第7話 目を塞ぐ大魔法使い
経過日数:7日目 約10,000人
白亜紀の空に七度目の太陽が昇った。経過日数、一週間。
現在、召喚された彼女らの生活拠点は巨大な円形の城壁都市の様相を呈しつつあった。広さは巨大な野球場がすっぽり収まるほど。外側には、狂暴な恐竜たちの侵入を阻む高く分厚い土の防壁がそびえ立っている。
防壁の内側には、十人ほどが雑魚寝で休める頑丈な土の小屋が点在し、中央の広場には絶え間なく光を放つ受け入れ魔法陣――『ハーベストゲート』が鎮座している。広場の端には、目隠し用の壁で覆われた簡易的なボットン便所が並び、別の区画には恐竜肉のスープを煮込むための炊き出し用の小屋も稼働していた。
しかし、一分に一人の正確なペースで続く召喚の嵐は止まらない。ついに人口は約一万人を突破し、この街は一つの物理的な限界を迎えようとしていた。
「……ねえ、ちょっと臭わない?」
「言わないで。私だって自分の頭の臭いで吐きそうなんだから……」
白亜紀の気候は、元居た日本よりもはるかに蒸し暑い。冷房もない土の小屋で、汗と泥にまみれながらの一週間。何千人もの女性たちが密集する環境下で、最も切実な問題――「お互いの体臭」と「衛生面の悪化」が表面化していた。
現代日本で毎日お風呂に入り、清潔な服を着ていた彼女たちにとって、風呂に入れない苦痛は、恐竜の恐怖と同等かそれ以上に精神を削るものだった。
「もう限界! スマホがないのは我慢するから、せめてシャワーを浴びさせてよ!」
「髪がベタベタで気持ち悪い……これじゃ病気になっちゃう……っ」
あちこちで爆発寸前の不満が漏れ聞こえ、女性たちのストレスはピークに達しつつあった。
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「これは、本格的な水路と風呂を作らないと暴動が起きるっすね……」
広場の中心で魔力配分を計算していた桜豪千蓮は、頭を抱えた。数千人の喉を潤す飲料水だけでもギリギリなのに、一万人が体を洗うための水となると桁が違う。近くの巨大な川から、安全に街の中へ水を引き込む「上水路」と、汚水を流す「下水路」の構築が急務だった。
「川底の地形調査と、安全な取水ルートの確保が必要っすけど……恐竜時代の川なんて、モササウルスみたいなのがうようよしてて危険すぎるっす」
「だったら、私が潜って見てきてあげるよ!」
不意に、元気な声が響いた。
ウェットスーツ姿で、しなやかな体型を強調させた女性――海老名潮だった。
「私、プロのダイバーで海女もやってるから! 陸上より水中のほうが落ち着くし、この時代の海や川の中がどうなってるのか、すっごく興味あるんだよね!」
「海老名さん。でも、普通の装備じゃ息が続かないし、水圧も……」
「そこは、大魔法使いサンの出番でしょ?」
ウインクをして見せる潮に、蓮は苦笑して指先を弾いた。
「泡(酸素供給)魔法、っす。これで水圧も防げるし、酸素も俺の魔力が続く限り無限に供給されるっすよ」
「最高! じゃあ、ちょっと行ってくるね!」
潮は一切の躊躇なく、防壁の外にある巨大な川へと飛び込んでいった。彼女は蓮の魔法の泡に包まれながら、古代の川底をスイスイと泳ぎ回り、水路を引くための最適な地形をマッピングしていく。さらに、ついでとばかりに古代の巨大魚をごっそりと陸へ引きずり上げてきた。
「はい、お土産! 川底の粘土質が強い場所も分かったから、そこから掘り進めれば水漏れしない水路が作れるよ!」
「助かるっす! さすがプロの海女さんっすね」
潮の調査データを元に、蓮は空間牽引で一気に川から防壁内へと水を引き込み、巨大な「水浴び場」を急造した。
すり鉢状の巨大な石のプールに水が満たされ、底に劫火の種火を仕込んで、適温の温水へと変えていく。
「とりあえず、簡易的っすけど大浴場の完成――」
「お湯だあああああっ!!」
蓮の言葉が終わるか終わらないかのうちに、一万人の女性たちの怒涛の歓声が響き渡った。
「どいて! 私が先よ!」
「ああっ、生き返るぅ……っ!」
凄まじい勢いで服を脱ぎ捨て、泥だらけの体を温かいお湯へと沈めていく女性たち。水浴び場は一瞬にして芋洗い状態となり、そこかしこから歓喜の悲鳴とため息が漏れ出した。
「ちょっ、皆さん落ち着いて! 順番に……って、俺はお湯の温度調整があるからここから離れられないんすよ!?」
蓮は慌てて両手で自分の目を固く覆った。
「俺は絶対に覗かないっすよ! 見ないようにするから、早く洗って上がってくださいっす!」
全裸の女性たちが一万人規模でひしめき合う大浴場の真ん中で、目を塞ぎながらひたすら魔力を供給し続ける大魔法使い。
「蓮さぁん、背中流してあげましょうかぁ?」
「結構っす! 俺の心臓が止まるっす!」
「ふふっ、本当に純情なんだから。でも……ありがとうね、蓮さん。すっごく気持ちいいわ」
からかうような黄色い声援と、心からの感謝の言葉が浴場に響く。
限界に達していた一万人の不満は、温かいお湯と蓮の「お人好しな苦労人」っぷりによって、見事に洗い流されていくのだった。




