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第14話 ファッション革命

 経過日数:20日目 約28,700人


 鬱蒼うっそうとした巨大針葉樹の森を切り拓いて作られた防壁の内側では、今日も狂騒が続いていた。

 一分に一人の正確なペースで現代の女性たちを吐き出し続けるハーベストゲート。巨大な円形都市は常に人々の熱気と喧騒に包まれていた。


「ふう……今日も相変わらずのペースっすね」


 魔法陣のすぐ近く、巨大な植物トランポリンの傍らで、桜豪千さくらごうちれんは額の汗を拭った。彼の全魔力の三割は常にこの召喚プロセスに奪われているが、二十日も経てばその負担にもすっかり慣れっこになっていた。

 そんな蓮の足元に、ボロ布をまとった一人の女性が座り込んでいる。ゲートの監視員として居座る自称・未来視の斎藤さいとう京華きょうかだ。

 彼女は整った顔立ちをミステリアスな布で隠し、水晶玉の代わりなのか、丸く磨かれた恐竜の骨を撫でながら、ぼそりと呟いた。


「……お兄さん。気をつけな」

「ん? どうしたんすか、京華さん。また恐竜の群れでも来るっすか?」

「いや……次は、厄介なのが来るよ。星の淵を覗き込む、重たい女さ」

「星の淵……? なんすか、それ」


 蓮が首を傾げた直後だった。

 ハーベストゲートの上空が激しく発光し、新たな女性が放り出されてきた。

 しかし、彼女の落下姿勢は今まで召喚されてきた誰とも違っていた。彼女は自分の身を守る受け身を取るどころか、抱え込んだ巨大な筒状の物体を、我が身を挺して庇うように丸まっていたのだ。


「ちょっ、あのままじゃ首の骨が折れるっす!」


 蓮は咄嗟に指先を弾いた。

 空間牽引アトラクティブ・フォースで彼女の落下速度を空中で強制的に殺し、さらに万物拡充マグナ・スケールで植物トランポリンの反発力を極限まで柔らかく調整する。大魔王の極大魔法すら弾き返した大魔法使いの精密な魔力操作が、一人の女性と謎の筒を傷一つなく優しく受け止めた。


「ぽふっ」という軽い音とともに、彼女は無事に着地した。

 理知的な顔立ちをしたクールな美女だ。彼女は自分が恐竜時代にタイムワープしたことにも、空から落下したことにも見向きもせず、抱え込んでいた筒――巨大な天体望遠鏡を血相を変えて調べ始めた。


「レンズに傷は……! ああ、よかった、無事ね。微細なズレもないわ」

「えっと……無事で何よりっす。俺は桜豪千さくらごうち蓮。怪我はないっすか?」


 蓮が声をかけると、彼女は初めて顔を上げ、眼鏡の奥の鋭い瞳で蓮を見据えた。


「あなたが助けてくれたのね。感謝するわ。私は大塚おおつか香織かおり。天文学者よ。私の命より大切なこの機材を守ってくれたこと、高く評価するわ」

「はあ、天文学者っすか。だから星の淵って……京華さんの占い、相変わらず気味が悪いほど当たるっすね」


 蓮は苦笑いしながら、香織の手を引いて立ち上がらせた。


 +++


 人口が三万人に迫る巨大都市において、食料や居住区の確保と同じくらい、いや、それ以上に深刻な問題が表面化していた。


「蓮さん、早急に対処をお願いします。このままでは街の公衆衛生が崩壊し、女性たちの精神的なストレスも限界を迎えます」


 内政局長の如月きさらぎ冴子さえこが、眉間に深い皺を刻みながら蓮の元へ直訴に訪れていた。彼女の隣には、縦ロールの髪を揺らすモデル体型の美女、衣服・繊維管理主任の九条院くじょういん麗華れいかが深刻な顔で立っている。


「現代から持ち込まれた生理用品のストックが、ついに完全に底を尽きましたの。布を裂いて代用するにも、衣服そのものの劣化が激しくて限界ですわ。蓮様の魔法で、何とかしていただけませんこと?」


 麗華の言葉に、蓮は頭を掻いた。近代日本の女性たちにとって、清潔な生理用品が手に入らないという状況は、恐竜の恐怖と同等かそれ以上に精神を削る死活問題だった。


「なるほど……。とりあえず、吸水性の高い素材と、それを加工する設備が必要っすね」


 蓮はすぐさま行動を開始した。

 防衛局の協力を得て防壁の外へ赴き、現代の脱脂綿に近い繊維を持つ古代のシダ植物や、極めて吸水性の高い苔を大量に採取してくる。

 街に戻ると、蓮の魔法が火を吹いた。

 空間牽引アトラクティブ・フォースで不純物を一気に分離し、劫火の種火(プロメテウス)の熱で徹底的に乾燥と滅菌処理を施す。さらに、麗華の指示に従って切断魔法を極薄のカミソリのように扱い、植物繊維を何層にも重ねて肌触りの良い「布ナプキン」を量産していった。


「おおっ、ふかふかですわ! これなら肌荒れも防げますし、洗って何度も使えますのね!」

「まだあるっすよ。森で見つけた天然ゴムの樹液を精製してみたっす」


 蓮は抽出魔法を使ってゴムの成分を安定させ、手のひらサイズの柔らかいカップ状の器具――月経カップの試作品を成形して見せた。


「使いこなすには少し慣れが必要かもしれないっすけど、これなら活動的な狩猟局の皆も動きやすいはずっす」

「素晴らしいですわ、蓮様! これで皆の不安も大きく解消されますわね!」


 麗華は目を輝かせ、完成したばかりの布ナプキンと月経カップの山を大事そうに抱きしめた。

 しかし、元アパレルバイヤーである麗華の野望は、単なる実用品の開発だけにとどまらなかった。


「蓮様、ついでにお願いがございますの。恐竜の筋線維と、先ほどの植物繊維を魔法で編み込んでいただけません?」

「編み込む? まあ、できるっすけど……」


 蓮が言われるがままに繊維を掛け合わせると、それは驚くほど伸縮性と耐久性に優れた、なめらかな古代の布地へと生まれ変わった。

 数時間後。

 蓮の作業小屋に、完成したばかりの衣服を身に纏った麗華が現れた。


「どうです? 私、綺麗かしら?」


 麗華は自信満々にクルリと回ってみせた。

 恐竜の革と新しい植物布を組み合わせたその服は、ただのサバイバルウェアではなかった。胸元の谷間を美しく強調し、スらりとした脚線美を見せつけるような、最新トレンドを思わせる大胆でセクシーなシルエットだった。


「お、おう……すごく似合ってるっす。でも、ちょっと露出が多くないっすか?」


 目のやり場に困り、思わず視線を泳がせる蓮。その反応を見て、麗華は満足げに微笑んだ。


「ただ生き延びるだけでは、心まで荒んでしまいますわ。美しさこそ、私たち女性の士気を高める最高の特効薬ですのよ」


 麗華の言う通りだった。

 彼女が立ち上げた「ファッション革命」は、瞬く間に街の女性たちに火をつけた。ただ泥だらけで絶望していた女性たちが、少しでも蓮に綺麗な姿を見せようと、こぞって麗華の元へ通い、身だしなみを整え始めたのだ。

 過酷な恐竜時代の中で、「唯一の男である蓮へのアピール」という新たな生存競争が、女性たちの心を鮮やかに彩り始めていた。

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