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第5話 ハーベストゲート

 経過日数:4日目 約5,700人


 白亜紀の空に四度目の朝日が昇った。

 鬱蒼とした巨大針葉樹の森を切り拓いて作られた防壁の内側は、すでに異常な熱気と人口密度に包まれていた。


「うーん……これ、本当に止まる気配がないっすね」


 防壁の中心に位置する広場。その地面で明滅を続ける「自動追尾・吸引収穫魔法陣」を見下ろしながら、桜豪千さくらごうちれんは深くため息を吐いた。

 最初のうちは、「まあ、地球の裏側まで吸い尽くすわけじゃないし、少ししたら止まるだろう」と楽観視していたのだ。しかし、無慈悲な魔法陣は一分に一人、寸分違わぬ正確なペースで現代日本の女性たちを空から吐き出し続けている。


「これ以上、俺一人で毎回受け止めるのは物理的に不可能っす。自動化しないと、こっちが過労死しちゃうっすよ」


 一日中、落下地点に張り付いて魔法のクッションを生成し続けるのは、大魔法使いといえども精神的な限界が近かった。それに、人口が五千人を超えた今、水や食料の確保、防衛設備の強化など、蓮がやらなければならないことは山積みだった。


 蓮は魔法陣の周囲をぐるりと見渡すと、指先を軽く弾いた。

 空間牽引アトラクティブ・フォースで周囲の柔らかい土とシダ植物を大量に引き寄せ、万物拡充マグナ・スケールで一気に編み上げていく。

 完成したのは、魔法陣の下をすっぽりと覆う、直径十メートルほどの巨大な植物のトランポリンだった。衝撃を完全に吸収する特殊な構造で、どれほどの高さから落ちてきても絶対に怪我をしない「安全クッション」の常設化である。


「よし、とりあえずここの受け入れ地点は『ハーベストゲート』って呼ぶことにするっす。これで俺がつきっきりじゃなくても、落下死の危険はなくなったっすね」


 蓮が満足げに頷いた直後、上空の空間が歪み、新たな女性が悲鳴とともに落下してきた。

 ぼよんっ、と巨大な植物トランポリンが柔らかく彼女を受け止める。

 しかし、怪我は防げても、ここが恐竜時代であるという絶望的な状況に直面した女性のパニックまでは防げない。


「きゃあああっ! な、何ここ!? いやあああ!」


 トランポリンの上で腰を抜かし、泣き叫ぶ女性。一分後には次の女性が降ってくるため、早く退避させなければ大惨事になる。


「あー、ほら、危ないっすから早く降りて……」

「そこのお客様! 立ち止まらないでください! すぐに後続の方が落下してきます! こちらのスロープから速やかにご移動を!」


 蓮が声をかけようとしたその時、よく通る凛とした声が広場に響き渡った。

 声の主は、常に完璧な笑顔と姿勢を崩さない美しい女性、御子神みこがみ玲奈れなだった。元空港のグランドスタッフである彼女は、すらりとした脚線美を泥だらけにしながらも、トランポリンの脇に立って見事な交通整理を行っていた。


「はい、そちらの足元にお気をつけください! パニックになるお気持ちは分かりますが、まずは安全圏へのご移動をお願い致します!」


 玲奈の的確で迷いのない指示と、プロフェッショナルな笑顔。それが現代の空港や駅で聞き慣れたトーンだったからか、泣き叫んでいた女性はハッとして、不安を取り除かれたように誘導されるがままトランポリンから滑り降りた。

 休む間もなく、上空の魔法陣が再び光る。


「お客様、降臨の際は顎を引き、両腕を胸の前でクロスしてください! 舌を噛まないようにお口は閉じて! はい、次のお客様降りてきまーす!」


 もはや絶叫マシンのアトラクションスタッフのような手慣れたアナウンスとともに、玲奈は次々と降ってくる女性たちを捌いていく。落下してくる瞬間に女性の着地姿勢を声で強制し、怪我のリスクを極限まで減らすという、この異常な三日間で彼女が編み出した究極の誘導技術だった。


「いや、すごいっすね……。まさか一分に一人の落下を、あんなにスムーズに行列にしちゃうなんて。助かるっす、玲奈さん」


 蓮が感心して見ていると、玲奈の誘導の先――防壁の一角に設けられた巨大な長屋、通称「ハロー・ジュラシック・ラウンジ」へと女性たちの列が吸い込まれていくのが見えた。


 そこで行われていた光景に、蓮は思わず背筋を寒くした。

 ラウンジの入り口では、元心理カウンセラーの雨宮あまみや結衣ゆいが、聖母のような微笑みを浮かべて新入りたちを迎え入れていた。


「怖かったわよね。でも、もう大丈夫。私たちのリーダーである蓮さんが、すべてを守ってくださるわ」


 結衣の優しい声に呼応するように、彼女があらかじめ教育して紛れ込ませた「サクラ」の女性たちが、口々に蓮への感謝と従順さを説き始める。

 玲奈が物理的な動線と列を完璧に整理し、その先のラウンジで結衣が「心理的な整理」を行い、最短ルートで蓮への依存を刷り込む。

 恐怖と混乱に陥った数千人の女性を、一切の反乱を起こさせずに統率するための、恐るべき効率を誇る「洗脳」とも言えるシステムが、すでに完成しつつあったのだ。


「……女の人って、環境への適応能力がバケモノっすね」


 蓮は少し引いたような顔で呟いた。彼自身はただ「来るもの拒まず」で善意の魔法を振り撒いているだけなのだが、彼女たちは自らの生存本能に従い、蓮を中心とした強固な社会を恐るべきスピードで構築し始めていた。


 そんな狂騒の列の傍らで、静かに、そして狡猾に動いている影があった。

 妖艶な雰囲気を持つ金髪の美女、ソフィア・チェンである。元骨董商で鑑定士の彼女は、玲奈の誘導に従って列に並ぶ女性たちの手元やバッグを、値踏みするように鋭い視線で観察していた。


「……ふふっ。あの子、ブランド物のポーチに大量の鎮痛剤を持ってるわね。こっちの子のバッグには、高級な美容液。それに……」


 ソフィアは手元の小さなメモ帳に、誰が何を持っているかを素早く書き留めていく。

 魔法で再現できない現代の精密機器や嗜好品。今はまだ誰もその真の価値に気づいていないが、この世界でいずれそれらが通貨以上の力を持つことを、彼女の鑑定士としての勘が告げていた。

 特に、充電が切れかけてただの鉄くずとなりつつあるスマートフォンや、化粧品、常備薬。これらは将来、この巨大な女の園で生き抜くための強力なカードになる。ソフィアは誰にも気づかれることなく、自分の立場が有利になる情報集めを着々と進めていたのである。


 それぞれが独自のサバイバル術を磨き始める中、ハーベストゲートの空は依然として光を放ち続けていた。

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