①
いつの間にか季節は移ろい、冬がやって来て、今年も終わろうとしていた。
午後8時、バーホワイトにて。
仕事帰りの陽菜と七海はバーで落ち合い語らいながら、美味しい料理とお酒で日頃の疲れを癒していた。
「素敵だったね、茜さんの結婚式。」
「本当に。でも、未だにあの二人が結婚したなんてちょっと信じられなかったりする。」
「私もそう思う。」
陽菜はふと茜と匠の結婚式を振り返ると、本当に素敵なものだった。
最後は二人で号泣していた。
実は時々喧嘩もして家出してくることもある茜だが、それでも新婚の幸福感が陽菜によく伝わっていた。
「でも先越されちゃったなぁ。」
「おめでた婚でとんとん拍子だったもんね。」
「実は今日ね、陽菜に大切な話があって。」
七海に結婚の話が出たときにさんざん茜が批判したことは、今でも茜が何度も何度も謝っていた。
確かにあの時は茜も、一生結婚しない発言をしていた。
しかし心の優しい七海はそんなこと全く気にせず、茜と匠の結婚を祝福していた。
そんな七海にいよいよ絢斗と結婚する覚悟ができたのかと、陽菜は高鳴る胸を押さえながら話の続きを心待ちにした。
しかし七海が言った言葉は想定外のことだった。
「私、絢斗と結婚してこの街を出て行くかもしれない。」
「え…。」
陽菜は時間が止まったかのように感じた。
しかし七海はいつになく真剣な表情で、大切な話を始めた。
地方銀行で働いていた絢斗が、来春に異例の東京に異動になってしまったのだという。
それを機に、七海は絢斗から再度本気でプロポーズを受け、『着いてきて欲しい。』と言われたようだった。
一度はプロポーズを断った七海は、もう絢斗と別れる方法は選びたくなかった。
しかし結婚をして絢斗についていくためには、乗り越えなければいけない障害が増えた。
仕事のこともだが、病弱な母親を地元に置いていくことを躊躇い結婚を迷っているのだという。
七海の母親は元々体が弱かったが、数年前に乳がんを患ってからは術後後遺症に苦しみ、現在再発予防の抗がん剤治療をしていた。
七海は母親の通院やリハビリには必ず付き添っており、これまで懸命に看病をしてきた。
しかし七海の母親は、七海の結婚に賛成し自分のことよりも七海が幸せになることを望んでいるのだという。
陽菜自身正直、七海がこの街からいなくなることは寂しいが、七海にとっては一生に関わる大切な人生の選択である。
陽菜は七海の迷う気持ちを傾聴したが、七海は前とは違って結婚に前向きであることを感じた。
「今日は話を聞いてくれて、本当にありがとう。また相談してもいい?」
「もちろん。絢斗くんともちゃんと話して決めるんだよ。」
そして七海は日付が変わる前に、先にホワイトを出て行った。
一人アルコール度数の高いカクテルを堪能していた陽菜の前に、キッチンで料理をしていた圭が顔を出しバーカウンターに入ってきた。
「七海ちゃん、また何かあったの?」
「うん。またプロポーズをされて、迷ってるみたい。」
そう言いながら陽菜は七海から許可を取っていたため、詳しい事情を圭に話すとついため息をついてしまっま。
なんだか今年は周りの友人達に大きな転機が訪れていた気がする。
自分だけが置いてけぼりになっているような寂しさを感じたのだ。
「はるちゃんはまた東京に行きたいとは思わないの?」
そんな陽菜に、圭は珍しく確信に突くことを言った。
冬を越えれば、地元に戻って二年になる。
しかし、東京を恋しく思ったことは一度たりともなかった。
「できれば何があっても、もう行きたくないかな。」
「それなら…良かった。」
そう言い切った陽菜に一人安堵した圭の呟きは、店内の団体客の騒がしさで消えてしまった。
一方の陽菜は酔いが回り、バーテーブルの上に突っ伏した。
また圭にお世話になることを申し訳なく思いながら、目を瞑って眠りについた。
相変わらず潰れてしまった陽菜を、圭は抱えて控室に運んで行った。
陽菜の寝顔の可愛さに癒された圭が店内に戻ると、珍しい客が現れていた。
「絢斗さん、お仕事お疲れ様です。久しぶりですね。」
「久しぶり。もしかして今日、七海来てた?」
「はい。さっき帰りましたよ。」
「良かった鉢合わせなくて。忘年会帰りなんだ。ウイスキーロックで。」
絢斗は視界がどこか朧げで、結構酔いが回っているようだった。
圭はウイスキーを少し水で割り薄めに提供すると、それに気付かない絢斗が一人語り出した。
「東京に行くことになっちゃったんだよ。もう最悪。俺、マジでもう七海に振られると思う。」
絢斗が語ったのは辛い現状への弱音だった。
絢斗は七海が結婚を迷っていることを痛いほど知っていた。
しかしそれ以上にまた絢斗は結婚への障害を抱えていた。
「実は俺、親から結婚を反対されてるんだ。七海は片親で育ってて、親も病気だろ。俺の親は、俺がそんな人と結婚したら絶対苦労するからって言うんだ。古い人間なんだ。いまだに家柄とか気にして、世間知らずなお嬢様みたいな子と見合いさせようとするし…。」
絢斗は仕事と恋でキャパオーバーで、テープに突っ伏した背中はクタクタのように感じた。
圭はなるべく弱い酒を提供しながら、傾聴することしかできなかった。
自分はまだ若く結婚なんて考えたこともなかった。
しかし自分が恋する陽菜の年代は結婚に悩み、人生の大きな選択に迫られている現状にいつか他人事では無くなる日が来るのかもしれないと圭は思った。




