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血を吸わない者  作者: ぎんか
第三部 真実編
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第28話 回収の後で

 ゼンとの一件から、二週間が過ぎた。目立った動きは郷からもなく、蓮の日常は、表面上はいつも通りに戻っていた。灰斗の店の手伝いをし、学校に通い、柚葉と一緒に帰る。ただ、蓮の中には片付いていないことが一つ残っていた。


 ある夜、蓮は自室で禁書の写しを開いていた。亙の記録の最後のページ――力を使い続けるうちに、少しずつ歪んでいき、最後には異端者として裁かれた男。その記述を読むたびに、蓮の頭には、いつも同じ人物が浮かんだ。


 柚葉だった。


 柚葉を助けようとして、何も知らないまま力を使ったとき、蓮は自分の一部を柚葉の中に残してしまっていた。あのときから、蓮はずっと、それをどうするべきか考え続けていた。


 放っておくべきではない。それだけは、はっきりしている。


 だが、回収するという行為自体が、また別の形で柚葉に介入することにならないか――その恐れも消えなかった。力任せに引き抜けば、支配型と同じことをしてしまう。柚葉の意思を無視して、また何かを一方的に変えてしまうことになる。



 翌日の放課後、蓮は柚葉を河川敷に誘った。


「話したいことがある」

「……何」


 柚葉は、蓮の表情から何かを察したように少し身構えた。


「柚葉の中に残ってるもの、取り出せるかもしれない」

「……取り出す?」

「相手を助けるやり方は何通りかあって、自分だけが全部引き受けて、相手には何も残さないやり方がある。今回は、それでやる」


 柚葉は川の流れを見つめた。しばらく何も言わなかった。


「蓮の体は、大丈夫なの」


 なんと返事すべきかわからず、黙っていた。


「灰斗さんに使ったとき、倒れそうになってたでしょ。見てたんだから。それを、また今度は私に」

「平気だ」

「平気なわけないでしょ。無理してるの、いつも顔に出てるんだから」


 柚葉の声が、少し尖った。


「今度は、私のために無理するってことでしょ」


 すぐには答えられなかった。


「……そうだよ」

「怖くない?」

「怖い」


 正直に答えた。


「自分がどこまで持つのか分からない、というのが本音だ。消したあと、柚葉の気持ちが変わるかもしれないのも、怖い」

「だったら、やらなくてもいいじゃない!」

「でも、このままにはしておけない。俺の一部を柚葉の中に残したままなんて、俺には耐えられない」


 柚葉は、蓮の顔をじっと見た。それから、軽く頷いた。


「……分かった。でも、辛いと思ったら、すぐやめて」

「約束する」


 蓮は、柚葉の手を取った。


 指先から、いつもの重い感覚が伝わってくる。今回は、引き出す方向だった。柚葉の中に残っていた何か――蓮自身の欠片のようなもの――が、少しずつ、こちらへ戻ってくる感覚があった。


 同時に、体の奥が、鉛のように重くなっていく。

 蓮は、歯を食いしばった。柚葉の中に残っていたものは、思っていたより、深く根を張っていたのかもしれない。


 どれくらい経っただろうか。ようやく、その重い感覚が、蓮の中で静かに収まった。

 蓮は、額に汗を浮かべたまま、息をついた。


「……終わった」

「大丈夫?」


 柚葉が、隣から顔を覗き込んだ。


「平気。ちょっと、疲れただけ」


 蓮は、荒い息のまま、柚葉の顔を見た。


「柚葉、今、どう感じる」


 柚葉は、自分の胸に手を当てた。しばらく、目を閉じて、何かを確かめるようにしていた。


「……分からない」

「……そうか」

「何かが軽くなった気はする。でも、それが、蓮の一部が消えたからなのか、それとも、ずっと引っかかってたものが今日はっきりしたからなのか、区別がつかない」


 柚葉は、目を開けて、蓮を見た。


「それに、正直、もう気にしてない」

「……え?」

「蓮の一部が残っててもいなくても、今、私が蓮のことをどう思ってるかは、変わらない気がする。それが本物かどうかなんて、多分、これから先もずっと、完全には確かめられないんだと思う」


 柚葉は、川の方に視線を戻した。


「だったら、確かめようとするより、信じる方を選ぶ。私は、そうする」


 蓮は、何も言えなかった。


 しばらく二人で黙って座っていると、柚葉が、ふと蓮の手を見た。まだ小刻みに震えている手を、両手でそっと包み込む。


「……冷たい」

「力、使った後は、いつもこうなる」

「じゃあ、しばらくこのままでいい?」


 柚葉は、そう言って、微笑んだ。


 夕暮れの川面が、橙色に染まっていた。


 柚葉は手を離さなかった。蓮も、離してくれとは言わなかった。

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