第28話 爆買い観光客
経過日数:70日目 約100,000人
白亜紀の空から降り注ぐ「現代女子の雨」。
桜豪千蓮の魔法と、不眠不休で働く女性たちの手によって築き上げられた巨大円形都市。
高い石の要塞城壁に守られ、四階建ての団地が規則正しく並ぶ美しい街並み。上下水道は完備され、農業区や狩猟局からは毎日安定して食料が供給されている。明日の命に怯える「生存」のためのサバイバルは、すでに終わりを告げていた。
しかし、衣食住という最低限のインフラが満たされた時、人間――とりわけ現代社会を生きてきた十万人の女性たちの欲求は、必然的に次の段階へとシフトしていく。
「生存」から「文化と贅沢」への渇望である。
「ああ、もう! いくら魔法で服の形が作れても、このゴワゴワ感だけはどうにもならないわ!」
「私のスマホ、もう二ヶ月も電源入ってない……。せめて、ちゃんとしたお化粧をして気分を上げたいのに、ファンデーションが完全に底をついちゃった」
広場のあちこちで、そんなため息が漏れるようになっていた。
大魔法使いである蓮の力をもってしても、「無から複雑な有機物や精密機器、化学薬品を創り出す」ことはできない。だからこそ、この恐竜時代においては、新たに召喚された女性たちが偶然持ち込んだ「スマートフォン」「化粧品」「現代の高機能な下着」といった品々が、街の労働ポイントを遥かに凌駕する『超重要通貨(現代遺産)』として機能し始めていたのだ。
街の中心、絶え間なく光を放つハーベストゲート。
巨大な植物トランポリンの上に、一分に一人のペースで新たな女性が落下してくる。かつてはパニックと悲鳴が渦巻いていたこの場所も、今では恐るべきほどシステマチックな「儀式」の場と化していた。
「はい、次の方。お怪我はありませんね? では、お手荷物をこちらの台へ」
トランポリンから滑り降りてきたばかりで状況が飲み込めず、呆然としている新入生たち。その前に立ちはだかるのは、妖艶な金髪の美女、ソフィア・チェン率いる『文明遺産管理部』のスタッフたちだ。
「え……あ、あの、ここは……」
「状況の共有は後ほどラウンジで行います。まずは所持品の鑑定です。……ふむ、未使用のリップクリームが二本に、鎮痛剤が半シート。それに、予備のバッテリーですね」
ソフィアはふと、新入生の腕時計に目を留めた。
「……あなた、その時計の日付と時間。間違えは無い?」
「え? はい、今朝時計を合わせたばかりで、今は午前十時ですけど……」
状況が飲み込めず首を傾げる新入生から視線を外し、ソフィアは手元の木簡を見つめて妖しく目を細めた。
「まだ私たちが召喚された『あの日』の午前中のまま? やっぱりね。私たちがここへ来てからもう二ヶ月以上経つというのに、最近来る子たちの時計やスマホの日付は、あの日から少ししか進んでいない。計算してみると向こうの一時間が、こちらの一年……これなら、現代の日本がまだパニックに陥っていないのも頷けるわね」
元鑑定士であるソフィアの知性と目は、獲物を値踏みする鷹のように鋭い。彼女は新入生のバッグの中身を素早くチェックすると、手元の木簡にポイントを書き込んだ。
「素晴らしいわ。これらは街の重要資源として当管理部が一時的にお預かりします。代わりに、あなたには居住区の優先選択権と、一週間分の良質な食事を付与しましょう。歓迎するわ、私たちの楽園へようこそ」
有無を言わさぬプロの笑みで、現代の品々を効率よく回収していくソフィア。彼女の管理下にある巨大な倉庫には、十万人が持ち込んだ「現代遺産」がうず高く積まれ、街の経済と権力を裏で牛耳るための巨大な源泉となりつつあった。
+++
その日、ハーベストゲートの魔法陣がひときわ強く発光した。
ポフッ、とトランポリンの上に重たい音を立てて落下してきたのは、全身をハイブランドで着飾った、目鼻立ちのはっきりした美女だった。
しかし、周囲の視線を釘付けにしたのは彼女自身ではない。彼女の細い両腕には、自分の背丈ほどもある超巨大なスーツケースが、なんと三つも抱え込まれていたのだ。
「アイヤー、とんでもない所に落ちたアルね。でも、荷物が無事で何よりヨ」
中国人観光客、林鈴花である。彼女は二十五歳という若さながら、未知の恐竜時代に放り出されても一切のパニックを起こさず、衣服の埃を払いながら周囲の状況を鋭い交渉人の目でぐるりと見渡した。
文明遺産管理部からの荷物の提供を拒み、新入生へのオリエンテーションを終えると、自分の置かれた状況を誰よりも早く飲み込み、交通整理をしていたスタッフを無視して、一直線に広場の端で魔力調整をしていた蓮の元へと歩み寄った。
「アナタが、この街のボス……いや、唯一の魔法使いね? 良い顔してるヨ」
「えっ? あ、はい、俺が桜豪千蓮っすけど……怪我はなかったっすか?」
突然の指名に目を丸くする蓮に対し、鈴花は不敵な笑みを浮かべてスーツケースの一つをドンッ! と地面に置いた。




