辞令はもちろん取り消すことができなかった。
絢斗は上手くいかない恋愛、親、仕事との間に挟まれ、身も心もボロボロになりつつあったのである。
「絢斗さん、このこと七海さんには伝えるんですか?」
「いやこんなこと絶対、七海には言えない。これ以上、悩ませたくない。」
「じゃあ俺が代わりに悩んでもいいですか?」
「圭…。」
圭の無垢な優しさに、泣きべそっていた絢斗は顔を上げて信じられないような顔をしていた。
「俺、はるちゃんのことが大切なんです。大切な人が大切にする友人のことも救いたいです。はるちゃんは二人がうまくいくことを願ってます。俺もそうです。微力ですが、助けさせてください。」
「圭…。」
絢斗はバーカウンターにいた圭を抱き寄せ、背中を叩いた。
圭は絢斗のことが心底不安で、話を聞くことしか方法は見つからなかった絢斗と七海を助けたいと必死であった。
「お前に会えて本当に良かった。これからも弱音を聞いてくれ。」
「なんでも言ってください。そして、幸せになってください。」
奏多はそう微笑むと、絢斗はまたブワッと涙が出てそのままトイレに駆け込んで行ってしまった。
圭はこんなに自分は一生懸命に人を助けようと思ったのは初めてだと思った。
自分をこうしたのは、きっと一番側にいる陽菜のおかげだと感じたのであった。




