第18話 反撃の巨大弩弓
翌朝、解剖結果と千秋の分析を受けた蓮は、すぐさま立花凛と熊谷カンナを集めた。
「俺の魔法のクールタイムを狙われている以上、俺がすべての攻撃を引き受けるのは悪手っす。魔法が使えないタイミングをカバーする、物理的な大火力が必要っすね」
「なら、師匠! 私たちが武器を……」
「いや、最前線で槍を振るうのは危険すぎるっす」
蓮は凛の言葉を遮り、地面に木の枝で巨大な設計図を描き始めた。
「防壁をさらに厚く高く補強するっす。そして、その防壁の上から狙撃できる『巨大バリスタ(据え置き型の大型弩弓)』を作るっすよ。これなら、戦闘員じゃない一般の女性たちでも、安全な場所から恐竜の群れを一方的に攻撃できるはずっす」
「なるほど! 魔法を使わずに物理でぶっ飛ばす巨大兵器だね! 任せて、重機くん!」
カンナが目を輝かせて袖をまくった。
街の総力を挙げたリベンジ作戦が始まった。蓮が空間牽引と万物拡充で巨大な丸太を切り出し、堂島鉄子率いる鍛冶班が恐竜の強靭な筋線維をより合わせて極太の弦を張り巡らせる。巻き上げ機には歯車を組み合わせ、女性二、三人の力でウインチを回せば、丸太のような巨大な矢を装填できる仕組みを構築した。
数日後の明け方。
防壁の外、深い朝靄の中に、無数の黄色い瞳が光った。
ファンキー・ラプトル率いる群れが、再び街を包囲したのだ。彼らは防壁の前に数頭の囮を出し、蓮の迎撃魔法を誘っていた。
「来たっすね……計画通りにいけばいいっすが」
防壁の上で、蓮はわざと焦ったような声を上げ、囮のラプトルに向けて劫火の種火を放った。轟音とともに炎が炸裂するが、囮たちは見事にそれを回避する。
魔法を撃ち終えた直後。ファンキー・ラプトルが「今だ」とばかりに鋭く咆哮し、迷彩を解いた二十頭の精鋭部隊が、蓮の「魔法のクールタイム」という絶対的な隙を突いて防壁へ一斉に突撃を開始した。
しかし、それは人間側が用意した完璧な「逆の罠」だった。
「かかったな、クソトカゲ共! 今だ、放てぇぇぇっ!!」
防衛・狩猟局長の凛が、裂帛の気合いとともに号令を下した。
防壁の上にずらりと並んだ十門の巨大バリスタ。それを操作していたのは、エマや小春、そして普段は労働に従事している非戦闘員の女性たちだった。彼女たちが一斉に引き金のレバーを叩き落とす。
ドシュウウウウウッ!!
空気を引き裂く轟音とともに、大人の胴体ほどもある巨大な丸太の矢が、防壁の上から一斉に射出された。
蓮の魔法しか警戒していなかったラプトルの群れは、完全に虚を突かれた。回避する間もなく、凄まじい物理的な運動量を持った巨大矢が、突撃してきた精鋭部隊を次々と串刺しにして地面に縫い付けていく。
「ギャアアアッ!」
断末魔の悲鳴が上がり、群れは一瞬にして壊滅状態に陥った。
最後尾で指示を出していたファンキー・ラプトルが、予想外の反撃に驚愕し、踵を返して森へ逃げ込もうとする。
「逃がすかよっ!」
凛が自ら照準を合わせた中央のバリスタを放つ。重い矢は逃げるファンキー・ラプトルの後脚を見事に貫き、その巨体を大地に激突させた。
「師匠! やりました!」
「完璧っす、凛さん。みんなも最高っすよ!」
防壁の上から、女性たちの割れんばかりの歓声が上がった。
ただ蓮の魔法に守られ、怯えていたばかりの彼女たちが、自らの知恵と協力によって知能化する脅威を打ち破り、見事にリベンジを果たした瞬間だった。
医療の限界に絶望していたエマも、バリスタのレバーから手を離し、確かな勝利の余韻に涙を拭って微笑んだ。
魔法と科学、そして人間たちの結束。巨大隕石の衝突という絶対の絶滅に向けて、女系国家はまた一つ、力強く生存のステップを駆け上がったのだった。
+++
ファンキー・ラプトル率いる精鋭部隊を見事に退けた数日後の夜。
防壁の隅に蓮が魔法で急造した土の訓練小屋では、二つの影が激しく交錯していた。
「師匠!次は魔法抜きの、純粋な近接格闘をお願いします!」
「了解っす。怪我しない程度にいくっすよ」
タンクトップと短パン姿の立花凛が、鋭い呼気とともに蓮へタックルを仕掛ける。元機動隊員の洗練された体捌きだ。しかし、三十年間異世界で物理戦闘も極め尽くした大魔法使いは、その勢いを柔らかく受け流した。
蓮は凛の腕を取り、そのままグラウンドの攻防へと持ち込む。土の床に敷かれた獣皮のマットの上で、二人の汗ばんだ体が密着し、激しく組み合った。
「くっ……さすが師匠、隙がない……!」
「凛さんも筋がいいっすよ。でも、ここは甘いっす」
蓮が凛の背後を取り、その体を制圧するように両腕で軽く締め上げる。蓮のたくましい腕が凛の胸元に触れ、彼女の背中が蓮の広い胸板にぴたりと密着した、その瞬間だった。
「あっ……んんっ……!」
訓練小屋に、凛の口から漏れた、ひどく艶やかで甘い声が響いた。
それは武闘派の局長が絶対に発することのない、完全に「女」としての無防備な声だった。
ピタリと、二人の動きが止まる。
「あ、ごめんっす!首、強く締めすぎたっすか!?」
蓮はハッとして慌てて拘束を解き、飛びのいた。
「ち、違います!痛かったわけじゃなくて、その……師匠の熱が、急に……っ」
凛は顔を耳の先まで真っ赤に染め、獣皮のマットに座り込んだまま両手で顔を覆った。沈黙が降りた訓練小屋には、二人の荒い息遣いだけが響いている。
気まずそうに頭を掻く蓮のジャージの裾を、不意に凛の震える手が掴んだ。
「……師匠」
上目遣いで蓮を見上げる凛の瞳は、熱を帯びて潤んでいた。
「今の……脱線した『続き』を、お願いできませんか。戦いの稽古ではなく……その……」
凛の不器用で、しかし真っ直ぐな誘い。蓮は小さく息を吐くと、「そっちの手ほどきも歓迎っす」と優しく微笑み、彼女を抱き上げて奥のベッドへと向かった。
ランプの微かな光に照らされたベッドの上。
蓮は、凛の鍛え抜かれた肉体に思わず感嘆の声を漏らした。無駄な脂肪の一切ない引き締まった腹筋、しなやかで力強い手足。しかし、彼女の衣服を剥ぎ取った蓮の手が胸元へ伸びた時、その感触のギャップに驚かされた。
「凛さん、すごく綺麗な筋肉っすね……でも、ここは驚くほど柔らかいっす」
「ああっ……師匠、そんな風に触られたら……おかしく、なってしまいます……っ」
強靭な戦士としての硬さと、女性としての豊かな柔らかさ。相反する二つの魅力を持つ凛の体を、蓮の大きく温かい手が丁寧に解きほぐしていく。
昼間は槍を振るい、誰よりも気丈に振る舞う彼女が、今夜だけはただの一人の弱い女として、蓮の腕の中で甘い声を上げ続ける。死と隣り合わせの恐竜時代で、互いの鼓動と熱だけが、二人の生きている証を確かに刻み込んでいた。




