第35話 巨大温水プール
経過日数:180日目 約259,000人
深緑の智将オールド・ワン率いる恐竜軍団の総攻撃が迫っている。その絶望的な情報は、厳重な情報統制が敷かれているとはいえ、街の空気を確実に重く、そして鋭く張り詰めさせていた。
配給の列での些細な言い争いや、労働中の苛立ち。女性たちの疲労は極限に達し、士気の低下は誰の目にも明らかだった。
「このままじゃ、恐竜と戦う前に街が内側から自滅するっすね」
内政局長の如月冴子を前に、桜豪千蓮は腕を組んで深くため息をついた。冴子も眉間に深いシワを刻み、眼鏡のブリッジを押し上げる。
「ええ。ですが、物資も娯楽も限られたこの状況で、これ以上どうやって彼女たちの不満を抑え込めばいいというんですか」
「だからこそ、一発デカい打ち上げ花火が必要なんすよ」
蓮はニカッと笑い、とんでもない提案を口にした。
「巨大な温水プールと、総合アミューズメント施設を作るっす。みんなのストレスを、全力で遊ばせて吹き飛ばすんすよ」
「……は? 温水プール? この決戦を前に、何をふざけたことを……!」
「ふざけてないっす。絶望したまま死地に向かうより、最高に楽しい思いをして『絶対にこの楽園を守り抜く』って思わせた方が、何倍も強い力が出るはずっすよ」
その超絶お人好しでありながら理にかなったロジックに、冴子は絶句した後、深く息を吐き出した。
「……わかりました。街の総力を挙げて、その馬鹿げた極限の士気高揚計画を実行に移します」
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翌日から、巨大円形都市の一角で前代未聞の大工事が始まった。
「歩く超高温バーナー! もっと出力上げな! 鉄が溶けきってないよ!」
「了解っす、鉄子さん! 劫火の種火、最大火力っす!」
鍛冶班長の堂島鉄子の容赦ない怒号が飛ぶ。煤で顔を汚し、サラシを巻いた巨乳を揺らしながら、彼女は恐竜の骨と現代の廃鉄を激しく打ち据えていた。
蓮の土木魔法で形成された巨大なドーム空間の中に、鉄子は驚くべき精密さでボーリングのレーンと球、さらには本格的なジムのトレーニングマシンまでをも作り上げていく。魔法の道具がないからこそ、純粋な硬度と構造を追求する彼女の職人魂が、古代の世界に現代の娯楽を叩き直していた。
「よし、こっちの水温とサウナの調整も完璧ね」
涼しげな和風美人、製氷・冷凍設備士の凍野椿が、完成した巨大プールに手を浸して満足げに頷いた。彼女は蓮の熱源魔法と自身の冷凍技術を組み合わせ、巨大プールの温水管理と、本格的なサウナ、そしてキンキンに冷えた水風呂のシステムを構築したのだ。
「椿さん、氷の削り出しも終わったっすよ」
「ありがとう、蓮さん。じゃあ、みんなに振る舞いましょうか」
ドームの片隅では、椿が魔法で作られた氷を削り、農業区の佐藤小春が育てた果実の特製シロップをかけた古代かき氷の屋台が開かれていた。現代の甘味と冷たさに飢えていた泥だらけの女性たちは、それを口にした瞬間、次々と歓喜の涙を流して崩れ落ちた。
さらにボーリング場では、早くも派閥対抗の激しい熱戦が繰り広げられていた。
「そりゃあっ!」
防衛局長の立花凛が、恐竜の骨で作られた重すぎるボーリング球を剛腕で放り投げ、凄まじい轟音とともにピンを粉砕する。
「ストライク! 見たかファンクラブ! これで蓮さんとのデート権は我々サバイバル派がもらった!」
「力任せな野蛮人には負けませんわ! 次、わたくしが行きます!」
保守派やファンクラブの面々も負けじと球を投げるが、重すぎてガターを連発。殺伐としていた街の空気は、バカバカしくも熱い娯楽の熱狂によって、瞬く間に塗り替えられていった。
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そして数日後。ついに巨大温水プールが正式にオープンを迎えた。
南国リゾートを思わせるドーム内には、蓮の魔法で作られたウォータースライダーや、波の出るプールまで完備されている。しかし、大人の男が一人しかいないこの街において、プール開きは単なる遊戯の場ではなかった。
「さあ皆様! わたくしがこの日のために徹夜で仕上げた最新の水着、存分に披露して蓮様の視線を釘付けになさい!」
衣服・繊維管理主任の九条院麗華が高らかに宣言する。
恐竜の柔らかい革や伸縮性のある植物繊維を駆使して作られた水着は、どれもこれも布面積少なめという、麗華の欲望と計算がこれでもかと詰まった過激な代物だった。
「蓮さぁん!」
最初に飛びついてきたのは、妊娠が発覚して少しお腹がふっくらとし始めた襟島ナナだった。フリルのついた可愛らしいパステルカラーのビキニに身を包み、蓮の首に無邪気に腕を絡める。
「ナナの水着、可愛い? 蓮さんのために、一番似合うのを選んでもらったの!」
「お、おう……すごく似合ってるっすよ、ナナちゃん。でも走ったら危ないっすからね」
目のやり場に困りながらも優しく微笑む蓮。しかし、休む間もなく次の刺客が現れる。




