第38話 決死の潜入作戦
「くそっ! バリスタの装填を急げ! 槍部隊、壁を登らせるな!」
凛が叫び、女性たちが死に物狂いで応戦する。蓮も残りの魔力を振り絞るように魔法を放ち、壁の崩落をなんとか防ぎ止める。
一時間にも及ぶ血みどろの死闘の末、どうにか第二陣を退けることには成功した。だが、防壁はボロボロになり、武器の蓄えも尽きかけ、何より防衛部隊の女性たちと蓮の体力は限界を迎えていた。
「……もう、無理よ。次に本隊が来たら、この壁は保たないわ」
天文学者の大塚香織が、絶望的な声で呟いた。
重苦しい沈黙が、血の匂いが漂う防壁の上を支配する。オールド・ワンはまだ動いていない。次こそが、本隊による本当の蹂躙になる。
その絶望の底で、蓮は静かに立ち上がった。
「これ以上の防御は、確かに厳しいっすね」
泥だらけの顔で、しかしその瞳には一切の諦めの色はない。
「なら、こっちから行くしかないっす。……攻撃は、最大の防御っすよ」
「れ、蓮!? あなた、まさか……」
「オールド・ワンが本隊を動かす前に、俺たちで敵の巣へ強襲をかけるっす。大将の首を取れば、烏合の衆の群れは崩壊するはずっすから」
狂気とも言える提案。だが、それ以外に二十数万人の命を守る術は残されていなかった。
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即座に、少数の精鋭部隊が結成された。
魔法の要である蓮。武闘派筆頭の立花凛。ルート確保を担う百地丹花。そして、隠密行動のプロである影山忍だ。
出撃前、防壁の裏手には、彼女たちを見送るための中枢メンバーが集まっていた。
「蓮さん……絶対に、絶対に生きて帰ってきてね。私と、この子のために……!」
身重の襟島ナナが、涙を堪えきれずに蓮の胸に飛び込む。エマや結衣たちも、祈るように両手を握りしめていた。
そして、内政局長の如月冴子が、厳しい表情のまま蓮の前に進み出た。
「最高重要資源が自ら死地に赴くなど、内政局としては絶対に許可できません。……ですが、今はあなたに賭けるしかない」
冴子は震える手で蓮のジャージの裾を強く握りしめ、顔を伏せた。
「……私が今まで溜めた特別ポイントを使用します。だから、絶対に生きて帰還して、私の『権利』を行使させなさい。約束ですよ」
「了解っす。必ず帰ってくるっすよ、冴子さん」
蓮は優しく微笑み、精鋭部隊とともに夜の森へと駆け出した。
丹花の野生の勘と、忍の圧倒的な隠密技術により、部隊は敵の哨戒網を縫うように進む。そして数時間後、一行はついに敵の本拠地へと到達した。
「あれが……オールド・ワンの根城……」
森を抜けた先に広がっていた光景に、凛が息を呑んだ。
そこは、【大陥没要塞】。
恐竜たちが自らの足と爪で掘り進めて作り上げた、巨大なすり鉢状の軍事拠点だった。
すり鉢の斜面には無数の横穴が掘られ、各部隊の恐竜たちが息を潜めて潜んでいる。さらに恐ろしいことに、斜面の上部には、巨大な岩石が太いツタで不自然に固定されていた。
「見て、蓮さん。あの岩……いつでも下に落とせるようにセットされてるよ」
忍が声を震わせて指差す。
人間が防壁の前に作った『落とし穴』の罠を見て、オールド・ワンはすぐさま同じような『質量兵器の罠』を自らの要塞に組み込んでいたのだ。
「ただの怪獣退治じゃすまないっすね……」
蓮は額の汗を拭った。
すり鉢の最も深い底。そこに、巨大な影が鎮座している。
片目が潰れ、全身に無数の古傷を刻んだ巨大なティラノサウルス。
【深緑の智将】オールド・ワンが、残った片方の黄色い瞳で、崖の上に立つ蓮たちを真っ直ぐに見据えていた。まるで、自らの死地に足を踏み入れた獲物を歓迎するかのように。
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オールド・ワンが、喉の奥を鳴らすように低く、しかし地の底を震わせるような咆哮を上げた。
それが、絶望の軍師が下した冷酷な『処刑』の合図だった。
すり鉢状の斜面の上部に固定されていた巨大な岩石を縛るツタが、護衛の恐竜たちによって一斉に噛み切られる。
ゴゴゴゴォォォッ!という地鳴りとともに、数十個もの大岩が、大陥没要塞の底に立つ蓮たちに向かって雨あられと降り注いできた。
「質量兵器の真似事っすか……! どんだけ頭いいんすか、あいつ!」
蓮は咄嗟に指先を弾き、味方の精鋭部隊に向けてバフを放った。
「極限突破っす!」
身体能力を極限まで引き上げられた立花凛が、迫り来る大岩を強靭な足腰で避け、砕き割る。同時に、斜面の無数の穴から湧き出してきた護衛のヴェロキラプトル部隊を、百地丹花と影山忍が風のような身のこなしで次々と斬り伏せていった。
「雑魚は私たちが引き受ける! 師匠は、あの大将首を!」凛が血飛沫の中で叫ぶ。
蓮は無言で頷き、すり鉢の最奥で悠然と構える【深緑の智将】オールド・ワンへと真っ直ぐに駆け出した。




