第42話 祝福の光
経過日数:300日目 約431,000人
一分に一人の強制召喚は止まることなく続く。
桜豪千蓮と技術・インフラ局長の熊谷カンナは、かつてオールド・ワンとの死闘を繰り広げた「大陥没要塞」にいた。恐竜たちが自ら掘り進めた巨大なすり鉢状の地形を逆利用し、蓮の魔法で防壁と居住区を繋ぎ、新たな農地へと再開発する超巨大拡張工事の真っ最中だった。
「空間牽引……からの、万物拡充っす!」
地鳴りとともに地形が変形し、巨大な居住ブロックが次々と組み上がっていく。
「いいね、重機くん! これでただの都市じゃなくて、完全に『領土』を持った大国になったよ!」
カンナが汗を拭いながら満足げに笑う。過酷な防衛戦を乗り越えた街は、確かな平和と活気に満ち溢れていた。
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その時、巨大な土煙を上げて猛スピードでこちらへ向かってくる影があった。
ダチョウのような姿をした足の速い小型恐竜、オルニトミムスだ。その背中に跨り、手綱を握って見事な騎乗を見せているのは、伝令役の成瀬結花だった。
「蓮さーん!! 大変!!」
時速60キロで駆け抜けてきた結花が、恐竜を急ブレーキで止める。
「結花ちゃん? どうしたんすか、そんなに慌てて」
「ナナちゃんが、産気づいたの! 陣痛が始まったって!」
「なっ……!?」
蓮は手に持っていた資材を放り投げた。
「蓮さん、後ろに乗って! 走るよりこの子の方が速いから!」
「助かるっす!」
結花の細い腰の後ろに蓮が飛び乗ると、オルニトミムスは再び凄まじい脚力で、街の中心にある医療区画へと跳躍した。
「最初の召喚女性」であり、蓮の第一子を身籠ったナナの出産。そのニュースは世間話と言う情報網を通じて瞬く間に四十万人の街全体に知れ渡った。農業区でも、防壁の上でも、すべての女性たちが作業の手を止め、医療区画の方向を見つめて固唾を飲んで祈り始めていた。
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医療区画の特別室。ナナはベッドの上で汗だくになり、痛みに顔を歪めていた。
「ひっ、ふぅ……痛い、蓮さん、まだ……?」
パニックになりかけるナナの手を両手で優しく握りしめ、呼吸を誘導しているのは、児童心理学者の長谷川芽衣だった。
「大丈夫よ、ナナちゃん。ゆっくり息を吐いて。私たちがついているからね」
心のケアのプロである芽衣のサポートで、ナナは必死に精神を保っている。
しかし、救急救命医のエマ・ウィリアムズは焦燥感を隠せないでいた。
「初産で、この極限環境のストレス……少し難産の兆候があるわ。現代の産科設備があれば……!」
バンッ!
その時、勢いよく扉が開いた。
「私も手伝うわ! 一緒に奇跡を産みましょう」
現れたのは、凄腕の外科医、西園寺切子だった。彼女は傲慢な態度でベッドの前に立つと、駆けつけてきた蓮を鋭く睨みつけた。
「おい魔法使い、突っ立ってないで助手として働きなさい! 母体の自然な力を最大限に引き出すのよ!」
「りょ、了解っす! 俺は何をすればいいっすか!?」
「無菌状態の維持! そして、彼女の体力が尽きないように『生命の活性』をかけ続けなさい! 陣痛の波は私が完璧にコントロールする。私の指示から一秒でも遅れたら承知しないわよ!」
蓮は文句一つ言わず、大魔法使いの精密な魔力操作を「完璧な助産アシスタント」として使い倒された。切子の神業とも言える状況判断、芽衣の精神的サポート、そして蓮の魔法。街のプロフェッショナルたちが一丸となって、一つの命をこの世界に迎え入れようとしていた。
「ナナちゃん、よく頑張ったわ。次で一気にいきなさい!」
「んんんんっ……!! 蓮さぁぁんっ!!」
蓮が注ぎ込む生命力の魔法に後押しされ、ナナが最後の力を振り絞った。
「――オギャアアアアッ! オギャアアアアッ!!」
力強く、生命力に満ち溢れた産声が部屋中に響き渡った。
「産まれた……! 無事よ、元気な男の子だわ!」
エマが涙声で叫ぶ。
外で待機していた派閥のトップたちや、祈りを捧げていた街中の女性たちから、割れんばかりの歓声と感動の涙が溢れ出した。四十万人の巨大都市全体が、新しい命の誕生に歓喜の声を上げる。
汗だくのナナの横で、切子から柔らかい布に包まれた赤ん坊を受け取った蓮の腕は、微かに震えていた。
「蓮さん……私たちの、赤ちゃん……」
「ああ。ナナちゃん、本当に……よく頑張ったっすね」
その顔は、街を守る「絶対的な王」でも、大魔王を倒した魔法使いでもなく、我が子を愛おしそうに見つめる一人の「やさしい父親」の顔だった。
「名前……決めてあるんだよね、蓮さん」
「はいっす。この理不尽な世界で結ばれて、一番最初に産まれてきてくれた、俺たちの希望……」
蓮は、小さな小さなその手を優しく握り、確かな愛情を込めて呼んだ。
「名前は、『一』っす。よろしくな、一」
その小さな寝顔を見つめながら、蓮は明るい未来を確信していた。
現在この街には、妊娠状態で召喚されてきた女性たちから産まれた、蓮とは血の繋がらない男児たちがすでに数百人規模ですくすくと育っている。将来、一やこれから産まれてくる子供たちが成長した時、彼らは良き友人となり、そして次世代の多様な伴侶となって、この国の遺伝子を絶やすことなく豊かに広げていってくれるはずだ。
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「一……。いい名前ね」
ベッドに横たわるナナが、愛おしそうに目を細めて微笑んだ。
蓮は優しく頷き、通信班の小川蛍が用意していた伝声管のマイクに向かって、静かに、しかしはっきりとした声で告げた。
「みんな、聞いてほしいっす。この理不尽な世界で、一番最初に産まれてきてくれた、俺たちの希望……名前は、『一』っす。今日から、この街の新しい家族っすよ」
その声が街中に張り巡らされた伝声管を通じて四十万人の耳に届いた瞬間、街の空気が一気に弾けた。
「一くん! 万歳!!」
「私たち、おばさんになっちゃったわね!」
歓喜に沸く女性たちの頭上で、ゴーン、ゴーンと、重厚で美しい鐘の音が響き渡った。時計職人の時計トキが管理する街の大時計が、新しい命の誕生を祝う「祝福の鐘」を打ち鳴らしたのだ。
さらに次の瞬間、空が眩い光に包まれた。
「さあ、私の最高の演出を見せてあげるわ!」
照明・舞台監督の照井杏が、防壁の上に設置された無数のガラス鏡を操作する。あらかじめ蓮が空に放っていた『滞空する光魔法』を緻密な計算で乱反射させ、巨大都市の夜空に、オーロラのような七色の光のベールを描き出したのだ。
四十万人の巨大都市全体が、一つの命の誕生を「国家の慶事」として祝う、圧倒的で幻想的な光景が広がっていた。




