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第45話 終わらない欲望の楽園

 夜のとばりが下りると、水道や電気、温水プールを備えた「快適な街」の完成と、単なる生存から文化的な生活への移行を祝う巨大な「建国記念祭」が幕を開けた。

 広場に設営された特設ステージの前には、数十万人もの女性たちが集い、熱狂の渦を作っていた。


「さあさあ、待ちに待った建国記念祭の開幕だよーっ! みんな、日頃のストレスを全部ぶっ飛ばして盛り上がっていこーっ!」

 マイクの前に立ち、派手なメイクとボブカットを揺らして叫んだのは、娯楽・祭事実行委員長のいぬい舞だった。元イベントプロデューサーである彼女のテンション高めな煽りに、地鳴りのような歓声が応える。


「それじゃあ、私たちの王様に最高の演出をお願いしちゃおう! ミュージック、スタート!」

 ステージの中央で、音楽・精神高揚担当の坂本真央が、おしとやかな令嬢風の佇まいでピアノの鍵盤を叩き始めた。


「了解っす! 音響・振動魔法、からの……光魔法、フルバーストっす!」

 れんが指先を弾くと、真央の奏でる繊細なピアノの旋律が巨大スピーカーによって大音響となり、夜空全体に響き渡った。それと同時に、乾の演出指示に合わせた色鮮やかな光の魔法が、巨大な花火となって次々と空へ打ち上がる。

 多数のダンサーたちがステージに上がり、光と音の完璧な連携の中で華麗なダンスを披露する。閉塞感のある過酷な恐竜時代とは思えない、圧倒的なエンターテインメントの熱気が、街全体を包み込んでいった。


 +++


 祭りが最高潮の盛り上がりを見せる中、曲調がゆったりとしたダンスナンバーへと変わった。


「蓮さん、一日中魔法を使ってお疲れでしょう? 私と踊って、ゆっくり体を休めてくださいな」

 真っ先に蓮の前に進み出たのは、主人公至上主義ファンクラブの裏トップ、雨宮結衣だった。元心理カウンセラーの彼女は聖母のような微笑みを浮かべ、少し肉感的な体型を蓮の腕に押し当ててくる。


「抜け駆けは許さんぞ! 師匠、第一曲目は私と共に! サバイバル派の力強いステップをお見せします!」

 すかさず割り込んできたのは、防衛・狩猟局長であり自立・サバイバル派の筆頭、立花凛だ。ポニーテールを揺らし、武闘派らしく引き締まった体をピンと伸ばしている。


「あなたたち、少しは恥じらいというものを持ちなさい! ……れ、蓮。街のインフラであるあなたの状態をチェックするためです。少しだけ、私に付き合いなさい」

 さらに、保守・敵対的共存派のリーダーである北条綾乃までが、完璧に整えられた知的なロングヘアを揺らし、顔を真っ赤にしながら手を差し出してきた。


「ええっと……順番に、全員と踊るっすよ」

 各派閥のトップたちが次々とダンスを申し込んでくる状況に、蓮は苦笑いしながらも「来るもの拒まず」の精神で全員の手を取った。圧倒的な女性過多の歪な社会で形成されたドロドロの恋愛ルールと嫉妬の統治術は、この祭りの夜も健在だった。


 +++


 祭りの喧騒から遠く離れた、巨大な石の防壁の上。

 蓮は一人、夜風に吹かれていた。その腕の中には、すやすやと眠る息子のはじめが大事そうに抱えられている。


「……やっぱり、ここにいた」

 背後からやさしい声がして、振り返るとナナが立っていた。彼女の漆黒の髪が夜風に揺れ、祭りの提灯の光を反射して幻想的に輝いている。


「ナナ。……下はまだ盛り上がってるっすか?」

「ええ。舞のステージが最高潮で、みんな踊り狂ってるわ。……あなたは、また一人で黄昏たそがれているの?」

 ナナは蓮の隣に並び、防壁の下に広がる光の海を見下ろした。彼女は最初に召喚された人であり、蓮が最も信頼を置く女性の一人だ。


「そういうわけじゃないっすよ。ただ……この光景を見ると、どうしても考えてしまうっす」

 蓮は視線を上げ、夜空の一点、巨大隕石の存在へと向けた。

はじめの将来は絶対に明るいものにしたいっす」


「……そう。私も同じ考えよ」

 ナナは蓮の横顔をじっと見つめ、妖艶で残酷な、しかしどこか母性を感じさせる笑みを浮かべた。

「蓮。子供を心配するのもいいけれど、あなたは大魔法使いである前に、この国の唯一の『大人の男』よ」

「え……?」

 ナナは蓮に近づき、そのままはじめを抱えた蓮の体に自身の体をしなやかに押し付けた。彼女の体温と、夜風に混じる甘い香りが、蓮の理性を揺さぶる。


「この一年で、私たちは生きる術を知ったわ。次は……この国を、より強固なものにしていかなきゃ」


 ナナは蓮の首筋に手を回し、その耳元で熱い吐息と共に囁いた。

「……私ね、『はじめ』の次は『ふたば』が欲しい」

「ちょ、ナナ……!こんな時に……」

 蓮は顔を真っ赤にして狼狽えた。さらに先の未来の話をしていたはずが、ナナの言葉によって一気に卑近で、しかし最も重要で過激な、この国の「存続ルール」へと引き戻されたのだ。


「フフッ。まだまだ苦難はあるかもしれないけれど、私たちの欲望は今ここにあるの」

 ナナは蓮の唇に人差し指を立て、彼を容赦なく欲望の渦へと放り込む。

「さあ、大魔法使い様。未来を憂う前に……この私のさらなる欲望を受け止めてちょうだい」


 挑発的なナナの瞳に、祭りの光が妖しく反射する。

 祭りの熱狂の裏で、たった一人の大魔法使いは、無限に降る女たちの逞しさと、留まることのない欲望を優しく受け入れる。

 腕の中の小さな命と、隣に寄り添う愛するパートナー。この平和と未来を守り抜くため、彼は隕石を打ち砕くという誓いと、新たな命を育むという重責を胸に、楽園の夜へと身を委ねるのだった。


第1章 完




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