第21話 ジュラシック・コレクション
経過日数:40日目 約57,600人
巨大な針葉樹の森を切り拓いて築かれた防壁都市は、さらに成長していた。
桜豪千蓮の土木魔法による三階建ての団地群、安定した水路と巨大な共同浴場、そして一日二回の食料配給。過酷な恐竜時代にあって、街は確かな「生存」のインフラを確立しつつあった。
しかし、生存の危機が去ったことで、これまでは後回しにされていた問題がいよいよ限界を迎えていた。
「もう……服が限界だよ。洗っても洗っても泥が落ちないし、擦り切れて穴だらけ……」
「私なんて、元々スーツだったから動きにくくて。もうスカートもビリビリ……」
広場の片隅で、ため息をつきながら自分の衣服を見下ろす女性たち。
現代日本から突然召喚された彼女たちは、着の身着のままでこの世界に放り出された。初期に召喚された者ほど、過酷な労働や恐竜との戦闘で衣服の劣化は激しく、ツギハギだらけのボロ布を纏うか、恐竜の生皮を無理やり巻きつけるしかない状態だった。
「蓮様! 至急、布の本格的な量産体制に入りますわよ!」
蓮の作業小屋に勢いよく飛び込んできたのは、衣服・繊維管理主任の九条院麗華だった。
縦ロールの髪を揺らし、自らが試作した植物繊維と恐竜の筋線維の混紡布で作った最新のドレスを身に纏う彼女は、深刻な顔で蓮に詰め寄った。
「皆の衣服が限界ですの。ただ生きるだけでは、心まで貧しくなってしまいます。美しさこそが、私たち女性の士気を高め、この世界を生き抜く誇りを取り戻す最高の特効薬ですわ!」
「なるほど……。確かに、みんな服がボロボロで可哀想っすね。よし、やるっすよ」
蓮は力強く頷くと、防壁の外から集めさせた大量のシダ植物の繊維と、防衛局が狩ってきた恐竜の強靭な筋線維を広場に山積みにした。
「空間牽引で繊維を細かく分離して……一気に編み込むっす!」
蓮の精密な魔力操作によって、二つの素材が見る見るうちに絡み合い、頑丈で伸縮性に優れた無地の布のロールが次々と生み出されていく。
「蓮様、ここからが本番ですわ! ただの無地の布では、心が華やぎませんの。私が集めさせた植物や木の実、それに色付きの土を使って、染色を行いますわよ!」
「染物っすか。任せるっす」
蓮は抽出魔法を使い、古代の赤い花びらや青い木の実、黄色い鉱石から純度の高い色素を取り出した。それを布に染み込ませ、定着魔法で色落ちしないように固定していく。
無骨な茶色や緑色ばかりだった街に、鮮やかな真紅、深い瑠璃色、明るい山吹色など、色とりどりの布の山が築き上げられていった。
「素晴らしいですわ……! これだけの色と素材があれば、私のバイヤーとしての血が騒ぎますの!」
麗華はうっとりと色とりどりの布を撫でると、鋭い視線を蓮へと向けた。
「さあ蓮様。私のデザインを形にするため、あなたの魔法をミシン代わりに使わせていただきますわ。まずは……あなた自身でフィッティングを行いますのよ!」
「へ? 俺っすか?」
+++
数時間後。
蓮は自室の鏡の前で、麗華によって次々と新しい服を着せ替えられていた。
「切断魔法をあと数ミリ右へ! ええ、そこで縫合魔法ですわ! ……まあっ、蓮様、この少しタイトなレザージャケット風のシルエット、最高に素敵ですわ!」
「いや、動きやすいっすけど……無駄にカッコよすぎないっすか? 俺、一応重労働がメインなんすけど」
「細かいことはいいんですの! 次はこれですわ、少し胸元を開けたワイルドなシャツ! さあ早く着替えて!」
元アパレルバイヤーの麗華は、目を輝かせながら恐竜時代に最新トレンドのシルエットを持ち込み、唯一の男である蓮を自分専用の着せ替え人形にして楽しんでいた。
次々と服を押し付けられ、タジタジになる蓮。
しかし、麗華の情熱はそこで留まらなかった。彼女は数万人の女性たちのために、それぞれの体型や役割、そして「派閥」に合わせた衣服を猛スピードでデザインし、蓮の魔法で仕立て上げていった。
そして数日後。
広場の中央に急造されたランウェイの周りには、数万人の女性たちが熱狂的な歓声を上げて詰めかけていた。
麗華が主催する、第一回『ジュラシック・コレクション』の開催である。
「さあ皆様、とくとご覧あそばせ! ただのサバイバルは今日で終わり。これより、美しき女の園の幕開けですわ!」
麗華の華やかな宣言とともに、ランウェイにモデルたちが姿を現した。
最初に登場したのは、立花凛をはじめとする自立・サバイバル派の面々だ。彼女たちが纏うのは、恐竜の革と植物繊維を組み合わせた、動きやすさと機能美を極めたタイトな戦闘服。深い緑と黒を基調としたその姿は、凛とした強さとセクシーさを両立させており、群衆から「カッコいい!」と歓声が上がる。
続いて登場したのは、雨宮結衣率いるファンクラブの代表者たち。最初の召喚者である襟島ナナが、純白に近い柔らかな布で作られた、神聖で可愛らしいワンピース姿で現れた。
ナナはランウェイの先端まで歩み出ると、最前列で照れくさそうに見ている蓮に向かって、フリルの裾を摘まんで可愛らしくウインクをした。
「蓮さん……私のためだけに作ってくれた服、すごく嬉しい……っ」
「あー、似合ってるっすよ、ナナちゃん」
蓮が優しく微笑み返すと、周囲の女性たちから「ずるい!」「私も蓮さんに可愛い服を作ってもらう!」と、凄まじい嫉妬と羨望の悲鳴が巻き起こった。
機能美のサバイバル派、可憐さのファンクラブ、そして保守派の北条綾乃たちには、知的で清潔感のあるカチッとした制服風の衣装が与えられた。
派閥ごとの特色を色濃く反映した美しい衣服は、泥にまみれていた女性たちの士気を劇的に高めた。そして同時に、「誰が一番綺麗に着飾って、蓮の視線を独占するか」という、新たな女たちの猛烈なアピール合戦の火蓋が切って落とされたのだった。
「ふふっ。大成功ですわね」
熱狂する群衆を見下ろしながら、麗華は満足げに微笑んだ。
衣服の文化が復活したことで、五万人の街はただの避難所から、華やかでドロドロとした欲望が渦巻く、巨大な「国家」としての体裁をより一層強固なものにしていった。




