第22話 青空美容室
衣服が整い、街が色鮮やかな活気を取り戻すと、女性たちの欲求は自然と次なる「美」へと向かった。
召喚されてから一ヶ月以上。過酷なサバイバル生活の中で、彼女たちの髪は伸び放題になり、泥や汗で傷みきっていたのだ。
「服が可愛くなったのに、髪がボサボサじゃ台無しでしょ? ここは私の出番だね!」
広場の一角でそう声を上げたのは、派手な髪色と、色香漂う小悪魔的な雰囲気が特徴的な女性、三浦彩葉だった。元カリスマ美容師である彼女は「美容・理容班長」として名乗りを上げ、青空の下に巨大な美容室をオープンさせた。
しかし、五万人以上の髪を彼女一人で切るのは物理的に不可能だ。そこで白羽の矢が立ったのは、やはりこの街の万能インフラ、蓮である。
「蓮さん、そこの子の襟足、ミリ単位で風の刃を当てて! ストップ! 次は全体に温風お願い!」
「了解っす。……切断魔法、からの、微風魔法っす」
彩葉の的確な指示のもと、蓮が魔法を操る。切断魔法は極薄のカミソリとなって空を舞い、不要な髪を瞬時に切り揃え、微弱な熱を持たせた風魔法が巨大なドライヤーとなって数千人の髪を一度に乾かしていく。
元カリスマ美容師の圧倒的なデザイン力と、大魔法使いのチート能力の融合。それはまさに魔法のようなスピードだった。ボサボサだった女性たちが、次々と美しい艶髪を取り戻し、歓喜の声を上げていく。
さらに、彩葉の美容室は単なる髪を切る場所にとどまらなかった。髪を整えながら女性たちがこぼす愚痴や願望、派閥の不満——彩葉はそれらを聞き逃さず、街の「噂話(情報)の収集源兼発信源」としての役割を密かに担い始めていたのだ。
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その日の夜。
一日の過酷な労働と、数万人規模の美容室アシスタント業務を終えた蓮は、閉店後の薄暗い美容室の椅子に深く腰掛けていた。
「ふう……さすがに魔力を細かく使いすぎて、目が回るっすね」
「お疲れ様、蓮さん。今日はすっごく助かったよ」
背後から、ふわりと甘いシャンプーの香りが漂ってきた。彩葉だ。彼女は蓮の背後に立つと、その頭に優しくタオルをかけ、伸びていた蓮の黒髪にハサミを入れ始めた。
チョキ、チョキという心地よい音が響く中、彩葉は蓮の耳元へと顔を近づけた。豊かな胸の感触が、蓮の背中と肩に意図的に、そして柔らかく押し当てられる。
「ねえ、蓮さん。今日、サバイバル派のノゾミちゃんがね、『どうやったら蓮さんに夜のパトロール(意味深)に来てもらえるかな』って真剣に悩んでたよ」
「……へ?」
「それに、ファンクラブの子たちは、蓮さんの部屋の合鍵をどうにか手に入れられないかと画策してるみたい。ふふっ、大人気だね、私たちの王様は」
彩葉はわざと色っぽい吐息を蓮の耳に吹きかけながら、昼間に仕入れた女性たちの「好意の噂話」を囁き続ける。
「ちょ、彩葉さん。耳元でそういうこと言われると、反応に困るっす……」
「あはは、照れてる蓮さん可愛い。……ねえ、こんなに頑張ってくれたんだから、私から蓮さんだけの『特別メニュー』、してあげようか?」
彩葉の指先が、蓮の首筋を艶かしくなぞる。小悪魔全開の誘惑に、蓮はドギマギしながらも、小さく息を吐いて笑った。
「特別メニューは嬉しいっすけど、その前に……俺からもお礼させてほしいっす」
「え?」
蓮は立ち上がると、今度は自分が彩葉の肩を押し、椅子へと座らせた。
「毎日、何万人もの髪を切って、みんなの愚痴まで聞いてくれてるじゃないっすか。彩葉さんだって疲れてるはずっすよ」
蓮は指先を弾き、石でできた特製の洗面台に、劫火の種火で適温に温めたお湯を満たした。古代の植物から抽出した天然の石鹸を泡立てると、蓮の大きくて温かい手が、彩葉の頭を優しく包み込んだ。
「えっ、ちょ、蓮さん……?」
「俺の極限突破の指先マッサージ、極楽っすよ。力加減、痛かったら言ってくださいね」
蓮の指先が、彩葉の頭皮を的確に、そして極上の優しさで揉み解していく。大魔法使いの繊細な魔力コントロールが加わったシャンプーとヘッドスパは、まさに極上そのものだった。
「あっ……んんっ……」
普段は余裕たっぷりに蓮をからかっていた彩葉の口から、とろけるような甘い声が漏れる。強張っていた肩の力が抜け、彼女は完全に蓮の手技に身を委ねてしまった。
「……ずるいよ、蓮さん。こんなの、反則……」
顔を真っ赤にして、気持ちよさそうに瞳を潤ませる彩葉。先ほどの小悪魔的な態度はすっかり鳴りを潜め、年相応の無防備な素顔がそこにあった。
「喜んでもらえてよかったっす。これからも、街のみんなの笑顔と……彩葉さんの綺麗な髪、俺が守るっすよ」
温かいお湯の音と、甘いシャンプーの香りに包まれた夜の美容室。
蓮はそのまま全身のマッサージへと移行すると、彩葉はさらなる快楽を要求したため、蓮は朝まで施し続けた。
衣服の文化と美しさを取り戻した五万人の女の園は、ただ生き延びるだけの殺伐とした避難所から、確かな温もりと豊かな感情が交差する「国家」へと、大きな変貌を遂げていた。




