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血を吸わない者  作者: ぎんか
第三部 真実編
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第18話 標的にされる家族

 放課後、柚葉は駅前の商店街を歩いていた。


 蓮からは、一通り話を聞いた。郷の人間が動き出したこと。しばらくは用心してほしいこと。ただ、蓮は「何か分かったらすぐ連絡する。それまでは、いつも通りにしていてくれ」とも言った。急に学校を休んだり、人を避けたりすれば、かえって目立つ。そう言われて、柚葉は頷いた。


 蓮から連絡があるまで、いつも通りに過ごすつもりだった。

 今日は残り少なくなってきたルーズリーフとバインダーを買おうと思い、商店街の端にある馴染みの文具店に向かっていた。


「柚葉さんですよね」


 声をかけられたのは、人通りの少ない路地に差し掛かった時だった。振り返ると、見覚えのない男が立っていた。歳の頃は三十代半ばだろうか。カジュアルな格好をしていて、細身であること以外は、特に特徴のない人だった。表情はにこやかだが、目だけが笑っていない。


 どこであった人だろう、と思いながら立ち止まった。


「……どなたですか」

「あなた、黒瀬蓮の力を受けていますね」


 心臓が止まりそうになった。柚葉はとっさに後ずさる。


「誰のことですか?よくわからないです、すみません」

「隠さなくても大丈夫です。私は、ただ、確認しに来ただけなので」


 男は一歩踏み出した。


「郷を捨てた男の息子が、今度は人間に力を分け与えている。それがどういうことか、あなたにも分かりますよね」


 柚葉は答えなかった。答える代わりに、踵を返して走り出した。背後で男の声がした。


「逃げても無駄ですよ。私たちはもう、あなたを含めた皆さんの生活範囲を把握しています」


 角を曲がるたびに、柚葉は後ろを振り返った。追ってくる足音はない。それでも足を緩められなかった。商店街を抜け、人の多い駅前ロータリーに飛び込んでようやく、柚葉は足を止めた。息が上がっていた。


 人混みに紛れると、少しだけ体の力が抜けた。ここまで来れば、大丈夫のはず。


 けれど、男の声が耳の奥に貼りついて離れなかった。


 ――皆さんの生活範囲を把握しています。


 それは、今日逃げ切れば終わる話ではないという意味だった。明日も、明後日も、ここで暮らしている限り、この人混みの中に、同じ目をした誰かが紛れているかもしれない。


 スマートフォンを取り出し、蓮の連絡先を表示したまま、柚葉はしばらく指を動かせずにいた。蓮に知らせれば、蓮はきっとすぐに来る。でも、それでいいのか。自分のことで、また蓮を巻き込むことにならないか。


 ――迷っている場合じゃない。


 震える指で、通話ボタンを押した。呼び出し音が二回鳴っただけで、蓮が出た。


「柚葉?どうした?」

「……蓮」


 柚葉の声は掠れていた。


「知らない男に声をかけられた。私のことを知ってた。蓮のことも……」


 電話の向こうで、蓮が息を呑む気配がした。


「今どこにいる」

「駅前。でも、もう男の姿は見えない」

「動くな。今からそっちに行く」


 通話が切れた。柚葉はロータリーのベンチに座り込み、膝の上でスマートフォンを握りしめたまま、蓮が来るのを待った。十分もしないうちに、息を切らした蓮が改札口から走ってくるのが見えた。その姿を見た瞬間、張り詰めていたものが緩んだ。


「柚葉!」

「……早かったね」


 柚葉が力なく笑うと、蓮は何も言わずに隣に座り、肩に手を置いた。その手が微かに震えていることに、柚葉は気づいた。


「男は、何て言ってた」


 柚葉は路地での出来事を、一つずつ話した。話し終えると、蓮はしばらく黙っていた。


「ごめん」

「なんで蓮が謝るの?」

「俺のせいだから」


 その一言に、柚葉は抵抗感を覚えた。慰められているはずなのに、置いていかれたように感じる。


「違うよ」

「でも、俺が力を使ったから――柚葉にまで、こんなことが」

「蓮」


 柚葉が遮った。


「私が怖かったのは、男の人だけじゃない。蓮に電話して、来てくれるまでの間。もし蓮にも何かあったらって、そっちの方が怖かった」


 蓮は何も言えなかった。


「それに」柚葉は続けた。

「蓮が謝ることじゃない。私が巻き込まれたのは、蓮のせいじゃなくて、私が蓮を選んだからだよ。だから、蓮だけで背負わないで」


 その言葉に、蓮は驚いたように柚葉を見た。


「……ひとまず帰ろう」


 蓮はそう言って立ち上がり、柚葉に手を差し出した。柚葉はその手を取った。二人並んで歩く帰り道、いつもと同じはずの夕方の街が、今日はどこか違って見えた。


 蓮は、隣を歩く柚葉を見た。

 郷は、自分だけでなく、柚葉まで見つけた。

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