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第24話 石壁

 みやびの設計図とれんの土木魔法が融合し、七万二千人を収容する巨大で美しい円形都市が完成した。

 しかし、内側の居住区がいかに美しく機能的に整おうとも、ここは凶暴な古代生物が跋扈ばっこする白亜紀のド真ん中である。街を守る「防壁」が貧弱であっては、すべてが砂上の楼閣に過ぎない。


「蓮さん。これまでは魔法で固めた土の壁でしのいできましたが、恐竜たちも日々知能をつけ、巨大化・凶暴化しています。もし数十トンの質量を持つ大型草食恐竜の群れが突進してくれば、土の壁ではいずれ崩壊します」


 防衛・狩猟局長の立花たちばなりんが、深刻な顔で防壁の補強を具申してきた。

 確かに、以前襲撃してきたファンキー・ラプトルのような知能を持つ恐竜が、大型恐竜を「破城槌」のように使ってくれば、今の壁では心許ない。


「分かったっす。土じゃなくて、頑丈な岩を切り出して『石の要塞』を作るっすよ。ただ、俺は土木作業はできても、建築の専門家じゃないっすからね。誰か、石積みのプロはいないっすか?」

「それなら、うってつけの人間がいます」


 凛に呼ばれてやってきたのは、頭にタオルを巻き、現代の職人が着るようなダボダボの作業着(鳶ズボン)を身にまとった、目つきの鋭い女性だった。

 伝統建築の石積み職人、野口のぐち菜月なつきである。


「……ふん。あんたが噂の魔法使いだね」


 菜月は鋭い三白眼で蓮を下から上へと舐め回すように見ると、鼻で笑って腕を組んだ。彼女は、魔法のような得体の知れない力よりも、自分たちの技術と手作業を重んじる保守派寄りの職人だった。


「土を固めただけの壁なんて、素人の仕事だね。本当に強固な城壁ってのは、石と石がガッチリ噛み合うように計算して積まないと、衝撃を逃がせなくてすぐにヒビが入るんだよ。魔法だか何だか知らないが、手抜き工事は許さないからね」

「厳しいっすね。でも、その通りだと思うっす。菜月さんの指示通りに俺が石を加工するから、最強の城壁の積み方を教えてほしいっす」

「……へえ。言うじゃないか。私の要求はミリ単位だよ? 泣き言を言っても知らないからね」


 菜月はニヤリと好戦的に笑うと、蓮を連れて防壁の外、巨大な岩山が連なる採石場へと向かった。


 +++


「そこ! その巨大な岩を、縦に三メートル、横に一・五メートル。切断面の角度は八十七度だ! 少しでも狂ったら使い物にならないよ!」


 菜月の容赦のない怒号が飛ぶ。

 蓮は額に汗を浮かべながら、指先で風の刃を極限まで薄く、鋭く練り上げた。


空間牽引アトラクティブ・フォースで岩を固定……切断魔法、出力最大っす!」


 ズパァァンッ!!

 大気を切り裂く鋭い音とともに、数十トンはある巨大な岩石が、まるで豆腐のように滑らかに切断された。

 菜月が弾かれたように岩に駆け寄り、持参した手製の曲尺かねじゃくを当てて切断面を確認する。


「……嘘だろ。八十七度ピタリ……しかも切断面が鏡みたいにツルツルじゃないか。どんなレーザーカッターを使えばこんな芸当ができるんだい……っ」

「どうっすか、親方。合格っすか?」

「ふ、ふん! 素材の切り出しは及第点ってところだね! 次は組み上げだよ!」


 菜月は驚愕きょうがくを必死に隠しながら、次々と岩の加工を指示していった。蓮はそのすべてに完璧な精度で応え、切り出した数万個の巨大な石のブロックを、魔法でふわりと空中に浮かせた。

 そこからは、まさに職人と魔法使いの阿吽あうんの呼吸だった。

 菜月の指示に従い、蓮が巨大な石のブロックをパズルのように組み上げていく。日本の伝統的な城郭建築に見られる「算木積さんぎづみ」をさらに複雑・強固にした、石同士が互いに噛み合い、衝撃を吸収する究極の構造体。

 モルタルなどの接着剤を一切使わず、計算し尽くされた石の重みと摩擦だけで支え合う、芸術的なまでの絶対防壁である。


 そして数日後。

 夕日に照らされる巨大円形都市の外周に、高さ二十メートル、厚さ五メートルにも及ぶ、威風堂々たる「石の要塞城壁」が完成した。

 少しの隙間もなく滑らかに組み上げられた石の壁は、どんな恐竜の突進も跳ね返す圧倒的な威圧感と美しさを誇っていた。


「完成……したっすね」


 泥と汗にまみれた蓮が、壁を見上げて息をついた。

 すると、隣に立っていた菜月が、無言で蓮の胸にコツンと何かを押し付けてきた。冷たい湧き水がなみなみと注がれた、木製のコップだった。


「……飲むかい?」

「あ、ありがとうっす」


 蓮が美味そうに水を飲み干すと、菜月はタオルで自分の顔の泥を拭い、ぽりぽりと気まずそうに頬を掻いた。


「……悪かったね、魔法をバカにして。あんたの魔法と、あのミリ単位の要求に応え続ける集中力は……本物の『職人』のそれだよ」

「親方の指示が的確だったからっすよ。俺一人じゃ、あんな頑丈で綺麗な壁は作れなかったっす」


 蓮が笑いかけると、菜月は鋭い三白眼を少しだけ和らげ、ツンとそっぽを向いた。


「ふん。まあ、あんたの魔法、少しは信用してやってもいいさ。……これからも、いい仕事しようじゃないか、相棒」

「はいっす、親方!」


 蓮が元気よく返事をした、その時だった。


「なっちゃーん! お疲れ様!」


 夕日に染まる防壁の向こうから、パタパタと小走りで駆け寄ってくる小柄な女性の姿があった。ふんわりとしたスカートを揺らし、手には布で包まれた小さなバスケットを提げている。

 その声を聞いた瞬間、菜月の鋭い三白眼が、嘘のようにとろんと甘く緩んだ。


花音かのん! もう、現場は危ないから来ちゃダメだって言ってるだろ……」


 口では注意しながらも、菜月は駆け寄ってきた同性のパートナーである花音を、愛おしそうに片腕で優しく抱き止めた。先ほどまで巨大な岩を相手に怒号を飛ばしていた職人の面影は消え失せ、すっかり骨抜きにされただらしない顔になっている。


「えへへ、だって早く会いたかったんだもん。差し入れ、持ってきたよ」

「本当かい? 花音の淹れたお茶と手作りクッキーは世界一だからね。疲れなんて一瞬で吹き飛んじまうよ」


 鼻の下を伸ばしてデレデレと笑う菜月に、蓮は思わず目を丸くした。


「……親方、さっきまでの厳しい職人はどこへ行ったんすか。キャラが全然違うっすよ」

「うるさいね! 花音は特別なんだよ」


 菜月はツンとそっぽを向きつつも、花音の肩を抱き寄せて自慢げに胸を張った。


「この子の笑顔のためなら、どんな重い石だって積めるってもんさ。あんたみたいな無粋な魔法使いには、この最高の癒やしは分からないだろうけどね!」

「あはは、蓮さん。うちのなっちゃん、本当はすごく優しくてかっこいいんですよ。いつもお世話になってます」

「いやいや、こちらこそ親方には助けられてるっすよ。……仲が良くて何よりっす」


 花音の屈託のない笑顔と、それにメロメロになってのろける菜月の様子に、蓮はすっかり毒気を抜かれたようにふっと表情を和らげた。

 過酷なサバイバルの中で、こうして互いを愛し、支え合って生きている女性たちが確かにいる。その愛おしい日常を守るために、この巨大な壁を築いたのだと、蓮は改めて実感していた。


 不器用な石積み職人の顔に浮かんだ、恋人への惜しみない愛情と、照れ隠しのツンデレな笑み。

 七万二千人の女性たちの命を預かる巨大城壁都市は、魔法の圧倒的な力と、人間たちが培ってきた技術と文化が見事に融合することで、本当の意味での「難攻不落の国家」へと進化を遂げたのだった。

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