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【第一部・完結】幽世庵モノガタリ ~化物絵師と鵺~【幕末妖かしバディ】  作者: Yumiko
第一幕・小袖の手

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小袖の手(2)



「――退治は、なさらない?」


 早朝からやって来た妓楼ぎろうの主人は、困惑した様子で愁水に聞き返した。


「では、愁水先生は……化物を絵に描いて、どうなさるのです。依り代というのは要するに、みかを与えてやるということでしょう?」


「俺が引き取って、絵の所有者としてふさわしい人間を探すことになるが。もっとも、化物も〈利点〉がなければ、描かせてくれねえけどな」


 化物騒動を落着させて、食い扶持ぶちを稼ぐ――という気はないため、愁水の応対は素っ気ない。


 妓楼の主人は慌てた様子で言いつのった。

 

「どのように致せば、怪異は収まりますかな。店の者がすっかり怯えてしまい……目撃した客もおります。このままでは客足が……。化物の利点とは、一体……?」


「大体は、祀られることを望むが。実際に遭ってみねえと、わからねえよ」


 無理強いをする気はない、と繰り返せば、噂通りの化物贔屓だと、忌々しげに呟く。


 化物贔屓、上等だ。あんたの歪んだ顔のほうが、よほど化物じみているぜ――と言いかけた愁水の口を、嗣巳が今度は横から手を伸ばして、塞いだ。

 

 そうして、曰くありげな流し目を寄越してくる。


 ――〈当たり〉か。


 それならば、仕方ない。愁水は妓楼の主人に向き直った。


「言っとくが、俺には死んだ人間の魂……幽霊は視えないからな。原因が幽霊というなら、俺に出来ることはない」


「化物と幽霊は、違いますか」


「似て非なるモンだな」


 どう違うのだ、と言われれば、絶対の正解はないのだが。


「あれだ、化物は本体と異なる姿に化けるだろ。まあとにかく、後で様子は見に行く」


 客は再三「お願いしますよ」と念押しして、渋々帰っていった。


 朝餉あさげの仕度をしながら、愁水はふと尋ねてみたくなった。


「なあ、嗣巳……」


「その筆を使っても、人間の魂は絵に宿せないぞ」


 嗣巳は皮肉屋らしいぞんざいな口調に戻って、化物だけだと、先回りして言った。


「まだ何も言ってねえだろ。……幽霊でも駄目なのか?」


「輪廻転生、人間の魂は廻るもの。一所に留めておけるものではない……が」


 何か言いかけた嗣巳が、途中で言葉を変えた。


「……不味まずい」


 愁水の用意した朝餉が、お気に召さなかったらしい。見た目は悪くないため、味付けの問題なのだろう。味が濃いと言うから、今度は薄くしたのだが。


「俺に、料理なんかさせるからだぜ」


「この悪食め。私が人を喰うかどうかは、お前にかかっているんだぞ、愁水」


 愁水は首をひねった。これが本気の脅しなのかどうか、愁水には判別がつかない。鵺が人を喰う類いの化物なのかは、調べてみてもわからなかった。


 鵺は、音から生まれた化物だ。ひょう、ひょうと夜半に鳴く鳥――つぐみの声から、人々が想像して生まれたモノ。


 黒雲といった不気味な現象や、病などの災いの象徴として恐れられた、という記述があるだけで、人を喰ったとは記されていない。


 けれど、どの逸話でも、鵺は退治されたモノとして語られる。身体はばらされ、各地に四散したとも。


 常に冷ややかで飄々《ひょうひょう》としているため、その心中はわかりかねるが――。


 人の想像から生まれたモノにとって、人間からの〈捧げ物〉の有無は、死活問題であるらしい。


 愁水の作った〈不味い飯〉でも、一応〈神饌しんせん〉の扱いとなるほどだ。


 つまり、〈神人共食しんじんきょうしょく〉、共に食うという形式が重要なのであって、味は関係がない――はずなのだが。


 文句を言いながらも、嗣巳は箸を進めている。残さずに食うからといって、もちろん感動はない。


 味噌汁に納豆を入れた時も同じように罵られたが、庶民の一般的な飯が気にくわないなら、一生甘味だけ口にしていろと言ってやりたかった。


 ちなみに、買ってきた甘味は文句も言わずによく食うため、試しに一日中菓子だけ出してみたこともあったが。


 控え目に正気を疑う眼差しを向けられたため、己の自尊心のためにも、やめておいた。あの目は、地味にくるものがあった。


「そういや、さっき何か言いかけたか?」


「……人を化物にする方法、だ」


「どうやって?」


「自分で考えてみろ」


 会話は終わりだとばかりに、嗣巳が立ち上がる。基本的に、朝夕の食事以外は、愁水は庵に、嗣巳は社務所しゃむしょに居り、互いに干渉することはない。


 その嗣巳が、早く行けと手を振っている。


 これは、〈当たり〉の反応だ。


「……あの妓楼の主人からは、かすかだが、私の血の匂いがした」


 説明なら、この一言で十分だ。


 江戸市中に、この鵺の血を用いた呪物が出回っている。


 そうした騒動を追っていけば、いつか、妹の身体に嗣巳を封じた〈陰陽師〉にたどり着くだろう。


 愁水が魔の筆を成すのが先か、術師を捕らえるのが先か。


「土産を楽しみにしている」


 鵺は、人を喰いかねない笑みを浮かべて言った。



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