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第44話 建国一年

 経過日数:365日目 約525,000人


「きゃあああああっ!」


 空中の裂け目から放り出された二十歳の女子大生は、猛スピードで落下する恐怖に目をギュッと瞑った。しかし、全身を包み込んだのはコンクリートへの激突ではなく、ふかふかとした植物トランポリンの極上のクッションだった。


「はい、お疲れ様です。次のお客様、足元にお気をつけてスロープをお降りください。後続の方がすぐに落下してまいります」


 誰もが振り返るような美声に目を開けると、そこは息を呑むほど美しい空間だった。色鮮やかなステンドグラスから白亜紀の太陽が差し込み、まるで大聖堂のような神聖な空気に満ちている。その中央で、元グランドスタッフの御子神玲奈が完璧な笑顔と姿勢で誘導を行っていた。


 一分に一人という過酷なペースで現代から女性を吸い上げ続ける巨大な魔法陣。建国から365日目となる今日、この街の人口は約52万5千人に達していた。突然召喚された女性を怖がらせないための最善の形を模索し続けた結果、最重要施設である降臨地点のハーベストゲートはこの荘厳な姿へと改築されていたのだ。


「え? ここ、天国……?」

「いいえ、恐竜時代です。ようこそ、私たちの楽園へ」


 玲奈に導かれ、建物の外に出た女子大生は完全に言葉を失った。そこには、映画で見るような過酷な原始のジャングルなど存在しなかった。

 綺麗に区画整理された石畳の道。手綱で引かれた恐竜が馬車のように荷物や人を運んで行き交い、立派な学校施設や診療所、さらには活気あふれる公営の商店街や競竜レース場までが立ち並んでいる。


「なにこれ……未来の世界より住みやすそうじゃない……」


 絶望から一転、あまりの文明レベルの高さに、新入生は良い意味で呆然と立ち尽くした。


 +++


 同じ頃、街の外れに新設された巨大な水力発電所の前で、桜豪千さくらごうち蓮は額の汗を拭っていた。


「いやあ、ついにここまで来たっすね」

「最高だよ、重機くん! まさか恐竜時代で本物のダムと水力発電機を稼働させられるなんてね!」


 技術・インフラ局長の熊谷カンナが、作業着姿のまま蓮の背中をバンバンと叩いて豪快に笑う。彼女の隣では、鍛冶班長の堂島鉄子が煤だらけの顔で誇らしげに腕を組んでいた。

 鉄鉱石の採掘が本格化し、鉄子たちの加工技術と蓮の土木魔法、そしてインフラ局の現代工学が融合したことで、街にはついに安定した「電力」と「水道」が供給されるようになったのだ。


「カンナさんたちのおかげっすよ。俺の魔法だけじゃ、こんな精密なインフラは作れなかったっす」

 蓮が労うと、カンナは「何言ってんのさ」とニッと歯を見せて笑い、木製のジョッキを蓮に差し出した。


「今日で、私たちがここに来てからちょうど365日目。ただ生き延びるだけのサバイバルは終わって、これからは生存から文化的な生活への移行だ。重機くんの無尽蔵の魔力と、私たちのド根性に……乾杯!」

「乾杯っす!」


 カンナやインフラ局の面々とジョッキを打ち合わせる。中身は醸造担当の樽見豊果が仕込んだ、古代果実の特製ジュースだ。心地よい疲労感と達成感が、蓮の胸を満たしていく。


「さあて、真面目な仕事はここまで! 重機くん、早く行こう! 今日からオープンする『あそこ』の視察が残ってるよ!」

 カンナに腕を引かれ、蓮は街の巨大な中央区画へと連行されていった。


 +++


「うん……チョットやりすぎちゃったっすかね、これ」


 巨大なドーム状の施設の中は圧倒的な光景であった。

 そこは、蓮の魔力とインフラ局の技術の結晶である、超巨大な「さらに拡張された新エリア温水プールリゾート」だった。


 視界の果てまで続く透き通った青い水面。土木魔法で精巧に作られた巨大なウォータースライダーが何本もそびえ立ち、奥には波の出るプールまで完備されている。紛れもなく、世界最大のウォーターパークが恐竜時代のど真ん中に誕生していたのだ。

 しかし、蓮が心配した理由は、単なる施設の規模だけではなかった。


「きゃあっ、蓮さんだわ!」

「蓮様〜! こっちに来て一緒に泳ぎましょう!」


 巨大なプールを埋め尽くしていたのは、数十万人にも及ぶ女性たち。しかも彼女たちが身に纏っているのは、衣服・繊維管理主任の九条院麗華が「士気を高めるには美しさが絶対ですわ!」とこの日のために量産した、布面積が極端に少ない「挑発的な水着」ばかりだった。


「ちょ、みんなほぼ裸じゃないっすか!? 目のやり場に困るっす!」

 顔を真っ赤にして後ずさる蓮に対し、女性たちは容赦なく群がってくる。


「何言ってるんですか、蓮さん! 一年間頑張った私たちへのご褒美なんですから、しっかり見てくださいよ!」

 豊かな胸の谷間を惜しげもなく押し付けてくる主人公至上主義ファンクラブの女性たちや、スライダーの上から手を振って引き締まったプロポーションを見せつけるサバイバル派の面々。圧倒的な女性過多の異常な社会において、唯一の男である蓮への猛烈なアピール合戦は、この温水リゾートの完成によってかつてないほど過激化していた。


「重機くん、大人気だねぇ。ほら、しっかり王様の務めを果たしてきなよ!」

 カンナが背後からドンッと蓮を押し出し、彼を容赦なく数十万の女性たちが待ち受ける水際へと放り込む。


「カンナさん、鬼っす! ……あわわ、ちょっと引っ張らないでほしいっす!」

 挑発的な水着美女の波に揉まれながら、蓮は悲鳴とも歓喜ともつかない声を上げていた。


 巨大隕石の衝突という絶滅のカウントダウンが迫る恐竜時代において、この街はもはや絶望の避難所などではない。水道・電気に加え、温水プールを備えた「快適な街」へと変貌し、彼女たちの逞しさと欲望が渦巻く、最強で最高に騒がしい楽園へと進化を遂げていたのだった。

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